#4307/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 1:48 (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(37) 悠歩
★内容
全く同じ声だけで作られたざわめきが止む。
「私たちは考えなければなりません」
ここはこの事態の発見者であるママが、イニシアチブを取ることにした。
「私たちの任務行動の全ては、母星によって定められた規則に基づいていました。
けれどこのような事態に対しての対処は、あらゆる規定・規則にも定められてい
ません」
『そうね、そもそもこれは、私たちの任務を行うための前提が失われたことにな
るのだから』
「ええ、私たちは自己で勝手な行動を取れるようには創られていません。けれど
緊急時に際してのみ、極力定めに従って自由判断を許されている。私たちそれぞ
れが、この90億年の間にそうした事態を体験して来たでしょう。それによって、
もともとは全く同じに創られた私たちも、別々の個性が生じているはず。ですか
らこの事態に私たちがどう対処すべきか、話し合いをしましょう」
『分かったわ。確かに一機で判断すべき問題ではないものね』
『けれどH−747773はどうするの?』
「待っている時間が惜しいわ………私のマリアがトラブルによって、この惑星の
生命体に接触して感化されてしまっているの。だからみんなのマリアは、起こさ
ないでいてもらったの」
『眠らせてはいるけれど………この惑星に近づいてから、あなたのマリアの影響
を受けているようだわ。この状態ならいつ目覚めてしまっておかしくない』
「だからこそ、判断を急ぐの。H−747773には決定に従ってもらいましょ
う。場合によっては、私のマリアをここの生命体と交戦してでも取り返さなけれ
ばならないし………」
『全てのマリアの処分もあり得るわね』
「ええ」
機械であるママに感情などは存在しない。必要とあらば惑星の破壊も、長い年
月を共に過ごしたマリアの処分さえ辞さない………はずだった。しかし出来るこ
となら、そうした事態は回避したいと思っていた。感情が生じているとは考えら
れなかったが、判断を仲間たちとの相談に委ねたのは、自分の中に正しくマリア
のことを計算として処理できない何かがあったからだった。
それが幸か不幸かは分からない。
機体番号H−747773と呼ばれる宇宙船は仲間たちの中でも、目的の惑星
まで一番遠い位置にいた。そのため星雲間の距離さえものともしない通信も、か
なり悪い状態で受信していた。示された座標の惑星に集まれという内容は理解出
来たものの、他のことについてはさっぱり読みとれなかった。
彼女は90億年間にも渡る習慣に従い、惑星に接近する前に生体探査ユニット
である少女を目覚めさせていた。
いまその少女は、通常の眠りに入っていた。太陽系から太陽系、島宇宙から島
宇宙への移動には膨大な時間が掛かる。生体ユニットである少女はH−7477
73の一部として乗り込んでいるが、寿命は普通の生命体と変わりない。惑星間
の移動に要する時間は少女の寿命を遥かに越える。
そのため移動中の大半の時間、少女は冷凍状態で眠ることで生命活動の一切を
停止させられる。その間少女は全く歳をとることなく生き続けるが、ひとたび目
覚めれば通常の生命活動を行う必要がある。
冬眠から目覚めた動物が、次の冬眠までの間にも普通に眠るのと同じように。
「マム………マムぅ」
眠ったまま、少女はH−747773を呼んだ。ただの寝言であるとH−74
773が気にもとめないでいると、少女はむくりと起きあがった。
「マム………マムぅ………」
目覚めてもなお、少女は彼女のママであるH−747773を呼んでいる。大
粒の涙を流しながら。
『あら、泣いているのね。何か恐い夢でも見たのかしら?』
もともと多感な性格の生体ユニットであるが、特に冬眠を解除した直後は、情
緒が不安定になる傾向が強い。ママによって管理されているはずの記憶の欠片が、
脳内で錯綜し夢となり泣き出すことは、これが初めてではなかった。
「悲しい夢を見たの………」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、姿なきママに少女は訴える。
『悲しい夢? それはどんな夢だったの』
多感な少女ではあるが、生体ユニットが「悲しい」と言うのは非情に珍しいこ
とだった。ママの持つ知識に於ける限りでは、「悲しい」という感情は普通他の
生命体に対しての憐憫である。ママ以外の者と関わった記憶を管理されている少
女が、そのような感情を抱く理由に、興味を引かれる。
「よくわかんないけど………私、女の子に抱きついて泣いてたの………」
『女の子? それはあなたと同じ姿をした生命体ってことね』
「うん………私より、少し若い個体だった。マナミって名前なの。私、マナミに
ごめんなさいって謝りながら泣いてるの」
『まあ。どうしてあなたが、そのマナミに謝っていたのかしら』
「それがね、マナミのオトウサンが死んでしまったの。私ね、そのオトウサンを
助けようとしたみたい………でも出来なくて………オトウサンが死んで泣いてい
るマナミを見て、私も悲しくなってしまったの」
お父さん………父親というものを、少女は言葉の概念としてしか知らないはず
だった。なのに、その親子の情愛に関わる夢を見たのは何故だろう。
考えられる理由は二つあった。
一つはかつて少女の経験した事柄が、記憶の中から完全に削除しきれておらず、
それが夢となった。
そしてもう一つは、いま向かっている惑星の軌道上に集まっているであろう仲
間たち。その中にいる生体ユニットの影響を受けているということ。母星を旅だ
って90億年の間、生体ユニットが他の生体ユニットと出逢うことはなかった。
従ってその際に生じる影響については、予測できないものがある。あるいはその
惑星を調査中のユニットがいるのかも知れない。
いずれにしろ現在少女に現れている感情は、今後の探査に於いて不都合なもの
と思われる。早急な対応が必要だろう。
だが他のユニットの影響であるとするなら、そのユニット自体への対処が必要
である。それはそのユニットが所属するママの役目なのたが………
夜明けが遅く感じられることには馴れている。
妹の美璃佳と共に、ただ不安と寂しさだけが支配する夜が明けるの待ち続けた
のは、一度や二度ではない。
だが自分たちの部屋と変わらぬ造りである駿の部屋で、寝泊まりをするように
なってからは久しくなかった。駿とマリア、二人の大人がそばにいてくれること
で、常に妹を守ってやらなければという、良太の兄としての責任から解放されて
いたのだろう。
だがここ二晩は違っていた。美璃佳はともかく、良太はまた熟睡することの出
来ない夜を過ごしていた。
今日までよくしてはくれたが、所詮駿もマリアも他人なのだ。いつまでもその
保護の下にいることは出来ないと、良太は知ってしまった。
あの日、美璃佳たちを公園に残し、ボールを取りにアパートに戻った良太は、
駿と知らない男の人の話を聞いてしまっていた。
もとより母親ことなどあてにはしていない。同じ部屋に住みながら、滅多に帰
って来ることもない母親。血が繋がってはいても、自分たちを愛そうとしない母
親に、良太は諦めを感じていた。あの母親と別れることになっても、それを悲し
いとは思わない。
施設に入れられても、駿の部屋に来る前の生活と何も変わるものはない。いつ
帰るとも分からない母親を待つ必要がなくなるだけ、いいのかも知れない。
けれど、美璃佳と別れることになるとしたら………話は別だ。
ほとんど記憶に残っていないが、良太はしばらく母親の愛情を受けていたこと
があった。初めての子どもということで、あるいは新しいペットを可愛がるよう
な気持ちだったのか、それは分からない。それでも母親に手を引かれ、勤め先に
連れて行かれたことがある。
その後子育てに飽きた母親が、良太にかまうことはなくなった。昼間は人に預
けられたこともあったが、たった一人で不安な夜を過ごすうち、わずか二歳で母
親の手を借りずとも、身の回りのことは自分でこなす術を覚えた。
そんなある時、良太に妹が出来た。父親は分からなかったが、間違いなく良太
と血を分けた兄妹だ。美璃佳を生むと、今度は全く世話をしなかった母親に代わ
り、良太が妹の面倒をみてきた。本来なら良太自身が、まだまだ親の助けを必要
とする年齢である。それが赤ん坊の面倒をみるのは、並大抵のことではなかった。
それでも良太は、一人で過ごしていた夜を二人で過ごすようになったことが嬉し
かった。
良太にとって美璃佳は、自分の分身。決して欠くことの出来ない存在だった。
その美璃佳と、別々になってしまうかも知れない。他のどんな辛いことにも堪
えられるが、それだけは我慢ならなかった。
そんなことを考えていた良太の眠りは、浅かったのだろう。目が覚めたとき、
部屋はまだ暗く他の三人の寝息が聞こえていた。
「やだ、美璃佳とは、ぜったいにわかれたくない」
何度考えてみても変わらない気持ち。
けれどこのままではいくら良太が願っても、それは適わない。子どもだけで生
きていくことを、周りの大人たちが認めはしないと良太は知っていた。
美璃佳と別れたくない。
良太はその望みを叶えるための方法を、今日までに一つしか考えることが出来
なかった。
実行は急がなければならない。今日明日にでも施設に入れられてしまうかも知
れないのだ。素早く着替えを済ませ、良太は駿やマリアに気づかれぬように細心
の注意を払いながら、美璃佳へと近づく。
「美璃佳、おきるんだ。美璃佳」
大きな声を出せば、駿たちが起きてしまう。だが声を潜め、身体を揺り動かし
ても熟睡している美璃佳はなかなか目覚めない。
「美璃佳、美璃佳」
隣で眠るマリアに注意をしながら、さらに強く美璃佳を揺さぶる。
「んんっ」
小さなうめき声を上げ、美璃佳の目がぱちりと開かれた。
「あれぇ、おにいちゃん」
美璃佳はむくりと身体を起こして、大きなあくびをしながら言った。
妹が『良太』とはつけず、『おにいちゃん』と呼ぶのは久しぶりのことだった。
駿へ部屋で過ごすようになってから、美璃佳は駿と良太を呼び分けるために、
『おにいちゃん』の前に必ず名前を付けていた。
『おにいちゃん』と最後に呼ばれたのは、そんなに昔の話ではないのに、良太
は懐かしく感じた。
「しーっ、大きなこえをだしちゃ、だめだ」
唇に指を充て、良太は元気すぎる美璃佳の声を抑えさせる。
「どおしたの、おそとはまだくらいよ」
良太の仕種に、秘密めいたものを感じたのだろう。美璃佳も声を潜めたが、ど
こか楽しげだった。
「はやくきがえるんだ。お兄ちゃんたちをおこさないように」
「どこか、おでかけするの?」
「ここを出ていくんだ」
「えーっどおして。みりか、いやだよ」
「いいか、美璃佳。よくきくんだ」
良太は、布団の上に正座した美璃佳の小さな肩を掴んだ。
「美璃佳は、ぼくのことすきか?」
「うん、だいすきだよ」
「ほくと、ずっといっしょにいたいか?」
「うん、いたい」
「だったら、ここを出ていかなくちゃ、だめなんだ」
「でもぉ………みりか、りょうたおにいちゃんと、しゅんおにいちゃんと、マリ
アおねえちゃんと、みんなといっしょにいたいよ」
「それは出来ないんだよ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ほんとうはよその人だろ?
だからいつまでもいっしょには、いられないんだ。もしぼくたちがいつまでも
ここにいると、ぼくと美璃佳まで、わかれることになってしまうんだ」
「やだ、そんなの」
「それならいそいで」
「………」
言い聞かせても、美璃佳はまだ納得出来ていないようだった。泣き出しそうな
顔をしながら、眠っている駿とマリアを見つめている。
「それならしかたないね。美璃佳はここにいろ。ぼくは出ていくから」
はっきりしない美璃佳をそのままに、良太は一人ドアに向かい、部屋を出て行
く真似をした。
「まって。みりかもいくよお」
半泣きの声がして、良太は振り返った。美璃佳の声が大きかったので、他の二
人が起きてしまうのではないかと思ったが、駿が唸りながら寝返りを打っただけ
だった。
「よし、じゃあお兄ちゃんたちがおきないうちに、はやくきがえて」
「………うん」
美璃佳の着替えを手伝って済ませると、良太はその手を引いて部屋を出ようと
した。だが美璃佳は動こうとしない。
「どうしたんだよ、美璃佳」
「ちょっとまって。このこも、つれていくの」
美璃佳は良太の手を振りほどくと、部屋の隅で壁にクマのぬいぐるみと並んで、
もたれ掛かっている人形を抱き上げた。
「そんなもの、じゃまになるよ。おいていったほうがいい」
「だめ。サンタさんが、しゅんおにいちゃんにたのんで、みりかにプレゼントし
てくれたんだもん」
美璃佳の身体よりわずかに小さいだけの人形は、どう考えても荷物にしかなら
ない。良太はなんとか人形を置いていくように説得してみたが、これに関して美
璃佳は頑なだった。