AWC 迷宮音楽祭C     つきかげ


        
#4200/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/11/21  19:11  (144)
迷宮音楽祭C     つきかげ
★内容
  再び螺旋状の回廊に入ったジークは、円を描く道を進む。次第に円は大きくな
り、道は真っ直ぐに近づいてゆく。回廊が真っ直ぐになるにつれ、ジークの足も
速まっていった。
  ジークは走りだす。それと同時に、左肩に元の小さな姿になったムーンシャイ
ンが出現した。
「たのむぜ、ムーンシャイン」
  ジークの言葉にムーンシャインが頷く。音楽を使うとはいえ、夢想音楽流のや
っていることは魔法と同じはずだ。という事は、ムーンシャインの魔力でも現世
に戻れるはずである。
  しかし、魔法を構成するのは呪文だ。この閉鎖的魔法空間を造り上げている道
は音楽で作られているのだから、その音楽を呪文に置き換えなければ道は開けな
い。
  ジークは想を呼び覚ます。ジークの中で、深いレベルの意識が覚醒し始める。
それはある種の麻薬を吸引した時のように、世界がクリアになり異様に意識が研
ぎ澄まされていく感覚だ。
  まるで水晶のように空気が煌めき始める。そして、ジークの予想通り、音楽が
聞こえ始めた。想のレベル、つまり意識の奥深いところで感じ取れる音楽が、こ
の世界では常に流れている。その、意識されないが、常に流れ続ける音楽が人を
この世界に縛りつけているのだ。
  ジークの心の中に流れ始めた音を、ムーンシャインは感じ取る。ムーンシャイ
ンはそれを呪文に置き換えてゆく。その呪文を今度は魔法として発動させ、現世
への道を開き始めた。
  ジークは闇の中を走っている。その宇宙の果てのような闇の中を、風のように
疾走してゆく。闇は固形の固まりのようだ。ジークの想はその闇は、引き裂くよ
うに冴え渡る。
  ジークは、まるで落ちてゆくようだと思った。奈落の底へ。神もおらず、魔道
とも縁がないようなこの奇妙な魔法空間の中を、果てしなく落ちてゆく。ふと、
落ち行く先に、ジークは光を見る。
  はじめは、明けの明星のように小さく輝く光であった。次第にその光は、大き
くなる。やがて満月のように、そして輝く太陽のように。
  ついには、闇が駆逐されあたりは光に満ちた。その限りなく広がる光の世界に
ジークは落ちていく。
  そして、ジークは真白き光の中で意識を失う。

  唐突に、ジークの意識は戻った。そこは、グーテンベルクの館である。目の前
には、トーヤがいた。あの長大な竜破剣を構えたままの姿で。
「ほう」
  トーヤは驚いたように、ジークを見る。
「あそこから、戻ってきたのか」
「驚くのは早いぜ」
  ジークは闇色の腕を、ぐいと突き出す。その腕が変化し始めた。手が縦に避け
てゆく。そして液体化したように滑らかに溶けてゆき、剣の形態を取り始める。
  左手は、闇色の双胴の剣となった。切っ先は三日月上の剣で繋がれ、そこから
根本に向かい4本の糸が延びる。
  ジークの左手は、漆黒の竜破剣と化した。ジークはにこにこと笑い、自慢げに
トーヤへ語りかける。
「どうよ、大したもんだろうが」
「ギミックスライムの腕か。器用なものだな。しかし、夢想音楽流は付け焼き刃
の技で対抗できる程容易くはないぞ」
  ジークはへらへら笑う。
「いいや、俺は無敵だもん。試してみな」
  トーヤは無言のまま、技にはいる。今度はさっきより早く音を感じとることが
できた。想のレベルをコントロールするのは、ジークにとっては本来馴れたこと
である。
  ジークは竜破剣の歌を想のレベルで捉えた。その旋律は心の中に焼き付いてい
る。どのような展開を見せるか、手にとるように判った。
  轟音の中から立ち現れてくる、天空の星が歌うような音楽。煌めく光の破片が
散りばめられてゆくような美しい旋律を、ジークは心の中でなぞる。
  ジークの左手、闇色の竜破剣は歌い始めた。トーヤの竜破剣と同じ歌を。その
双子のような剣は、声を合わせて歌い始める。
  ふたつの歌は完全に重なり合い、ひとつの旋律となった。その歌は音の万華鏡
となり、部屋を満たす。
  やがて、ジークの黒い竜破剣は微妙に音をずらし始める。それは、旋律を少し
ずつ狂わし始めた。音は歪み、トレモロのように震える。
「馬鹿め」
  トーヤが侮蔑の笑みを見せた。
「音をずらすことの意味が判っているのか」
  ジークはいつもの無邪気な笑みで応えた。
「あったりまえじゃん」
  そうはいったものの、その全身を襲う苦痛はジークの集中力を削ぎつつあった。
音を狂わせれば、身体と音の同期がずれる為、夢想音楽迷宮へ飛ばされることは
無い。
  しかし、狂った音は身体にとって凶器となる。シロウや他の使い手たちの五体
を引き裂いたのは、その狂った音のはずだ。
  ジークは表情にこそださなかったが、狂った音のもたらす苦痛によって意識を
失いそうになっていた。歪んだ歌は、物理的破壊力を持っている。うねり、巨竜
のようにのたうちまわるその歌は、壁や床にひびを走らせた。
(ちょっと)
  ジークはムーンシャインの声を遠くで聞いた。
(しっかりしなよ、苦しいのは向こうも同じだよ)
  確かに無表情に見えるトーヤの顔も、どこか焦点がぼけて見える。額には、汗
が光っているようだ。確実に同じ苦痛をトーヤも味わっているはずである。
  ジークは不敵に笑いながらムーンシャインに応える。
「俺さぁ、ひとつ忘れてたよ」
(何よ)
「俺、本当は痛いのだめなんだわ」
  そういうと同時に、ジークの意識が遠のいてゆく。
(あ、馬鹿、馬鹿、こらっ、ジーク、呪われた悪魔の豚!しっかりしなよ、あん
た世界最強でしょ)
  ジークはその声を遥か遠くに聞いていた。闇が心地よく、意識を包む。
  そのとき、凛、と水晶が鳴った。
  ジークの意識が戻る。
  もう一度、凛、と音が響く。
  竜破剣とは別物の音だ。それと共に、呪文の詠唱がどこか遠くで聞こえる。降
霊の魔法だ。トーヤの注意もジークと同じようにその魔法に向いた。
  黒衣の男が姿を顕す。その男の手には、竜破剣と同じ剣が提げられていた。ト
ーヤの顔が、驚愕に歪む。
  黒衣の男は凛々しい顔をした、若者であった。降霊術によって顕現した霊のよ
うである。その姿は物理的実体をもたぬ、ただの幻。
「シロウ殿」
  それはトーヤの師、シロウの幻のようだ。シロウの幻影は、トーヤの前に立つ
と口を開く。
「すまなかった。許してくれ、トーヤ」
  トーヤは、微笑んだ。愛する恋人を夫として迎え入れるように、トーヤは幸せ
そうな笑みを見せる。
「愛してるわ、シロウ」
  歌の狂いが絶頂に達する。白衣を血に染め、トーヤの五体が裂けた。血塗れの
身体が床に落ちる。それと同時に、シロウの幻も消えた。
  ジークは崩れるように、膝をついた。息が荒い。黒い竜破剣となっていた左手
は炎にさらされた氷が溶けるように姿を変え、元の闇色の腕に戻る。
  ふと気がつくと、ジークは廃墟の中に佇んでいた。夜は明けつつあり、東の空
は紫色に染まっている。朝日の元で、グーテンベルク家の館は消え去り、鬱蒼と
しげる林の中の廃墟となっていた。
「ちょっと、何してるのよ、あんた」
  ジークは声をかけられ、驚いて振り向く。フェイランであった。フェイランは、
水晶の小さな杖を懐にしまうところである。ジークは深いため息をついた。
「何してるっていうか、ただ、こうしてるだけなんだけど」
「馬鹿じゃないの、あんた」
「なぁ、あんたこそ、何してんだよ」
「霊が私のところに来て、助けを求めたのよ。恋人を救いたいって。それ、あん
たがやったの?」
  フェイランは、血塗れのトーヤの死体を指す。ジークは頷く。
「まぁ、そんな感じかな」
「全くどこいっても、やっかい事しか起こさないんだから。弔ってあげなきゃね」
  フェイランはため息をつく。
「霊に導かれてここへ来て、降霊の術を使ったらあんたがいたなんて、全くあき
れた話だわ。早く帰ったほうがいいよ」
「へ?どこへ?」
「どこへ、て。店に帰る以外、どこに帰るのよ」
「て、借金はレオンが返してくれたって」
「ああ、あれね」
  フェイランは再びふう、とため息をつく。
「レオンとかいうやつのよこした首飾りさぁ、暫くしたら変な音楽が鳴り出して、
音楽と一緒に消えちゃったのよ。魔法でもなさそうだし、訳わからないわ。お母
さんたら、かんかんなの。暗殺者雇ってあんたとレオンを殺すって凄んでたわ。
しかたないから私がムーンシャドウの思念の痕跡を辿ってここまで探しに来たら、
さっきの霊に出会ってあんたを見つけたのよ」
  ジークは、疲労の極みに達した身体を無理矢理動かし立ち上がった。そして、
苦労して歩きだす。ふと振り返るとフェイランが水晶の杖を手に、霊を鎮める呪
文を詠唱していた。凛、と杖が鳴る。
  ジークは青く輝く瞳でその様を暫く見つめていた。そして、振り返ると、メイ
リンの店への長い道を歩きだす。
                                                                    了





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