AWC 迷宮音楽祭B     つきかげ


        
#4199/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/11/21  19: 9  (176)
迷宮音楽祭B     つきかげ
★内容
  ジークは薄闇の中で目覚めた。音は消えている。自分が生きていることに、微
かな驚きを覚えた。
「いつまで寝てるのよ」
  ジークは飛び起きて、声のしたほうを見る。漆黒の肌に黄金の髪をもった少女
がいた。その瞳は、夜空に君臨する月の輝きを思わす金色の光を放っている。
「ひょっとして、ムーンシャイン?」
「そう」
  ジークは自分の背丈と変わらぬ大きさになったムーンシャインを見つめ、ふう
とため息をつく。
「何よ」
「いや、おまえがそんな姿ということは、ここは冥界なんだろ。俺は死んだのね」
  ばしっ、とムーンシャインの下段蹴りがジークの太股に入る。慌てて下がるジ
ークにさらに2発、3発と蹴りが入った。
「いてて、何すんだよう、え、…痛い?」
「痛いのは生きてる証拠。ここは冥界ではない。でも、現世でもないわ。私にも
ここがどこか判らない」
  生まれながら魔法の天才である魔族ですら判らない魔法的空間。死んでいない
にしても、ジークにとっては同じ様なことに思えた。再びため息をつき、あたり
を改めて見回してみる。少し目が馴れたせいか、様子が判ってきた。
  そこは長い回廊のようだ。果てが見えぬほど真っ直ぐ道が、続いている。微か
な光が、一方の側から漏れてきていた。
「とりあえず、向こうだな」
  ジークは、とぼとぼと明るいほうへ歩いてゆく。ムーンシャインは、その後に
続いた。
「だいたいあんたが私のいう事をまともに聞かないから、こんな事になるのよ」
  ムーンシャインは死者をむち打つように、厳しい口調で言い放つ。ジークは反
論する気力もなかった。
「言ったでしょ、あの館はアイオーン界と現世の狭間にあるって」
  そうは言ってもなぁ、とジークは思う。しかし、言い争う気になれない。ジー
クはムーンシャインに容赦なくののしられながら、歩いていった。
  ひたすら真っ直ぐのように思えた回廊は、どうやら緩やかに湾曲しているよう
だ。螺旋を描き内へ巻いてゆく。螺旋の中心に向かうにつれて、光は明るくなっ
てゆき、湾曲も大きくなってきた。
  ジークとムーンシャインは弧を描く回廊を巡り、その果てにたどり着く。そこ
は、分厚いカーテンに閉ざされている。光はそのカーテンから漏れているようだ。
  ジークはカーテンの内側へ入り込む。どよめきがジークを迎えた。そのどよめ
きには、明白に失望が混ざっている。
  そこには、円陣となって椅子に腰を降ろしている人々がいた。まるで楽隊を待
つ、音楽会の聴衆のようである。ただ、おそらく主役となる楽隊は永遠に登場し
ないのだろう。
  どよめきが去った後、囁き声が聞こえ始める。
「やはりなぁ」
「ラハン流と聞いてもしやと思ったが」
「所詮無理なのか」
「期待すべきではなかったな」
「ラハンの弟子であってもなぁ」
  ジークはその円陣の中に入る。
「なんだよ、あんたら、かってなこと言ってるけどさ!」
  ジークは空いている椅子を選び、腰を降ろした。その後ろにムーンシャインが
立つ。
「俺としちゃいい迷惑だぜ。だいたいなぁ」
  ジークはレオンを見つけ、指を突きつけた。
「あんたさ、何で始めっからちゃんと説明しないんだ。俺の相手がどんな技を使
うのか聞いてりゃあ」
  レオンは、表情を変えずに応える。
「ふむ。しかし、全てを説明すれば、お主は途中で逃げ出していただろう」
  ジークは思わず頷く。
「ああ。そりゃそうだなぁ。はは」
  ジークの背後から、ムーンシャインが言った。
「でもこうなった以上は、全てを説明していただきたいわ。あなたがたに」
  レオンの目での問いかけに、ジークが応える。
「ああ、彼女は俺にとり憑いてる妖魔でさ。ムーンシャインつう名前だ。ま、説
明するとややこしいけど、味方だから気にしないでよ」
  レオンは頷いた。
「よかろう。こうなったら隠しても、しかたがない。我々はグーテンベルク家の
家臣だ」
「グーテンベルク!」
  ジークが驚きの声を上げる。
「王家であるローゼンフェルト家と同じくらい古い貴族でありながら、二十年前、
一夜にして一族が消え去って滅んだとかゆうあの伝説の!」
「その通りだ。我々の主は、お主をここへ送り込んだトーヤ・グーテンベルク様
だ。そしてトーヤ様が、グーテンベルク家を滅ぼしたといえる」
  レオンは無表情のまま、陰鬱な口調で古い物語を語り始めた。
「トーヤ様が狂われたのは二十年前、トーヤ様の婚礼の夜だった。トーヤ様は西
の大国オーラの貴族であるデリダ家の若君を夫として迎え、グーテンベルク家の
当主となるはずだった」
  ジークはため息をつく。
「政略結婚だな」
「うむ。しかし、それ自体が珍しいものでは無いことは、お主も知っているだろ
う。むしろ結婚は政治の為の道具であるといってもいい。このトラキアではな。
  トーヤ様もそれは理解しておられた。ただ、トーヤ様の愛されているお方は別
にいた。我々もトーヤ様もそれは納得の上のはずだった」
「なんか、ありがちな話なのね」
  ジークはうんざりしたように、言った。
「その通りだな。トーヤ様は剣の師であるシロウ殿を愛されていた」
「剣というのはまさか、」
  ジークは、晴れた青空のように青い瞳をきらきらさせながら聞いた。
「あの金属の弦を張った竪琴みたいなやつか?」
「その通りだ。あれは竜破剣とよばれている。古に竜すら討ち滅ぼした伝説があ
るためだ」
  これにはムーンシャインも苦笑した。
「竜は無理でしょ、いくらなんでも」
「伝説だからな。しかし、魔法とは異なる方法で魔法と同じことを実現する竜破
剣の技は、現に妖魔であるお主ですら、術中にはめたではないか」
「そりゃあ、ねぇ、あんなの始めて見たしぃ」
  ムーンシャインは思わず言い淀む。
「ここはいわゆる閉鎖的魔法空間であり、夢想音楽迷宮と呼ばれる。ここは又、
アイオーン界の一部でもある。魔法とは思念によって異なる世界への道筋をつく
りだすことだ。思念のベースとなるのは言語だ。魔法とは言語の技ということに
なる。私が妖魔を前にしてこんなことを説明するのも、変だがな」
  ムーンシャインは苦笑する。
「あんたの言うことは確かだわ。魔法とは言葉の技。思念とは言葉の造り上げる
城。魔法はその城を分解し、別のものに作り替えてしまう」
  レオンは頷いた。
「そしてその言語によってなされるべき技を、音楽によって実現したのが夢想音
楽流とよばれる剣技であり、夢想音楽流を実現する為の剣があの竜破剣なのだ」
  ムーンシャインとジークは顔を見合わせた。
「うーん」
「理屈は、判らないでもないけど」
  レオンは頷いた。
「確かに納得しにくかろうな。ジーク殿、そなたなら判り易いと思うのだが。ラ
ハン流は意と想から成るという。いわゆる思念を意と思っていただきたい。その
思念とは別の意識の流れを想と呼ぶ。その想を支配し操るのが、夢想音楽流の織
りなす歌なのだ」
  なるほどと、ジークは唸った。ラハン流は、意と想に意識を分けている。通常
の思考を意と呼び、それとは別のより生の深い部分に結びついた、言語として形
成される以前の意識の流れを、想と呼んでいた。
  ラハン流格闘術とはすなわち、その思考を形成する依然の意識を用いて身体を
動かすことにより、神速ともいうべき速度で動くことを実現する技だ。
「まぁ、想の技がラハン流の全てじゃないけど、言ってることはなんとなく判る
よ」
  ムーンシャインも、ジークにとり憑いているだけあって、その説明で理解でき
たようだ。レオンに向かって頷いてみせる。
「判ってもらえたようだ。話を戻そう。婚礼の夜、これから祝いの宴が始まる直
前となって、トーヤ様は自分の愛が予想を遥かに上回って強いことに気がつかれ
た。デリダ家の若君に抱かれるくらいなら、死を選ぼうとされたのだ。
  トーヤ様は愛する人の手によって死のうとされた。祝いの直前に、トーヤ様は
シロウ様に試合を挑まれた。竜破剣をもちいて」
「はぁ、でも死ねなかったわけね」
  ジークの呑気な調子の言葉に、レオンは真面目に頷く。
「そうだ。トーヤ様はシロウ殿の剣士としての本能にかけた。真剣に戦えば、シ
ロウ殿も真剣に応えざるおえない。その瞬間に防御を放棄すれば、シロウ殿の手
で死ねるはずだ」
「なんかちょっと、自分かってだよなぁ。そのシロウさんだって自分の愛する主
は殺したくなかろうに」
「言われるとうりだ。トーヤ様はその無謀なくわだての報いを受けた。死んだの
はシロウ殿のほうであった。シロウ殿は竜破剣の力で五体を引き裂かれ、無惨な
死を迎えられた。その瞬間トーヤ様は狂われた。トーヤ様は力を制御できなくな
り、トーヤ様の竜破剣は間断なく歌を歌い続けた。
  その結果、館にいた者すべてが、この夢想音楽迷宮に引き込まれることとなっ
た。トーヤ様は自らの歌の力により、この迷宮でもなく、現世でもないアイオー
ン界のどこかを彷徨っておられる。
  トーヤ様は、過ちを犯されたが、その責任はトーヤ様だけのものではない。我
々もシロウ殿も誤ったのだ。その報いは十分受けたはずだ」
  ふーん、とジークは唸る。
「ま、同情はせんけどね。それであんたたちは、トーヤさんを救おうとして、俺
たちみたいのを見つけちゃ引きずりこんでいる訳ね」
  レオンは頷く。その仮面のように無表情な顔は、どこか哀しげであった。
「そうだ。竜破剣を破る技を持つものを探して、トーヤ様を殺していただく以外
にもう方法は残っていない。そうしなければ、トーヤ様は愛する者を殺した哀し
みから解放されない。
  毎月新月の夜には魔力が弱まる。その時に我々は一人だけ、現世に戻ることが
できるのだ。新月の夜が終われば、また戻らねばならぬが。
  何人もの使い手が死んだ。ジーク殿、ここへこれたそなたは、運がいいという
べきだろうな。歌との相性が悪ければ、ここへ来る以前に五体が引き裂かれる」
  ジークは、突然立ち上がる。レオンは驚いたようにジークを見つめた。
「なんかさ、あんたらまるで、俺が負けたように言ってじゃん」
「それが?」
「冗談じゃないよ。ラハン流は無敵だぜ。俺は世界最強だよ」
「負けていないというのか、しかし」
「しかし、じゃないよ。死んでないじゃん、俺。生きてるんだせ、生きてるって
ことはよ、負けてないんだ」
「しかしな、」レオンは陰鬱に語る。「勝ったとはいえまい」
「そこよ、そこ。まぁ、見てな。あんたらの願いは、俺がかなえてやるから」
  勢いよくそういうと、ジークはムーンシャインに囁きかける。ムーンシャイン
は頷くと、姿を消した。
  ジークは円座となった人々を見回す。
「じゃあな、もう会うことはねぇだろうが」
「ここから出るというのか、無理だ」
「無理じゃねぇ、レオンさん。多分、ラハン流と夢想音楽流は、根底では繋がっ
ている。おれの技にムーンシャインの魔力を加えれば、とりあえずはここから出
れる」
  ジークは一同を見回す。誰一人として、期待を持った目では見ていない。しか
し、ジークは気にとめず、無邪気ともいえる笑みを見せるとカーテンの後ろへと
入る。





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