AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(26)  悠歩


        
#4296/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:37  (198)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(26)  悠歩
★内容
 無理をして買った花火セット。それが今日まで開封されることもなく、押し入
れの中に眠っていた。一緒に遊んでくれる大人がいなかったから………
 『おとなのひとと、あそびましょう』
 花火セットに書かれている、そんな注意書き。子どもたちは、それを忠実に守
っていたのだ。
「ねえ、駿。いまから、はなびしようよ!」
 断る理由がなくなってしまった。
「風が吹いてきたら、中止にするよ。いいね?」
「うん。やったあ!」
 マリアと美璃佳は、繋ぎあった手を大きく振って喜んだ。

 吐く息が白く染まる中、花火も何もあったものではない。
 公園に着いた駿は、いまさらながら後悔をしてしまう。バケツ代わりに水を入
れてきたヤカンが、歩く度にちゃぷちゃぷと音を立て、寒々しさを盛り上げる。
 ところがマリアと美璃佳は、冬場の花火というミス・マッチを気にする様子な
ど微塵もない。手を繋いで、スキップするような足どりで駿の前を歩いている。
ただ良太だけが、駿と同意見なのか、無言で妹の後ろを歩いていた。
「この辺でいいだろう」
 ヤカンを足元に置き、駿が声を掛けると、前を行く三人の足並みがぴたりと止
まった。ちょっとした部隊の隊長にでもなったような気分だ。
「花火セットの中に、ロウソクが入ってないかな」
「あるよ!」
 ばりばりと花火セットの袋を開き、小さな台座の付いたロウソクを美璃佳が取
り出す。駿はそれを地面に立てると、使い捨てのライターの火を充てる。気温が
低いためか、なかなか思うように火が点らない。いつの間にか、珍しいものを見
るかのようにマリアと美璃佳がロウソクの周りを囲んで、しゃがみ込んでいた。
「ねえ、まだ?」
「もうちょっと待って………芯が湿気ってるのかな?」
 少し苛立った駿は、ロウソクを口にくわえて煙草のように吸ったら、火がつき
やすいのではないかと、馬鹿なことを考えてしまう。
「よし、ついた」
 ようやくロウソクの芯に火が点ると、駿は炎の周りを手で囲み、風を防ぐ。や
がて炎が安定して燃え出すのを確認して、手を離した。
「もういいよ、花火に火をつけても」
 駿の言葉を待ちかねていたように、マリアと美璃佳が同時にロウソクの炎に花
火を近づけた。
「順番にやらないと、危ないよ」
 と、注意しかけた駿だったが、その必要はなかった。
 美璃佳の方が、さっと花火を退いてマリアに先を譲ったのだ。そのことに気づ
いた様子もなく、マリアは花火の先の帯状になった紙の部分を、火に充てる。め
らめらと紙が燃えだし、少しするとジェット噴射のような炎が噴き出した。
「わあっ、凄い。ねえ、駿、見て見て!」
 オレンジ色の炎が、真っ直ぐに駿の方へ向けられる。
「うわっ、あちっ! 駄目だよマリア、花火を人に向けちゃ」
「あ、ごめんなさい」
 すぐにマリアは謝ったが、その顔に反省の色は見られない。嬉しそうな笑顔が
あるだけだった。

 冬の夜は、空気が澄んでいるせいだろうか。みんなのはしゃぐ声が、公園の端
々にまで響き渡るようだった。その絶頂は、セットの中にたった一つだけ入って
いた、打ち上げ花火に駿が火をつけたとき。
 子ども向けのセットに入っていたものなので、たいして大きな物ではない。噴
き上がる火柱も美璃佳の身長程度。それでもマリアと美璃佳を喜ばせるのには充
分だった。
 何度注意をしても、美璃佳は降り注ぐ炎ぎりぎりまで近づいては、黄色い声を
上げながら逃げていくということを繰り返した。
 そして最後に残されたのは、お決まりの線香花火。自分の過去を思いだしても、
友人たちに訊いてみても、最初にこれをやる奴はいない。まるでそれが法で定め
られているかの如く、誰もが一番最後に線香花火をすると言う。
 パターン通りであると思いつつ、やはり他の花火で騒いだ後を線香花火で締め
る、と言う図式は崩したくないものだ。
 ただしいまが冬場であることを考えれば、より寒々しさを演出しそうな気もす
るのだが。
「揺らしたら駄目だよ。この火の玉が落ちたら、終わりだからね」
「うん」
 向かい合って屈み込む、駿とマリア。
 その手には、お互い一本ずつの線香花火。
 弱々しい炎が描く模様は、冷たい空気の中で、空から落ちて来た雪の結晶にも
似ている。
 不思議と線香花火を始めると、誰もが感傷的な気分になるものだ。それは、マ
リアとて例外ではなかった。先ほどまで、美璃佳以上にはしゃいでいたのが嘘の
ように、静かに炎の創る結晶を見つめている。少し離れた場所では、良太と美璃
佳の兄妹がやはり物静かに線香花火を見守っていた。
 淡い炎に照らされ、マリアの顔が儚げに映る。
 もう駿は、花火など見てはいない。
 季節感のない、冬の花火など面倒なだけだと思った。けれどマリアや美璃佳が
思った以上に楽しそうで、それはそれで良かったのだと思えた。そしていま、ど
こか憂いのあるマリアの顔を見ながら、花火をやって良かったと思う。
「花火を見たら、ママも変わるかな?」
「えっ、何か言った?」
 マリアが何か呟いたのを、駿は聞き逃してしまった。慌てて聞き返す。
「ううん、なんでもないよ。ひとりごと」
 微笑むマリア。
 その笑顔を見ていると、駿は呼吸が苦しくなるのを感じた。
 夏になったら………夏になったら、マリアに浴衣を着せて、もう一度花火をし
たい。駿はそう思った。
「あのね、駿」
 マリア小首を傾げる。
 その動きに合わせ、さらさらと髪が流れていく。
 ごくり。
 思わず唾を飲み込んだ音に、駿自身ず驚いてしまう。
「な、な、なに」
 どうして、どもる必要があるのだろう。駿は自分で自分をみっともないと感じ
る。
「落ちちゃったよ」
「え?」
「ほら、駿のはなび」
「あ、ああっ!」
 手元の線香花火の先に、あるはずの玉は消えていた。その真下、地面に落ちた
玉が最後に二度、結晶模様を描き輝きを失うところだった。



「ねえ、りょうたおにいちゃん。はなび、きらいなの」
 さっきから、ずっと黙ったままの兄が気になって、美璃佳は下から顔を覗き込
む。
「ん、そんなことない。楽しいよ」
「だってりょうたおにいちゃん、さっきから、こわいかおしてるぅ」
 その時、美璃佳の線香花火から炎の雫が垂れ落ち、消えてしまった。
「ああん、きえちゃった」
「動かないで、美璃佳」
 泣きそうになった美璃佳の花火の先に、良太の花火が寄せられた。わずかに煙
が立ち昇っていただけの花火の先に、繊細な模様を空に放つ炎の玉が吸いついた。
やがて炎の玉は二つに分かれ、それぞれが美璃佳と良太の花火の先に宿る。
「わあ。りょうたおにいちゃんと、はんぶんこだね」
 なんだかとても嬉しくなって、美璃佳は良太に笑いかける。
「美璃佳は、お兄ちゃんのこと、すきか?」
「うん、だいすきだよ」
「ずっと、お兄ちゃんといっしょにいたいか?」
「うん、いっしょにいたい。みりかとねぇ、りょうたおにいちゃんとお、しゅん
おにいちゃんとお、マリアおねえちゃんとお、ずっといっしょにいるの!」
「だめだよ、それは」
 良太は、少し怒ったような声で言った。
「りょうたおにいちゃん、おこった………」
「あ、ごめん。べつにおこったんじゃないだ」
 そう言って良太が、美璃佳の髪を優しく撫でた。
「でも駿お兄ちゃんや、マリアお姉ちゃんとは、ずっといっしょにはいられない
んだよ」
「どうして? みりか、ふたりともだいすきなのにぃ」
「ぼくだってすきだよ。でも、駿お兄ちゃんたちは、ほんとうのお兄ちゃんじゃ
ないだろ? だから、ずっといっしょにいることはできないんだ」
「そんなの、みりか、いやだ………」
 せっかく良太から火を分けてもらった線香花火だったが、とうとう燃え尽きて
しまった。もう模様を放つことのなくなったその先が、最後に強く光ったかと思
うと、そのまま消えてしまう。
「わがまま言うと、ぼくともいっしょにいられなくなるんだぞ」
「うそ。りょうたおにいちゃんと、みりか、ずっといっしょだったじゃない」
「だから、これからもいっしょにいたいなら、わがまま言っちゃだめなんだ」
「……………」
 美璃佳はしばらく考え込んだ。
 駿もマリアも大好きなのに。
 誰とも別れたくはないのに。
 でもいままでいつも一緒だった良太と別れるなんて、もっと嫌だった。
 美璃佳にとって、滅多に帰って来ない母親よりも、兄である良太の方が何倍も
近しい存在だった。
「みりか、わがままいわない………」
「よし、じゃあこれからも、美璃佳とお兄ちゃんは、ずっといっしょだ」
 やっと良太が笑ってくれて、美璃佳は安心した。
 本当はまだ言いたいことがあったけれど、良太を怒らせてしまいそうで言えな
かった。
『しゅんおにいちゃんがパパで、マリアおねえちゃんがママだったらいいのに』
 口には出さず、心の中で思うだけにした。



 使い終わった花火は、一カ所に集められた。そしてその上から、ヤカンの水を
花火の燃えかすに掛ける。完全に火が消えたのを確認し、駿は花火の燃えかすを
ビニール袋へと入れていく。
 気のせいか、花火をやる前よりさむ寒くなったように感じる。
「さあ、これで全部終わりだ。早く帰って暖かくしないと、風邪をひいちゃう」
 みんなを促し、駿自身も公園の外に急ぐ。公園を出たところで、駿は見知った
顔を見つけた。105号室の住人、北原の老夫婦だった。
「あ、こんばんは。北原さん」
「おじいちゃん、おばあちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
 駿に倣って、マリアたちも挨拶をする。
「あらあら、こんばんは。藤井さんに、良太くんと美璃佳ちゃん。えー、それか
らそちらのお嬢さんは………」
 おばあさんは、マリアの顔をじっと見つめて名前を思いだそうとしている。が、
なかなか出てこないようだ。駿や良太たちと違い、最近現れたばかりのマリアは
覚えられていないのかも知れない。
「私、マリアだよ」
「そうそう、こんばんはマリアさん」
 マリアが笑って名乗ると、おばあさんも笑いながら応じた。
「こんな時間に、みなさんお揃いで、どこかへお出かけでしたか?」
「いえ、この子たちが花火をしたいって言うもんですから」
「まあ、冬に花火ですか」
「ええ、まあ。北沢さんは、こんな時間に散歩ですか」
「この人が、外に出たがったものですから」
 おばあさんは、それまで無言で立っていたおじいさんを見ながら、そう答えた。
「富子がな………泣いているんだ」
 ぽつり、とおじいさんは言った。
「富子?」
「私たちの娘の名前です。とうに亡くなりましたが、この人、もうそれも分から
なくなってしまったんですよ」
 寂しげにおばあさんが言った。
「なあ、お嬢さん。富子を見なかったかい?」
 おじいさんは、ふらふらとマリアに近づきながら訊ねた。
「富子ちゃん?」
「そう、富子だ。どこかで泣いている」
「うーん」
 口元に指を充てて、マリアは考える。考えたところで分かるはずもないのだが。
「おじいさん、マリアさんは富子のことを知りませんよ」
 答えに窮しているマリアを見かね、おばあさんはおじいさんの手を引いて、そ
の場から去ろうとした。
「マリア、知ってるよ」
「お、おい、マリア」
 駿は慌てた。




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