AWC そばにいるだけで プラスα 2   寺嶋公香


        
#4355/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/12/24  11:56  (199)
そばにいるだけで プラスα 2   寺嶋公香
★内容
「はあ……」
「クリスマスまでに連れて来るから、見に来なさいって大見得切っちゃって。
それから私に必死に頼むの。私がフラッシュ・レディを知ってるんだろうって
信じてたらしくて、私が知らないと言ったら泣き出してしまって」
 小菅はすまなさそうな視線を純子に投げかけてきた。
「あなたのことを捜そうかとも考えたのよ。でも、仮にうまく見つけられたと
しても、迷惑になるのは充分に想像できたから捜さずにいたら……偶然なのか、
裕恵の執念なのか、今日こういうことになってしまったのよね」
「そうだったんですか」
 相づちを打ちつつ、引っ張られた髪を手で整える純子。
「レイ、来てよ。お願いだからあ」
 再度、足にまとわりつかれてしまった。
「こら、裕恵。いい加減になさい」
 鋭い小菅の声で、純子の足にしがみつく裕恵の手に、一層の力が加わった。
「ようくご覧なさい。このおねえちゃんは違うのよ」
「そんなことないもんね。さっき、言ったよ。レイだって」
 頑なに主張する裕恵に、小菅は視線を純子へ移した。
「涼原さん、本当にそう言ったのかしらね?」
「え、ええ。ちょっと、口走ってしまいました」
 いたたまれなくて、右手人差し指で頬をかく。
「そう。この子を安心させるために、そこまでしてくれたのね」
「いえ、別にそんな」
 大急ぎで手を振った純子へ、裕恵の願い事は続く。
「レイ、レイ。来てよ。ちょっとだけでいい。分からず屋のみんながレイを見
たら、絶対に信じるわ」
「すがちゃん」
 名字を元にした愛称で呼びながら、またしゃがむ純子。
 裕恵はその場でぴょんぴょん跳んだ。
「あ、もちろん、変身して来てね。じゃなきゃ、誰も信じないかもしれない」
「−−うん。いいわ」
 純子が返事すると、裕恵はより高く飛び跳ね、その姉は驚いた様子で「え、
涼原さん?」と絶句気味にこぼした。

           *           *

 相羽は決して悪い気分ではなかったが、それでも大いに混乱してしまった。
「お願い!」
 電話口の向こうでは、純子が三度目の「お願い」をしてきた。その声の響き
から、手を合わせて拝んでいる姿が容易に想像できた。
「お願いと言われても、いきなり、セシアの格好をして来てくれなんて」
「説明してる暇がないのっ。とにかく、セシアになって。私もレイになるから
さあ! いいでしょう?」
「涼原さん一人だとだめなわけ?」
「だめなことないけど、正義の味方は二人の方が心強いし……」
 やや勢いが削がれて、トーンダウンする純子の声。
「だったら、遠野さんか白沼さんに頼んでみたら? エアとマリンなんだから」
「とっくの昔に考えたわよ。遠野さんは田舎に帰ってるって聞いたし、白沼さ
んはどこか出かけちゃってたの!」
 勢いを取り戻した口調に、相羽は思わず、送受器を耳から遠ざけた。
「町田さんや前田さんじゃ、だめなんだね? 悪役をやったから」
「ええ、そうよ。あの子だって、セシアがいいって言ってるし」
「え?」
「ああ、もうっ。時間がないの! 一生のお願いよ!」
「……こんなことで、一生なんて言わないでくれる?」
「じゃ、じゃあ」
「分かった。やります。どこへ行けばいいって?」
「ほんと? ありがと! 相羽君、だから好きよ」
 純子からすれば何の気なしに口にした台詞だろうが、この最後のフレーズ、
相羽をどきりとさせるのに充分だった。
 純子の説明が続いている。
「場所を言うわ。えっと……ねえ、聞いてる?」

           *           *

 子供達からは見えない部屋でそれぞれ着替え終わると、純子と相羽はこっそ
り、家の外に出た。太陽もすでに傾き、どことなく寒々しい。
「ご苦労様」
 追って出て来てのは小菅。
「涼原さんも相羽君も、本当にありがとう。感謝しているわ」
「これぐらいなら」
 笑みを浮かべて返事する純子。
 その頭へ、小菅の手が伸びてきた。
「先生?」
「子供達の相手で、髪が滅茶苦茶よ」
 手早く直してもらって、どうにか見られるスタイルに落ち着いた。
「相羽君は腕や首筋、大丈夫だった?」
「はい。どうにか平気です」
 相羽の右の二の腕や首筋、肩口には引っかき傷がいくつかできていた。セシ
アは男とあって、園児達も純子を相手にしたとき以上に力を入れたと見える。
「絆創膏ならあるわよ」
「いいですいいです。この程度。それに、僕らも結構楽しかったんですよ」
 相羽がそのあと、同意を求めるかのごとく見据えてくるものだから、純子は
慌ててうなずいた。
 小菅はくすくす笑って、再度、礼を述べてきた。
「裕恵も喜んでいたわ。ちゃんとした形でお礼をしないとね。将来、もし私が
あなた達の授業を受け持つようになったら、甘くしてあげようかしら」
「ま、まさか」
 純子達が笑うと、小菅は、やはり冗談だったらしく、口調を改める。
「まあ、そんな真似はできないから、代わりにこれぐらいわね」
 小菅が取り出したのは図書券だった。
「学校の先生らしくていいでしょう? 剥き出しで悪いんだけれど、時間がな
かったから」
「あ、あの、こんな」
「遠慮しないでもらっておくこと。何も、参考書を買いなさいなんて言いませ
んからね」
 何千円分かの図書券を純子と相羽の手にそれぞれ握らせると、小菅はほっと
した表情になって微笑した。
「ありがとうございます。ちょうど、ほしい本があって」
 素直な言動の相羽を見て、純子もそれに倣う。
「あの、大事に使わせてもらいます」
「どうぞ、あなた達のほしい本に使ってね。さて」
 小菅は大きく伸びをした。
「裕恵の面倒を見なくちゃいけないから、そろそろね。二人とも、気を付けて
帰るのよ」
「はい。あの……」
「何かしら、涼原さん?」
 純子はしかし、言葉を続けられなかった。
(小菅先生の家庭の事情もよく分からないな……気にしちゃいけないことかも
しれない)
「いえ、何でもありません」
「おかしな子ね」
 怪訝そうな先生相手に、笑ってごまかす純子。
 相羽がいかにも待ちきれないような調子で割って入ってきた。
「もう帰らなきゃ。母さんが待ってる。先生、失礼します」
「あ、待ってよ」
 自転車に跨り今にも行ってしまいそうな相羽を呼び止めてから、純子は改め
て小菅に頭を下げる。
「失礼します、小菅先生。えっと、メリークリスマスと……よいお年をお迎え
ください」
「涼原さんも相羽君も」
 徐々に暗くなる夕景の中、小菅は手を振った。
 そして彼女は、最後にこんなことを付け加えた。
「ひょっとすると、来年もまたお願いするかもしれないわね」
 相羽と純子は、慌てると同時に吹き出した。
「そんなあ!」

 昨日と同じように、相羽は純子を送ってくれた。
 一つだけ違うとしたら、相羽だけでなく、純子も自転車に乗っていた点。
「何遍も言うけれど……引き受けてくれて助かったわ」
 家の前に到着した頃には、すっかり暗くなっていた。
 二人とも自転車を降り、会話を交わす。
「ありがとう。いい人だね、相羽君て」
「いい人、ね」
 相羽は天を仰ぎ見るようにしてから、両手で髪をなでつけた。
「まあ、役に立てたんだからいいとしようっと。何しろ、格好をつけなくちゃ
いけないもので」
 相羽が、小学生の頃の話をまだ覚えているのだと分かり、純子は湧き起こる
笑いをこらえるのに苦労した。
「それにしても涼原さんて、よくよく小さな子に縁があるね」
「好きで縁を持とうとしてるんじゃないわ」
 即答しておいて、あとから言い添える。
「やってみたら、悪い気はしなかったけれど」
 相羽は分かったようにうなずいて、おもむろに話題を換えてきた。
「ところでさ、明日、忙しいのかな?」
「いきなりだわね。そうね、街に出るぐらいでその他は特に予定はないけど、
何よ」
「例によって、母さんからの伝言です」
 自転車の前篭の荷物を整えながら、相羽は素っ気なく言った。ただ、普段こ
の手の話をするときに比べると、苛立っていないように見受けられる。
「つまり、モデルのお仕事?」
「当たり。この間のコマーシャルの関係で、ちょっと出て来てほしいんだって」
「まさか、撮影のやり直しなんて……」
 どきっとして、恐る恐る聞き返した。
 だが、相羽は首を傾げるだけ。
「さあ、僕もよくは知らないんだ。ただ、街に出て……」
 簡単な時間と場所について伝える相羽。
「どうかな? 母さんの車で行くんだ」
「う、うん」
「どうせなら、涼原さんが用事を済ませたあと、迎えに来ようか」
「え、そんな」
「いいじゃない。その方が時間の節約になるよ。無駄はできるだけ、省きまし
ょう」
 面食らった純子だったが、結局は相羽の微妙な笑顔に押し切られ、その線で
決まり。
(ときどき強引なんだから)
 あきらめの境地にいた純子に、相羽が声を掛ける。
「それじゃ、本当に帰らなくちゃ。今日は……僕の名前を思い出してくれ嬉し
かった」
「そういうつもりじゃなかったんだけど。ただ、一人より大勢の方が、裕恵ち
ゃんも楽しいだろうなって思えたからよ」
「何でもいいんだ。クリスマスの二日を、続けて女子と過ごせるとは予想もし
なかった。あははは」
「……ばか」
 純子のつぶやきを意に介した風もなく、相羽は自転車に跨る。
「昨日も言ったけれど、気を付けて帰るのよ。雪が残ってるんですからね」
「ようく承知してます」
 相羽は片手を振って答えると、漕ぎ始めた。
 純子も手を振る。思い付きのちょっとしたジョークで見送る。
「バイバイ、セシア!」

           *           *

「どうして言えないんだろ」
 相羽は知らず、思考を声に出していた。
 自分の独り言に驚いて、口をつぐむ。
(それに、どうして気付いてくれない……なんて思っちゃいけないか。でも、
ああいう形でも『好きよ』って言われたら、期待してしまうじゃないか!)
 歩行者用信号が赤に変わったのを見て、ブレーキを掛けた相羽。片足を着い
て空を見上げる。雪が降ったのが嘘のように、星々が輝いていた。
 別れ際に背中で聞いた「バイバイ、セシア!」の声が、鮮明に蘇る。
(アニメでは確か、レイの方からセシアに……なのにな)
 詮無き空想に、相羽は苦笑を浮かべた。
 やがてマンションに着いた悩める少年は、自転車を降りた。走っているとき
には分からなかったが、顔の表面が火照っている。
「言わないとだめか」
 決意が固まらないまま、ぶるっとかぶりを振る。
 母とのクリスマスに、気持ちを切り替えた。

−−『そばにいるだけで プラスα』おわり




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