AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(10)  悠歩


        
#4280/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:22  (198)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(10)  悠歩
★内容
「ただでさえ、造りのよくないアパートだからね。部屋で騒ぐと、下に住んでる
人がうるさくて迷惑なんだよ」
「じゃあ、マリア、外で遊ぶ」
「わたしも」
「ぼくも」
 マリアと子どもたちは、そのまま外に行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って、マリアさん」
 慌てて駿はそれを止める。
 子どもたちはいざ知らず、マリアはまだ駿の服を来たままなのだ。しかも下着
も履いていない。
「外に出る前に、まず着替えないと」
 駿は手にしていた紙袋をマリアに渡す。
「マリア、別にこれでもいいのに」
 そう言って、マリアはトレーナーの胸元を引っ張った。その下の、隠す物のな
い胸が見えてしまう。
「そ、そうは行かないよ」
 駿は赤くなった顔を、マリアから背ける。
「ふーん、分かったあ」
 そう答えると、マリアはその場でいままで着ていたものを、脱ぎ始めてしまっ
た。
「うわっ」
 急いで駿は部屋を飛び出し、ドアを閉める。
「ま、マリアさん。着替え終わったら、呼んで」
「はあい」
 部屋の外で、激しくなった鼓動を落ち着かせながら、駿は思った。
 とても駿をからかっているようには見えない。マリアの精神年齢は、とんでも
なく幼いのだと。たぶん、美璃佳と大差ないのだろう。
 事件絡みでないというのも、考え直さなければいけないかも知れない。少なく
ともマリア自身が積極的に関わることはないだろう。だが、誰かに騙されてとい
うのは、充分に考えられる。
「あっ!」
 ふと気づくと、子どもたちもマリアと一緒に部屋の中にいたのだ。美璃佳はと
もかく、良太にマリアの着替えを見せてしまって、いいものか? 部屋の中の良
太を呼び出そうかと悩んで、つい苦笑がもれる。
 教育上とかではなく、駿は良太に対して微かに嫉妬していたように感じたのだ。



「ふう」
 校門をくぐり抜けて、愛美は小さくため息をつく。
 昨日のことで相羽にお礼を言わなければ。そう思いながら、何も出来なかった。
休み時間に彼の姿を見つけても、周囲の目が気になり声を掛けられなかった。そ
んな卑屈な自分が嫌だった。
 愛美には親しい友だちがいない。
 小学生の頃は仲のいい友だちはいたし、その子たちも同じ中学校に上がってい
る。しかし母の死後、家のことに追われ愛美はその友人たちと話したり、遊んだ
りする時間が取れなくなってしまった。最初のうちは、理解を示していた友だち
も一人、二人と離れていっていまった。
 寂しくないはずがない。もともと愛美は明るい少女だった。
 けれど愛美には友だちよりも、優先させなければならないものがある。
 父を支えられるのは自分しかいない。愛美がいなければ、父は本当に駄目にな
ってしまう。その想いが今日までの愛美を支えてきた。
 自分のものは何一つ買わない。休みの日に映画を観たり、ゲームセンターに行
ったり、普通の中学生の女の子が普通にすることを、何一つしない。テレビを観
る時間もない。
 そんな生活がまた、同じ年頃の女の子たちが共通に持つ話題から、愛美を遠ざ
ける。
 そしてそれがコンプレックスとなり、友だちに対して愛美を卑屈にさせてしま
う。
 けれど相羽は、他の子たちに接するのと同じように愛美を扱ってくれた。それ
は相羽が、愛美のことを知らなかったからだろう。それでも良かった、嬉しかっ
た。
 しかし今日、学校で見掛けた相羽に、愛美は声を掛けることが出来なかった。
 自分のような子が、相羽に話し掛けるのを周りの人が見たら、どう思うだろう。
もしかすると、あんな子と話をしない方がいいと、誰か相羽に言うかも知れない。
あの子は父親しかいないから。あの子の父親は酒を呑んでは人に迷惑ばかり掛け
ているから。そんな話が伝わってしまうかも。
 相羽も片親なのに、どうしてあんなに明るくいられるのだろう。
 男の子だから?
 愛美と違って一緒にいるのが母親だから?
 愛美は気づいていた。父のためと言いながら、その父を恥ずかしいものである
ように考えている自分に。それが悲しかった。

 寄り道することなく、愛美は家路を急ぐ。買い物は昨日済ませていたので、早
くアパートに戻り、父の夕食の用意をしてアルバイトに行かなければならない。
「あら?」
 アパートの前に、誰か女の人が立っていた。その人に、愛美は見覚えがあった。
「あ、愛美ちゃん。愛美ちゃんね?」
 女の人も愛美に気づいた。
「雪乃叔母さん………」
「まあまあまあ、覚えていてくれたのね、愛美ちゃん。こんなに大きくなって」
 嬉しそうに目を細め、女の人は愛美に近寄って来た。
 桂木雪乃(かつらぎゆきの)、死んだ愛美の母の妹だった。
「お久しぶりでです」
「もう、本当に」
 叔母さんは路上、人目もはばからずに愛美を抱きしめた。横を通り過ぎた人が、
怪訝そうに見ていた。
 けれど愛美もそれが嫌ではなかった。
 母に良く似た叔母さんの温もりが、嬉しかった。死んだ母に抱かれているよう
な気がして、涙が流れた。
「探したのよ、愛美ちゃん。いつの間にか、引っ越してしまって………叔母さん
になんにも知らせてくれないんだから」
「すみません、雪乃叔母さん」
「いいのよ、愛美ちゃんが謝ることは、ないんだから。どうせお義兄さんが、知
らせるなって言ったんでしょうから」
 愛美はこの叔母さんが好きだったが、父のことを悪く言われるのは嫌だった。
似ているだけに、まるで愛美の母が父を責めているようで、気分がよくない。け
れど叔母さんの言うように、知らせなかったのは父に止められていたからだった。
「学校に訊けば分かると思ったの。そしたら、教えてくれないのね………愛美ち
ゃんの親戚なんだって言っても、なかなか信用してもらえなくて。でも学区は変
わってなかったから、なんとか探すことが出来て良かったわあ。それで住所が分
かったと思ったら、愛美ちゃんのところ電話がないって、言うじゃない。仕方な
いから、こうやって田舎から出てきたのよ」
 よほど愛美の住所を探すのに、手間が掛かったのだろう。叔母さんはまくし立
てるように話した。この叔母さん、顔はよく似ていたが母と違って、とてもお喋
りだった。
「あの、雪乃叔母さん。立ち話もなんですから、中へ………」
 愛美は叔母さんを部屋に案内する。本当はあまり部屋の中を見せたくはないし、
父と会わせたくもない。けれど愛美たちを心配して、わざわざ田舎から出てきた
叔母さんを、いつまでも寒い外に立たせておく訳にもいかない。
 出来れば、父が外出中であって欲しい。愛美は思った。
 部屋の鍵は開いており、中からはテレビの音も聞こえてくる。父がいるのだ。
これから叔母さんと交わされるであろう会話を思い、愛美は憂鬱な気分になった。
「ただいま、お父さん」
 肘を枕にして布団に横になり、テレビを観ている父は何も応えない。
「あの、お父さん………」
「ご無沙汰してます、お義兄さん」
 叔母さんの挨拶で、父は初めて反応を示し、こちらを振り返る。
「お、」
 驚いたような声を発し、父は母に良く似た叔母さんを凝視する。
「雪乃………さんか?」
「あら、覚えていて下さったんですね」
 笑ってはいたが、叔母さんの言葉には嫌味が内包されていた。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 面倒くさそうに起きあがり、父は布団を片づけ始める。愛美は押入から一枚き
りの、少し汚れた座布団を出して叔母さんに勧めた。
「いま、お茶をいれますから」
「気を使わないでね、愛美ちゃん」
 愛美は台所に立ち、お茶を煎れながら父と叔母さんの様子をはらはらした気持
ちで見ていた。
「よく、ここが分かったな」
「ええ、随分苦労しましたけど。それにしても」
 叔母さんは部屋の中を、ぐるっと見回した。
「お世辞にも、いいお住まいですね、とは言えませんね。どうして、マンション
からこんなところに越してきたんです?」
 理由は分かっているはずなのに、父に訊いてくる。
「家賃が、払えないからだ」
 父はぷいっと横を向いて応える。その口振りから、かなり機嫌が悪くなってい
ることが、愛美には分かった。
「あら、前に姉さんから聞いた話だと、あのマンション、場所の割には格安な家
賃だって、喜んでいたのに。どうして、また払えなくなったんです?」
「叔母さん、お茶をどうぞ」
 話を中断させたくて、愛美はお茶を差し出した。だがそれは、ほんの一瞬話を
止めただけ。叔母さんは「ありがとう」と湯呑みを受け取ると、さらに父へ詰め
寄る。
「何かあったんですか?」
「俺が仕事を辞めたからだよ」
 父は少し声を荒げていた。それでも相手が雪乃叔母さんだということもあり、
いつも愛美に対して怒る時に比べれば、かなり抑えているようだった。
「まあ、じゃあ、ここの家賃とか生活費とかどうしているんです?」
 この質問に父は言葉で応えず、くいと顎を愛美の方へ動かした。
「はっ? どういうことですの。お義兄さん」
「貯金を切り崩して、あとは、こいつが働いて賄っている」
「まあ」
 口に手を充てて、叔母さんは驚いてみせる。
「あ、あの、私、働くのが好きなんです」
「そう言う問題じゃ、ないのよ」
 父に代わって弁明する愛美を、叔母さんが窘める。
「お義兄さん、愛美ちゃんはまだ中学生なんですよ。それを働かせて………自分
は何をしてるんですか?」
「別に、俺が頼んだ訳じゃねぇ。こいつが勝手に働いているだけだ」
「お父さんは、身体が悪いんです………だから、働けないです」
 愛美は叔母さんの手に縋り、懸命に訴える。その気持ちが通じたのか、叔母さ
んの顔に笑顔が浮かぶ。
「優しいのね、愛美ちゃんは」
 そして先ほどよりは幾らか声を和らげて、父と話し始めた。
「お義兄さんの身体のことは知っています。でもそれは、姉さんが死んでから、
仕事も辞めてお酒を飲み過ぎたせいでしょう?」
「…………」
「でもまあ、今日はお義兄さんを責めに来た訳じゃありません」
「だったら、何の用なんだ」
「愛美ちゃんのことで相談に来ました。中学生の女の子が一人で働いて、家のこ
とまで支えるなんて無茶すぎます」
「雪乃叔母さん、私は………」と、愛美。
「いいから、最後まで訊いて頂戴」
 叔母さんは話を続ける。
「こんな状態では、貯金もほとんどないんでしょう。お義兄さんは、愛美ちゃん
の高校や大学をどうするつもりです?」
「考えてねぇよ。まだ先の話だ」
 父の答えに、叔母さんはため息をついた。
「先じゃありません。再来年の今頃には、進路を決めてなきゃいけないんです」
「私、就職するつもりですから」
 実際のところは、愛美はまだ卒業後のことなど決めてはいなかった。勉強は嫌
いではない。出来ることなら、高校へ行きたいと思う。けれどいまの家計の状況、
貯金もほとんど使い果たし、わずかばかりの愛美のアルバイト代でどうにか食べ
繋いでいる。そんな状態では高校進学など、とても無理な話だ。
 愛美の答えを聞いて、叔母さんは眉を顰める。
「馬鹿なこと言わないの。そりゃあ、愛美ちゃんが何かやりたいことがあって、
そのために働くって言うのならいいのよ。でも、そうじゃないでしょう?」
 叔母さんはちらりと、父の方を見た。
「愛美ちゃんだって、何か将来の夢があるでしょう?」
「………」
 将来の夢、と訊かれても、愛美には答えられない。いままで、そんなことを考
える余裕などなかった。
「そうね、まだ中学一年生では、はっきりしたものはないかしら。それならなお
のこと、高校へは行きなさい。高校に行きながら、自分のしたいことを見つけれ
ばいいしね。将来、何をするにしたって高校には行っておいた方がいいと思うわ」
「でも………」




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