#4353/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/12/24 11:53 (179)
そばにいるだけで 18−13 寺嶋公香
★内容
「相羽の家って、自転車で来るほど遠いのか?」
長瀬が誰に尋ねるでもなく言った。応じるのは純子。
「遠いことは遠いけど、自転車じゃなきゃならないってことは……多分ない。
よね?」
最後の「よね?」は富井達に対する確認を求めたもの。
「うん。歩いて来れない距離じゃない」
「遅刻しそうだったから、自転車で来たんじゃないか」
勝馬の意見に、みんな納得。
それからしばらく行って、長瀬と柚木がグループを離れることに。
「じゃ、僕らはこっちだから」
「そうなんだ? あ、小学校のときの学区の違いか」
白沼の家には、同じ第一小学校出身の長瀬達が近くて当然だろう。
「じゃあねえ」
「またな」
道を右に折れた二人と、別れの挨拶を交わす。
その後も勝馬が抜け、清水と大谷の二人まとめて離れて、純子達は三人にな
った。
「どうせこんだけ寒いなら、雪でも降れー」
道の両端に残る雪を蹴っ飛ばしながら、井口が言う。
「そうよねぇ。手袋しててもかじかんじゃいそう」
手をこすり合わせ、息を吐く富井。
その姿を見て、純子ははたと思い出した。
「ああ! 忘れた!」
「ど、どうしたの? 何を忘れたって?」
純子は自分の耳を引っ張った。
「耳当て、忘れた……」
歩いてきた距離を思うと、気が重くなる。
「ええ? どじなんだから」
「ほんとだ。耳当てがない。気付きなよー」
友達二人の反応は、なかなか厳しかった。
(帰りの挨拶のとき、何だか髪のまとまりが悪いと感じてたのに……来たとき
は耳当てで押さえてたんだわ)
後悔しても始まらない。足を止め、短い逡巡のあと、身体の向きを換えた。
「今から取ってくる」
「今から? また明日でいいじゃない」
「そうだよぉ。電話して、確認だけしておけば」
「だけど、白沼さんのところにずっと置いておくのは……」
ごにょごにょ、語尾を濁す。
(どうも苦手なのよ、白沼さんて……。早めに、きっちり取りに行った方がい
いわ、きっと)
引き留める声を振り切り、純子は小走りに引き返し始めた。
白沼の家が望める地点に着く頃には、白い息が絶え間なく口からこぼれ出て
いた。鼻の頭も冷えきって、耳なんかは熱いのか冷たいのか感覚があやふや。
「はぁ−−っ。呼吸、整えてからでないと、失礼、かしら」
ここにいたって余計な気を遣っていると、不意に白沼家の玄関が開いた。
「……あれは」
さっき見たばかりの人影が二つ。一つが白沼なのは分かるとして、もう一つ
は……。
「相羽君だわ」
言葉を飲み込む。
(どうしよう。何で相羽君、戻って来たのかしら? 忘れ物? それとも、白
沼さんと二人きりで話をしたかったとか……。だから、私達には嘘を言って、
先に帰ったふりを)
そこまで想像したものの、ぴんと来なくて首を傾げる純子。
間もなく、相羽は自転車を押して道に出て来た。白沼も家の中に消え、玄関
の明かりが暗くなる。
(少し時間を空けてから行こう)
そう決めて、様子を窺う純子だったが、相羽の手にある物を見つけて、予定
変更を強いられることに。
「あっ、それ、私の!」
純子が角から飛び出すと、自転車に跨りかけた相羽はびくっとして顔を上げ、
また元の状態になる。
「あれ、涼原さん……まだいたの?」
「まさか。違う」
唇を尖らせて、相羽が持っている物−−ピンクの耳当てを顎で示した。
「それを忘れたのに気付いて、取りに戻ったの」
「あ。ごめん」
左手を動かし、耳当てを純子に返す相羽。
純子はちらっと物を確かめ、すぐさま被った。相羽の体温の残りが感じられ
たような気がした。
「どうしてあなたが持ってるのよ」
「君に届けに行こうと思ったから。白沼さんが、『これ、涼原さんのよ』って
言ってたよ」
相羽の返事は、分かり易いと言えば確かにそうなのだが、肝心の部分が抜け
ている。純子は迷ってから、思い切って聞いてみることにした。
「……そもそも、どうしてここまで引き返してきたわけ?」
「僕も忘れ物、かな」
相羽が歩き出したので、純子も歩を進める。
「何を忘れたの? プレゼント以外、何も持って来ていなかったじゃない」
「ちょっとね。手品関係で……」
言いたくなさそうだったが相羽だが、上目遣いをして考える様子。やがて口
を開いた。
「使わなかった仕掛けっていうのがあるんだ。失敗したときのため、それをカ
バーする仕掛けをね、あの部屋に仕掛けてたんだ」
「えっ、嘘だぁ。だって、ずっと一緒にいたのよ。誰にも知られずに仕掛けら
れるはずないわ。いつ、そんな時間が」
興味と疑惑の入り混じった目で、相羽を見上げる純子。
「チャンスはいくらでもあったさ。たとえば、ケーキの蝋燭に火を着けたあと、
しばらく暗かったじゃないか」
「あ、そうか」
簡単に合点が行った。
(あのときなら、みんなケーキに注目してるから、気付かれずに仕掛けること
もできそう)
「そういう仕掛けを、みんながいるところで回収するわけにも行かないだろ。
仕方なく、先に飛び出し、引き返してきたんだ。まさか、涼原さんが忘れ物を
してるなんて……参った」
「あはは、運が悪かったわね。手品はうまく行ったけれど。それで、白沼さん
には気付かれなかったの?」
「え? ああ、問題なし。全然違う話をしていたら、そっちに気を取られてい
たよ、白沼さん」
くすくす笑う相羽。右手からその横顔を見る純子。ちょっとばかり、人が悪
いなと思った。でも、勝手に笑みが出て来る。
「時間、遅いから、送るよ」
「え、いいわよ。だいたい、自転車を押しながらじゃ、大変でしょうが」
「平気平気。乗ったって、残ってる雪にタイヤを取られて転びそうになるだけ
だから、押して歩くよ」
本当かどうか分からないが、相羽の理屈はいい線を行っている。
「涼原さんが望むなら、無理をしてでも二人乗りで送ります」
首を傾け、相羽は微笑んだ。
純子は大きく息をついた。白いもやが、夜の暗がりでも分かる。
(どうせ何を言ったって、送る気だわ。こういうことは一度言い出したら、曲
げないんだもんね、相羽君)
「しょうがない。送らせてあげようっ。ただし、二人乗りは遠慮するわ」
「光栄至極です、お姫様」
冗談に冗談で応じる。二人は声を立てて笑った。
「寒かったら言って。コートを貸すから」
「いいって。そっちこそ、風邪引くわよ」
「そんなにやわじゃないさ」
十字路を前に、一旦停止する。車の往来がないのを確かめ、渡った。
「星が見えないな、残念」
わずかに見上げる風の相羽。純子も同じようにして、それから言った。
「代わりに、雪が降るかもしれないわ。……西崎さん、どうしてるかな。美璃
佳ちゃんや良太君、楽しいクリスマスになったわよね」
「僕に聞かれても……」
頭をかく相羽。だが、すぐに首を横に振る。
「そうだね。何たって、奇跡の起こる夜なんだ。みんなの願いぐらい、わけな
く叶う」
「きっとそうよ」
純子も信じて、うなずいた。
「あ、ついでに思い出したけど。パーティ、ぎりぎりに来たでしょ。何やって
たのよ。昼、私には遅れるなって言ったくせに」
また歩き始めて、純子は文句を言う。
「色々ありまして……涼原さんは知ってるから、言うけれど」
そう宣言しながら、すぐには言い出そうとしない相羽。純子が黙って待って
いると、曲がり角を折れたところで、どうにか決心したらしい。
「母さんがさ。今日の仕事、どうなるか分からなくて」
「イブなのに、お仕事?」
純子は目をいっぱいに開く。
「遅れてたのがあったんだって。だけど、早く片付けば、その……分かるだろ」
「うん。一緒にいたいよね」
「もし母さんが早く帰ってくるなら、僕もパーティ、早めに帰らせてもらおう
と思ってた。白沼さんには悪いことになるけど。その連絡が電話で入ることに
なってたんだ。予定より遅れてかかってきたから、焦った」
「……おばさん、今はお家にいるの?」
「あ? ああ、多分ね」
「だったら、やっぱり、送ってくれなくていい。私、一人で帰る」
「だめだよ。絶対に送る」
相羽が力強く言い切った。思わず、手にも力が入ったらしくて、自転車のブ
レーキがかかった。
「母さんは大丈夫だよ。可愛い息子からの温かいメッセージが出迎えたから」
「はあ?」
「声、吹き込んでおいた」
「−−なるほどね。でも、早く帰ってあげた方がいい」
「分かってる。涼原さんを送り届けたら、すぐに帰る。−−あーあ!」
妙な声を出すと、天を見上げる相羽。
「どうしたのよ、急に?」
「いや、食べすぎたなあと思って。帰ったら、母さん、何か用意してるかも」
不意に言葉を途切れさせた相羽。かと思うと、前触れもなく再開。
「■きだよ、涼原さん」
「え?」
最初の一音−−u音だった−−が聞き取れず、純子は相羽へ振り返った。
(『う』? 『く』? 『す』……まさか!)
予想が全くつかず内心、慌てふためく純子の前で、相羽は天を指差し、視線
を送る。
「雪だよ」
「あ? あっ、雪、ね」
自分の聞き間違いがおかしくてたまらない。純子は一歩先に進み出て、両腕
を広げた。顔は夜空を向く。耳当てが、ほんのわずかにずれたが大丈夫だろう。
「ね? お昼に言った通りになったでしょ」
全身がぽかぽかしてくるのを意識する。
相羽は一度、うなずいた。
「そうだね。積もれば、ホワイトクリスマスか」
そして立ち止まって、思い出したように話しかける。純子の家まで、あとも
う少し。
「言うのを忘れてた。メリークリスマス、涼原さん」
唐突さにきょとんとする純子。しかし、その直後に笑みが訪れる。
「こちらこそ、メリークリスマス!」
−−『そばにいるだけで 18』おわり