AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(16)  悠歩


        
#4286/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:28  (198)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(16)  悠歩
★内容
 否定しても美璃佳は納得しない。じっと駿の顔を見つめたまま、それ以上ソフ
トクリームに、口をつけようとはしない。
「美璃佳ちゃん、だいじょうぶよ。駿には、マリアのをあげるから」
 そう言ったかと思うと、駿が応えるのも待たずに、マリアはほとんどコーンし
か残ってソフトクリームを口もとに押し充てて来た。
「マ、マリア、本当にいいんだって………」
 しかし拒もうとする駿へ、ソフトクリームはどんどんと近づいて来る。仕方な
く、駿は口を開いてソフトクリームのコーンをかじった。
 溶けだしたクリームのせいか、それともマリアの唾液のせいだろうか。コーン
はわずかに湿っていた。
「ねえ、おいしいでしょ?」
 屈託のない笑顔が、駿を見つめる。紅い唇が、やけに印象的だった。
 寒い中、冷たい物を食べた駿の体温は下がっているのに、やけに暑く感じられ
た。
「そ、そうだ! もうすぐクリスマスだね。良太くんと、美璃佳ちゃんにプレゼ
ントを買ってあげるよ」
 心の動揺をごまかすため、今日デパートに来た目的を子どもたちに告げる。
「ほんと?」
 口中を溶けたクリームで化粧した美璃佳が、これ以上はないと言うほどの驚き
を見せて顔を上げた。
「でも、おにいちゃん」
 心配そうな顔をしたのは、良太。この子は、その辺の大人よりも周りに対して
気を遣う。
「実はね、サンタさんに頼まれてるんだよ。良太くんと美璃佳ちゃんに、サンタ
さんの代わりにプレゼントをするように、って」
 駿は我ながら下手くそな嘘だと思ったが、美璃佳は信じたらしい。プレゼント
をもらうのは初めてだと言って、喜色満面ではしゃいでいる。
 それでもまだ、良太は少し困惑したような目で、駿を見ている。
「言ったろう。子どもは、大人の顔を立てるものだって」
 駿は良太の頭を、軽く叩いてやった。
「ねえねえ、くりすますって、なあに? ぷれぜんとって? さんたさんってだ
あれ?」
 強く駿の袖を引きながら訊いてくるのは、マリアだった。
「後で説明してあげるから、オモチャ売場に行こうよ。マリアも何か欲しいもの
があれば、プレゼントしてあげるよ」
 駿は三人を、デパートの中に入るように促した。
 興奮が収まってくると、やはりここは寒い。早く暖房の効いた店内に戻りたか
った。

 予想以上の出費だった。
 良太にはポータブルなゲーム機と、そのソフト。美璃佳には、その身長よりわ
ずかに低いだけの人形。そしてマリアが欲しがったのは、大きなクマのぬいぐる
み。
 どれも定職を持たない駿には、決して安いものではなかった。
 強いて幸いだったことを探すとすれば、マリアが他の同じ年頃の女の子が欲し
がるような、ブランド品のバッグだの、高価なアクセサリーには興味を示さなか
ったことだろう。
 それでも駿の月収の、半分近くが消えてしまった。
 どうせもともとは、別れた恋人のために残していたお金だ。自分のために使お
うとあてにしていた訳でもない。それで子どもたちを、喜ばせることが出来たの
だから満足しようと、自分に言い聞かせる。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
 支払いを済ませて、プレゼントを抱えた子どもたちを振り返る。
「あれ?」
 そこに在るべきはずの影が、一つ足りない。
「美璃佳ちゃんは、どうしたの?」
 駿が訊ねると、良太が驚いたような顔をして、辺りを見回す。
「さっき、あっちでオモチャを見ていたよ」
 マリアの指さす先には、ドラムを叩くクマやシンバルを打ち鳴らすサル、レー
ルの上を走る列車などの動くオモチャがあり、小さな子どもたちが数人、釘付け
になっていた。しかしそこに、美璃佳の姿はない。
「まさか………迷子」
「みりか!」
 走りだそうとする良太の肩を、慌てて駿は掴んで止める。
「だめだよ、良太くん。勝手に走り回って、良太くんまで迷子になったら大変だ。
ねえ、マリア。君は、アパートまで俺がいなくても、帰ることが出来る?」
「えー、どうかなあ」
 包装紙にくるまれたぬいぐるみを抱え、心許ない表情でマリアは応える。
「ぼくは、わかるよ」
 やはりここは、年齢は下でもアパートに長く住んでいる良太の方が頼りになり
そうだ。
「じゃあ、マリアと良太くんは二人で一緒に、美璃佳ちゃんを探して。いい? 
二人とも絶対に、はぐれないようにね。五時まで探して見つからなかったら、ア
パートに帰って待つんだ」
「わかった」
 しっかりと頷く良太に対し、どうにもマリアが不安ではあったが、仕方ない。
駿は美璃佳を探すため、マリアたちと別れた。



 まだ一週間以上も先だと言うのに、街はもうすっかりピークに達している。
 そう、見渡す限りのクリスマス。
 オモチャ屋も、本屋も。
 CDショップも、ジュエリーショップも。
 喫茶店も、レストランも。
 派手に飾りつけられたクリスマス・ツリーを並べ、ウインドウには白いスプレ
ーで描かれたサンタクロース。
 街路樹にもイルミネーションが巻かれ、英語のクリスマス・ソングが街を流れ
る。
「はあっ、もうクリスマスまで十日もないのよねぇ」
 紙袋を改めて一瞥して呟く。袋の中身は、イブに開かれるパーティのために、
買ったばかりのプレゼント。
 クリスマスが過ぎれば、あっという間に大晦日を迎え、今年も終わる。
 いろんなことがあった。買い物袋を抱えながら、少女は激動の一年間を思い起
こし、感慨に耽る。
 特にたまたま見学に行った広告の撮影で、子供服のモデルの代役を引き受けた
こと。それがスポンサーに気に入られ、中学に上がってすぐの連休に沖縄での撮
影に呼ばれたこと。遂にはテレビCMへの出演。
 いま思いだしてみても、恥ずかしい。
「やだ、年寄りみたい」
 ふと、しみじみと思い出に浸る自分がおかしくなる。まだ十三になったばかり
なのに。と、純子は独り苦笑する。
「そういえば、去年の今頃だったのよね。サンタクロースに遭ったのは」
 そんなそばから、また思い出に耽ってしまう。
 その思い出を中断することになったのは、今度は自分の意志ではなかった。前
からやって来る泣き声と、小さな、そして不思議な影のせいだった。
 淡い色合いのエプロンドレスに身を包んだ、小さな女の子が歩いてくる。確か
に泣き声はその女の子の方から聞こえている。なのに女の子はすました表情を、
全く崩さずにこちらに近づいて来た。
「あ、なんだ」
 その理由が分かるまで、たいした時間は掛からなかった。
 純子が見ていたのは、人形だった。そして純子の聞いた泣き声は、後ろからそ
の人形を抱いている女の子のものだったのだ。よく見れば、人形はビニールの袋
に包まれていた。
 小さな女の子に抱かれた、大きな人形。その二つの大きさは、ほとんど変わり
がないように見える。ともすれば、人形の足が地面に触れて擦られそうになるが、
女の子にとってよほど大事な物なのだろう。その度に、泣きながらも女の子は、
背中を大きく逸らして人形の足が地面に着かないようにしている。
 その様子がおかしくもあり、可愛らしくもあった。
「あの子、迷子なのかな」
 買ってもらったばかりの人形を、自分で持ちたい。そんな女の子の気持ちは、
純子にも分かる。でも、小さな女の子がいつまでも持って歩くには、人形はあま
りにも大きすぎる。それに無理があることは、女の子の仕種を見れば明らかだ。
近くに保護者がいるのなら、もうとっくに代わって持ってやる頃合だろう。
 それに周りには、泣いている女の子に振り返る人はいても、声を掛けてやる保
護者らしい人の姿は見られない。
 女の子が純子の横を、通り過ぎようとする。放っておけば、女の子は純子の存
在すら気に懸けず行くだろう。もしかすると純子も、泣いていた女の子のことな
ど、すぐに忘れてしまったかも知れない。
 けれどいま、泣きながら横を通り過ぎて行こうとする女の子を、無視出来る純
子ではなかった。
「ねえ、お嬢ちゃん」
 膝に手を充てて目線を低くし、考えるより先にそんな言葉が、純子の口から出
ていた。
 声を掛けられた女の子は、全身を使って振り返る。ぶん、と音が聞こえたよう
な気がした。人形の顔が、純子の鼻を掠める。
 人形の影に隠れるようにして、涙と鼻水に濡れた小さな顔が純子を見つめる。
「お父さんか、お母さんはどうしたのかな」
「い……なもん」
 純子の問い掛けに、女の子は睨み付けるような目をして答えた。
「いなもん?」
 少し考えて、「いないもん」であると気づく。
 迷子であることは間違いなさそうだ。
 見ると、女の子の履いている『フラッシュ・レディ』のキャラクターが入った
ピンク色の小さな靴は、ずいぶんと汚れていた。もしかすると、子どもにとって
は長い距離を歩いてきたのかも知れない。近くを探したとしても、親から遠く離
れてしまっている可能性もある。
「交番に行ったほうが、いいかなあ」
 純子が呟くと、女の子は無言で踵を返し、また歩き出してしまった。交番には
行きたくないという、意志表示らしい。
「困ったなあ………」
 純子は人差し指で、右の頬を掻いた。
「ねえ、待ってよ」
 後ろから肩に掛けた純子の手を、女の子は強引に振り払おうとする。
「分かった、交番には行かないから。それならいいよね?」
 女の子は振り返らなかったが、足を止めてくれた。

 自分の口より遥かに大きなハンバーガーに、女の子は懸命になってかじりつい
ていた。『あーあ、とんだ出費だわ』
 そうは思ったものの、子どもの前で顔に出す訳にはいかない。純子はサービス
価格のシェイクをすすり、女の子に笑顔を送る。こうしてみると、隣の椅子に置
かれた人形と女の子の大きさは、ほとんど変わりがない。
 バーガーショップの店内を見渡すと、周りの客はほとんどが学校帰りの高校生
か、親子連れ。いかにも中学生と分かるような純子と、小さな子どもの組み合わ
せなど、他にあるはずもない。変な喫茶店に比べたら、よほど健康的な場所かも
知れないが、純子はなんとなく後ろめたさを感じてしまう。
『仕方ないわよね』
 純子は自分で自分を納得させる。
 女の子はひどく疲れている様子だったし、話を訊くにも落ち着かせてやらなけ
ればならない。近くに小さな公園はあるものの、冬では寒すぎる。そんな訳で近
場で、しかもなるべく安価で済むバーガーショップを選ばざる得なかったのだ。
『そう言えば………』
 予算の都合上、それだけしか頼むことの出来なかったシェイクを啜りながら、
純子は女の子に昔の自分を重ねてみた。
『私も昔、迷子になったことがあったけ。化石の展示を見に行ったときよね。も
う小学生になっていたけど、心細かったな。周りには知らない大人の人ばっかり
で、なんだか無性に恐くて寂しくて。もしあの男の子と会わなかったら………』
 純子の目はハンバーガーと格闘している女の子を捉えていたが、その意識は遠
い昔の自分を見つめていた。
『あの時の男の子、いまどうしているかな』
 知らず知らずのうちに、笑みがこぼれてしまう。
 それにしても、女の子は簡単に純子に着いてきたものだと思う。
 自分が悪い人に見えるとは思いたくない。けれど知らない人に着いていっては
いけないと、親に注意されてないのだろうか。やっぱり、こんな小さな子にはそ
んな判断は出来ないのだろうか。それとも、声を掛けてくれた人にすぐ着いてい
ってしまうほど、迷子になって心細かったのだろうか。
 もしかすると小さい子を誘拐するというのは、思ったより容易いことなのかも
知れない。今年、まだ小学六年生だったときのマラソン大会の日、近くの幼稚園
で起きた誘拐未遂騒動を思い出して、ぞっとする。改めて、無抵抗な子どもを狙
う卑劣さに腹が立った。
「ねえ、お嬢ちゃん。そろそろお名前を教えてくれないかな?」
 純子はハンバーガーを食べ終わり、セットのおまけに付いてきたオモチャの袋
を開けようとしていた女の子に訊ねた。
「わたし、みりかよ」
 ようやく落ち着いてくれたらしい。初めて、はっきりと聞き取れる声で女の子
は答えてくれた。
「私は純子、涼原(すずはら)純子よ。よろしくね。ねえ、みりかちゃんは上の
お名前は、なんていうのかな」




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