AWC 終天と始天 10   永山


        
#4236/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30  22:28  (189)
終天と始天 10   永山
★内容
 端から四つ目のドアをぶち破り、中に転がり込むと、門馬先生がぎょっとし
たように目を見開き、立ちすくんだまま、私を凝視してきた。
「き、み……」
「せ、先生。ひ、平野を、どうする、つもりですか」
 私は警戒心と緊張とで、がくがく震えていた。どうにか立ち上がると、門馬
先生の手に、細いが丈夫そうなビニール紐が握られているのが分かった。その
白さが、目に痛い。
「……ばれてしまったようだな」
 ぽつりとつぶやくと、しばし、迷うように紐を弄んでいた先生。が、やがて
あきらめたように、しかし未練を残しつつ、紐を放り捨てた。
 平野は、これだけの騒ぎにも目覚めていない。
「門馬先生……」
「安心したまえ」
 我が恩師は、ひきつったような笑顔を作った。私も初めて見る表情。
「この子は眠っているだけだ。眠り薬の効果だろう」
 その言葉で、私は思い出した。善田が平野のために、睡眠薬を出したことを。
 力が抜けそうになったが、踏ん張って、門馬先生に詰め寄った。
「話してくださいますね?」
 間近で見ると、先生にも老いが忍び寄っているのだなと、しみじみ感じさせ
られた。
 門馬先生は−−門馬は、死んだ魚のそれに似た目で、私を見つめ返してきた。
その口からこぼれ出て来たのは、からからに乾いた声。
「ああ。……僕は孫のためにやったのだ」

 土曜、日曜と二日をかけて、報告書と始末書、辞職願いの三つを書き終えた
私は、深く息をついた。
 事件から四週間近くが経過していた。
 最後の犯行を食い止められると、門馬は完全に無抵抗だったし、礼子さんも
西牟田靖之も、魂が抜けたように、簡単に罪を認めた。
 三人の生徒の命を奪い、四人目を襲おうとした彼らを、私は許せない。
 だが、全面的に非難する気にもなれないのだ。少なくとも、積極的には。
 ある意味で、苫井、弓山、平野の三人は、恨まれてもやむを得ない行為をし
でかしていたのだから。
 三ヶ月ほど前のある日。苫井達三人は、いつものごとく私服に身を包んで街
に出、一対二のデートを楽しんでいたという。
 これまたいつものように、お喋りに夢中になって、周りへの注意が散漫にな
った挙げ句、階段を降りてきた女の人にぶつかった。バランスを崩した相手の
女性は転倒、かなりの段数を滑り落ちていった。
 一瞬、手を貸して謝ろうという意識も起こったと、平野は言っている。だが、
実際には、その場の雰囲気で女性を見捨てて逃げた。そのとき、見上げてくる
女性の恨めしげな目が恐かったと、平野は震えた。
 その女性とは、西牟田礼子だったのだ。そして運悪く……お腹の子を流産し
てしまった。妊娠五ヶ月目だったと聞いた。
 なかなか子供を授かれず、やっとの思いで妊娠したのに、半ばで途絶えた。
当初、礼子さんは錯乱状態に陥ったらしく、そんな彼女を夫の靖之と実父の門
馬とで、必死になだめ、平静を取り戻させたらしい。しかし都会恐怖症という
のだろうか、人混みを嫌悪する感覚が身に付いてしまったため、しばらくの間、
父親の新たな住居となる島で暮らすことになった。
 先月、私達を島に招いてくれたのは、そんな礼子さんの精神的な傷を回復さ
せるための、リハビリの意味もあったらしい。
 だが、偶然は信じられない引き合わせを用意していた。やって来た一行の中
に、流産の原因となった男女三人の顔を見つけ、礼子さんは卒倒せんばかりの
ショックを受ける。我々が島に来た初日の夜、礼子さんは夫と父に苫井達の存
在を告げたそうだ。礼子さんは「あいつらを殺しやる」とまで言ったらしいの
だが、私には信じられなかった。
 ともかく、そんな彼女を門馬と靖之は賢明になだめ、寝かし付けた。
 それなのに、苫井の奴は……自ら火を着けに行くような真似をしでかした。
 苫井は夕食前、北館の食堂に挨拶に現れた礼子さんを見て、「あのとき、突
き飛ばした女だ」と即座に気付いていたらしい。もちろん、死者から証言は得
られないが、平野に対してそれを匂わせる話を口走ったという。なお、この時
点では、平野も弓山も、礼子さんがあのときの女性だとは全く気付いていなか
った。
 苫井は、ことの次第の全ては明かすことなく、弓山と平野にアリバイ工作を
頼む。それがあの夜の、弓山達の芝居だ。実際、私達はあれのおかげで、苫井
が北館にずっといたものだと信じ込まされたのだから、効果はあったと言える。
 そんな細工をしてまで、苫井は何をしようとしたのか。
 門馬達の証言に寄れば、彼は雨の降る中、南館に駆け込んで来るなり、礼子
さんの部屋に現れたという。そして開口一番、「黙っていろ」と命令した。自
分は推薦も取り付けるほど優秀なのだから、こんなつまらないことで傷を負い
たくない、負う必要もないと吹聴した。ばらすつもりなら、もっとひどい目に
遭わせてやる−−そんな脅し文句を吐いたところで、異変に気付いた靖之が駆
けつけ、苫井の頭部を、部屋にあったブックスタンドで殴りつけ、一撃で昏倒
させた。
 この直後、礼子さん達三人は再び集まり、相談をする。苫井が息を吹き返す
前に出た結論は……復讐の二文字。一度は許されたのに、苫井の愚行により、
歯車は狂った。
 苫井を絞め殺したのが誰なのかは不明。三人が三人とも、自分がやったと言
っている。礼子さんでないことは、検死の結果、ほぼ確実らしいが……。
 はっきりしているのは、早朝、死んだ苫井を背負い、足跡のトリックを実行
したのが門馬だということ。彼は北館の玄関まで辿り着くと、可能な限り静か
に振る舞い、苫井の部屋にその遺体を運び入れた。そのとき、苫井のズボンに
泥がいくつも付着しているのを発見し、このままにしていては昨晩、苫井の方
から南館へ来たことが発覚する恐れがある。そう考えた門馬はズボンを脱がし、
窮余の一策として、自ら重ね履きをして隠した。
 復讐は走り出すと、止まらなかった。その日の昼前、散歩に出た弓山を見つ
けると、門馬は森の中の一本道に誘い、用意しておいた鉄パイプ−−引っ越し
てきた際、出て来た物だったという−−で彼女を襲い、死に至らしめた。返り
血を浴びたが、急に着替えるのも怪しまれると思い、赤のカーディガンを羽織
ったらしい。
 そして三人目。久米を殺したのは、人違いが原因だった。
 いくら罪深い行いをしていたからといって、苫井や弓山をかわいそうに思う
気持ちは変わらない。だが、久米の死だけは、別の意味で、悔やんでも悔やみ
きれない。
 何故、勘違いが起こったのか。最初の日の夕食の席順が、重要になってくる。
 あの場に足を運んだ礼子−−このときだけは呼び捨てにしたい−−は、子供
の命を奪った人間三人を見つけた。が、その名前までは確認していない。さら
に、礼子は復讐の実行犯ではなかったため、口頭で復讐相手を父親や旦那に伝
えることになる。彼女はこう言ったのだ。
「阪谷さんの席の両側に座っていた二人と、お父さんの席の左に座っていた女」
 この言い方なら、苫井と弓山は間違えようがない。だが、平野については、
門馬は勘違いをした。娘が「自分から見て左」と言ったつもりだったのを、門
馬は「僕の左側に座っていた者」と受け取ったのだ。平野は髪が短く、久米は
髪が長いことも災いしたのかもしれないが、とにかく、門馬の普段の癖を礼子
は忘れていた。結果として、久米と平野の取り違えが起きてしまった。
 だが、無論、三つ目の犯行をなす時点で、犯人達三人はミスに気付いていな
い。久米を最後の復讐相手だと思い込んでいたからこそ、久米を自殺に偽装し
て殺したのだ。
 どうでもいいかもしれないが、密室トリックについては、海聞の推理が当た
っていた。ただ、ホースに鍵をそのまま放り込んでも、うまく滑らないため、
手頃な大きさにあつらえた半球形の氷を二つ用意しておき、犯行後、鍵をその
氷二つの間に挟み込み、さらに凍らせる。五分もすると鍵を閉じ込めた氷のボ
ールができる。それをホースの口に投入、久米のポケットに滑り込ませた。私
達が遺体を発見したときには、氷はすっかり溶けて消えていたという訳だ。
 ワープロによる遺書については、説明の必要はないだろう。犯行直後、門馬
が即興で入力しただけのこと。
 青酸系毒物は、善田の推測通り、西牟田靖之が持ち込んだ物であったのだが、
これは凶器とするつもりで準備したのではなかった。礼子が以前、流産のショ
ックから自殺を図ったときに飲もうとした物を取り上げ、そのことを忘れず、
生きるための戒めとするため常に身に着けていたと言うのが真相らしかった。
 三人目を殺し、復讐を果たしたと思い、礼子も皆の前に姿を見せ、夕食作り
をやるほどであった。だが、夕食の席に現れた平野を見て、礼子は血の気が引
いた。お父さんが殺してくれたはずなのに、まだ生きている?と、混乱する気
持ちを何とか制御し、自分の部屋に戻ったところで、驚きを父と夫に訴えた。
 驚愕し、焦ったのは門馬達も同じで、何度かの討議の末、人違いという過失
に思い当たる。
 礼子と靖之は無関係な人間を巻き添えにしたのを悔やみ、自殺を試みたとい
う。しかし、門馬は彼らを、最後の一人を殺してからでも遅くないと思い留ま
らせ、平野を殺す決心を改めて固めた。
 門馬は、平野を一人きりにするため、堂島と渡辺を遠ざけ、その後、絞殺し
ようとした。久米を犯人の自殺に見せかけて殺害したことによる矛盾が生じる
が、最早復讐の完遂を最大の目的としていたため、計画を修正する意識はなか
ったらしかった。
 この不幸な巡り合わせが産んだ連続殺人を、その最後の一人だけは、どうに
か助けることができたが……私の心は晴れるはずもなかった。間接的ではある
が、私には責任の一端がある。遠回しに促された訳ではなく、辞職願いの提出
は当然だと受け止めている。
 この歳になって遅きに失したかもしれないが、もう一度、最初から勉強し直
そう。教師として、人間として、あらゆることをできる限り。
 そう心に誓った直後、家の呼び鈴が鳴らされた。
 返事するのも面倒で、ただ足早に行動し、玄関の電灯を点けてから、ロック
を外し、ドアを開ける。
「……君達」
 かすれ声で、私は思わずつぶやいた。
 そこに立っていたのは、海聞と尾藤だった。
 天文部部員のみんなとは、事件後数日をおいて、何かと話をした。事件のこ
とについては、すでにけりが着いている。
「阪谷先生、辞めるのって本当ですか?」
 尾藤が見上げてくる。あとを引き継ぎ、海聞。
「噂で聞いたけど、嘘っすよね?」
「……辞めるつもりだ」
「何でだよ」
 途端に、怒ったように海聞が言う。少し意表を突かれた思いの私は、返答が
一拍遅れた。
「−−何でと言われてもだな、私は生徒達を守れなかった」
「馬鹿だなあ。あのとき、みんなを完全に守れる奴なんて、どんな先生にも無
理だって。そんぐらい分かんないの、先生のくせして?」
「な……」
 呆気に取られた。
 その隙を衝く形で、尾藤が口を開いた。
「辞めないでください。お願いです」
「……どうして、君らは」
「私達だけじゃない。みんな、同じことを願ってる! せ、先生は、自分に罰
を与えたつもりかもしれませんけど……そんなの、認めない」
 尾藤の、ここまで激しい口調は、今日初めて聞いた。生徒のことをある程度
分かったつもりになっていても、それは度々裏切られ、驚かされる。
 そして再び、海聞が。
「そりゃさあ、苫井さんがああいう性格になっちまったのは、学校のせいも少
しはあるかもしれないけど、先生一人の責任じゃない。苫井さんの周りの人全
員がちょっとずつ関わってるだろうし、本人が一番悪いと思うし」
 そこまで言うと不意に口を閉ざし、海聞は照れたように頭をかいた。
「かぁ、似合わねぇ! まっ、そういう話とは別に、先生に教えてもらって、
俺、星を観るのが面白くなってきた。ほんとっすよ」
 私は海聞の顔をじっと見た。引き留めるための嘘ではないと、すぐに分かっ
た。これぐらいなら、教師として判断できる。
「事件のとき、俺、勇み足ばっかやりかけてた。それを止めてくれたの、先生
だよ。感謝してるよ。もし、偉い人に辞めろって言われたんなら、嘆願運動、
やるつもりだから! 辞めるなってプラカード掲げて、練り歩いてやるから、
だから先生……」
「話は分かった……私はぼんくら教師だからな」
 こう言うと、二人の生徒が、悲しそうに眉を寄せるのが分かった。
 私は、今できる精一杯の微笑をして、思いの続きを伝える。
「ぼんくらだから、人間的にもちょっと弱くて……一度決めたことを、ころっ
と翻す癖があるんだよ。困ったもんだ」
 そうして肩をすくめる。
 目の前の海聞と尾藤が、満面の笑みを浮かべるのが、見て取れた。
 もしも今、天を見上げれば、彼らの笑顔と同じぐらい、きれいな光景がある
だろう。

−−終わり




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