AWC そばにいるだけで プラスα 1   寺嶋公香


        
#4354/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/12/24  11:55  (200)
そばにいるだけで プラスα 1   寺嶋公香
★内容
 最後の売り込みをかけるおもちゃ屋が、あちらこちらで目に着く。あるいは
宝石店なんかもそう。
 特にケーキ屋は必死なのではないだろうか。何しろ、売れ残ったら、明日に
は商品価値が全くなくなる。たとえ賞味期限が、まだたっぷり一週間あったと
しても。
(ホワイトクリスマスには違いないのよね)
 家族連れやカップルでごった返す商店街の目抜き通りを、純子は一人で歩い
ていた。足下には、まだきれいな白さをどうにか保つ雪がぽつんぽつんと残っ
ている。
 と言っても、アーケードの下にこれだけ雪が吹き込むわけがないので、これ
はきっと小さな子供達が外で作った雪だるまか何かを運び込んだ名残だろう。
(それにしても人が多い……)
 今、ボタン屋さん−−小間物屋を目指しているところ。糸とボタンを買って
来てくれるようにと母に頼まれ、そのお使いの途中なのだ。
 ボタン屋の看板が遠くに見えた。念のため、開業していることを確認したく
て、ほんの気持ちだけ背伸びをした。
 が、人混みの中では、そんな些細な行為でも、失敗につながる場合がある。
「あっ」
 純子はできる限り右端を歩いていたにも関わらず、前方からうつむき加減に
歩いてきた男性の方に突き飛ばされる形になり、バランスを崩してしまう。揃
えていた足を大きく開き、踏みとどまったことで転びはしなかったが、右の爪
先で何かを蹴飛ばした。
 その感触に、嫌な予感が走る。
 人の流れが途切れるのを待って、通りの端に目をやった。
(ああっ、やっちゃった)
 二つの雪玉が幾分球形を崩しながらも、そこにあった。一つは大人の男の人
の握り拳ぐらい、もう一つはそれより二回りほど大きいサイズ。小さい方の雪
玉には、ビー玉や赤いプラスチック片で顔らしきものが作られていた。
 無傷だった雪だるまを壊してしまったとの焦りから、思わずしゃがみ込む。
コートの端が舗装道をこすった。気にする暇はおろか、意識もない。
「な、直るかしら」
 手袋をしたままでは、細かい作業がおぼつかない。脱ごうとするが手間取っ
たので、つい、口で引っ張ってしまった。
 それでも素手になった甲斐あって、雪だるまの修復に見事成功。
 ようやくのことで落ち着きを取り戻し、手袋をはめ直した純子は、不意に髪
を引っ張られるのを感じた。
「きゃっ。何?」
 再びバランスが崩れそうなところを、頭を押さえつつ、前屈みになることで
防いだ。
 きつい目つきになって振り向くと、そこには小さな子供が一人でいた。帽子
を被って、長いズボンをはいているがどうやら女の子らしい。
「……」
 怒ろうとしていたのに、口を数度ぱくぱくさせるだけで、文句を言いにくく
なってしまった純子。もちろん、その子供が憎たらしい素振りでも見せれば話
は別だったかもしれないが、実際は全く逆で、心細げに純子を見つめてくる。
(もしかして、さっきの雪だるま、この子が作った?)
 その途端、怒ろうとしていた感情は消え失せ、申し訳なく思う気持ちが純子
の胸に広がった。
 名前は?と尋ねようとした純子より早く、女の子がまくし立てた。
「レイでしょ!」
「はい? れい?」
 はしゃぎ口調に加え意味不明の内容に、純子は慌てる。
「レイぃ、一緒に来てよぉ」
「き、来てと言われても」
 服の袖口を引っ張られる。
 とにかく立ち上がって、その子の両肩に手を触れた。そして行き交う人々の
邪魔にならないよう、女の子共々さらに端っこへ寄る。最終的に、店と店の間
にある狭い通路に入り込む格好になった。
「お名前、教えて。そう、あなたのお名前。何て呼ばれてるのかな」
 その場で「レイだレイだ」と飛び跳ねている子を落ち着かせるため、優しく
聞いた。
「すがちゃん」
 それだけ答えて急に黙ってしまう女の子。その両目だけは、じっと純子を見
上げてきていた。
 純子は分からないぐらい小さくため息をついて、質問を続ける。
「すがちゃん、ね。すがちゃんはいくつですか?」
「おつ」
 そう言いながら、四本の指を立てて右手を突き出してきた。四歳ということ
だろう。
「はい、よく言えました。ここには一人で来たの?」
 内心、迷子だわと当たりを付けて、確認に入る純子。
「お父さんやお母さんと一緒じゃないなんて、四歳だと大変でしょう?」
「お父さんやお母さんとじゃなくてね、すがちゃん、お姉ちゃんと来たの」
「そう。そのお姉ちゃんとはぐれちゃったのね? あ、はぐれるって分からな
いか。お姉ちゃんと離れ離れになったんだよね?」
「そうだけど、違う」
「え? それはどういう意味?」
 聞き返す純子に、女の子は何故か得意がって答える。
「だから、お姉ちゃんがずっとお店の中にいてて、あたしつまんなかったから、
外に出たの。歩いてたらレイを見つけてね、こっちに走ってきたところなのっ」
「お姉ちゃんは今どこ?」
 すがちゃんは大きな通りの方を見てから、首を横にはっきりと振った。
「分かんない」
 調子が狂うのを感じる純子。
(こういうのって、迷子じゃないのかなあ。ついこの間もあったわよ、こんな
こと。迷子に巡り会いやすい体質なのかな、私って。まさかね)
 二週間足らず前の出来事を思い起こし、今度も何とかしてあげたい気持ちが
起こる。
「お姉ちゃんがいた店は分かるかな?」
「……ううん」
 またも首を横に振られた。純子は切羽詰まって、最初の疑問から明らかにし
ようと思った。
「レイってなあに?」
「レイはレイっ」
 信じられないという具合に目をいっぱいに開いて、すがちゃんは純子の左足
にしがみついてきた。触られた箇所が冷たい。
 冷やっこさに叫びそうになった純子だが、はっと思い付いて、急いで自分の
手袋を取り去った。
「これ、貸してあげるわね」
 そう言って、手袋を着せてやった。当然のごとく、その女の子には大きすぎ
るが、ないよりはずっといいに違いない。
 事実、すがちゃんは純子の手袋を引っかけた両手をこすり合わせたあと、ほ
っぺたに持って行き、「あったかーい」と幸せそうな笑顔を見せた。
「テレビとおんなじで、レイはいい人なんだね」
「テレビ。あ、そっか」
 純子は腰を落とし、相手の視線に高さを合わせたまま、やっと合点が行った。
(フラッシュ・レディだわ。この子、どうしてだか知らないけれど、私をレイ
だと思ってるみたい。そう言えば私、自分の名前、この子に教えてなかった。
……レイだと信じさせていた方がいいのかな?)
 若干迷って、とりあえずレイで押し通すと決める。
「ねえ、すがちゃん。私を知ってるってことは、昔、私を見たんだよね? ど
こで見たのかな」
「テレビの中」
「そうじゃなくて、ほら、ここにいるレイ、私と初めて会った場所、教えてち
ょうだい。ね、いいでしょ?」
 純子は自分の推測が当たっているかどうか、女の子に辛抱強く質問した。
「学校だよ。お姉ちゃんが通ってる学校に行ったとき、レイが飛んだり跳ねた
りしてた。私、見たんだから」
「そう。ありがとうね」
 頭を撫でながら、想像に間違いがなかったと分かり、うなずく純子。
(今年の文化祭のときね。ということは、この子のお姉ちゃんて、私と同じ中
学にいるわけだから、その人の名前を知るのは簡単そう……あ、でも、今日は
学校休みだから難しいかも)
 折角の手がかりだが、どうもうまくない。
(前のときは、デパートのインフォメーションカウンターに行ったけれど。商
店街にも同じような施設があるのかしら? あったとしても、私、ここはあん
まり詳しくないし)
 純子は再度、すがちゃんの顔を覗き込んだ。
「すがちゃんは今日、どんなお店に行ったのかな?」
「うんとね、本屋さんとね、おもちゃ屋さん」
「それだけ?」
「ううん。他にも行ったけれど、お店屋さんの名前は知らない」
 純子はしばらく考えた。
(やっぱり、この子のお姉さんがどの店にいるかを知るのは難しそう。私がこ
の子のお姉さんの立場だったらどうするか……探すのは当たり前だけど、いき
なり呼び出しには行かないと思う。この子が行きそうな場所を回ってみる。つ
まり、おもちゃ屋さんから)
 純子は女の子の手を包み込むように握った。
「さあ、すがちゃん。お姉ちゃんを探しに行こうね」
「見つかる?」
 不安げになるすがちゃんに、純子は空いている手で自分の胸を叩いた。
「レイに任せておけば大丈夫だから」
 そう思うわよと心の中で付け足し、純子は歩き出した。
 もっとも、全く目算がなかったのではない。
 おもちゃ屋に行ってこの子のお姉さんがいなければ、そのまま本屋に行く。
それでも見つからないときは、今日すがちゃんの巡り歩いたルートを思い出し
てもらえるよう、ゆっくりと回ってみるつもりだ。
 そして結果的に一番手間のかかる方法、つまりはこの小さな女の子がどうに
かこうにか思い出した最後の店−−古美術商らしき店で、姉に当たる人物に巡
り会えた。
「お姉ちゃん!」
 駆け寄っていった先は、純子の予想と違って、明らかに大人の女性。
(え? 中学生じゃないの?)
 戸惑う純子の前に現れたのは、二十代半ばとおぼしき、化粧気の乏しい女の
人だった。
「どうも、ごめんなさい。裕恵(ひろえ)がご迷惑をおかけしました」
 うろたえていた様子もなく、冷静と言うよりもむしろ淡々として頭を下げて
きた。その顔に、純子はどことなく見覚えがある。記憶を手繰って、やがて浮
かんだ名前。
「あの……失礼ですが、小菅(こすが)先生じゃないでしょうか」
 授業を教えてもらったことはもちろん、言葉を交わしたことさえないが、確
かそういう名前の国語教師がいたはず。
「あら、何故……」
 手を口元にやった小菅は、まじまじと純子を見つめてきたかと思うと、いき
なり「ああ!」と声を上げた。
「あなたはうちの学校の生徒さんね。名前は知らないけれど、フラッシュ・レ
ディをやっていた」
「そ、そうです。涼原純子と申します」
 丁寧にお辞儀をしておく。何と言ったって、生徒と先生なんだし。
「これは失態を見せてしまったわね」
 すがちゃん−−裕恵の頭をくしゃくしゃと撫で回す小菅は、首をすくめて自
嘲気味に笑った。
「この子がいなくなったのは気付いたのよ。でも、動くとかえって行き違いに
なるかもしれないと思うと、動けなくって」
「ぶ、無事だったんだから、よかったじゃないですか」
「そうね。あなたみたいな人に助けられたんだから、幸運だったわ。本当にあ
りがとうね」
 純子の手を握ってくる小菅。
 と、そこへ、裕恵のわめくような叫び。
「あたしは自分から会いに行ったよ!」
「はいはい、そうね」
 あやす小菅。
(本当に姉妹なのかしら……。だとしたら随分、歳の差があるわ)
 その辺りを気にしていた純子だったが、次の瞬間、それどころでなくなった。
「裕恵はフラッシュ・レディに会いたいって言ってたもんね。でも、お家に来
てもらうのは無理だから」
「そんなことない! レイはいい人!」
 裕恵が叫ぶものだから、言葉を差し挟めないでいる純子。
 だが、小菅は純子の困惑を感じ取ってくれたらしく、店内を見渡すと、
「ここでは迷惑だから、出ましょうか」
 と促してきた。
 そして往来での立ち話により、何とか事情が見えてきた。
「それでね、この子ったら、あなたを本当にフラッシュ・レディだと思い込ん
でいて」
 ため息混じりの小菅。純子だって、ため息の一つもつきたくなる。
「保育園のお友達に、フラッシュ・レディを見たと触れて回ったらしいのよ。
学校の文化祭に来ていたのは、裕恵だけだったのがよくなかった。嘘だほんと
だって喧嘩になって、裕恵はとうとう、家に連れて来ると言ってしまったの」

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE