AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(11)  悠歩


        
#4281/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:23  (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(11)  悠歩
★内容
 叔母さんの言うことは、分からないでもない。けれど無理なものは無理なのだ。
愛美がここで高校に行きたいと言ってしまえば、それはいまの父を非難してしま
うことになる。
「お義兄さん、これを受け取って下さい」
 叔母さんはハンドバッグから、何か取り出して父の前に置いた。通帳と印鑑だ
った。
「何の真似だ?」
 それまで愛美と叔母さんのやり取りを、まるで興味なさそうに聞いていた父が、
通帳を見つめながら言った。
「二百三十万円あります。黙って受け取って下さい」
 一段と真剣な面持ちになった叔母さん。
「愛美の学費にしろってことか? へへっ有り難いが………俺に渡しちまって、
どうなるか知らんぜ」
「そうじゃありません」
 さっと身を正し、叔母さんは深々と頭を下げる。
「それで、愛美ちゃんを譲って下さい」
「はあ?」
「えっ」
 驚きの声を上げたのは、父も愛美も同時だった。
「いまのままでは、高校どころか愛美ちゃんの将来が心配です。愛美ちゃんは、
私の大事な姉さんの子ども。その子が駄目になっていくのを、見過ごすことは出
来ません。どうか愛美ちゃんを、私の子として引き取らせて下さい」
 叔母さんの言葉には、熱がこもっているようだった。本気で愛美のことを心配
してくれている。愛してくれている。その気持ちが感じられ、愛美は嬉しかった。
けれど同時に、愛美が父と暮らすことを叔母さんは否定しているのが悲しかった。
「おいおい、雪乃さんよ。そりゃあ、面と向かって俺がろくでなしの父親だと言
っているのと変わらんぞ」
 まるで他人事であるかのように父は応えた。別段、叔母さんの言葉に怒った様
子はない。
「はい、はっきり言わせて頂けるなら、その通りです。私もずっと辛抱して来た
つもりですが、お義兄さんが立ち直る様子もありませんから。このままでは、愛
美ちゃんが不幸になるのは、火を見るより明らかです」
 叔母さんもまた、臆することなく言った。
「ふーん、でその話は、あんたの旦那さんも承知しているのかい?」
「もちろんです。母も夫も賛成してくれています」
「ほーう」
 父は右手の小指で耳を掻き、通帳を見つめた。そして。
「少々、金額が不満だが………まあ、いいだろう」
 そう言って、通帳に手を伸ばした。
「イヤ、お父さん!」
 慌てた愛美は、父よりも早く通帳を取った。
「こら、愛美!」
「愛美ちゃん………」
 愛美は通帳を叔母さんに手渡す。
「雪乃叔母さん………叔母さんの気持ち、とっても嬉しい。でも、でも私」
 そして父へ向き直り、手を握りしめる。
「私、やっぱりお父さんと暮らしたい」
「ちっ、鬱陶しい」
 父は無造作に愛美の手を、振り解いてしまった。
「俺はお前と暮らして、きちきちの生活をしてるより、まとまった金をもらって
パアッと遊びたいんだ」
「お義兄さん、あなたって人は」
「いいんです、雪乃叔母さん」
 愛美は叔母さんに微笑んで見せる。けれど上手く笑うことが出来ず、少し歪ん
だ顔になってしまったかも知れない。
「あの、私………これからアルバイトに行かなくっちゃいけないんで………」
 ちらりと時計を見て、愛美は言った。今日は早めに帰ってきたはずなのに、も
う急がなければアルバイトの時間に遅れてしまう。
「もう、愛美ちゃんたら」
 少し呆れたような叔母さんの声。それがあくまでも父と暮らしたいと望むこと
に対してか、大事な話の途中で時間を気にしていることに対してか、愛美には分
からない。
 しかし愛美の気持ちを理解してくれたらしく、叔母さんは優しく言った。
「仕方ないわね、今日は諦めましょう。お義兄さん、この話はいずれまた改めて、
させて頂きます」
「ふん、そん時はもう少し上積みして金を用意して欲しいもんだな」
 憎まれ口を続ける父には応えず、叔母さんは立ち上がった。
「あの、泊まって行かないんですか」
「愛美ちゃんが出かけたあと、お義兄さんと二人きりじゃ息苦しいもの。それに
愛美ちゃんも心配でしょう?」
 まるで小さな子どもに話し掛けるように、叔母さんは両掌で愛美の頬を包み込
む。愛美は少し恥ずかしかったが、嫌ではなかった。叔母さんの温かい手が、気
持ちよかった。
「それに私も、明日仕事があるから。今日中に帰らないと………途中まで、一緒
に行きましょう」

 母と並んで歩いているような気がした。
 叔母さんは声も似ていたが、やはり静かにしていた方が雰囲気も似ている。
 本当は急がなければアルバイトに遅刻しそうなのだが、愛美も少しでも長く叔
母さんと歩いていたかった。特に急かすことはしない。
「愛美ちゃん」
「はい」
 ゆっくりと愛美の名を呼ぶ声は、口調までも母と似ている。
「アルバイトって、何をしているの? こんな時間………中学生のアルバイト自
体が感心出来ないけれど………いいえ、今日はそのことは止めましょう。でも、
変な仕事だけはしないでね、姉さんが悲しむわ」
「お母さんのお友だちだった人の、お店………居酒屋さんで働いてるんです」
「居酒屋?」
 叔母さんの顔が、わずかに曇るのが分かった。
「あ、変なお店じゃないですから。それに私は、ほとんど裏の仕事ばかりですか
ら」
「そう………うん、愛美ちゃんを信じるわ」
 信じるとは言ったものの、やはり叔母さんは心配そうだ。それからしばらく、
考え込むようにして黙りこくってしまった。
 そして突然愛美の手を取ると、バッグの中から出した通帳を握らせる。
「ゆ、雪乃叔母さん」
 驚いた愛美は立ち止まり、叔母さんの顔を見上げる。
「このお金、愛美ちゃんに預ける。高校のことは、また叔母さんが考えるから、
心配しないで。このお金は、必要な時に使って」
「そんな………こんな大金、もらえません」
 愛美は首を振り、手をそっと押し返す。正直に言ってしまえば、いまの愛美に
は喉から手が出るほど欲しいお金ではあった。だが、叔母さんの家も、決してお
金持ちではない。二百三十万円という金額を貯めるのには、大変な苦労をしたこ
とだろう。お金の重みを知る愛美だけに、受け取ることの出来ない金額だ。
「いまこんな大金もらってしまったら、私、甘えてしまうから」
「いいのよ、私は愛美ちゃんに甘えて欲しいの」
「雪乃叔母さんの気持ち、涙が出るほど嬉しい………でも、やっぱり受け取れま
せん。それにあんな狭い部屋ですもの、もしお父さんに知れたら………お父さん、
またギャンブルやお酒に使って、身体を悪くしちゃうから」
 愛美が叔母さんに引き取られることを断ったのは、父と暮らしたいからだった。
しかしお金を受け取った父が、いまより駄目になってしまうことが恐かったのも、
大きな理由の一つだった。
 愛美は震える手で、通帳を叔母さんの手に戻す。
「愛美ちゃんは………」
 叔母さんは、じっと愛美の目を見つめる。
「お父さんのことが、好きなのね」
 愛美は小さく頷く。
「姉さんもそうだった………お義兄さんのことを本当に愛していた。仕方ないわ
ね、このお金、叔母さんが預かっておく。だから、必要なときは時はいつでも言
ってね」
 それから叔母さんは通帳と入れ替えに、財布を出した。そしてその中から千円
札数枚を残し、三万円を抜き出し愛美に手渡す。
「だめよ、断っちゃ。これくらいは受け取ってもらわないと、わざわざ遠くから
来た、叔母さんの立場がないでしょ?」
 断ろうとしていた愛美に釘を刺し、叔母さんは笑った。
 きっとこの三万円は、叔母さんの手持ちの、帰りの電車賃を除いた全額なのだ
ろう。
 心苦しいことに変わりはないが、愛美は素直に受け取る。
「それじゃ、雪乃叔母さん。私、こっちですから」
 駅へ進む道と、愛美のアルバイト先との分かれ道。
「愛美ちゃん………」
 まだ何か言いたげな叔母さんは、口を開き掛けて止めてしまった。
 愛美も後ろ髪を引かれる想いを残しながら、母と似た叔母さんに別れを告げた。



−−マリア………マリア、聞こえますか。
−−聞こえたら、返事をなさい。
 深い海の中から、三度目の呼び出しもマリアから返事を得ることは出来なかっ
た。
『まだ出力が不足なのかしら。計算以上に、マリアは遠くに落ちてしまったのか
も知れない』
 ママ………マリアの乗っていた宇宙船を管理するコンピュータは呼び出しを諦
め、修復作業とある計算を再開する。
 大気圏突入時に発生した故障及び損壊は、船にとって致命的なものではなかっ
た。しかしその修理に必要な原料は圧倒的に不足していた。長い旅の間、船内に
ストックされてものは、ほとんど使い果たされている。
 幸い必要なもの全ては、この惑星上に存在していた。ただ知的生命体が存在し
ている以上、大っぴらに採掘作業をすることは出来ない。
 海底よりの採掘と、海水から抽出することでなんとか入手しているため、修理
が完了するまでには、まだ相当な時間が掛かりそうだった。
『おかしいわ』
 修復作業と並行して行っていた計算結果に、ママは不満の声を漏らす。
『何度計算しても、答えは一緒………何かデータが間違っているのかしら。でも、
この答えが正しいとするなら。いいえ、そんなはずは………』
 とにかく一刻も早く船を直し、マリアと連絡を取らなければ。



 年内はもう仕事をするつもりのなかった駿だが、考え直さなければいけないか
も知れない。
 もともとは恋人とクリスマスを過ごすつもりで、それなりのお金は残していた。
その予定がご破算になり、金銭的にはある程度の余裕があるはずだった。ところ
が、突然増えてしまった扶養家族に、その余裕も怪しくなっている。
 もちろん今日明日にも貯金が底を尽くほど、切羽詰まっている訳でもない。だ
がこの状況がいつまで続くか予想もつかない以上、考えておく必要はあるだろう。
 考える必要があるのは、金銭的な問題だけではない。にわかに増えた三人の扶
養家族の今後のこと。これも出来るだけ早く、なんとかしなければならないだろ
う。
 マリアについては、いまのところ身元についてなんの手がかりもない。なにせ
駿がみつけたときには、生まれたままの姿だったのだから、パスポートなど身分
を証明するようなものも持っているはずはない。本人に尋ねてみても、さっぱり
要領を得ない。ただ日本語が堪能なことから、もしかすると旅行者ではないのか
も知れない。日本で生まれ育った、いやことによると、両親のどちらかが日本人
であるとも考えられる。
 しかし駿の知る限りでは、この近所に該当するような家があると聞いたことが
ない。近所に外国人が住んでいたとしたら、たとえ名前は知らなくてもこれまで
に何度か見掛けているはずだ。だが駿には、そんな記憶もない。
 まだ事件絡みの可能性も捨てきれないが、過ぎるほど無邪気なマリアを見てい
ると、どうも考えにくい。本人も望んではいないようだし、何より駿自身がマリ
アのことを警察に知らせる気にはなれない。マリアとの出会い、空から降りてき
た少女を見たのは夢であると思いながらも、完全に納得しきれていない。もしそ
んなことを警察に話せば、駿がまともでないと思われるだろう。それに、この少
女とはもう少し一緒にいたい。駿の中にそんな気持ちがあった。あるいは裸のマ
リアを背負った感触が、駿を惑わしているのかも知れない。
 とにかくマリアについては、急いでどうにかしなければならないと言う焦りは、
湧いてこない。その必要性を強く感じるのは、良太と美璃佳の兄妹の方だった。
 こちらは身元もはっきりしているどころか、駿の隣の部屋を借りている女性が
母親であることまで、よく分かっている。分かって入るだけに質が悪い。
 初めは駿の正義感か良心か、あるいは同情からか。二人の面倒を見て来てやっ
た。二人とも特殊な家庭環境に育ったためか、たぶん同じ年頃の子どもと比べれ
ば手の掛からない方だろう。しかし同情だけで、いつまでも他人の子どもの世話
を続けることは出来ない。
 親戚の存在も確認出来ない以上、やはり然るべきところに相談するしかないだ
ろう。
「しゅんおにいちゃん、どっかいたいの?」
 あぐらをかいて考え事をしていた駿の前に、美璃佳の顔が現れた。ずっと黙り
こくったままの駿を心配したのだろう。美璃佳は両手を畳につき、四つんばいの
恰好になり、駿の顔を見上げている。




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