AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(24)  悠歩


        
#4294/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:36  (197)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(24)  悠歩
★内容



 部屋の中央に置かれた大きなカプセル。
 半分にした円柱を横たえた形の、ガラス張りになった上部がスライドして開く。
 それからしばらく間を置き、二本の細い腕が伸ばされた。
「ふわあぁぁっ」
 大きなあくびが一つ。続いて裸の少女が、ゆっくりとその身を起こした。
「おはよう、マム。私、どのくらい寝てたのかな?」
『150年くらいかしら。気分はどうかしら』
「まあまあかしら。でも早いね、150年なんて。次の太陽系まで、時間が掛か
りそうだって言ってたのに」
 少女は一糸纏わぬ姿のまま、カプセルから出て立ち上がる。爪先を床につけて
足首を回してみたり、その場で飛び跳ねてみたり、自分の身体を確認する。
『事態が変わったのよ。どうしても行かなければならない惑星があるの。数日後
には到着の予定だから、あなたも用意なさい』
「えっ、それってもしかして?」
 顔を上げた少女の瞳が、きらきらと輝く。そこに浮かんだ期待の色は、誰が見
ても逃すことはないだろう。
『ええ、まだ分からないけれど。上陸するかも知れないわ』
「ほんと!」
 溢れるばかりの笑顔。
 久しぶりに土が踏めるかも知れない。
 久しぶりに風に当たれるかも知れない。
 久しぶりに水で泳げるかも知れない。
 そして、久しぶりに自分以外の生物に出会えるかも知れない。
「ねえ、どんな星なの? ピーピングを行かせてるんでしょ。見たい、見たい、
見たい、見たい、見たいよお」
『しょうのない子ね。いいわ、見せてあげるから、コントロール・ルームへいら
っしゃい』
「はあい」
 元気良く応え、少女は部屋を飛びだした。服などは着ないで。
「とおちゃあく! あっ」
 全速力でコントロール・ルームにたどり着いた少女は、そこで自分を出迎えた
立体映像に、息を整えることすら忘れて魅入ってしまった。
「きれい………きれいだよぉ」
 理由なんて分からない。
 けれど蒼い惑星の立体映像に、少女の心は震えていた。
 陶然とした眼差しで、ただ映像を見つめるだけだった。



 くゆらせた煙草の煙が、開かれた窓に近づくと突然、吸い込まれるようにして
外へ流れていく。
 どこかで雀たちがさえずっている。
 風がないので、窓から射し込む陽も暖かい。
 子どもたちに気を使っていたため、たまにしか吸えない煙草だったが、あまり
旨いとは思わなかった。これからのことを思って、気が滅入っているからのなか。
 手狭に感じていた六畳一間。いきなり三人もの居候が増え、なおさら狭く思っ
ていたのに、一人でいると意外に広いものだ。
 駿は部屋の隅に仲良く並んだ、人形とクマのぬいぐるみを見つめた。
 マリアと良太たちは、近くの公園で遊んでいる。来客の予定があるので、駿が
マリアに頼んだのだ。
 いままでは、マリアや良太たちが常にそばにいて、ものをゆっくりと考える暇
もなかった。それがこうして、突然一人になる時間が出来ると、いろいろ余計な
ことまで考えてしまう。
 とうとう今日まで聞き出せずに来たが、マリアは何者なのだろう。そろそろ一
週間にもなるが、未だマリアは帰ろうとする素振りも見せない。またマリアらし
い人物を探している人の話も、関わりがありそうな事件の報道も聞かない。強い
て挙げれば、あの晩の翌日駿たちも目撃した隕石についての報道がされていたく
らいである。
 けれど別段、マリアについて駿は何も焦りはなかった。彼女と一緒にいること
は心地よい。
 見かけのわりには幼いところもあるが、あばたもえくぼ。馴染んでしまえば、
それもまたマリアの魅力に感じる。
 最初のうちは、出会ったときにいきなり彼女の裸を見てしまったため、気持ち
が昂揚してしまったのだろうと思っていた。
 一人前の成人男子、しかも独身の駿。若くて可愛らしい女性の裸を目にして、
何も感じない訳がない。まして前の彼女と別れたばかりで、寂しさもあった。
 あの時、良太や美璃佳がそばにいたことは幸運だった。もし子どもたちがいな
かったら、自分がどのような行動に出ていたか、あまり考えたくはない。
 だからこそ、駿はマリアを一人の女性として見ないように心がけていた。もっ
とも特に意識しなくても、子どもたちと同じ部屋で暮らすのは思った以上に、て
んてこ舞いさせられそんなことを考える余裕もなかった。またほとんど子どもた
ちと変わらない、マリアの性格にも助けられていた。
 しかし改めて考えてみると、マリアという女性は駿にとって好ましい存在だっ
た。いや、好ましい存在になっていた。
 もともと駿の好みの女性は、もっと淑やかなタイプ。この冬、別れたばかりの
彼女がそうだったように。マリアのように子どもっぽいタイプは、決して恋愛の
対象にはならないと思っていた。
 ところが同じ部屋で寝起きし、同じ時間を同じ場所で過ごすうちにマリアに対
しての情が湧いてきた。裸を見てしまったから、という事実も否定は出来ない。
けれど性的な意味でなく、共にいることで気分が安らぐのだ。初めは、妹がいた
らこのように感じるものなのだろうと思った。だが違う。いま駿がマリアに抱い
ている感情は、肉親に対するようなものではない。
 もし叶うなら、ずっとマリアと同じ時間を過ごしたい。
 マリアの身元が分かったのなら親、あるいはそれ以外の保護者に挨拶をしたい。
もちろん、マリアがまだ何かの犯罪に絡んでいる可能性は残されている。けれど
あの性格から、被害者になることはあっても、自らが積極的に関与していること
はあり得ないだろう。
 それ以前に、この想いは全て駿の一方的なものである。まだマリアの気持ちを
確認した訳ではないのだから。だが少なくとも、駿に対してある程度以上の好意
をマリアも持ってくれているだろうと思われる。全く脈がないこともなさそうだ。
 なによりこれから先身元が知れ、マリアがこの部屋からいなくなってしまう日
が来ることなど、もういまの駿には考えられない。
 しかし………良太や美璃佳は、そうはいかない。
 子どもたちには、ちゃんとした親が必要だ。いつまでも、たまたま隣に住んで
いただけの駿が保護者代わりを気取り、ままごとのような家族ごっこを続けてい
ることは出来ない。
 駿とて、やはり数日間共に過ごしたことで、子どもたちにも情が湧きつつあっ
た。けれどマリアと子どもたちでは事情が異なる。
 何より駿の力では、いつまでも子どもたちの面倒を見続けることは不可能だ。
経済的にも、精神的にも。
 これ以上深みに入らないうち、いまでも充分入ってはいるが………子どもたち
の将来のためにも、然るべき手段を執るしかない。
 トントントン。
 ドアが三回、ノックされた。
「はい、どなた?」
「先日、連絡しました稲田です」
 男の声。どうやら、待っていた来客が訪ねて来たようだ。
「あ、どうぞ。鍵、開いてますから」
「それでは失礼します」
 ドアがゆっくりと開かれ小柄な、しかしきちっとした身なりの中年、いやそろ
そろ初老に差し掛かった男性が入ってきた。

「やはり母親は、親権を放棄したと思って良さそうですね」
 老眼鏡を掛け、民生委員の稲田は手にした資料に目を通している。
 稲田の話によると、良太たちの母親は数日前、駿が最後に姿を見た日から勤め
先のランジェリー・パブを無断欠勤しているらしい。
 もともと遅刻・欠勤の常習者だった彼女だが、今回は長すぎる。どうやら彼女
の馴染み客と駆け落ちしたのではないかと、従業員たちの間ではもっぱらの噂だ
そうだ。あの日駿が見掛けた、彼女と一緒にいた男がそうなのだろう。
 またそのランジェリー・パブに勤める際、彼女は子どもがいることを隠してい
た。確かに若く、プロポーションもそれなりに整った女性だったので、誰も疑い
はしなかったようだ。
「子どもをほっぽって駆け落ち、ってだけでも親としてどうかと思いますがね。
もう一つ困った事がありましてねぇ」
 稲田はさらに話を続ける。
 それによると、彼女と駆け落ちをしたらしい相手の男にも、かなり問題がある
と言う。何でも最近、警察から覚醒剤の売人として手配されたばかりだそうだ。
しかも以前にも覚醒剤の売買で逮捕され、実刑を受けている常習犯なのだ。
 駆け落ちというのも、男が事前に警察の動きを察知し、姿をくらました可能性
が高い。
「岡野さん覚醒剤に関与しているか、分かりませんがね。場合によっては、彼女
も警察に手配されるかも知れませんね。
 どちらにしろ、岡野さんに子どもを育てる意志はなさそうですし。あったとし
ても、任せることには疑問ですねぇ。父親か、あるいは彼女との双方どちらかに
親戚がいればいいんですけどねぇ。父親は不明ですし、岡野さんは経歴が全くは
っきりしない。
 やはり私としては、然るべき手続きを経て、子どもたちは福祉施設に入れた方
がいいと思いますよ」
「はあ」
 駿は曖昧な返事で応える。
 いまどき、そんなこともないだろうと思いながらも、施設というのはいいイメ
ージがしない。そんなところに、良太や美璃佳を入れてしまうのは不憫な気がす
る。かと言って、駿に何かしてやれる訳でもない。
 それは仕方ないことだ。同情だけで、子どもたちを助けることは出来ない。
「それで孤児院………いや、施設に入れたとして、そのあと良太くんたちはどう
なるんです?」
 つい、『孤児院』と口にしてしまい、すぐに訂正をする。『孤児院』ではそれ
こそイメージが悪く思えるし、稲田の眉が痙攣するように動くのが見えたからだ。
「私も詳しくは知れませんけどねぇ。中学を卒業するくらいまでは、いられるよ
うですよ。まあ、里親が見つかって、引き取られる場合もあるそうですが。特に
美璃佳ちゃんですか? 小さい女の子は可能性が高いみたいですね。ま、男の子
でも良太くんくらいの歳なら、引き取り手があるかも知れないですが」
「じゃあ、もしかすると良太くんと美璃佳ちゃんは、兄妹で別れ別れになるかも
知れないんですね………」
「さあ、私には何とも言いかねますが。ないとも言えませんねぇ。可哀想ですが、
子どもたちの将来を考えれば、それがベストですよ」
 もとより他人である駿に、どうこう言う権利などない。何も出来ないのなら、
これ以上同情することは止めよう。
「ところで、その子どもたちは?」
 部屋の中を見回して、稲田が訊ねてきた。
「外で遊んでいます。あまり子どもたちに、話を聞かせたくなかったので………
お会いになりますか?」
「あ、いえいえ結構です。それでですね、いろいろと面倒な手続きとかありまし
て、今日明日すぐにでもとはいかないんですよ。あと数日ほど、藤井さんの方で
子どもたちを預かって頂けると、助かるんですがねぇ」
 出来ることなら、これ以上子どもたちに情の移ることは避けたい。しかし手続
きにどれほど時間が掛かるのか、具体的に何をすればいいのか。稲田任せにして
いるのだから、仕方ない。
 駿は稲葉の頼みを、承知した。



「まっかなおはなのぉ、となかいさんはあ、いつもみんなのぉ」
 昨日の夜は暗くて気がつかなかったが、公園のすぐ隣には幼稚園があった。
 ベンチに腰掛けた美璃佳は、幼稚園から聞こえてくる子どもたちの声に合わせ、
身体を前後に揺すりながら歌を唄う。一言一言をはっきりと発音しようと、大き
く開かれた口から、白い息が立ち昇る。
 そんな美璃佳の姿が、マリアの気持ちを和ませる。ママとのことも、愛美の父
親を助けてやれなくなってしまったことも、いまは忘れられた。
 並んで座っていたマリアも、知らない歌だったが美璃佳を真似て唄ってみる。
マリアの場合、歌というもの自体が珍しく、楽しかった。
 やがて幼稚園から聞こえていた声が途切れる。美璃佳も、そのまま一回転して
しまうのかと思われるほど、身体を大きく前に倒して最後の一節を唄い終えた。
そして小さな掌を合わせ、自分で拍手をする。
「美璃佳ちゃんって、お歌、上手なんだね」
「へへっ」
 頬を紅くした美璃佳が、嬉しそうに笑う。
「今度、マリアにもお歌を教えてよ」
「うん、いいよ。でもぉ………みりか、あんまりしらないの」
「でも、いまのお歌。ちゃと唄えてたじゃない」
「あのね。みりか、いつもりょうたおにいちゃんと、ここでようちえんのおうた
を、きくの。それでおぼえたの」
 幼稚園の方から、楽しげな笑い声が聞こえた。顔を上げてそちらを見る美璃佳
は、どこか寂しそうだった。




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