AWC 代償   第三部  25    リーベルG


        
#4267/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/12/12   2:31  (162)
代償   第三部  25    リーベルG
★内容

               25

 星南高校に朝倉祐子の退学届けが提出されたのは、10月1日だった。祐子の
父親は、遠藤メンタル・クリニックに圧力をかけ続けたが、病院側が完治したと
判断するまで退院を強要することはできなかった。もともと、祐子を甘やかして
はいたものの、溺愛してはいなかった父親は、このことをマスコミにリークする、
という院長のさりげない脅迫もあって、直ちに退院させることを急がなくなった。
 当初、祐子の父親が同意したのは、仮入院だった。これは指定医の診断もしく
は保護者の同意があれば、強制入院できるのだが、その期間は一週間と定められ
ている。遠藤は6日めに、医療保護入院に切り換えさせた。祐子がまだ、精神的
に不安定な状態にある、というのがその理由である。祐子の父親は、それに同意
した。医療保護入院の期限は無制限だが、保護者が同意を撤回すればいつでも退
院できるからである。
 ところが、数日後、それは措置入院となっていた。医師が入院の必要なしと認
めるまで退院できない。精神病院の入院費は、患者が支払うのではなく、公費か
ら支給されるので、病院としては入院患者が多ければ多いほど儲かる。患者を簡
単に手放すわけにはいかないのだ。



 10月3日。
 車で校門を出ようとした由希は、見覚えのある男が立っているのに気付いた。
スピードを落として、その男のそばに寄っていくと、窓を開けた。
「こんにちわ、榊さん」
 榊は、少し痩せたようだった。由希を見て、曖昧な表情を浮かべる。
「こんにちわ、橋本先生。その節はお世話になりまして」
「こちらこそ」由希は大まじめで言葉を返した。
「少しお話があるのですが」
「なんでしょう?」
「立ち話もなんですから、お茶でも付き合ってもらえませんか?先生のお好きな
場所で結構ですので」
 由希は少し考えて頷いた。
「いいですよ。お車ですか?」
「ええ、そっちの角に止めてあります」
「では、私の後についてきていただけますか?」
「わかりました」
 由希のシビックと、榊のカローラは街中を10分ほど走った。夕方のラッシュ
アワーで二車線の道路は混み合っていたが、由希は苛々する様子もなく、きちん
と制限速度を守って走行した。
 由希が車を停めたのは、マクドナルドの駐車場だった。車を降りた由希に、榊
は呆れたような顔を向けた。
「こういう食べ物がお好きなんですか?」
「いいえ。でも、ゆっくり話をするにはもってこいの場所ですよ」
 そう言うと、由希はさっさと中に入っていった。榊は仕方なく後に続いた。
 やや暖かい日だったので、二人はバニラシェイクを頼んで、二階の奥の席に座
った。周囲には学校帰りの女子高生や、大学生たちで埋まっていた。みな、自分
たちの話に夢中で、誰も由希たちに注意を払う者はいなかった。
「それで、お話とは何でしょう?」
 榊はシェイクをすすると、ためらうことなく訊いた。
「あれは誰だったんです?」
「あれって?」
「あの時、殺した女の子です。私たちが亜紀ちゃんだと、思いこまされていた子
です」
 由希はゆっくりと微笑んだ。
「AV女優なんです。あまり有名ではないみたいですけど。身長と体型が似てい
る女優の中からピックアップしました。顔は遠くからならば、はっきりとはわか
らないように、多少メーキャップして」
「だから、お嬢さんを近づけようとしなかったんですね」榊は嘆息した。「AV
女優ならレイプシーンぐらいこなせるだろうし。最後のも演技だったんですか?」
「そうです。ただし、彼女に飲ませたジュースの中には、医療用の嘔吐剤が入っ
ていたんです。彼女は本当に驚いていたんですよ。知らせていませんでしたから
ね」
「血を吐いてましたよ」
「直前にトマトジュースを一瓶飲ませておきましたから」
「私やお嬢さんはともかく、現職刑事の大野川さんまで、そうと思いこんだのだ
から大したものです。本物の亜紀ちゃんはどうしたんです?」
「あらかじめ手紙を送っておいたんです。あなたは無作為の抽選の結果、来年公
開する映画のオーディション参加者に選ばれました……というやつを。たぶん、
親には内緒でオーディション会場に行くと予想したんです。別に親に話してもら
っていても構わなかったんですけどね」
「それでお嬢さんが確認の電話をかけたときいなかったし、母親も行く先を知ら
なかったわけですか。もし、亜紀ちゃんがその手紙を悪戯だと思ったら?」
「それならそれで、家から呼び出す手段は考えてありましたよ」
「我々もうかつでした。次の日にでも、亜紀ちゃんの家に電話一本でも入れてい
れば、あんなことにはならなかったのに」
「無駄ですよ、榊さん」由希は小さく笑った。「他にも手段はあったんです。た
とえば、本当に亜紀ちゃんを拉致するとか。幸い、その必要はありませんでした
けど」
「あの告白文はどういう意味があったんです?」
「これから彼女の犠牲になった人たちのところを、一人ずつ訪問するつもりなん
です。いじめの犠牲者は、心に傷を残していることがあります。朝倉祐子の脅威
がなくなったことだけでも伝えてあげられれば、と思いまして。それに、もしか
したら、あれを書いている途中で、朝倉祐子自身が悔い改めてくれれば、と淡い
期待も抱いていたんです。そうはなりませんでしたけどね」
 榊は黙り込んだ。周囲では、笑いさざめくカップルや、女子高生の集団が入れ
替わっていく。由希は楽しそうに彼らを眺めていた。
「あなたの目的は、お嬢さんを殺すことではなかったんですね?」
「最初はそのつもりでしたよ」由希はあっさり答えた。「自分の妹を失う苦痛を
たっぷり味わってもらった後にね。けれども、立川めぐみさんのことがあって、
気が変わったんです。一生、苦しみ続けてもらいたいわ」
「お嬢さんは遠藤メンタル・クリニックに入院しています。臼井克也の妹が入院
していたところですね。これもあなたの意図ですか?」
「もちろん。遠藤精治病院という名前だった頃から知っていますが、あの病院は
滅茶苦茶なところなんです。患者に対する暴行、違法な人体実験、劣悪な生活環
境。病院と名が付いていますが、資格のある医師は二人しかいない。ろくに診療
も行わないで、作業療法の名目で酷使する。正常な人間でも、1月でおかしくな
ってしまうでしょうね」
「それが目的だったんですか?」
「朝倉さんはどれぐらいもつでしょうね」由希はそう答えた。「プライドの高い
彼女のことだから、普通の人よりもろいかもしれませんね。ひょっとしたら、私
に対する憎しみから、もう少し持ちこたえるかもしれない」
「どうやってお嬢さんを、あの病院に送ることができたんです?」
「強制入院は県知事の判断で、本人の同意を得ることなく実行することができる
ことはご存じ?知事は同時に、入院先を決めなければならないんですけど、当然
医師の助言を仰ぐことになります。その医師を買収したんです」
 再び沈黙が降りた。今度、それを破ったのは由希の方だった。
「あの刑事さんはどうなさったのかしら?」
「あなたを追うことは諦めたようです。もうすぐ警備会社に転職するそうです」
「ご迷惑をおかけして申し訳ないとお伝え願えます?」
「伝えましょう。向こうがどう思うかは知りませんがね。そういえば、先生も退
職されるそうですね」
「耳が早いですね。ええ、三月で。教師になった目的は達成したことですし」
「次は何をなさるおつもりで?」
「大学に戻って、臨床心理の方をやろうと思っています。紹介して下さる方がい
まして」
「如月先生ですか?」
 由希はじっと榊を見つめた。
「ええ。さすがですね」
「別に知ったからといって、どうするつもりもありませんよ」榊は苦笑した。「
さてと。お時間を取らせて申しわけありませんでした。もうお会いすることもな
いでしょうが、お元気で」
「榊さんも」
 二人は立ち上がった。榊が二人分のシェイクの容器をダストボックスに捨てた。
 店を出て駐車場に入るまで、どちらも無言だった。
 由希が車のキーを出したとき、先を歩いていた榊が振り返った。
「ひとつだけ教えてください」
「なんですか?」
「どうして、あそこまでやる必要があったんですか?お嬢さんだけではなく、他
に三人も。さんざん苦しませて……」
「あなたには永久にわからないことかもしれませんわ」由希は静かに答えた。「
愛する者を突然失い、何もできないつらさは。朝倉祐子たちは、何の罪もない妹
を、確たる理由もなしにいじめ、自殺に追い込んだんです。自分が同じ目にあっ
たら、どんな思いがするのかということを想像することもなしにね。映画の主人
公は、復讐を一発の銃弾で遂げて満足しますが、私にはそんなことはできなかっ
たんです。彼女たちにはしっかり代償を払ってもらわなければならなかった。妹
にはそれだけの価値があったのですから。自分勝手な思いこみだと非難なさるの
はご自由ですが、彼女たちの方がより自分勝手です」
「非難しているわけではありませんよ。純粋に好奇心です」榊は車のドアに手を
かけながら言い、最後に付け加えた。「あなたも代償を払ったんですね」
 榊はドアを開けて車に乗り込むと、すぐに走り去っていった。
 由希は、榊の車が交差点を曲がって消えていくまで見送った。



「……以上で、この件は終わりにしよう」遠藤院長は言った。「他には?」
「63号の患者ですが……」
「あの女か」
「最近、とみに抵抗が激しくなってきました。昨日は井部が腕を噛みつかれまし
たし」
「凶暴化しているんだな。拘束してみたらどうだ?」
「やってみたんですが、効果はありません。暴れれば出られると思っているらし
くて」
「ふむ。それで?」
「抑制手術の許可をいただきたいのですが」
「いいだろう」院長はあっさり頷いた。「執刀は誰にやらせる?」
「T大医学部の学生から、希望が出ています」
「学生か」
「父親はT大付属病院の外科部長です」
「そうか。メリットはあるな。よし、そいつにやらせてやろう。脳手術など、な
かなかできるものじゃないからな。高く売れるな」





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