#4197/5495 長編
★タイトル (BYB ) 97/11/21 19: 4 (192)
迷宮音楽祭@ つきかげ
★内容
「なんと仰いました、今」
金糸、銀糸で艶やかに彩られた衣装を身に纏い、細緻で華麗な技をもって作ら
れた髪飾りや胸飾りを身につけたフェイランは、その客に問い直す。華やかに打
ち鳴らされていた弦楽器、打楽器の手も止まり、妖艶な薫りを振りまきながら天
空の宮殿に住まう天女のように舞っていた踊り手たちも、ぴたりと動きを止める。
客のそばにいた道化は口を惚けたように開き、客の整ってはいるが喜怒哀楽の
感情を全く感じさせない顔を、改めて見直す。その客は薄墨色のとうてい遊びに
来たとは思えぬような、もしくは高貴の者があえて目立たぬよう仮装して、かえ
って目立つ格好になってしまったような衣装を身につけている。
その客は部屋に入ってからずっと、賑やかな楽曲や華麗な踊り、道化の戯けた
囃子に、死人すら頬を染めそうな美貌のフェイランの流し目を受けても、微笑み
すら浮かべない。ただ、道に迷った者が途方にくれて往来を眺めるように、じっ
と宴を見つめていた。その客が、唐突に口を開いたのである。
「この店には、ジークという男がいるそうだな」
フェイランは隣に座る男を、胡乱げに見つめる。朱と金を基調にして飾り立て
られたやたらと派手ではあるが、どこか浮ついたこの部屋は娼館の祭儀場であっ
た。
娼館では安さと手軽さを売りにする店でないかぎり、必ず豊饒の女神フライア
神の神殿としての体裁をとる。そこでは娼婦たちは巫女であり、客は信徒として
扱われた。
ここで行われる行為は、フライア神と一体化した巫女の行う神儀。つまり、信
徒と女神の仮想的結婚の儀式である。
そこで、客と巫女が寝室に入る前には必ず、豊饒の女神に相応しい饗宴を捧げ
ることになっていた。この饗宴の質で、店の格が決まることになる。
快楽の都と呼ばれるサフィアスでは、この饗宴だけで二日を費やす店もあるら
しいが、地方都市の一娼館でそこまでのことはしない。ただ、中の上クラスであ
るフェイランの店はそこそこの宴を催す。
当然、その宴に見合うそれなりの額の金をとる訳であるから、その金の分だけ
は客を楽しませるのがフェイランの仕事であった。しかし、この客は部屋に入っ
てから一言も発せず、笑みも見せず、馳走にも手をつけず、あげくの果てに吐い
た言葉がジークの名である。フェイランとしては、面白くないというよりは、目
が眩むほど腹立たしいところだった。
しかし、その感情は全くみせず、愛しい相手に見せる笑みを作ると、客に応え
る。
「確かにジークというのは、居るには居りますけど」
そういいながら、フェイランは踊りを続けるよう、踊り手たちに目配せをする。
舞姫たちは再び踊りだし、それに合わせて演奏も再開された。道化たちも力を入
れて囃しはじめ、再び部屋は賑わいを取り戻す。
フェイランは、そっとため息をつく。一口に娼館の客といっても、色々なタイ
プの客がいる。
商人が接待として上客を招く時、高貴のものが好奇心半分でくる時、あるいは
なにかの商売等で一山あてて、にわか成金がとりあえず金を使いたくてくる時。
フェイランの店のように比較的新しく、格式もそう高くない店は、そうした成
金が来ることが多い。こうした客は当然、入れ替わりが激しいものだ。一発あて
て一夜で金持ちになったものの、やはり一夜でもとの貧乏人に戻るケースがほと
んどである。
古く格式の高い店は、そうした客は相手にしない。時々、散々飲み食いして遊
びたおしたあげく、金を払えないと開き直る客がいる為だ。
ジークは、そうした客の一人であった。いや、もっと酷いことに、そもそも一
銭も持たずに店にきて、一週間遊びたおした末に金が無いといったのである。
ジークという男、身なりは結構金をかけており、妙に鷹揚で落ち着きはらった
態度であったため、女将が高貴の者がお忍びできたものと読み違えたのだ。ジー
クという男、人にそう思わすだけの妙にすれていない、憎めぬところのある男で
あった。
それ以来、ジークはこの店で下男兼、用心棒として使われている。へんに腕が
たつことが判ったため、用心棒として重宝していた。しかし、ジークが使った分
の代金を取り戻そうとすれば、一週間や二週間ではとうてい無理である。
かれこれジークは、三ヶ月もただ働きさせられていた。それでも、店としては
半分も取り戻せていない勘定である。
そのできれば忘れておきたい厄介者の名を聞かされたフェイランを、さらに怒
らせようとしているとしか思えぬセリフを、その客は吐いた。
「そのジークという男に会いたい。ここへ、つれて来てもらおうか」
再びぴたりと、踊りと音楽が止まる。フェイランは音楽を再開するよう促すと、
道化のひとりに目配せをした。道化は頷くと、部屋を出ていく。
フェイランは内心で散々毒づきながらもとろけるような笑みをみせ、そのやっ
かいな客に応える。
「つれて来いと仰るならつれて来ますけど、あの男のことをご存知なんですか」
客は、眼差しをフェイランのほうへ向ける。それは冷え冷えとしたそれでいて、
何かを強く求めているかのような眼差しだった。ある種の宗教の狂信者に、時折
見られる目である。
「腕のたつ男と聞いた」
フェイランはとうとう、あからさまにため息をついた。到底その客が、遊びに
きたとは思えなかった為である。
フェイランはすっ、と立ち上がるとたん、と手を叩く。注目する踊り手や楽士
たちに下がるよう命ずると、客に目礼をして自身も部屋を出た。
部屋を出たところでフェイランは、女将と鉢合わせる。女将は、フェイランが
目配せで指示を出した道化を連れていた。
「お母さん」
フェイランは、思わず女将に声をかける。この店の娼婦たちは皆、女将の養女
という形になっていた。この店の女たちは皆身寄りが無いか、なんらかの理由で
家族と縁を切った者である為だ。
「話は聞いた。後はまかせな」
そういうと女将は、不敵な笑みを見せる。女将は美形というよりは、精悍な顔
だちをしていた。左頬には十字の傷跡があり、紅い長衣の下には分厚い筋肉と無
数の傷跡が隠されている。
この女将の笑みには、凄みがあった。何しろつい数年前までは、女傭兵として
戦場で荒稼ぎをしていたのだから。
西の大国アルクスル大王国の内紛が終わり、エリウス王の治世の元で世情が安
定すると共に傭兵の需要が激減した。それと同時に傭兵時代にため込んだ金を使
い、戦争で身寄りを無くした女たちを集め、この娼館を立てたのである。自身が
優れた戦士であった為、用心棒は不要であったが、ジークのおかげで無理矢理用
心棒を雇う形になったわけだ。
女将は豪華に刺繍のなされた紅い長衣を靡かせ、部屋へ入る。袖をまくり上げ、
陽に焼け傷だらけのごつい腕を見せて腕組みすると、客の前に立った。フェイラ
ンも後ろに立つ。
「俺は、この店の主、メイリンだ」
戦場で鍛えた野太い声で、女将は名乗る。客は相変わらず無表情の瞳で、メイ
リンを見た。
「お客さん、えっと、何て名でしたかね」
「レオンだ」
「ああ、レオンさん。うちはね、女神様の元で信仰を高めていただこうという場
所なんだ。判ってるだろ」
「ああ」
「その神前でよ、もめ事は困るんだよ。なあ、判るかい」
「私は、何かやっかいなことをしたかね」
「あんたがジークをどうしようが、そりゃあ、あんたのかってさね、レオンさん。
けどよ、うちの店の中でやられた日にゃあ、たまったもんじゃねぇだろうが」
「誤解があるようだ」
レオンは相変わらずの無表情で、刃を思わすメイリンの瞳を平然と見返す。そ
の瞳は、真冬の星のように冷たく光っていた。
「私はジーク殿の、ご助力を貰いたいと思っている」
メイリンは苦笑するように、口元を歪めた。ますます顔に、凄みが増す。
「殿なんかつけるなよ、あのアホタレに。まぁいい。話を聞かせてもらおうか。
訳がありそうだな」
レオンは頷くと、冷めた声で語り始める。
「我々の殿は、家の名前をいうのは勘弁していただきたいのだか、たいそう武芸
の好きなお方でな。方々から強い男を呼び寄せては、御前で試合をさせて、ご覧
になるのを楽しみとされている」
メイリンは胡乱げな目で、レオンを見つめ続けている。レオンは話を続けた。
「その御前試合は月に一度あるのだが、それが明日の夜と迫っておるのにまだ腕
のたつ男を一人しか見つけておらぬ。ぜひジーク殿に我々の屋敷に来て頂いて、
我が殿の前で、試合をしていただきたい」
メイリンは、ぐっとレオンを睨みつける。
「そいつぁ、困ったな」
「どいういうことだ」
「あのジークのアホタレはよ、この俺に借金がある。それも、半端な額じゃねぇ。
その金が精算されねぇ間は、この店を出すつもりはねぇんだ」
レオンは頷くと、懐から首飾りを出した。かなり古いものらしく細工は緻密で
あるが、今の流行からは外れたものだ。しかし、息をのむ程流麗で美しい造りで
あり、なにより星々を散らしたように美しい宝石の数々がはめ込まれている。そ
の紅や青の輝く宝石は、それ一つでかなりの値打ちがつきそうだ。
メイリンはひょいとその宝石をとると、懐に収める。
「私の払いも含めて、それで足りるか?」
「本当は、現金払いなんだけどね、まあいい。つりは払わねぇぜ」
レオンは頷くと、立ち上がった。メイリンは入り口で待機していた道化を呼び
寄せ、ジークの元へ案内するように指示する。メイリンは、そっと首飾りをフェ
イランに渡す。
「一応、鑑定しといてくれ」
「値打ちは確かそうだけど」
「ああ。しかし、みょうな魔法が掛かっているといけねぇからな」
フェイランは、頷いた。フェイランは、魔道の心得がある。呪いのかかったア
イテムは、どんなに見事な宝石であっても一銭にもならない。大金を払って魔道
士を雇い、魔道士に祓ってもらわない限り、持ち主に不幸をもたらす為だ。
「ねぇ、レオンさん」
でっぷりと樽のように太った男ジークは、漆黒の夜空の下、黙々と先を行くレ
オンに声をかける。丸々と太った体は、灰色の道着に包まれていた。いわゆる作
務依ともいう衣服で、神殿の下男が身につけるものである。娼館も神殿の一種と
見なされる為、そうした衣服を身につけることとなっていた。
「いつになったら、着くのかなぁ」
真っ直ぐに切りそろえられた見事な金髪の下で、晴れ渡る青空のように美しく
邪気の無い青い瞳をきらきら輝かせてジークはレオンに呼びかける。レオンは見
た目はゆったりと歩いているように見えるが、まるで宙を進むように速く移動し
ていた。
みかけによらず身体を鍛え上げているジークにしても、けっこうついて行くの
に苦労している。もうかなりの距離を、歩いたはずだ。
「もうすぐだ」
レオンは、振り向かずに応える。ジークは、丸々とした肩を竦めた。
東方の小王国と呼ばれるトラキア。そのトラキアの歓楽街であるローズフラウ
に、メイリンの店はある。暗い夜空の元、不夜城とも呼ばれるローズフラウは、
宝石箱のように輝いて見えた。
そのローズフラウが眼下に見える小高い丘を、レオンにつられてジークは昇っ
てゆく。だらだらと続くゆるやかで長い坂は、太ったジークには結構きついもの
がある。
トラキアは豪族ともいうべき貴族たちと、王家ローゼンフェルト家の勢力が拮
抗している為、必ずしも政情が安定している国ではない。勢力を持った豪族の中
には、王家を滅ぼし権力を手中に収めようと画策するものが時折いる。
しかし、今の王ルドルフ・ローゼンフェルトは老いたとはいえ力を持った王で
あり、その世継ぎジュリアス・ローゼンフェルトも聡明で人望のある王子だ。ト
ラキアとしては、治安の安定している時期であった。
とはいえ、こう、中心地から離れていくと、ジークとしても疑問が芽生えてく
る。まっとうな貴族の館が、こんな外れにあるとは思えない。ひょっとすると、
何かの陰謀がからんでいるのかという気がする。
そのジークの気持ちを読んだかのように、すっとレオンは立ち止まると振り向
いてジークを見つめた。丁度、丘を登り切った当たりである。レオンは、丘の下
を指さした。
「あれが、我が殿の館だ」
「へえ」
ジークは宝石のような青いひとみをきらきら輝かせながら、感心して丘の麓の
館を見つめる。こんなはずれにあるにしては、大きな館だ。高い壁に覆われた、
随分古風な造りのずっしりと落ち着いた構えの館であった。
造りからすると、おそらく古い貴族の館のようだ。とすれば、王家に対して謀
反を企てている可能性は少ない。古い貴族は、ルドルフ王に押さえ込まれている。
反抗勢力は大抵、新興豪族であった。
「安心していただけたかな、ジーク殿」
「いや、腹がへってきただけでさ。俺、腹ぺこになると動けなくなるから、その
前に着くかなと」
ジークは、微笑みながら呑気そうに言った。その笑みは、子供のように無邪気
である。思わず人を惹きつけてしまいそうな、明るい笑顔だった。
ジークは無表情であったレオンの顔に、笑みが浮かんだような気がした。気の
せいかも、しれない。再び歩き始めたレオンの後を、ジークはついてゆく。