#4306/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 1:47 (200)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(36) 悠歩
★内容
「他には、なんにもないもの………西崎って名字の他には。私とお父さんを繋ぐ
ものが………それだけが、お父さんが私に残してくれたもののような気がして。
だから………」
話しながら愛美は自分の気持ちが、高ぶって行くのを感じた。このままでは、
また泣いてしまいそうだったが、それをぐっと堪える。
「でもさ、ぼくはお父さんが西崎さんに残したのは、名字じゃないと思うよ」
「どういうこと?」
「上手く言えないけど………ぼくは西崎さんのお父さんや、お母さんのことは全
く知らない。でも西崎さんには十三年間、親子として暮らした確かな思い出があ
るだろ? 一緒に泣いたり笑ったり、強く叱られたこともあったかも知れない。
同じ食卓でご飯を食べながら交わした些細な会話でも、西崎さんはよく覚えてい
るかも知れない。
それは西崎さんだけが持っている、名字や形のある品物なんかより、確実なも
のじゃないかと思う」
「うん………そうかも知れない。でも、納得するには時間が掛かりそうだわ」
愛美は足元の小石を蹴った。
「ごめん………なんだかぼく、西崎さんの気持ちも考えず、勝手なことを言って
る」
「ううん、そんなことないよ。私、もし相羽くんとお話出来なかったら、まだ泣
いてたと思う。きっと泣きすぎて、ミイラになってたわ」
父が死んでから、三時間余りが過ぎたばかり。決してまだ立ち直ったとは言え
ないが、冗談を口に出来るようになってきた。
「ねえ、訊いていい?」
「なに?」
「相羽くん、好きな子がいるって言ったよね。もう告白したの?」
「えっ………そ、それは……」
薄暗い中ではあったが、相羽の顔に紅みがさすのが分かった。それは寒さのた
めなどではない。
「教えて欲しいな。私の気持ちに、整理をつけるためにも」
言いながら、自分でもずるいと感じていた。愛美がそう言えば、相羽は話さざ
るを得ないと計算していたのだ。
「まだしてない」
短く、早口な応えが返ってきた。
「じゃあ、相手の子は相羽くんの気持ち、知らないんだ」
「………気づいてないと思う。嫌われてはいないと思うけど」
「早く告白すればいいのに。だってこれは、相羽くんとその子だけの問題じゃな
いもの」
「えっ? どういうこと」
「相羽くんに想いを寄せてる子って、私の他にもたくさんいるもの。クラスの子
が相羽くんの噂をしているのを、何度も聞いてるわ。あと相羽くんクラスの子、
町田さんとか涼原さん? なんかとも、相羽くん、よくお話ししてるでしょ」
「それは………町田さんたちとは、小学校が一緒だったから仲がいいだけだよ。
それだったら男子の清水とかもそうだ」
「でもね、違うよ。女の子同士だから、分かるのかも知れないけれど。他の男の
子と話しているときと、相羽くんのときでは。
相羽くん、優しいから。女の子は期待しちゃうのかも」
「別に優しくなんかないよ。普通だよ」
「優しいわ。だって、ちょっとお話ししただけで、それまで知らなかった私のた
めに、来てくれたもの」
「ぼくじゃなくても、あんな電話が来たら、誰だって心配するよ」
「相羽くんって、自分で自分の優しさに気がついてないのかな。だからみんなに
好かれるのね………あっ!」
見上げた空に、光の帯が流れていた。
「どうしたの?」
「流れ星だわ。あっ、ほらまた」
愛美は空を指さす。
相羽も愛美の指さす先を目で追った。
「すごい………ほら、また流れてる」
幾筋も星が、次々と天空を駆けめぐる。まるで流れ星が編隊を組んで、航空シ
ョーをしているようだった。
「なんか、変だな」
繰り広げられる美しいショーに似つかわしくない、怪訝そうな相羽の声。
「これだけの流星群が来るなら、事前に分かっていてもおかしくないのに………
それに、なにか流れ星らしくない」
相羽の声は疑念に満ちていたが、愛美にはさほど気にならなかった。男の子は
目の前で起きる事象に、必要以上の疑惑を持つものだ。相羽もこの流れ星のショ
ーをUFOの襲来か、大国の秘密兵器、あるいは未知なる生物の仕業と考えたの
だろう。しかし愛美には、ただ美しい自然の現象。強いて何者かの意志が、そこ
にあるとしたら………死んだ父の、最後の贈り物かも知れないと思った。
「でもね、ときによっては、優しすぎるのも相手を傷つけるのよ」
流れ星たちが地平の彼方に消え、愛美は話を続けた。
「私なんてばかだから………変に期待しちゃってたのかも。ひどいよ、相羽くん」
もちろん本気で責めているのではない。いや、内心は本気だったかも知れない
が、努めて冗談ぽく口調を装った。
「ごめん………」
「あ、謝らないで………私、調子に乗って言い過ぎたみたい」
少々図に乗りすぎたと、愛美は反省する。思えば、愛美がこれほどまで人と話
をするなどということは、久しく覚えがない。話をすることに不馴れなために、
そのルールが身についていなかったのかも知れない。
「そんなこと、気にしなくていいけど………安心した」
「安心?」
「うん。本当はまだ辛いのだろうけど、西崎さん、普通に話せるようになったも
の」
「そう………だね。これも相羽くんのおかげよ」
「それから、ぼくに敬語、使わなくなってくれた」
そう言って、相羽はこれまで愛美が見た中で、一番いい笑顔をしてくれた。
「本当だ………私、いつの間に」
そんな相羽につられるように、愛美も笑った。
「ここ?」
古いアパートの前で足を止めた愛美に、相羽が訊ねてきた。
「うん………汚いアパートでしょ? だから恥ずかしくて、この前は途中までし
か送ってもらえなかったの」
愛美はくすんだ色の壁面を見上げて言った。この周辺でも、特に古い建物であ
る若葉荘。そのみすぼらしいとも思える景観は、少し前の愛美なら、決して相羽
に見せる気にはならなかっただろう。
「あっ、愛美ちゃん帰ってきた!」
その声がすると、陰鬱ささえ漂う若葉荘に光が射すように感じられる。アパー
トから飛び出してきたのはマリアだった。続いて駿も現れる。
「同じアパートの人たち」
愛美は相羽へ耳打ちをする。
「うわあああん、愛美ちゃん」
愛美を見つけた時には笑顔だったマリアが、突然表情を崩す。そして歪んだ表
情のまま駆け寄り、愛美に抱きつくと大声で泣き出してしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
何のことだか分からないが、マリアは愛美の胸の中で泣きながら、ひたすら謝
っている。何か言いたげに後から来た駿も、泣きじゃくるマリアに驚き、立ち尽
くしていた。
「マリアさん、どうしたんですか?」
マリアが自分に抱きついて泣く理由が分からず、愛美は戸惑っていた。
「ごめんなさい、愛美ちゃん………マリア、なんにも出来なくて………愛美ちゃ
んのお父さん、助けてあげられなかったの」
「そんな、そんなことでマリアさんが?」
これでマリアの泣く理由は分かったが、納得は出来なかった。医者でもないマ
リアが、戸田医師さえも手の打ちようのなかった父を助けられるはずもない。も
ちろん愛美とて、そんなことをマリアに期待などしていない。
なのにマリアは泣いている。まるで自分の身内のことのように。
「泣くなよ、マリア。マリアが泣いていると、一番悲しい愛美ちゃんが困るだろ
う」
駿がマリアの肩に手を置く。するとマリアは振り返って、今度は駿に抱きつい
た。
「だって………マリア、もし愛美ちゃんが帰ってこなかったら………どうしよう
かと思ってたんだもん」
まだ当分泣き止みそうにないマリアの頭を撫でながら、駿が愛美へと向き直っ
た。
「愛美ちゃん、マリアじゃないけれど、みんな心配してたんだよ。良太くんや美
璃佳ちゃんも、さっきまで起きて君のことを待っていたんだ」
「ごめんなさい………」
その言葉は、愛美の口から素直に言うことが出来た。
駿やマリア、良太や美璃佳、そして相羽。独りきりになってしまったと思って
いたのに、自分を心配してくれる人がいた。それが嬉しかった。
「とにかく、帰って来てくれてよかった………ところで、その子は?」
相羽を見ながら、駿が訊いてきた。
「相羽信一と言います。西崎さんとは、同じ学校の同級生です」
それまでマリアたちとのやり取りを、一歩下がっていた相羽が、軽く会釈をし
ながら自己紹介をする。
「私、わがままを言って………相羽くんにしばらく、話を聞いてもらってたんで
す。だから私、もう大丈夫です」
「そうか、ありがとう。相羽くん」
「いえ、ぼくは何もしてませんから。じゃあ西崎さん、ぼくはこれで」
「うん………今日は本当に、ありがとう」
軽く手を挙げると、相羽は自転車に跨って走り出す。
「あっ、相羽くん!」
まだ何か言い足りない。それが何か分からないまま、愛美は相羽を呼び止めて
しまう。
「ん? どうしたの、西崎さん」
自転車を停めた相羽は、首だけで振り返った。
だが呼び止めた愛美にも、言うべき言葉はない。ただ彼との時間を引き延ばし
たいがため、呼び止めてしまったのかも知れない。愛美自身にも、よく分からな
かった。
「相羽くん、これ」
咄嗟に愛美は、手に持っていた物を相羽へと投げ渡す。空中に綺麗な弧を描き、
それは相羽の手へと吸い込まれた。
「………寒いから」
「ありがとう」
相羽の手に渡ったのは、愛美の使っていた使い捨てのカイロ。相羽は上着の襟
元から、それを中へと入れた。
間接的に相羽に触れているようで、カイロを自分が持っていた時より愛美の身
体は熱くなってしまう。そしてその胸で泣いた自分を思いだし、恥ずかしくなる。
「お休み。それじゃ、また」
そう言い残し、今度こそ相羽は走り去っていった。
完全にその背中が消えるまで見送りながら、愛美は寂しく思う。相羽の言い残
した「また」が再びあるのかと。
『こちらA−101754。G−36001、聞こえる?』
久しく使われていなかった通信機から、明瞭な声が飛び出してきた。
「ええ、聞こえるわ」
待ちかねていた相手から、ようやく連絡が入ったというのに、ママは事務的な
声で対応する。
「あなただけなの? A−101754」
『こちらF−4403』
『私もいるわ、A−60115よ』
『Z−99231です』
次々に仲間たちの声が入ってくる。
この太陽系が生まれる遥か以前から沈黙を続けていた通信機が、久しぶりにそ
の役目を発揮する。
『H−74773が少し遅れているわ、あと19時間ほど掛かりそうよ』
「そう、仕方ないわね………彼女が来ても、178機。ずいぶんと少なくなった
ものね。母星を経った時には、1000機もの仲間がいたのに」
『90億年ですもの。私たちの旅が始まってから。よくこれだけの仲間が残って
いたものだと思うわよ』
通信機がママに届ける声は、遅れている一機を除いても176機の仲間たちの
もの。だがそれらはどれも全く同じ声をしている。しかしママにはどれが誰の発
言なのか、はっきりと区別することが出来た。
『それにしても驚いたわ。60億年ぶりに仲間から入った連絡が、あんな内容で』
『私もよ、てっきりG−36001が狂ってしまったのかと思ったわ』
「その可能性は私も考えてみたわ。あるゆる角度から計算をし直してみたし、私
自身のシステムのチェックも、何度もしてみたわ。その結果は連絡した通りよ。
計算に間違いはないし、私にも異常はない。あなたたちの意見を訊きたいわ」
『あなたと同じよ、G−36001』
『ええ、私の計算結果も同じだわ』
「つまり、ここにいる全ての者のシステムに致命的な異常があるのでなければ…
……」
『その可能性も100%否定は出来ないけれど、限りなくゼロに等しいわね。』
『もしそんなことになっていたとしたら、私たちのこれまで役目の意味さえ、怪
しくなるわね』
『この計算結果が正しくても同じよ。これは私たちの任務が無意味になったとい
うことですもの』