AWC 『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(01)  悠歩


        
#4271/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/12/24   1:13  (199)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(01)  悠歩
★内容

           『遠い宙のマリア』
          --Tooi Sorano MARIA--
         【59億分のいくつかの物語】

 ピッ。
 電子音と共に、それまで暗黒と静寂のみに支配されていた空間に赤・青・黄と、
様々な色の明かりが灯される。
『マリア、起きなさい』
 優しい女性の声が響く。
 プシュッ。
 部屋の中央に設置されたカプセル。
 半分に割った円柱を横たえたような形の、ガラス張りの上部が一方の端を支点
にスライドして開く。
 やや間を置き、細い二本の腕が伸ばされる。
「ふわあぁぁっ」
 大きなあくびを一つ、裸の少女がゆっくりと上体を起こす。
「マリア、どのくらい寝ていたのかしら」
 まだ寝足りない、とでも言うようかに、少女は目を擦る。
『おはよう、マリア。400年ほどよ。身体の具合はどう?』
「ん」
 問いかけに対し、少女は両の掌を開いては閉じ、閉じては開くという運動を数
回続ける。それから首を左右に、初めはゆっくり、それから早くと動かしてみる。
そしてカプセルの両端に手を掛け、身体を起こす。
 立ち上がった少女は、カプセルから一歩離れて、とんとんと跳ねてみる。
 長く艶やかな黒髪が、まるで羽毛のように宙を踊る。
 豊かではないが、形の整った胸がぷるるとダンスをする。
「うん、調子はいいみたい。それと、ママ………また重力を変えたのね?」
『ええ』
 姿無き声が答えた。
『1Gに変えたのよ』
「ねえ、それってもしかして」
 最上級のブランデーのような色の瞳に期待が浮かび、桜色をした薄い唇に期待
の笑みがこぼれる。
『そうよ、新しい太陽系に接近しているわ。その中に生物の存在する惑星がある
の』
「わーい、じゃあ久しぶりに上陸できるのね! ねえねえ、どんな星、どんな星
?」
『ふふっ、慌てないで。先行させたピーピング(覗き屋)の映像を出すから、コ
ントロール・ルームにいらっしゃい』
「はあい」
 マリアは右手を高く挙げ、裸のまま部屋を飛びだす。
「わあっ、あれね!」
 部屋の外は長い通路。
 その側面は特殊なガラスがはめ込まれ、外の景色が一望出来るようになってい
る。
 広がる漆黒の闇。
 その彼方に、微かに赤い光が見える。
 恒星………太陽の瞬き。
 マリアの乗るこの宇宙船は、あの太陽系に属する惑星を目指している。
「あん、そうだ。早くママのところに行かなくちゃ」
 しばし遠くの太陽に見とれていたマリアは、コントロール・ルームに向けて走
り出す。長い脚が大きなスライドを描き、まるで飛ぶようにして。
「来たよ、ママ」
 マリアが飛び込むと、無人だったコントロール・ルームに明かりが灯される。
『それじゃ、報告するわね』
 ママ、この船の全てを管理するコンピュータがマリアに応え、部屋の中央に立
体映像を映し出した。
「きれい!!」
 一言発すると、マリアは絶句してしまった。
 映し出された蒼い星の姿は、現在マリアに残されている記憶の範囲に於いて、
他に比べるもののない美しさを湛えていた。
『報告。本船は新たに発見した太陽系−−発見ナンバー1051へ接近中。10
51太陽系に属する惑星は九つ。その第三惑星に、生物の存在を確認。調査の為、
その惑星に乗務員の上陸を決定します』
 まるで初恋にとり憑かれた少女のように、マリアは熱っぽい瞳で映像に見とれ
ている。
「いつ以来だったかなあ………生き物のいる星に降りられるのは」
『982太陽系の第五惑星以来よ』
「そう………あれ?」
 ふと、マリアは顔を上げる。
 そこにママの姿がある訳ではないが、逆に言えば船内の全ての場所にママは存
在している。ママと話をするとき、顔を上げるのがマリアの習慣になっていた。
「982太陽系のことは覚えてる………外骨格を持った生き物ばかりの星だった
わ。でも、その前………あれ? その前の星でも生き物と接触したはずなのに?
 マリア、覚えてない」
『探査規則25条の8、収集データ及び乗務員の記憶の管理・保存について』
 マリアの疑問に、ママは事務的な応えを返す。
「えっと、(各太陽系とその惑星で得たデータ並び乗務員の記憶の全ては、彼ら
が属する船のコンピュータが管理する物とする。コンピュータは別に定めた規定
に従い、それが乗務員の記憶範囲を越えそうな場合、または今後の活動・生活に
悪影響を及ぼすと判断された場合、速やかに彼らの記憶から削除するものとする)
でしょ?」
『そうよ』
「うーん、なーんかつまんない………」
 少し拗ねた顔をして、マリアは再び立体映像を見つめる。
『誕生してから50億年くらいかしら、この惑星は。ずいぶんと若い太陽系だわ』
 ママの説明が続く。
『水の量も豊かで、相当数の生物の存在が予想されます。惑星の支配生物は、高
くはないけれど、そこそこの文明レベルを持っているようね。あなたと同じ外見
をしている。だから、調査は彼らの中に紛れて行うのが良さそうね。一応、過去
の調査記録の中から、似たような惑星のデータと、予想される言語パターンをあ
なたの記憶に入力してあるから』
「ほんとうに………きれいな星」
 説明が耳に届いているのか、いないのか、ため息混じりに呟く。
「ねえ、ママ。マリアの母星も、こんな星なのかな」
『答えられないわ。探査規則25条の9及び12の………』
「わかってる。ホームシックって病気にならないように、母星のこと、思いだし
ちゃいけないんでしょ」
『そうよ』
「知ってる………ちょっと訊いてみたくなっただけ。ごめんなさい」
 その語尾は弱々しかった。
『いい子ね、マリア。さあ、52時間後には1051太陽系第三惑星に到着の予
定よ。それまで、あなたの準備をなさい。私はちょっと忙しくなるから、あなた
のお手伝いが出来ないの』
「忙しいって、何かトラブル?」
 驚いてまた顔を上げる。
 上陸に際して、ママが手伝いを出来ないということは、これまでなかった。
『心配はないわ、今後の任務に差し支えるものではないの』
「そう、ならいいけど」
 それでも二度ほど振り返りながら、準備のためマリアはコントロール・ルーム
を後にした。



 夜の路地に冷たい風が吹き抜けて行った。
 風に引きずられた新聞紙が、ざざっとアスファルトを擦って行く。
 まとわりついた新聞紙を払おうと、男は足を振った。
 ポケットに入れたままの腕にぶら下げられた、コンビニの袋が、がさがさと音
を立てる。
「ううっ、さぶぅ」
 しつこい新聞紙に仕方なく、藤井駿はポケットから手を出して、それを取った。
 出したついでにと、腕に巻いた時計を見る。もうすぐ午前零時になろうとして
いた。
 なんとなく、日付が変わる前に部屋に帰りたい。駿は脚を早めた。
 角を折れたところで、アパートの明かりが見えてくる。
 アパート・若葉荘。
 六畳一間、いまどき風呂なしの安アパート。
 もともと八部屋あるうちの半分が空き部屋になってはいるのだが、さすがにこ
の時間、明かりのついた部屋は、一つあるだけだった。
 立ち止まり、駿はアパートを見上げた。
 夜の闇にぼうっと浮き上がった、くすんだ色の壁。そこに書かれた、古くさい
匂いの感じられる『若葉荘』の文字。
 ふうーっ、と長い息を一つ吐いた。
「せめてマンションにでも住んでいたら………」
 彼女と別れることもなかったかも知れない、駿は思う。
 夏に知り合った彼女とは、最初のクリスマスを迎えることは出来なかった。
 別れは一週間ほど前、彼女のからの電話で一方的に告げられた。
「他に好きな人が出来たの。私、たぶん………その人と結婚する」
 予感はあった。
 周りの友人たちから、彼女が他の男性とつき合っているらしいと、何度も噂を
訊かされた。
 その度に駿は、噂話を一笑して来た。彼女を信じていたから。
 しかし初めは出所もはっきりしないような噂話も、だんだんと具体性を帯びて
行く。
 相手は、某大手商社のエリート社員であるとか、どこどこの豪華マンションに
住んでいるとか、彼女と男性が高級外車でドライブしていたとか。
 噂が具体的になっても、駿は彼女を問い詰めることはなかった。
 信じていたから………それは言い訳だった。
 本当は恐かった。
 相手の素性が具体的になるにつれ、自分の不利を感じていたから。
 将来を約束されたエリート社員と、アルバイトを繋ぎ、その日暮らしをしなが
ら箸にも棒にも掛からない小説を書いている駿。
 自分とその男性を比べた時、彼女がどちらが選ぶのかは、火を見るよりも明ら
かに思えた。
 だから恐くて訊けなかった。
 そして、駿からは具体的な行動を一つも起こさぬまま、彼女との仲は終わった。
「あなたとじゃ、夢が見られないから」
 それが彼女の、最後の言葉だった。
 こんな安アパートでなく、大きなマンションに住むほどの収入があったら、違
っていただろうか。思えば、とうとう彼女はこのアパートを、一度とて訪ねて来
ることはないままだった。
 がさっ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 独り想いに耽っていた駿は、後ろから聞こえたわずかな物音に驚き、大袈裟な
声を上げてしまった。
 だがそれ以上に、物音の主も驚いたようだ。
 振り向くとおかっぱ頭の少女が、蒼白となった顔をひきつらせながら駿を見つ
めていた。
「あ、ごめんごめん………えっと、愛美(まなみ)ちゃん」
 同じアパートの住人でありながら、その少女の名前を思い出すのに、少しばか
り時間を必要とした。一階の101号室に父親と二人で住むその少女が、若葉荘
に越してきて二年ほどが経つが、言葉を交わした回数は少ない。とにかく無口で
あることと、朝に見掛ける制服姿から、今年中学生になったばかりらしいと言う
ことぐらいしか知らなかった。
「い、いえ。私のほうこそ………驚かせて、ごめんなさい」
 そう言って、愛美はぺこりと頭を下げた。
 その腕には茶色の紙袋に包まれた、一升瓶が抱かれている。
「そ、それじゃあ………お休みなさい」
 そそくさと逃げるように、愛美は唯一明かりの灯された101号室の中へと消
えていく。
 駿もふいに寒さを感じて、自分の部屋に帰るため、階段を昇りはじめた。
「それにしても………」
 数段上がって、足を止める。
「あの子、何だってこんな時間に」
 階段から半身を乗り出して、愛美の消えていった101号室の台所の磨りガラ
スを見た。
 明かりが灯っている。
 手にしていた一升瓶、父親の酒を買いに行っていたのだろうか。
 駿は腕時計に目をやった。時刻は午前零時を過ぎてしまっている。
 自動販売機でのアルコール類の販売は終わっているし、近くのコンビニは午後
11時で閉店してしまう。
 どこか遠くの店に買いに行ったのか?
 こんな時間に、未成年の娘に酒を買いに行かせるなんて、非常識な父親だ。駿
は思う。
 そういえば、あの親子が越してきてから、父親が仕事に出ていくような様子を
見たことがない。生活費はどうしているのだろうと、常々不思議に思っていた。
 逆に時々、愛美が遅い時間に帰って来るのは、何度か見掛けている。




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