#4278/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 1:20 (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(08) 悠歩
★内容
「さあ、早く帰ろう」
駿がそう言った時、また美璃佳が空を指さした。
「あ、まただ」
確かにもう一つ、光輝くものが空に浮かんでいた。だが、それは先ほどのもの
とは違う。空を駆け抜けて行くのではなく、浮かんでいたのだ。光のシャボン玉、
そう表現したらいいだろう。
「なんだ、ありゃあ」
隕石などではあり得ない。地球の重力に引かれて高速に落下しながら、燃えて
光を放っているのではないのだ。どうやら、それ自体が光っているようなのだ。
まさか本当にUFO? 不可解な光体を目の当たりしながら、テレビで見た宇
宙人に誘拐されたことのあると言う人の話を思い出す。しかしなぜだか恐怖は感
じない。
見ていると、光のシャボン玉は少しずつ大きくなって行く。駿たちに近づいて
来ているのだ。やがて柔らかな光が、駿たちをも照らしだす。
「あーっ、てんしさま」
美璃佳の嬉しそうな声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
そして、駿も見た。心にまで届くような優しい光の中に、少女の姿を。美しい
肢体を隠すものは何もない。
駿はただ、ゆっくりと自分たちの元を目指すように降りてくる、光のなかの少
女に見取れるだけだった。声を発することも出来ず。
良太も同じなのだろう。美璃佳がのはしゃぐ声だけが聞こえている。
そして。
三人の前に降りたシャボン玉は、弾けるようにして消える。
静かに崩れ落ちる少女の身体を、駿は両手で受けとめた。
「あら、藤井さん。こんばんは、お風呂の帰りですか」
聞き覚えのある声に、駿は足を止めた。内心、気まずい思いをしながら。
「あ、ああ北原のおばあさん。こ、こんばんは」
散歩にでも出るところだったのか、アパートの近くまで来て北原の老夫婦と鉢
合わせになってしまった。なぜかは知らないけれど、おじいさんの方は涙を流し
ている。
「おばあちゃん、こんばんわ」
どもり気味の駿とは対照的に、子どもたちは元気に挨拶をする。
「あら珍しい、良太くん美璃佳ちゃんも一緒なの」
「うん。ねえ、どうしておじいちゃん、ないてるの」
美璃佳は遠慮なしに、涙を流しているおじいさんの顔を覗き込んで訊いた。
「ああ、これね。気にしないで。さっき流れ星を見つけてね、そうしたら昔のこ
とを思いだしてしまったらしいの」
優しくおばあさんは答える。流れ星とは、先ほど駿たちが見たのと同じものだ
ろう。
「むかしのことお?」
「こら、みりか。あんまりいろいろときくのは、失礼なんだぞ」
なおも興味を示す美璃佳に対して、良太はお兄さんらしく注意をした。もしこ
んな状況ではなかったら、駿もその光景を微笑ましいと感じただろう。
「藤井さん、その背中の方は?」
とうとう、おばあさんに気づかれてしまった。もっとも気がつかない方がどう
かしているのだろうが。
「そ、それが………」
なんと説明していいものか、駿は答えに窮してしまう。背中に負ぶった裸の少
女。まさか空から降って来ましたと言ったところで、信じてはもらえないだろう。
「そらから、ふってきたの」
ところが思案などしない美璃佳は、事実を在りのままに口にしてしまう。
「うちゅうじんだよ、うちゅうじん」
「ちがうの。てんしさまよ」
良太と美璃佳は口論を始めてしまった。
「いえ、あの、銭湯の帰りに、この先で倒れていたんです」
とりあえず、そう説明した。嘘をついたつもりはない。駿自身、この少女が空
から降りて来たのだとは、その目で見ていながら信じられずにいた。珍しい流星
を見た直後、何かを勘違いしてしまったのだろうと、思い掛けていたのだ。
「裸のままですか?」
しかし駿の説明に、さすがに北原のおばあさんも、信じられないと言った様子
だ。無理もないと、駿も思う。
「警察とか、救急車とか呼んだ方が………」
おばあさんが言いかけると、それまで涙を浮かべたまま、ぼんやりとしていた
おじいさんが叫んだ。
「だめだ、いかん。警察はいかん」
酷く興奮した様子に、駿も子どもたちも驚いておじいさんの顔を見る。
「はいはい、分かってます。落ち着いて下さい」
おばあさんが背中をさすってやると、すぐに静かになった。
「見たところ怪我をしている様子はないですし。少し様子を見て、本人に事情を
訊いてからのほうがいいと、思いまして」
本人が意識を取り戻し、希望するなら警察でもどこにでも連絡はするつもりだ。
外傷はなくても、何か病気なのかも知れない。それより裸でいたのは、何か危険
な連中と関係している可能性だって高い。本当なら、すぐにでも然るべきところ
へと知らせた方が、いいに決まっている。
しかし穏やかな、子どものように無邪気な寝顔は、病気には見えないし、危険
な連中と関わりがあるようにも思えない。なにより、駿自身が余計な人間にこの
子のことを知らせたくなかった。
「それで、あの北原さん。この子のことが分かるまで………少なくとも意識が戻
るまでは、誰にも知らせないで欲しいんですけど」
「ええ、ええ、それは構いませんけれど。おじいさんはこんな調子ですし、私は
おじいさんの世話で手一杯ですから、余所の方に話すことはありませんよ」
「おい、みんなが待っているぞ。急がんと」
誰が待っていると言うのだろう。おじいさんに急かされ、北原のおばあさんは
駿に一度頭を下げ、去って行った。
「さ、走って帰るよ」
これ以上誰かに少女を見られては面倒だ。二人の子どもたちにそう言って、駿
は駆け出した。
「あーん、まって」
後ろから、美璃佳の声がした。
「んっ…」
目覚めて最初に見たのは、低い天井だった。幾筋もの線がフラクタルな模様を
構成している。久しぶりに見る木目、というものらしい。ずいぶんと色がくすん
でいる。
次第に意識がはっきりしてくると、マリアはいま自分のいる場所の状況を把握
しようと努めた。
マリアは何か柔らかいものの上に、横になっていた。ママのカプセルの中より、
いい気持ちがする。
「×××、×××」
何か声がする。マリアは横になったまま、声の方に顔を向ける。マリアに似た
形の生き物が、足を折って座っている。若いようだが、でも胸がない。髪の毛も
短いし、体つきもマリアよりがっしりとした感じがする。どうやら、雄らしい。
近くに小さな影が二つ。やはりマリアに似た形だが、まるでミニチュアのよう
だった。きっと、子どもだろう。それぞれ雄と雌らしい。
『あなたと同じ外見をしている』
ママの言葉を思いだす。彼らがこの惑星の支配種族らしい。
マリアは大きな方の雄を見ながら、身体を起こした。
マリアに掛けられていた、柔らかい物がずり落ちる。裸だったはずが、いつの
間にか服を着ていた。
「××××、×××××」
雄が何か言った。マリアの記憶にある、様々な言語と比較して似たものを探す
が、すぐにはみつからない。
小さい二つの個体も、それぞれ興味深げにマリアを見ながら何かを話している。
言葉が分からないので、マリアは自分がどんなところにいるのか、考えてみる。
低い天井の狭い部屋。全体的にくすんだ色をしている。雄の向こうに、出入口ら
しいものが見える。手動だ。
その横に見える、曲がった細い管はなんだろう? そう思っていると、小さな
雌が立ち上がり、その管の方へ走っていった。小さな雌は背伸びをして、曲がっ
た管の上に付いている三つ又のダイヤルのようなものを回した。管から水が流れ
出す。飲料水を供給するための装置だった。
では、その隣にあるのは火を起こす道具なのだろう。
ママは文明のレベルがFだと言っていたが、マリアにはもっと低いように思え
る。
透明な器に水を入れ、小さな雌はマリアの前に立った。
「××、×××」
可愛らしい表情を見せ、水の入った器をマリアに差し出す。笑み、友好的な表
情。これもマリアと同じだ。
「ありがとう」
マリアは器を受け取り、精一杯の笑顔を返して見せる。小さな雌は、照れ臭そ
うに笑った。
手にした器を口元へ寄せ、中の水をひとくち含む。薬の味がした。消毒薬のよ
うだ。大量に摂取すれば別だが、この程度なら害はなさそうだ。そう言えば、の
どが渇いている。マリアは中の水を、一気に飲み干した。あまり美味しくはない。
『ママ、ママ、聞こえる? 聞こえたら返事して』
マリアは心の中で呼びかけてみるが、返事は返らない。ママは無事だろうか。
心配だったが、大丈夫と言ったママの言葉を信じるしかない。
さらに部屋の中を見回してみる。あまりもののない部屋で、もしかしたらマリ
アは捕まって、牢獄に入れられてしまったのではないかとも考えた。けれどそれ
にしては、造りが貧弱だ。牢獄ではなさそうだ。
一つの装置が目に留まる。四角いフォルムで、角には丸みを帯びている。前面
に大きなガラスのような物がはめ込まれている。映像を写す装置だろう。これだ
け見れば、Fレベルの文明はありそうだ。
その上に、小さな装置が置かれている。単純なものだが、リモコンらしい。
マリアはそれを手に取り、スイッチを押した。
大きな装置の、ガラス面に映像が浮かぶ。
何をしているのかは分からないが、この惑星の支配種族たちが話をしている。
都合がいい、これを聞いていれば言葉を覚えるのも早い。
やがて記憶の中から、近い言語を探しだしたマリアは映像の会話から、その違
いを訂正しいく。
「ねえ、君」
大きな雄が、マリアを呼んだ。もう、大体の言葉は理解出来る。
マリアは雄の方を振り返る。
「君は、誰なんだい? どこから来たの?」
「私は………」
マリアは、覚えたばかりの言葉を確かめるよう、ゆっくりと発音した。
「私は、マリア」
他に誰かに見られることなく、駿は無事に部屋に着くことが出来た。やや遅れ
て、子どもたちも戻ってくる。
はあはあと息をきらしている美璃佳を見て、まずいことをしてしまったかと思
う。もしかして、これでまた熱を出してしまわないかと心配になったが、当の美
璃佳は意外に元気で、良太にかけっこで負けたことを悔しがっていた。
とりあえず、昨晩美璃佳が使った布団を敷き、その上に少女を寝かせる。いつ
までも裸のままにもしておけないので、なるべく綺麗なトレーナーとスラックス
のズボンを選び、着せることにする。
用意した服と、いまだ目覚める様子のない少女を交互に見やりながら、駿はし
ばらくの間悩んだ。
ここに連れてくるまでは夢中で、あまり余計なことを考える暇はなかったが、
少女は裸なのだ。年齢は十七、八、くらいだろうか。美璃佳のような子どもを着
替えさせるのとは、訳が違う。事情はともかく、意識のない少女の裸に触れるこ
とは躊躇われた。
かと言って、まさか子どもたちに着替えさせるのも無理だろう。
愛美に頼もうかとも思ったが、いろいろと忙しそうな彼女に、一日にそうそう
何度も手を煩わせるのも気が退ける。
「ねえ、おようふく、きせてあげないの?」
いつまでも服と睨めっこを続ける駿を、不思議に感じたのだろう。下から美璃
佳が駿の顔を見上げて言った。
「あ、ああ、着せてあげるけど………」
まさか美璃佳に説明しても仕方ないと、駿は苦笑いを浮かべる。
「ばーか、みりか。おにいちゃんは、この女のひとが裸だから、はずかしいんだ
よ」
駿に成り代わり、良太が余計な説明をしてくれる。
「みりか、ばかじゃないもん」
美璃佳はぷうっと、頬を膨らませて小さな拳で、良太のことを叩いた。
「どうして、はだかだとはずかしいの?」
「えっちなことを、かんがえちゃうからだよ」
「えっちなことって、なによ」
「ほらほら、この人が起きちゃうから。静かにして」
子どもたちのやり取りを聞いていると、ますます恥ずかしくなってしまう。駿
は慌てて二人を止めた。
これ以上迷っていたら、また子どもたちが何を言い出すか、分かったものでは
ない。意を決し、駿は少女に服を着せることにした。