#4336/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 2:16 (198)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(66) 悠歩
★内容
ただ一人、みんなと同じ行為をしなかったは機体番号G−36001。彼女の
娘だけはもう地球に降り立って、その星の人間として暮らしている。
『全てのマリアたちが、あの星に降り立ちましたね』
『ええ、これで良かったのですよね?』
らしからぬ質問。常に蓄積されたデータと、計算によって答えを導き出してき
たママが、初めて他の者へ自分の行ったことの正否を訊ねたのだ。
『それは、これからのマリアたちが決めることです』
『不思議な気分ですね………私たちの故郷が塵芥(ちりあくた)となってしまい、
そこから生まれた星が新たな命を育んでいる。そして故郷の血を継いだマリアた
ちが、この星の一員となる』
『故郷はこの星の一部として生き続け、血はマリアによってその子孫に生き続け
る。いいではありませんか』
『ええ………素晴らしいことですね』
『さあ、行きましょう。ここは私たちの居るべき場所ではありません』
一機、また一機とそれぞれの想い、マリアへの愛を残し、ママたちは地球を離
れていく。
その行き先は誰にも分からない。
分かっているのは、もう二度とママたちがここに来ることはない、と言うこと。
二度とマリアと会うことはない、と言うことだけだった。
小さなクリスマスケーキに、七面鳥代わりのフライドチキン。それぞれ別の景
品としてもらったグラスに注がれた、オレンジジュース。景気づけのための、ク
ラッカーが数本。それから各自数枚のクッキー。良太が純子にもらったものを、
みんなに分けてくれたのだ。美璃佳がもらったものは、とうになくなっていた。
空になった、二つの長靴型の容器を足に履いた美璃佳は、嬉しそうに部屋を走
り回る。ただし本物の靴と違うそれは、柔軟性がないため踵が曲がらず、それを
補うため美璃佳の走りはどたどたと、特に賑やかなものになる。
駿は「下の部屋の人に、迷惑だから」と美璃佳を注意しようとしたが、やめた。
愛美がいなくなり、美璃佳と良太の母親であった女も出て行き、このアパートに
住むのは駿たちと一階の老夫婦の二部屋だけになってしまった。老夫婦の部屋は、
駿の部屋とは反対側にあるので、美璃佳の足音が直接響くことはないだろう。
ささやかだが、いまの駿に用意できる精一杯のクリスマス・パーティ。
贅沢と言えるものは何もないが、良太も美璃佳も、そしてマリアも楽しそうだ
った。もし贅沢と言えるものがあるとしたら、CDラジカセから流れている、駿
が大奮発をして買ってきたクリスマス・ソング集くらいだろう。
舌足らずな美璃佳は、CDより一拍遅れて唄っている。
良太はそんな妹に併せて、わざとタイミングをずらして唄っているようだ。
マリアも美璃佳同様に、CDに遅れて唄っているが、これは単に歌詞を知らな
いかららしい。耳で歌詞を聞いてから唄うため、どうしてもタイミングがずれて
しまう。けれどマリアの歌声は、本職の歌手に劣らぬ、それ以上に美しいものだ
った。駿の贔屓目もあるだろうが、その気になればプロとして充分に通じそうに
思えた。
予算の都合上、明日のクリスマス当日は何も出来ない。明日以降も、かなり生
活を切り詰めて行かなければならない。けれど駿もそんなことは忘れ、今日は楽
しんだ。
楽しいパーティだった。
子どもの頃に、家族と祝ったクリスマス。
学生時代、気の合った連中と騒いだクリスマス。
好きだった女の子と、ロマンチックに過ごしたクリスマス。
そのどれもが楽しい思い出として、駿の心に残っている。だがその中でも一番
ささやかな今日が、一番楽しく感じられた。
「みりかね、クリスマスのぱあてぃ、はじめてなの」
わずかな曇りもない、美璃佳の笑顔。この子の一生の思い出に残るであろう、
最初のクリスマスを駿の手で祝ってやれることが、誇りに思えた。
良太も楽しそうに笑う。いつもこの子の笑顔には、どこか翳りがあった。妹を
気遣い、共にいたいと願っていた良太は、心から笑えることが少なかったのだろ
う。背負っていた荷が軽くなり、やっと子どもらしい笑顔が作れるようになった。
形はどうあれ、実の母親との別離は小さな者たちの心に、きっと傷を残したは
ずだ。もしこの笑顔で傷を癒せたのなら、どんなにいいだろう。そのために、出
来る限りのことをしてやりたいと駿は思う。
やっと決心が出来た、子どもたちを自分が引き取るということ。そのことに悔
いなど、微塵もない。むしろ心が軽くなった想いだった。
けれどまだ、完全に心も晴れ晴れ、とは行かない。いまだ果たせぬ想いが一つ、
駿の心に残されていたのだ。
「うわっ、寒いなあ」
煙草を吸おうと、部屋の外に出た駿は寒暖の差に震え上がってしまう。部屋に
戻ろうかとも思ったが、煙草を諦められず、その場に留まった。
「どうりで寒い訳だ………」
空を見上げて呟く。下からの外灯を光をきらきらと反射させる、白く小さなか
けらが乱舞していた。雪だ。
日陰に残された、黒ずんだ一昨日の雪を応援するため、新しい雪が降ってきた。
子どもたちは、この雪を喜ぶだろうか。
一昨日の雪は、子どもたちを探す駿の心を不安にさせた。足を倒木に捕られて
動けなかった良太も、助けを求めて一人暗い山中をさまよった美璃佳も、辛い気
持ちで雪を見ていたはずだ。
それなのに、この雪を見る駿の心は晴れやかだった。幼かったころのように、
空から舞い落ちてくる雪に心を躍らせている。
子どもたちも、あの日涙で見ていた雪を、今夜は笑って見れるだろうか。
雪が降ってきたよ。
そう子どもたちに声を掛けようと、ドアを振り返った駿だったが止めた。駿が
声を掛けてやらなくても、窓の外を見れば気がつくことだ。何も夢中になって観
ているテレビを、中断させることもない。
それに………
これからは、ずっと子どもたちと一緒にいるのだ。
慌てて呼ぶこともない。いまはだけは、一人で物思いに耽ってみるのもいいだ
ろう。
駿は本来の外に出てきた目的である煙草を、やっと口にする。
「しかし、煙草を吸う度に外に出なきゃならないってもの、考え物だな」
降りしきる雪に白い煙を吹き掛け、駿は思う。
子どもたちが嫌がった訳ではないのだが、つい気を遣ってしまって、今日まで
は外に出て煙草を吸っていた。初めは子どもたちと過ごす間だけの辛抱と考えて
いてのだが、これからはずっと一緒に暮らすことになる。喫煙の度に外に出るの
も面倒だ。
駿が部屋で煙草を吸うことに、子どもたちにも慣れてもらうか。
それともいっそ、煙草を止めてしまうか。
「はは、なんだかまるで父親にでも、なった気分だ」
駿は一人笑う。そして、それが冗談ではないことに気づき、笑うの止めた。
実際、良太や美璃佳のこれからは、全て駿が責任を持たなければならない。も
ちろんそんなことは、初めから分かっていた。子どもたちを引き取ると決めたの
は、あの女に対しての、その場の勢いだけではないつもりだ。
けれどこうして改めて考えると、その責任は決して軽いものでないと気づく。
勢いだけではないと言うものの、こうして一人冷静になる時間を得ると、やは
り自分のとった行動が正しかったのかと考えてしまう。
あの女はまるで犬猫のように、いやそれ以下に子どもたちを扱った。それを許
せないと駿は思った。だがこれは、駿にも言えることなのではないだろうか?
子どもを引き取るのと、ペットを引き取るのでは訳が違う。動物好きに言わせれ
ば、同じであるかも知れないが、その社会的な責任も重大なはず。
ただ食べさせて行けばいい、と言う問題ではない。
一人っ子だった駿は、自分より歳下の子どもの面倒をみることに、慣れてはい
ない。一時ならいざ知らず、これからずっと二人の面倒を見続けていられるだろ
うか。独り身である駿に、子どもたちの親代わりが務まるだろうか。良太や美璃
佳に対し、いずれあの女のような態度を自分も執ったりはしないだろうか。
不安は尽きない。
「いまから泣き言を言ってて、どうするんだ、藤井駿!」
煙草の煙と、白い息と、自分を励ます言葉を口から吐き出す。
忘れなければいいのだ。子どもたちを引き取ろうと決意した瞬間の、自分の気
持ちを。良太の、そして美璃佳の笑顔を。
それは考えるより、難しいことなのかも知れない。けれどいまから悩んでいて
も仕方ない。正直なところ、子どもたちを引き取ろうと決めたのは、同情が強い。
実の母親に愛されず、それどかろか疎まれていた子どもたち。それを哀れに感じ
て、という部分が強い。
しかし結果として、子どもたちと一緒に暮らそうと決めたのだから、その同情
を愛情に変えて行こう。二人とも可愛らしくて、素直な子どもだ。愛するのは、
そう難しいことではないはず。
駿はまだ若い。無理に二人の父親代わりになろうとせず、兄貴になればいい。
そう思うと、少しだけ気分が軽くなるようだった。
「だけど、いきなり二人の子持ちともなると………嫁さん探しも大変だろうなあ」
口にした駿自身、馬鹿なことを言っている、と感じた。
嫁探しなど、するつもりもない。
そばにいて欲しい女性、妻にしたいと思う女性は、この世にたった一人しかい
ない。もう駿には、他の女性を考えることなど、出来なかった。
もしその人が、いつまでも一緒にいてくれるなら。
駿の『奥さん』と、なってくれるなら。
何も不安はない。あの人がいれば、子どもたちとも上手くやって行ける。
あの人がそばにいてくれるなら、もうそれ以上は望まない。
「けどなあ………順番が逆だろう」
指に挟んだ煙草の上に、雪が落ちた。雪は煙草の火に炙られて、溶けていった。
子どもたちを引き取るより先に、彼女にプロポーズすべきだった。と、駿は思
う。
今時の若い女性が、お金もない、社会的地位もない、おまけに二人の子持ちと
なった駿の求愛を受け入れてくれるだろうか。
こんな順序になってしまったのは、駿が彼女にプロポーズをする決心が固まる
より前に、あの女が現れてしまったからに他ならない。本当は、プロポーズを済
ませてから、彼女と相談して子どもたちのことを考えたかった。
ただそれには、彼女が駿のプロポーズを受け入れてくれるものとしての、前提
が必要だった。たぶん、彼女も駿を好いてくれている。普段の言動から、間違い
はないと思う。
けれど無邪気すぎる彼女、純真すぎる彼女は、誰に対しても嫌うということを
知らない。もしかすると駿に対する態度も、他の人に対するものと差違がないの
ではないか。そんな不安が、決心を遅らせていた。
それに彼女に限って、そんなことはないと思いたいが………もし彼女が子ども
たちを引き取ろうと言う、駿の意見を拒んだら。自分はどうしたらいいのか、ど
うしていたのか、それもまた不安だった。
考え事をしている間に、煙草はフィルターまでも焦がし始めていた。駿は雪で
濡れた手すりに押し充て、煙草の火を消す。
なんだかまるで吸った気がしない。
もう一本、吸おう。そう思って、新しい煙草を取り出そうとした時。
「駿、なんだか難しい顔してる」
背中から掛けられた声。
振り返らずとも分かる、彼女、駿の想い人の声がした。
「後ろから見て、俺の顔が分かるのかい?」
口に持って行きかけた煙草を、箱に戻しながら駿は応えた。
「マリアはね、色で分かるんだよ」
ぬうっ、と見慣れた愛らしい顔が横に現れる。この子は疲れというものを知ら
ないのだろうか。ささやかなパーティで、子どもたちと散々はしゃいだ後にも関
わらず、いまだ絶えない笑顔が駿を見つめる。
「また、色が見えるようになったんだ?」
初めはマリアの思い込みに過ぎないと、信じていなかった言葉。それにいま、
駿は素直に応じることが出来る。何よりも、マリアのその力によって良太と美璃
佳を、見つけだせたと言う事実。それが超能力なのかどうかは分からないが、マ
リアの言うことに嘘はない。他の何を信じられなくても、それだけは信じていい。
「うん、でももう、前みたいに、よく見えないんだ」
「どうして?」
「マリアがね、ママから離れて、駿と同じ人間になったからだよ。きっと」
またマリアが不思議なことを言い始める。マリアの言葉には、駿の理解出来な
い多くのものが含まれる。未だ身元の明らかでない、マリアのママとは誰なのか。
駿と同じ人間になったとは、どういう意味なのか。
『そうか………身元も分からないうちに、プロポーズなんて出来ないよな』
ふと駿は、尻込みの言い訳を考えている自分に気がつく。
『関係ない! マリアが何者だって………俺はいま俺のそばにいる、マリアが好
きなんだ。その気持ちは、たとえマリアにどんな事情や過去があっても、変わら
ない』
逃げようとする心を抑えつける。
「あ、あのさ………マリアは、良太くんと美璃佳ちゃんのこと、好きかい?」
「うん、好きだよ」
駿は我ながら、情けないと思う。ストレートに気持ちを告白できず、遠回りの
ことを訊ねている自分が。
「あの子たちと、ずっと一緒にいたいと思うかい?」
「うん、思うよ」
予想通りの答えが、小気味よいほどのリズムで帰って来る。予想通りの答えで
はあったが、それは少し駿の心を勇気づけた。
これで子どもたちのことは、障害にならないと。
「じゃ、じゃあ、マリアは………俺のこと……好き、かい?」