#4369/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/19 18:59 (108)
お題>復活。(下) 青木無常
★内容
かくして王国を二分する大内乱が勃発する。一年におよぶ流血の争いがくりひろ
げられ、一進一退をくりかえしたあげく時のいきおいでついにイスナンディルが突
出し、城の塔に王の首級があげられた。残虐王イスナンディルの誕生である。
もはやこわいものは何もなかった。残虐王はその名にふさわしく、黒ずくめの兵
団を組織して弱者をつぎつぎに狩りはじめる。王宮の四囲の丘には串ざしにされた
屍体が串焼きのようにならべられ、呪詛と憎悪が黒い霧となってつねに国をおおい
つくすこととなった。女子どもは生きたまま打たれ、切りきざまれて生き腐れのま
ま柩におしこめられ、悲哀と苦痛の合唱は重く暗くちまたにあふれかえり、血まみ
れの雨が街路を赤く染めていく。あまりの暴虐に耐えかねた民衆が幾度となく反抗
をくわだてたが、王の猜疑が密謀をいちはやく感知し、悲嘆は力に変わるまもなく
つぎつぎに圧殺された。
だまっていられなくなったのが近隣諸国の諸王たち。幾度となく警告を発しても
いっこうにききいれられるようすがないのに業を煮やし、連合を組んで残虐王討伐
の軍が編成される。
その噂をききつけ、イスナンディルはまたもや狼狽した。編成した軍は、民衆を
ふみにじるに長けてはいても決して戦上手ではない。残虐行為はお手のものだが剣
をとっての打ちあいとなれば、いささか心もとないのはつねに自覚してきた。
だが、あわてることはなかった。むろん、期待どおりに邪法師ウラデクが王宮を
おとずれる。
賓客としてファンファーレとともに招じ入れられ、仰々しい国典をもって迎えら
れたウラデクは、欲得まみれの宴席で告げるのだった。
「さてイスナンディルよ。おまえさんちとやりすぎたな。今度の敵は多すぎる。口
先ひとつでやりすごすにはあまりにも強大すぎるし、かといっておまえさんの軍が
対抗できるようなしろものでもないことは存分に自覚しておろう。ひどい境遇を招
来してしまったものさ。愚かにもほどがあるというものだ」
ふんふんときき入っていた残虐王の顔がみるみる蒼くなる。
「それでは法師どの、わしにむざむざ誅戮されよと、そうおっしゃるのか」
話がちがう、とでもいいたげに食ってかかる。すると邪法師はにたりと笑い、
「そのとおりよ」
くらり、と残虐王がよろめくのを見て、腹を抱えて笑った。
「と、いいたいところだが、なに、案ずることはない。おまえさんはせいぜい自信
たっぷりに軍を扇りたてて戦争気分をもりあげておけ。そのあいだにわしがちょい
と出かけて、おまえさんの敵国に細工をしておくゆえな」
いって、すたすたと歩きはじめる。
待て、どういうことだとイスナンディルは肉片をくわえたまま追いすがったが、
やはり王宮の柱ひとつを曲がったところで邪法師の姿を見失った。ほんうとに宙に
消えてなくなったのかもしれぬ、と不気味さに背をふるわせつつ、しかたがないの
でいわれたとおり軍備を整え、虚勢をふりしぼって兵たちの士気をあおる。
そのあいだに、邪法師の姿は敵対する連合国の各王宮にあらわれては消えた。風
のうわさにそれをきき、さてはあやつめ寝返ったか、とイスナンディルは奥歯をか
みしめたが――ふたをあけてみれば、からくりは単純だった。ウラデクは、連合国
の各統治者に、こともあろうにたがいに対する疑心暗鬼をあおりたてていたのであ
る。
もとより、必要に応じて集うたばかりの寄り合い世帯だ。互いに対する信頼など
さしてあったわけでもない。どころか、すきあらば互いののどもとに喰らいつこう
と画策し、また危惧しあってきた仲ですらある。隣国の王は共闘を申しでておきな
がら実は貴国の兵ばかりを消耗させ、疲弊したところをついでとばかりに一気にた
いらげてしまうつもりらしいなどと、まことしやかにささやかれれば疑念は育ちこ
そすれ消えることはない。
かくして、残虐王ひきいる軍との衝突より先に連合は自壊し、互いののどもと目
がけて喰らいあう仕儀とあいなったのであった。
期を見るにはさとい。イスナンディルはここぞとばかりに、がたがたになった信
頼のはざまにたくみにつけいり、甘言をろうしてさらに疑心暗鬼をあおりながら争
いを助長しつつおのれの兵をも動かして敵国をつぎつぎと疲弊消耗させていき、つ
いにはそのすべてをたいらげることに成功してしまったのである。
かくして残虐王イスナンディルは、のちにイシュール大陸と称される地のほとん
どすべてを平定・掌握し、王国はゆるぎなき力をその手中におさめた。
あとはもうやりたい放題。謀反をたくらむものを根こそぎにするといっては兵を
走らせ剣をふるわせ、蛮族に改心を求めると称しては辺境でつつましく暮らすひと
びとに血の雨をふらせ、友邦を自称する耳に心地よい甘言ばかりを四囲にはべらせ、
能のある部下は口実を設けては五族まで討ちほろぼしていき、やがて人材は地にう
もれ欲得ばかりが王宮を、腐った果実のように濃密に甘い臭気でみたして支配した。
ウラデクは、今度は王宮にとどまり、にたにた笑いを顔面にはりつけたままそん
なようすをただ黙って見ていた。
残虐王は当初こそ、知恵袋たる邪法師の逗留をよろこんではいたものの――とり
まきどもが王の権勢の源にこの法師の存在ありと見て、つぎつぎにとり入ろうとす
る姿をまのあたりにして眉をひそめ、やがてその存在自体をうとましく思うように
なる。さもあろう、おのれがここまでに至る道程のふしぶしに、くだんの法師がい
たのである。いつ邪法師が気をかえてほかのだれかに甘露をまわしてやろうと考え
るか、知れたものではないのだ。
かくして、事態はとうぜんの位置に帰結する。邪法をひろめた廉により、ウラデ
クは謀殺される仕儀とあいなったのである。
「邪法師よ。そなたには世話になったな」
処刑の当日、みずから牢をおとずれたイスナンディルはウラデクにそう告げた。
ウラデクはにたりと笑ってこたえたのである。
「わかっていたよ、イスナンディル。おまえはこうするよりほかに道はなかったの
さ。これこそわしが待ちのぞんでいた過程だよ。おまえは充分に肥えてくれた。満
足だよ。楽しみだよ。犬に食わされたこともあった。今度はいったい、どういう所
業がわしにふりかかるのかと思うと、ぞくぞくしてくる」
虚勢ともとれない顔つきで、にたにたと笑う。気味わるくなってイスナンディル
は、わかれの言葉もそこそこに牢をあとにした。処刑のさまを一部始終ながめわた
し、首をつられた法師が糞便をたらしながら絶命しても満足せず、大槌で頭をつぶ
させよく切れる剣でみずから寸刻みにその短躯を切り刻み、骨は細かく砕いて粉末
にするとすべての臓腑をあまさず使うよういいおいて料理させた。むろん調理の場
にも立ちあってあれこれと注文をつけ、食卓に供された料理をひとりでたいらげた。
その夜のことである。
いつものごとき欲得にまみれた乱痴気さわぎの宴席で、とつじょ王は目をむきだ
してがばと立ちあがった。
鉤型に曲げた五指をのどもとにぐいと近よせやにわに苦悶の声をあげつつかきむ
しりだし、血まみれのよだれを吐きちらしながら絶叫とともにあたりかまわずのた
うちだした。かけよってきた臣下たちがおさえつけようとしてもあばれ牛よりも壮
絶な狂乱のさまで近よることすらできず、苦悶の上の暴行ではねとばされて絶命し
た者すらでる始末。
邪法師ウラデク。そう呼ばれていた。年齢不詳。五百年生きたとも、千年ともい
われる。ユグシュカの生まれとされるが、伝説にしかでてこない地名だ。そして伝
説の時代から、幾度となく歴史の裏舞台にあらわれては、奇怪な死を伝えられてき
た名前。残虐に殺され、そのたびにいずこからともなくよみがえってはひとの世に
あらわれ、そして必ず暴君とのちに呼ばれることになる統治者の陰に立つ。
伝説によれば、その不死の秘密はひとの心に巣くうどすぐろい邪念を滋養にして
いるからだという。
残虐王はのたうち、はねまわる。こののちもなお十数年、王は生きつづけ、まる
で憑かれたようにその名に恥じぬ残虐きわまる逸話を積み重ねていくことになる。
そしてそのそばにはつねに、影のように邪法師の姿がつきまとっていたという。王
は法師を惧れ、忌み嫌っていたともいうが、それが真実か否かはさだかではない。
ともあれ、最初のそのときがおとずれたのだ。
のども裂けよと血の絶叫をおたけびながら、狂ったようにのたうちまわる王の口
腔の内部から、にゅうと二本の手が出現した。
復活。