AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(69)  悠歩


        
#4339/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   2:19  (177)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(69)  悠歩
★内容
 初めは少女がふざけているのだと、男は思った。けれどそうではないらしい。
滑稽な着こなしをした少女は何が楽しいのか、とんとんと飛び跳ねては、けらけ
らと笑う。
 幸い男の身体に合わせたブルゾンは、少女には大きく、辛うじて下腹部まで隠
れている。しかし少女が無防備に跳ねる度、危険な状態になってしまう。見えな
いまでも、焚き火の炎によってゆらめく影が、男に錯覚を起こさせる。
 男に下心はないつもりだったが、いつまでもこんなことを続けられては自信が
持てない。
「こら、そんな格好で、はしゃいじゃ駄目だ」
 強い口調で窘めると、少女は飛び跳ねるのを止め、不思議そうに男を見つめた。
まるで小鳥のように小首を傾げる姿が、可愛らしい。
 いままで気がつかなかったが、少女の瞳は高級なブランデーのような色をして
いる。日本人ではないのだろうか。それにしては、幼児的ではあるが流暢な日本
語を話しているが。
「君、名前は?」
 なるべくまだ何も身に着けていない、少女の足元を見ないようにしながら男は
訊ねた。
「名前? マリアだよ」
 少女は笑顔で答えた。
 男はかつて、こんなに純粋な笑顔を見たことはない。いや、小さな子どもが見
せる笑顔なら見たことはあった。しかしいろんな知恵や打算を覚えた年齢で、こ
れほどまで無垢な笑顔の出来る者を知らなかった。
「マリアは日本人なのかい。それとも、どこか外国の人?」
「マリアはマリアだよ」
 隠そうとしているのでも、ごまかそうとしているのでもなさそうだ。マリアと
名乗る少女の返事は、それ以外の答えなどある訳がないと確信してのものらしい。
「それじゃ、マリアはどこから来たのかな?」
 男は質問を変えてみる。
 するとマリアは、真っ直ぐに空を指さしたのだ。
「マリア、宙から来たの。遠い宙から来たんだよ」
 今日まで他人の顔色を気にして生きてきた男には、相手の目を見ればその言葉
の真偽を知ることが出来た。あまり自慢の出来る才能ではないが、それでもマリ
アが嘘を言っていないことが分かる。
 もちろん、宇宙から来たなど言うのを、本気で信じた訳ではない。だが少なく
とも、マリア自身に嘘を言っているつもりがないのだ。思い込みが激しく、自分
の想像と真実の区別がつかなくなる性格かも知れない。
 こんな少女を、普通は気持ち悪がるものなのだろうか。
 しかし男には、この少女がたまらなく愛しく感じられた。
 この子は思い込みが激しいのでもなく、まして頭がおかしいのでもない。そう
思えるのだ。
 思い込みが激しいと言えば、自分だって天使を見たのだと信じていたではない
か。マリアを笑えはしない。
『まさか………!?』
 男が見た天使は、このマリアだったのではないか? ふと思いつく。
 いやあれは錯覚だったのだ。そう自分に言い聞かせても、その考えは頭から消
えない。マリアの笑顔が男のイメージする天使と、重なりすぎていた。
 マリアが天使であれ、人であれ、いつまでも前後ろを逆にしたブルゾン一枚を
着たままにさせてはおけない。人であるなら、いるはずの家族の元に帰してやら
なければ。
「マリアは、自分のお家がどこにあるのか、分かるかな?」
 顔色を窺うのではなく、相手を気遣った優しい言葉。他人に対して、こんな口
調で話す自分を感じたのは、男にとって久しく覚えのないことだった。
「マリアは、宙からきたんだよ。だから、お家はないの」
 マリアが本当に天使であると思った訳ではないが、予想通りの答え。何か深い
事情があるのかも知れないが、少なくともいますぐには、マリアの口から人とし
ての身元の分かる答えは訊き出せそうにない。
「それじゃあ仕方ないな………俺の家に来るかい? 女の子の服はないけど、俺
のでよければ着せられる。だいじょうぶ、変なことはしないから」
「ヘンなことって、なあに?」
「えっ………それは………」
 つい男の頬は熱くなってしまう。余計なことを言ってしまったと思う。
「うん、マリア、あなたのお家に行く」
 そんな男の様子を気にすることもなく、やはりマリアは笑顔で答える。
「よし、そうしよう………あ、それからあなたじゃなくて、俺の名前は………」
 男はマリアに自分の名を名乗る。すぐさまマリアの唇から、その名が繰り返さ
れた。その瞬間、男は最高の至福の中にいるような気がした。
 マリアが男の車に乗り込んだとき、ラジオからは先ほどとは別のクリスマス・
ソングが流れていた。
 歌詞を知らないのだろう。マリアは歌に合わせて、楽しそうにハミングを始め
る。
 静かに走り出した車の中で、聴きたくなかったはずのクリスマス・ソングをマ
リアに合わせて口ずさむ男がいた。



   君の笑顔がなければ
   ぼくはまだ知らなかったはず
   人の心の温かさを
   生まれてきた幸せを

      来年も 再来年も
      五年後も 十年後も
      君とクリスマスを迎えられたら
      どんなに素敵だろう

         もしその願いが儚く消えても
         ぼくは決して忘れない
         きみと共に在ったあの時間

            残酷な死がぼくの命を奪おうと
            世界の破滅がぼくらを分かつとも
            君とぼくが出逢った事実は
            消えたりしないのだから

               ぼくは思う
               ぼくのいままでの人生は
               君を探すためのものだったと
               ぼくのこれからの人生は
               君と過ごすためのものなのだと




              ●出演●

              マリア

              藤井 駿

             西崎 愛美

          愛美の父   愛美の母

             岡野 良太

             岡野 美璃佳

             桂木 雪乃

      北原のおじいさん   北原のおばあさん

          北原富子   光太郎

             リュアナス

     岡野恵美     ヤクザ者     太った男
      稲田     『満天』女将  『満天』常連客
    (民生委員)
     茶髪の男     ガムの男     小児科医
     戸田医師      婦長      看護婦たち
   デパートガール     駅員   ファミレスの親子連れ
    (案内嬢)
     由菜        香      男の子たち
  もう一人のマリア    マリア     マリアたち
             (幼児期)

 ママ   G−36001 A−101754 F−4403
(マム)  A−60115 H−74773  Z−99231他

             自殺未遂の男


             ●特別出演●

             涼原 純子

             相羽 信一

             相羽の母親

               唐沢

         『そばにいるだけで』シリーズ
            寺嶋公香 作より

             ●制作協力●

             永山 智也

             寺嶋 公香

             ●制  作●

               悠歩

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     ■■□   『遠い宙のマリア』   □■■
     ■■□  --Tooi Sorano MARIA--   □■■
     ■■□ 【59億分のいくつかの物語】 □■■
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               完







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