AWC 代償   第三部  9    リーベルG


        
#4251/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/12/12   2:12  (174)
代償   第三部  9    リーベルG
★内容

                9

 ほとんどの公共機関の終業時刻がとっくに過ぎた時間に、何かの公的情報を調
査するのは非常に困難である。にもかかわらず、榊と大野川は、真夜中までに、
それなりの成果をあげることができた。
 午前零時を回ったとき、三人は再び顔を合わせた。テーブルの上は、コーヒー
のポットやファックス用紙でいっぱいである。
「臼井の妹について、ある程度の情報が得られました」榊が最初に言った。「臼
井香奈は、現在22歳。92年、17歳のときに、地元の公立高校を中退し、以
来、ずっと長期の入院生活を送っています。95年3月までは、静岡県浜松市の
遠藤精治病院に入院していましたが、退院後は不明です」
「どこが悪かったんだ?」大野川が訊いた。さすがに疲れた様子で、コーヒーを
ブラックですすっている。
「彼女、高校時代はかなりグレてたようでしてね。おそらく兄の影響もあったで
しょうが、周囲も臼井の妹だということで一目置いてたようです。二輪の免許を
取ると、すぐに自分のチームを作ったのはいいんですが、どうやらそれが、地元
の他のゾク連中を刺激したらしいんですな。少数のレディースだったんですが」
 榊はコーヒーを飲むと、祐子の反応を窺いながら言葉を続けた。
「ある時、何かがきっかけで臼井香奈のチームと、他の二つのチームが衝突した
ようです。香奈は少し調子に乗りすぎてしまったんですな。結局、レディースは
全滅したんですが、そのとき香奈はメンバーを逃がすために奮闘して、自分が捕
まる羽目になってしまったんです」



 香奈は小さな悲鳴を上げて、ベッドの上に身を起こした。パジャマが汗でびっ
しょり濡れている。
 しばらく荒い息で夢の名残を追い払っていた香奈は、やがてベッドから出た。
小型の冷蔵庫を開けて、冷たい麦茶のペットボトルを取り出すと、直に口をつけ
てごくごくと飲む。
 いつもの夢だった。おそらく、一生忘れることはできないだろう。だが、最近
では夢を見ても暴れるようなことはなくなっていた。最初の病院に入院していた
頃は、毎晩決まって飛び起きて、安心させようとする医師やナースを相手に暴れ
たものだ。ひどいときには拘束具でベッドに固定されることもあった。
 夢が唯一の現実だった時のことだ。
 今では夢は夢に過ぎない。
 由希さんのおかげだ。香奈はそう思った。
 湿ったパジャマを脱ぎ捨てる。新しいパジャマを出すために部屋を横切った時、
鏡に下着一枚の自分の身体が映った。香奈は目をそむけた。
 右の乳房がない身体。
 パジャマを着替えた香奈は、ベッドに戻り、今度は夢を見ることのない深い眠
りに引きずり込まれていった。



「……20人ぐらいの男が順番に、臼井香奈を犯したそうです。どこかの廃工場
に監禁して、何日もかけてね。他に何人か捕まったレディースのメンバーも同じ
めに遭いました。レイプだけじゃなくて、もっと直接的な暴力もふるわれたよう
です。それがどのようなものなのかはわかりませんが、若くて乱暴な奴らばかり
です。きっと残忍この上なかったでしょうな」
 大野川は顔中に嫌悪を浮かべていた。祐子の方は、眉をしかめていたものの、
それほど同情している様子もない。
「何日か経って、臼井香奈は警察に保護され、緊急入院しました。身体の傷はと
もかく、精神的に深い傷を負っていて、神経科で入院加療することになり、それ
が長期になってしまったんですな」
「待てよ」大野川が口をはさんだ。「92年か。臼井克也が浜島組を抜けた時期
と一致するな」
「ええ。その通りです。2ヶ月後に、臼井香奈は市民病院から、遠藤精治病院に
転院しています。彼女の親代わりだった親族が希望したそうです。ここには、患
者を治療するためではなく、一生閉じこめておくためにある特別な病棟があるん
ですよ。おそらく、臼井香奈を厄介払いしたかったんでしょうな」
「違法じゃないのか?」
「厳密に見るとどうなのかはわかりませんが、需要は結構多かったようですよ。
私も名前だけは知っていました。ある程度の金を積めば、一生薬漬けにしておい
てもらえるとか、新薬の臨床実験を本人の同意なしでやっているとか、いろいろ
な噂はあります」
「そんなところから、どうやって退院したんだ?」
「臼井が退院させたんです。金を積んだのか、平和的ではない手段に訴えたのか、
強引に脱走させたか。とにかく、それ以来、臼井香奈はどんな病院にも入院して
いません」
「外国の病院かもしれない」
「パスポートは申請されていません。それに、臼井本人は日本を離れたことがあ
りません。彼は常に妹の近くにいたはずです」
「なるほど。となると、未登録の闇医者か、非公開の個人経営医院か」
「そのとおりです。実はまだ続きがあります。うちの調査員は、臼井香奈を暴行
した暴走族のメンバーを探しました。うちのデータベースは非常に優秀で、そう
いった情報をピックアップするのに便利な独特なインデックスが設定してあるん
ですよ。ところが、発見できたのは二人だけです」
「何が言いたいのよ」
「残りはみんな死んでいたんです」
「臼井か?」
「おそらく。臼井香奈の暴行に関わったと見られる奴らは、ほとんどがそれから
1、2年の間に死んでいるんです。しかも原因が明らかに不慮の事故か病気なの
は3人だけで、残りは全部、傷害致死です。統計上、あり得ない数字ですよ」
「臼井が復讐したんだな。そうか、それで組を抜けたのか。迷惑がかからないよ
うに」
「そうでしょうね。組長が変わったのも、一つの要因ではあったでしょうがね」
「おれの方でも、本庁のマル暴担当の刑事に連絡を取って、臼井の記録を調べて
もらった。浜島の虎、というニックネームは伊達じゃないな。少なくとも、4つ
の組が臼井一人によって潰されているのが確実らしい。拳銃でも日本刀でも何で
も使いこなす上に、素手でも同じぐらい危険なやつだ」
「……」
「全くすごい男だ。生きているうちに伝説となれるやつは、そんなにいないから
な。組を抜けた今でも、臼井が一声かければ数百人の兵隊が集まるとか、自分が
訓練した戦闘部隊を秘かに保有しているという噂もある」
「どうして、そんな危ないやつを野放しにしとくのよ」祐子が早速文句を言った。
「あんたが野放しになってるのと同じ理由だよ」大野川は穏やかに答えた。証拠
が何もないんだ。せいぜい、任意で同行して嫌がらせをするぐらいが関の山さ」
 祐子は顔を真っ赤にしたが、何も言わなかった。
「マル暴のやつが、ひとつエピソードを話してくれたよ。浜島組に入って間もな
い頃、臼井は卑怯な手で、別の組の幹部に叩きのめされた。全治2ヶ月の重傷だ
ったそうだ。退院すると、奴はその足でその幹部の事務所に乗り込み、20人以
上の組員を片っ端からぶちのめし、最後にそいつを半殺しの目に遭わせ、病院送
りにした」
 大野川はぬるくなったコーヒーにちらりと視線を投げたが、そのまま話を続け
た。祐子も榊も真剣に耳を傾けている。
「それだけなら、血の気の多い奴ならば当然やってしかるべきだが、臼井はそこ
で終わらなかった。その幹部が退院する数日前に、病院に忍び込んでさんざんぶ
ちのめした。退院は一月延びた。一月後、また臼井は病院に現れ、ガードしてい
た組員3人をたたき伏せてから、幹部の両脚をへし折った。その二月後、臼井は
自宅でリハビリしていた幹部を襲い、腎臓が破裂するまで背中を殴り続けた。そ
んなことが何ヶ月も続き、とうとうその幹部は発狂して自分の頭を撃ち抜いたん
だ」
「すごい奴ですな」榊が寒そうに言った。「間違っても敵にまわしたくない男と
いうわけだ」
「もう手遅れよ」祐子は榊を疑わしげな視線で突き刺した。「まさか、降りよう
なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「もう遅いでしょうな。たぶん、向こうもこっちのことに気付いているでしょう。
少なくとも私のことには」
「なぜだ?」
「例の宅急便の車に、念のために尾行をつけたんです。2台の車に4人乗せて。
確かに、あれは正真正銘の宅配会社に勤務している社員でした。ところが、1台
がそのまま連絡を絶ってしまったんです。事故か何かであっても、電話ぐらいで
きるはずです。それにさっき事務所の方から、警察に問い合わせましたが、該当
するような事故は報告されていないそうです」
「そいつらが吐いたわけか」
「ほとんど何も知りませんが、私の名前は間違いなく知られたでしょうな」榊は
弱々しく苦笑した。「今更降りたといっても、絶対に信用してもらえません。少
なくとも私なら信用しません」
 短い沈黙が降りた。
「ひとつわからないのは、橋本由希と臼井克也の接点ですな。どこで、どうつな
がるのか」
「とにかくつながっていることだけは確かだな」
「これからどうするの?」
「どうもこうも、方針は変わりませんよ。我々はまだ、敵の弱点を握ったわけで
も何でもないんですから。明日の朝、連絡があるまでに、何としてでも彼らの居
場所を突き止めないと負けです」
「仮に居場所が発見できたとして」祐子は訊いた。「それからどうするの?」
「武装した男たちを30人ほど集めて、一気に突入させます。とにかく臼井さえ
何とかしてしまえば、橋本由希は何とでもなります。不意を付けば、人質に被害
が及ぶ前に全てカタがつくでしょう」
「危険だわ」
「取引できない以上、力で押すしか方法がありません」
 そのとき、榊の持っている携帯電話が呼び出し音を発した。
「なんだ」
 相手の言葉を聞いた榊の顔に、隠しきれない動揺が走った。それは一瞬のこと
だったが、祐子も大野川も見逃しはしなかった。
「……わかった。いつもの病院へ連れて行け。また連絡する」
「今度は何なの?」
「行方不明になっていた尾行車と乗っていた二人が見つかりました」
「どこで?」
「うちのオフィスの前です」榊の口調には畏怖に近い響きがあった。「いつのま
にか停まっていたそうです。中の二人は意識不明の重態でした。一人の口には、
持っていた警棒が押し込まれていました」
「それはつまり……」大野川の顔にも恐怖があった。「……余計な手を出すな、
という警告か?」
「わかりませんよ、そんなことは!」榊が声に感情を混ぜた。「次はお前だ、と
いう意味かもしれないし、こっちに動揺を与えようとする作戦かもしれない。何
しろ残忍な奴らしいですからね、単に暴力を楽しんでいるだけなのかも」
「落ち着きなさい、みっともない」祐子が冷たく見下すように言った。
「私は落ち着いていますよ」
 携帯電話が鳴り響いた。榊はびくっと身体を震わせると、通話ボタンを押した。
「なんだ?」
 祐子はふんと鼻を鳴らすと、大野川を見た。
「あんたはどう思うのよ」
 大野川は口を開いたが、言葉を発する前に、榊の大声にかき消されてしまった。
「何だと!本当か!すぐに人を集めろ。完全な監視態勢を敷け。尾行車を何台使
ってもいい。確実に居場所を把握しておけ。ただし、絶対に監視を悟られるな。
逃がしたらお前の頭の皮をそぎ取ってやるからな」
「何があったんだ?」榊が通話を終えると同時に大野川が訊いた。
「橋本由希が」榊は自分で言っている言葉が信じられないようだった。「マンシ
ョンに戻ってきた」





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