AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(12)  悠歩


        
#4282/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:24  (191)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(12)  悠歩
★内容
「ん、いや、なんでもないよ………ほらそれより、そろそろ美璃佳ちゃんの好き
な、アニメの時間だろう」
 まさか子どもたちに向かって、「君たちはちゃんとした施設に行くべきだ」と
話すことも出来ない。駿は適当にごまかした。
「あ、りょうたおにいちゃん、『フラッシュ・レディ』がはじまっちゃうよ」
 美璃佳は好きなアニメ番組の時間だと知るや、慌てて良太の元にリモコンを持
っていく。どうやら美璃佳は、放送されるチャンネルは把握していないらしい。
「お姉ちゃん、トランプはおわりね」
「えーっ!」
 良太は妹からリモコンを受け取ってテレビをつけると、それまで遊んでいたト
ランプを片づけ始める。マリア一人が、まだトランプゲームの終了を納得出来ず
に不満そうな顔をしている。
「せっかくルールを覚えたのにぃ〜」
 マリアはつい二時間ほど前までは、ルールどころかトランプ自体を知らなかっ
た。それが良太たちの手ほどきを受けると、たちまちこの四人の中でのチャンピ
オンへと成長を遂げてしまった。こと神経衰弱のような記憶系のゲームには、圧
倒的な強さを見せた。駿は子ども相手ということで、かなり手加減をしていたが、
マリアは本気でゲームをする。本当に精神的に、子どもと変わらないのかも知れ
ない。駿が抜けた後、三種類のゲームを経て、つい先ほどババ抜きを覚えたばか
りだった。
「『フラッシュ・レディ』がはじまるの。おねえちゃんも、いっしょにみよう」
 そう言って、美璃佳がマリアの隣に、ちょこんと座る。
「ふらっしゅれでぃ?」
「アニメよ、しらないの? おもしろいんだよね、りょうたおにいちゃん」
 美璃佳の問いかけに、良太は「うん」と短く応えただけだった。確か裏番組で
は、男の子に人気のアニメが放映されていた。もしかすると、良太はそちらの方
が興味あるのかも知れない。
 そう言えば、いつの間にか美璃佳は「りょうたおにいちゃん」「しゅんおにい
ちゃん」と、区別して呼ぶようになっている。以前はどちらも、「おにいちゃん」
で統一されていたのだが。
 長いCMの後、軽快なリズムの主題歌が流れ出す。美璃佳がそれに合わせ、や
や舌足らずに歌い始めた。遅れてマリアも歌い出すが、こちらは歌詞を知らない
のだろう。画面下に映る歌詞を読んでいるため、音楽の方が先に進んでいる。
 駿自身はいまのアニメに興味はないが、小説の参考になるかも知れないと、と
きたま観ることがある。
 もしいつも美璃佳が主題歌に合わせて歌っているのなら、薄い壁一枚隔てただ
けのこの部屋にも聞こえていたはずた。しかし駿が美璃佳の歌声を聞いたのは、
今日が初めてだった。やはり兄妹二人きりで観るテレビと、大勢で観るテレビと
では楽しさが違うのだろうか。そんなことを思うと、また駿の考えが鈍ってしま
う。
「すごい、すごい、これ! ねえ、駿、絵が動いてる」
 アニメを観るのも初めてなのか。マリアは手を叩いて喜んでいる。一方美璃佳
は真剣な面持ちで、画面に見入っていた。
 番組開始から20分。
 中CMを挟んだ後、室内は重苦しい空気に包まれていた。
 アニメの中のヒロインは、幼い頃に父を亡くし、母とも生き別れている。ある
日不思議な力を得て変身し、悪の組織と戦うと言う設定だった。
 それが今週は、実は悪の組織に捕らわれていた母と、涙の再会を果たす。そん
な内容だったのだ。互いに互いを抱擁し合い、滝のような涙を流しながら喜ぶ母
娘。
 普通の家庭の子どもたちなら、テレビのヒロインと一緒に涙するシーンだろう。
 だが、この部屋でテレビを観ている子どもたちは違った。
 まず最初に反応を示したのは良太だった。もともとアニメに興味なさそうにし
ていた良太だが、対面シーンになるとテレビを離れ、一度片づけたトランプをま
たケースから取り出す。トランプを切ったり、並べてめくって見たり、一人で意
味のない遊びを始めた。
 美璃佳はと言うと、アニメの前半部分はそれこそ真剣に観ていた。まるで置物
にでもなってしまったかのように、身じろぎ一つせずにアニメの世界に入り込ん
でいた。
 ところが後半になり、ヒロインと母との再会を予感させる空気が流れ出すと、
美璃佳はテレビへの集中力を失い出した。それまで画面に釘付けになっていた目
が、盛んに逸らされるようになる。そしていよいよ再会シーンへと突入すると、
「つまんない」と不機嫌そうに言って、やはりテレビの前から離れてしまった。
 それからしばらく、美璃佳は良太の並べたトランプの一部を自分の元に集めて
はめくり、ルール不明のゲームを一人で遊んでいた。しかしテレビの中のヒロイ
ンが、母親への想いを大声で吐露し始めると、集めた手札を投げ出し耳を塞いで
しまった。
 そんな子どもたちの姿を、駿は哀れに思う。
 演出の善し悪しはともかく、観る者の涙を誘う目的のアニメ。
 制作者に踊らされることになろうと、ここで感動して泣く子どもの方が素直だ
と思う。
 そうであってこそ、子どもの正しい姿だと思う。
 けれど良太は泣かない。
 けれど美璃佳は泣かない。
 いや、よく見ればその目は涙で光っている。
 しかしそれは、感動の涙ではない。
 母親との再会に喜ぶ、アニメのヒロインに嫉妬しているのかも知れない。
 良太や美璃佳は、母親と死別した訳でも、生き別れになっている訳ではない。
人一倍元気な母親がちゃんといる。だがその母親は駿の知る限り、子どもたちを
愛しているような様子は全く見られない。美璃佳が病気で危険な状態であったと
き、彼女は外で遊んでいた。後にそのことを知っても、何の関心も示さなかった。
 もし二人きりでテレビを観ていたのなら、すぐにでも消してしまうか、チャン
ネルを変えていたに違いない。けれど良太も美璃佳もそうしなかったのは、もう
一人熱心にテレビに見入っている人物、マリアがいたからだろう。
 事情を知らないマリアは、子どもたちがテレビから離れていったことにも気が
つかない。それほどアニメに夢中になっていた。
 けれどマリアは、物語に感動しているようではなかった。テレビの中で、絵が
動いていることが面白くてたまらない、と言った様子だ。まるで、生まれて初め
てアニメを観たかのように。
 そんなマリアに罪はないが、子どもたちの気持ちを思えば放っておく訳にもい
かない。駿はリモコンを手にすると、テレビのスイッチを消した。
「ああん、観てるのにぃ」
 マリアが抗議する。
「あ、ごめん。でも、ほら、もうこんな時間だろう? そろそろ晩御飯にしよう
よ。早く行かないと、お店も閉まっちゃうしさあ」
「おそとで、ごはんたべるの?」
 無言になっていた美璃佳が、ようやく口を開いた。
「ああ、何にも用意してないから、ね」
 本当はインスタントのラーメンで済ますつもりだったが、駿はそう応えた。先
のことを考えれば、少しでも出費は抑えたいところだが、仕方ない。それにマリ
アはともかく、良太や美璃佳は駿以上にインスタントには飽き飽きしているだろ
う。
「さあ、外は寒いから、と風邪を引かないようにちゃんと厚着をするんだよ」
 そして駿は、美璃佳がコートを着るのを手伝ってやる。同じ素材で出来ていて
も、大人の物と比べて幼児用のコートは収縮性、柔軟性に乏しく、何かオモチャ
を扱っているような気分がする。
「さあ、出掛けようか」
 美璃佳のボタンを掛けさせてやり、自分は古いビニールのジャケットを羽織っ
た駿は、外へ出ようとする。すると。
「あーん、ちょっと待ってよぉ」
 と、マリアが情けない声で呼び止める。
 見ると、駿の貸してやったダッフルコートを、何とも不思議な着こなしをして
いるマリアの姿があった。
 コートのボタンを一つずつずらして、穴に通していたいたのだ。シャツならい
ざ知らず、コートのボタンをずらしてはめる人間など、駿は初めて見た。
「あーあ、それじゃあボタンと穴が合っていないよ」
 美璃佳以上に手が掛かる。駿はマリアに、コートの正しい着方を教えなければ
ならなかった。
『本当に、この子は何者なんだろう?』
 考えたところで、答えが出るはずもなかった。



 マリアにとって、目にする全ての物が珍しい。
 これまで幾つもの星に降り立ち、いろんなものを見てきた。
 その中には、地球と同程度以上の文明を持った星もいくつかあった、はずだ。
 しかし規則によってその記憶の大半が、マリアからは失われていた。さらに上
陸時の事故の影響なのか、マリア自身が所有することを許されていた記憶にも、
障害が起きていた。
 いまのマリアはほとんど無垢に近い状態にあった。
 事故で上陸地点を選べなかったため、いまマリアは惑星調査にはあまり適して
いるとは思えない環境にいる。
 まず降り立った地域が、寒い時期………現地の言葉で冬と呼ばれる季節にあっ
たこと。これではマリアと同型の支配種族と、それらに飼われているわずかな種
類の生物しか観察することが出来ない。
 またマリアが接触した支配種族、人間がこの星、あるいはこの地域に於いても
特に影響力のある存在ではない。彼らと共にいても、ママが欲しているような調
査記録は得られないだろう。
 だが、マリアには何の焦りもない。
 もともとマリア自身は、明確な目的意識を持って惑星に降り立っているのでは
ない。マリアにとっての上陸とは、眺めの変わらない狭い船から飛び出し、自由
に手足を伸ばすことだった。
 残された記憶によると、いつもは惑星に上陸したマリアはママに誘導され、言
われるままに情報を集めるだけだった。
 ところが今回、事故のせいでママとの連絡がつかない。不安はあるが、ママは
だいじょうぶだと言っていた。ママが言うのだから、絶対に間違いはない。だか
らマリアは心配しない。
 ママとの連絡がつくのは、いつになるか分からない。
 明日にでもマリアの頭の中に、ママの声が聞こえてくるかも知れない。
 一月先になるかも知れない。一年先かも知れない。
 十年掛かるかも知れない。
 でも心配はいらない。ママがだいじょうぶと言ったから。
 ママから連絡があるまでは、マリアは自分の判断で行動していればいい。マリ
アが見聞きしたこと、感じたことは後で全てママに伝わる。その時、マリアの得
た不要な知識はママが削除してくれる。その後の行動については、ママが指示し
てくれる。
 ママからの指示がないいま、マリアは積極的に惑星の調査をする気はなかった。
いまマリアの行動を支配しているのは、その旺盛過ぎる好奇心。
 しかしその好奇心が、自分の置かれている状況を把握するのに役立っていると、
マリアは気づいていない。
 まずマリアが最初に興味を持ったのは、駿たちの生活環境。
 文明のレベルの割には、劣悪な集合式の住居。もしかすると、駿は階級制度の
底辺に位置する身分なのだろうかとも思った。
 けれど、どうもそうではないらしい。強制的に何かの労働に従事させられてい
る様子はない。行動に制限を受けているのでもない。
 ただ駿が小さな革か何かで出来た、平たい入れ物の中身を気にする場面を見た。
 中には何枚かの紙切れと、円形の金属片が入っていた。駿は何か品物を手に入
れるのに、それと交換をしているようだった。
 どうやら、その紙切れや金属片の所有することによって、駿たちは生活を支え
ているらしい。つまり駿は、狭い部屋で生活をするための分量しか、それらのも
のを所有していないのだろう。
 高いとは言えない生活水準だったが、マリアはここで暮らすことが嫌ではなか
った。もともとマリアが持ち合わせている、生活環境への適応性の高さもある。
そうでなければ、惑星調査の役目は果たせない。
 しかしそれ以上に、駿に対して深い興味を感じていた。
 長く宇宙船の中で一人きり………いや、いつもママがいてくれたが、自分と同
じ姿を持つ者と触れる機会のなかったマリアには、顔を見ながら話しの出来る存
在が嬉しかった。
 しかも駿は、マリアと違う性を持っていた。マリアにとって性別とは、生物が
子孫を残すために作り出したシステムと言う認識しかない。マリア自身は女性で
あるが、異性と接触して子を成すことに関心はない。もとより、そんな思考は出
来ない。
 ただ純粋に、自分と同じ形態の生物の、異性体への興味。それは、仕組みとし
ては単純だが、絵が動くという面白さを見せるテレビアニメに対する興味と、大
差なかった。
 けれどそれは、この地の他の場所に行っても、いくらでも見られるものなのだ
ろう。特に駿と共にいる必要性はない。文化を完全に把握するには、時間がまだ
必要ではあるが、マリアの適応性なら、ここを出ていっても困りはしない。それ
なのにマリアがその気にならないは、単に駿が最初に接触した人物であったから、
と言うことなのか。駿と言う個体に、マリアを惹きつける何かがあるのだろうか。
 マリア自身、その答えは見つからない。




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