#4270/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 1:11 (197)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(00) 悠歩
★内容
ある年の12月24日。
町外れの小さな小屋に老人はいた。
観るともなしにつけていたTVからは、イヴに賑わう街が映し出される。
「ふん、どいつもこいつも浮かれよって。下らん、クリスマスなど実にくだらん」
不機嫌そうに老人…ユウホは手垢にまみれたリモコンで、チャンネルを変えた。
しかし、どこにチャンネルを合わせて見ても、映し出される物は変わらない。
ガタガタガタ。
窓ガラスが揺れ、冷たいすきま風が部屋を抜けていく。
「おお、寒い。なんだ、暖炉の薪がきれかかっておる」
だがユウホ老人は、新たな薪をくべるために立ち上がろうとはしない。
口が悪く、偏屈な老人。
彼にはイヴだと言うのに、共に過ごす家族も仲間もない。
そんな境遇を「寂しい」と言う勇気もない。
「ふん、ここで一人凍え死にすれば、ニュースになるかも知れんな。そうなれば、
ちっとは、浮かれた連中の気分に水を差してやれると言うものじゃ」
たった一人きり、訊く者もないのに、憎まれ口を叩いてみる。
トントン、トントン
誰かが小屋の戸を叩く。
老人の眉間にしわが寄る。
町から孤立した偏屈な老人を、イヴの晩に訪ねて来る物好きなどそうは居ない。
「帰れ帰れ、来るだけ無駄と言う物じゃ。誰がなんと言おうと、わしはここを出
て行く気はないし、借金取りなら1セントとてこの家にはないぞ。無駄足じゃっ
たな」
さも不機嫌そうに、大声で怒鳴ってやる。
しかしそれに応える声はなかった。風のいたずらだったのか。
ドンドン、ドンドン
しばらくすると、先程より激しく戸が叩かれた。
「ええい、うるさいと言っておるだろう! どこのどいつだ!」
苛立った老人は、力任せに戸を開く。冷たい風と、雪が小屋へと吹き込み、暖
炉の火を消してしまう。
「おや? 誰もおらんぞ………」
老人は唖然として立ち尽くす。思いつく限りの悪態をついてやろうと、身構え
ていただけに、戸の外に誰もいないと知ると、酷く力が抜けてしまう。
「おじいさん、ぼくならここだよ」
「な、なに?」
声は足元の方からした。慌てて老人は視線を落とす。
「メリークリスマス、ユウホさん」
そこには、屈託のない笑顔を見せる少年たちの姿があった。
「お前はロバート………それにデビットにシンシア、おおリリアも。こんな日に
お前ら、何しに来たんだ?」
「何しに来たは、ひどいよ。クリスマスだからこそ来たんだ」
「あの、ユウホさん。早く中に入れてもらえないかしら。私、寒くて仕方ないの」
「ん、ああ………まあしょうのないやつらだ。身体を暖めたら、早く帰りなさい」
思いがけない訪問者に、嬉しいくせに、老人はわざと渋い顔をしてみせる。
「………だめ。ユウホおじいちゃんと、クリスマスをお祝いするために、来たん
ですもの」
一番最後に小屋に入ったリリアが、控えめな笑みを浮かべながらいう。手に抱
えた、ケーキの箱をテーブルに置いて。
「うわ、暖炉の火が消えてる………なんだ、薪もないよ」
「ふん、薪なら外にあるわい。それよりお前ら、今日は年寄りに構っている暇は
ないだろうが………」
「ひぇっ、外か。仕方ない、ぼく取ってくるよ」
デビットが戸の方へと向かう。
「お仕事なら、済ませて来たの。後は、お父さんたちがやってくれるって」
テーブルに皿を並べながら、シンシアが答えた。
「全く………迷惑な話しだ」
「ひゃあ! なんだ、びっくりしたあ」
デビットの声が響く。何事かと皆の視線が、ドアへと集まった。
「薪なら取ってきたよ」
新たなる来訪者が、薪の束を抱えて笑っている。
「お前は、康平か!?」
来訪者に向けて、訝しげな老人の声が飛ぶ。
康平と呼ばれた青年は苦笑いをしながら、デビットに薪を手渡す。
「康平かないでしょう。せっかく遊びに来たのに」
「別にわしは、来てくれなどと頼んだ覚えはない」
「だ、そうだよ。どうする?」
康平は老人にではなく、ドアの外へ向けて話し掛ける。
「ひっどぉい! 私、おじいさんと会うの、楽しみにしてたのにぃ」
「あの………ご迷惑でしたか?」
聞こえてきたのは、可愛らしい二種類の声。続いて康平の身体を押し退けるよ
うにして、二人の少女が姿を見せた。
「なんだ………舞雪に紗紀、お前たちまで来たのか!」
にこやかに顔を出した少女たちに対しても、老人の声は無愛想であった。けれ
ど、青年に対してのものより、柔らかい声であると、その場にいる全ての者が感
じていた。
「俺らもいるぜ」
「ども、こんばんは」
続いて二人の少年、努と仁史が現れる。
「なんだなんだ、クリスマス・イヴだと言うのに、こんなじじいを訊ねてくるほ
ど、暇な連中ばかりか」
あくまでも憎まれ口を続ける、ユウホ老人。しかしその顔にはもう、厳めしい
表情を浮かべることが出来ないでいた。
「文句なら後で聞くからさあ、おじいさんもパーティの用意、手伝ってよ」
「しょうのない………わしは迷惑だと言っておるのに」
シンシアに手を引かれ、老人は嫌々を装う。シンシアは大して力を入れてもい
ないのに、勢い良く立ち上がって。
「どいつもこいつも、クリスマスなど、何が楽しいのか」
シャンパンを片手に、頬を真っ赤に染めた老人が、大声で叫んでいた。陽気な
声で。
用意されたケーキも七面鳥も、様々なお菓子もスープも、すっかりみんなのお
腹に収まり、イヴの夜は更けていた。
「さあ、食うものは食ったんだ。お前たち、早く帰らんと家の者が心配するぞ」
子どもたちの帰宅を促す老人の言葉は、少し寂しげだった。
「まだ帰れない………」
ぽつりと誰かが呟く。リリアだ。
「ん、帰れんとは、どう言うことだ? お母さんと喧嘩でもしたか?」
「そうじゃなくて………」
「まだ、おじいさんのクリスマスのお話を、聞いてないからだよ」
口ごもるリリアに代わって答えたのは、舞雪だった。
「おじいさんのお話を聞かないと、クリスマスって気がしないもんね」
鼻をこすりながらロバートが言う。
「ふん、お前らの目的はそれか!」
にぃ、と老人はしわくちゃな笑顔を見せる。
「よかろう。話さなければ、帰らんと言うなら仕方ない。わしもお前たちには迷
惑をしておる。さっさと話してしまおう」
そう言いながら、老人は椅子に腰を下ろし、ぐっとシャンパンをあおる。
「とは言うものの………さて、何を話してくれようか………」
その時、小屋の中に冷たい風と雪が入り込んできた。
みんながその入り込んできた先、ドアの方を一斉に振り返る。そこには十七歳
くらいの、長い髪の少女が立っていた。
「ああん、もうパーティ、終わっちゃったの?」
残念そうに少女が言う。
「おお、マリア。ちょうどいい………こっちへおいで。これからお前の話を、み
んなにしてやろう」
「マリアの、おはなし?」
とと、と音を立て、少女は老人に歩み寄った。
1994 『後継者たち』
1995 『サンタクロースはヒットマン』
1996 『雪舞い』
そして今年。
また新しいクリスマス物語が、
いま、静かに語られる。
『遠い宙のマリア』
(とおいそらのマリア)
このあとすぐ。