AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(15)  悠歩


        
#4285/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:27  (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(15)  悠歩
★内容
 すうっと、マリアの右手が上がった。
 指先が瞬く星々の真ん中を、指し示す。
「ははっ、まさかマリアは、宙(そら)から来たって言うのかな?」
「うん、たぶん」
「たぶん?」
 はっきりしない、マリアの答え。
 駿にはとても信じることは出来なかったが、疑う気持ちにもなれない。
 マリアが言うなのら、きっと本当なのだろう。少なくとも、マリアの中では。
 それでいいと、駿は思った。
「いつまでも、こんな所にいたら、風邪をひいてしまう。もう部屋に入って寝よ
う」
 立ち上がり、駿はマリアを促した。
「うん、駿とマリア、一緒のお布団で寝よ」
「だ、だめだよそんな」
「どうして?」
「どうしてって………」
 決して駿をからかっているようではない。マリアという子は、本当に純真なの
だと思う。
「大人はね、子どもと一緒に寝るのが、日本の決まりなんだよ。何かあったとき、
守ってあげられるようにね」
「そうなの? なら、仕方ないね」
 マリアは駿の話を、素直に信じてしまう。駿は小さな心苦しさを感じながら、
マリアと共に、部屋へ戻った。



 眠る。
 疲れた身体を癒すため。
 不必要なエネルギーの消費を抑えるため。
 それだけの行為が、いまはなぜか楽しい。
 隣には美璃佳、その向こうには良太。そして一番遠くに駿が寝ている。
 狭い部屋の中で、二組の布団に四人が寝ている。
 宇宙船の中の、カプセルで寝るのよりも、ずっと窮屈な状態。寝返りを打つ美
璃佳に驚かされることも、一晩に一度や二度ではない。
 なのにマリアは楽しかった。
 寝息を聞きながら、人の気配を感じながら眠ることに、安らぎを覚えていた。
 宇宙船の中でも、ママはいつだってマリアに語りかけてくれていた。いつだっ
て守っていてくれた。マリアは安らいでいた。
 でも、いまの気持ちとは何か違う。
 何がどう違うのか。マリアにはよく分からない。
 マリアはママが大好きだ。数え切れない時間を一緒に過ごし、いつもマリアを
見てくれていたママ。
 駿たちとは、まだわずかな時間を一緒に過ごしただけ。ママがトラブルを起こ
していなければ、単に調査の対象でしかない、この星の住人。
 けれどマリアは、駿や子どもたちといる時間が楽しかった。
 駿たちが好きだった。
 マリアは身体を動かし、駿の方を見る。
 駿もマリアの方を向いて、眠っていた。
 駿の顔を見ていると、マリアはとても気持ちが良かった。駿のことが、好きだ
と感じた。
 ママが好き。駿が好き。
 どちらも大好き。
 でも一緒じゃない。
 ママを好きだと思う気持ちと、駿を好きだと思う気持ちは、どこかか違う。
 どこが違うのだろう。考えてみても分からない。
 美璃佳が寝返りを打って、マリアの胸に飛び込んでくる形になった。
「ママあ……」
 小さな口から、漏れ出た寝言。
「美璃佳ちゃんも、ママが好きなのかな」
 ずれてしまった布団を直してやりながら、マリアは思う。
 美璃佳のママは、どんな人なんだろう。
 美璃佳の言うママと、マリアのママとでは、意味が違うことは知っていた。美
璃佳や良太、他の生き物たち全てにとって、ママは自分を生んで育ててくれた存
在。
 マリアのママは、そうではない。ずっとマリアを守ってくれてはいたけれど、
生んでくれた人ではない。でも、マリアはママ以外のママは知らない。
 ママだけではない。マリアの記憶には生まれた星も、育った場所も残ってはい
ない。あるのは、ママと過ごした時間だけ。
 だからマリアにとって、ママは唯一の存在。ママだけがマリアの頼ることの出
来る存在。
「あれ?」
 鈍い痛みを感じて、マリアは胸元を見た。美璃佳の小さな掌が、マリアの胸を
掴んでいた。
「痛いよ、美璃佳ちゃん」
 マリアはそっと、美璃佳の拳をほどく。すると今度は、マリアの指を握ってき
た。マリアはそれを解くことはせず、美璃佳の顔を見つめる。閉じられた瞼の隙
間から、涙がこぼれている。
 マリアは空いている方の手の指で、涙を掬い、舐めてみた。
 しょっぱい。
「不思議」
 呟く。
 どうして美璃佳は、目から水を出しているのだろう。涙の役割は、目の洗浄・
保護。眠っている美璃佳には、意味がない。
 必要な知識以外、記憶をママに管理されいるマリアには、眠りながら涙を流す
美璃佳の感情を理解することが出来ない。
 けれどマリアには、色が見えた。
 見えた、と言うのは適切ではない。感じた、と言った方がいいかも知れない。
 寒い色。悲しい色。寂しい色。
 美璃佳から染み出すのは、そんな色ばかり。
 そこに外からほんの少し、暖かい色が入っていく。
 暖かい色は駿からもらった色。まだ少ない外から来た暖かい色は、マーブル模
様を描き、たくさんの寒い色に消えてしまう。でもそのうち、駿の色が寒い色を
包み込んでしまうと、マリアは信じていた。
 寒い色の理由は分からない。でも駿と美璃佳たちが、同じ部屋で住むようにな
ったことに、関係あるのだろう。駿と美璃佳たちのママが、つがいでないことは、
マリアも気づいていた。
 そういえば、あの愛美という子も、寒い色を持っていた。でも愛美にも、少し
暖かい色が入っていた。駿のものとは違う。
 もし愛美にも駿の色が混じれば、ずっと早く暖かい色に変われるだろうと、マ
リアは思った。
 ただ気になるのは、その駿自身を包んでいるのは、暖かい色ではないと言うこ
とだった。



−−マリア、マリア、聞こえたら返事をなさい。
 呼びかけて、返事を待つ。
 しかしいくら待ってみても、マリアからの返事はない。
 もう一度、出力を上げて呼びかけようとして、ママは止めた。
 これ以上は、この星の知的生命体に察知されてしまう恐れがある。
『困ったことになりそうだわ』
 ママ、宇宙船を管理するコンピュータは焦っていた。
 六時間程前から所在は分からないが、わずかにマリアの思考波を捉えることに
成功していた。マリアの無事を確認できたのはいいのだが、その思考内容に問題
があった。
 接触した生物に対し、不要な感情を抱きつつある。
 もともとマリアは好奇心が旺盛で、感情の変化も激しい。いつもなら、そのマ
リアの性格が、より多くの情報を集めるのに役立っていた。しかしそれはママの
管理下にあり、常にその感情や行動を調整出来る状態にあっての話だ。
 いまは違う。
 宇宙船に生じたトラブルのために、マリアはママの管理から離れて、地上に降
り立った。この数時間、何の干渉もなく持ち前の性格を発揮し、感情のまま行動
をしていた。それもママにとっては、好ましくない方向に。
 まだ微弱な思考が感じられただけだったが、ママにもそれがはっきりと分かっ
た。
 しかし現状では、ママはマリアに対して何も手を打つことが出来ない。それど
ころか、捉えたマリアの思考も、度々見失っていた。
 機能の回復までは、まだ相当な時間を要す。
 さらに数十回にも及ぶ計算の結果、もう一つの危惧が、ほぼ間違いないことが
断定された。もしそれが間違いである可能性が残されているとしたら、ママその
ものが自己修復出来ないほどの致命的の異常をきたしている場合のみだった。
『でも、その可能性はないわ』
 あらゆる方法を駆使した結果を、反芻する。
 計算ミスである可能性がない以上、早急に今後のことを考える必要があった。
しかし、ママにはこういったケースに対する、対処方法はプログラムされていな
い。



「マリア、あれ、食べてみたい」
 マリアの指さす先にあったのは、ソフトクリームを売るスタンドだった。
「ねえ、マリア。あれが何だか分かってる?」
「うん、昨日も食べたもん。駿は覚えてないの? ソフトクリームでしょ」
「いや………分かってるんならいいけど」
 風がないとは言え、暖かい訳でもない。十二月もそろそろ、半ばを過ぎようか
としている。駿にはとても、ソフトクリームを食べようなどという気持ちは起き
ない。
「おーい、良太くん、美璃佳ちゃん! ソフトクリーム食べるかい?」
「たべるぅ」
 駿が声を掛けると、ゾウを型どった車に乗った良太と美璃佳が、元気に答えた。
「子どもは風の子」なんて言葉は、もう昔の話だと思っていた。ところが、マリ
アを含めたこの子どもたちには、いまでもこの言葉が充分に当てはまるらしい。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
 少々心許なくなった財布の中身を、頭の中で計算すると、駿はベンチにマリア
を残してスタンドに向かった。
 ソフトクリームを手に戻って来たときには、良太たちもベンチに座っていた。
「あれぇ、しゅんおにいちゃんのぶん、ないよぉ」
 三人にそれぞれソフトクリームを渡し終えたとき、美璃佳がなにか大事でも起
きたように叫んだ。
 あるはずはない。初めから、駿の分など買っていないのだから。
 既にソフトクリームを舐め始めていた、マリアの動きが止まる。良太と美璃佳
は二人とも、自分の手にしたソフトクリームをじっと見つめている。
「これ、しゅんおいちゃんに、あげる」
 先に動き掛けたのは良太だったが、大きな声を出したのは美璃佳だった。美璃
佳の手の中のソフトクリームが、駿の顔についてしまいそうなほど、近づけられ
る。
「いいよ、お兄ちゃんには、ぼくのをあげる」
 その隣に、妹に後れをとった良太のソフトクリームも並べられた。
「いや、俺は欲しくないから買わなかったんだ。二人とも、安心して食べてよ」
 半分、照れの含まれた苦笑を漏らしながら、駿は二人の子どもたちに言った。
「ほんとに、いらないの?」
 上目遣いの美璃佳が、小首を傾げる。美璃佳は、その感情を的確に伝えようと
してか、それともそれが小さな子どもの自然な仕種なのか。首を傾けた方向に、
そのまま倒れ込んでしまうのではないかと思われるほど、大袈裟な動作を見せる。
「本当にいらないから、安心して食べてよ」
 笑って見せたが、駿の顔は少しひきつっていたかも知れない。ソフトクリーム
を食べたくない、と言うのは本当だ。それよりこの真冬に、食べる気になれる子
どもたちの感覚が不思議だった。しかし、駿の顔をひきつらせたのは、そんなこ
とではない。
 それこそが子どもたちのため、とは思いながら、どこかに後ろめたさを感じる
考え。いや、どう考えてみてもそうするしかない。駿一人の力では、どうにもな
らないのだ。下手な同情は、かえってこの子たちのためにならない。何度も自分
に言い聞かせたが、心の奥に引っかかった気持ちは消えない。
 今日こうしてデパートの屋上で子どもたちと遊んでいるのも、昨日映画を観た
のも、一昨日遊園地で遊んだのも、いままでそこに行ったことのない子どもたち
に、思い出を作ってやるため。でもそれは、駿の心に引っかかった気持ちをごま
かすためだったのかも知れない。
『駿は、やさしいの』
 あの夜のマリアの言葉が、忘れられない。
 自分は子どもたちを、そしてマリアを裏切ろうとしているのか。
 違う、そうじゃない。これは、優しさでどうにかなる問題じゃない。
 冷たいように見えたとしても、将来的にはそれが一番いい方法なんだ。
 心の中で唱えれば唱えるほど、後ろめたさは大きくなって行く。
「やっぱり、しゅんおにいちゃんも、たべたいの?」
「えっ?」
 考え事に夢中になっていた駿は、美璃佳を無意識に見つめていたらしい。それ
を美璃佳は駿が、ソフトクリームを我慢しているのだと勘違いしてしまったよう
だ。
「違う、違う、本当に俺はいいから………」




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 悠歩の作品 悠歩のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE