#4196/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/11/17 1:16 (187)
そばにいるだけで 16−6(訂正版) 寺嶋公香
★内容
綱引きの勝利で一度は勝ち越した紅組だったが、残る二種目を連取され、逆
転負けを喫してしまった。
特に惜しかったのは、最後の、三年生男子による騎馬戦。激しい戦いの末、
わずか一差で破れた。
純子達にとってそれは残念だったけれども、一方で嬉しいこともあった。
閉会式の席上、発表された仮装コンテストの結果で、純子達は一番票を集め
たのだ。
「狙い通り。やったね!」
近くで町田が手を叩いて喜んでいる。立島や前田、相羽ら他のメンバーも笑
顔を見せていた。純子も、苦心した甲斐はあったかなと、満足。
さて、一位となると当然、表彰を受けに代表が出て行くのだが、特に決めて
いなかったので、ちょっともめる。
「立島君でしょ、委員長だし」
「関係ない。クラスの代表ってだけだ」
「じゃあ……テーマをフラッシュ・レディに決めた遠野さん?」
「だめ、私はだめっ」
時間を取ってしまうのも気が引ける。
ふと、耳をすませば、小さな子供達の「フラッシュ・レディ、出て来てー!」
という声援が聞こえてきた。
純子はくすっと笑って、白沼の方を見る。
白沼も笑みで応じると、遠野の二の腕辺りを抱えるように掴む。
「さあ、遠野さん。聞こえたでしょう?」
「う、うん」
「じゃあ、行かなきゃ。ほら」
「わ、分かったわ。でも、三人でよ……」
「もちろん」
純子、白沼、遠野の三人で揃って前に出ると、新たに子供らの声がかかる。
仮装を解いても、分かってしまうものらしい。それでも、レイ!なんていう風
に役柄の名前で呼ばれると、赤面するのはどうしようもない。
とまあ、賑やかな表彰式を挟んで、閉会式は滞りなく進み、終わった。
時刻にして、午後四時過ぎ。最後の大仕事、片づけが済む頃には、四時半に
なっていた。
(終わってみれば、ジェスチャーレースも仮装も楽しかったし、よかった。め
でたしめでたし)
民話のしめくくりそのもののフレーズを頭の中で唱えながら、校舎を出た純
子。今日ばかりは、友達と特に約束もしていなかったので一人だ。みんな、早
く家に帰りたいものだろう。
グラウンドの端っこを小さく横切って、正門を目指して歩いていると、植え
込みの近くで話し込んでいた人影に気付いた。
じろじろ見るのも失礼だろうからと、歩く速さを上げる純子。
「あ、出て来た。純子ちゃん!」
ところが、人影は相羽とその母親だった。おばさんから声をかけられ、純子
は事態を飲み込み、慌てて引き返す。
「こ、こんにちは。いつ、いらしたんですか?」
「ついさっきなのよ。仕事、なるべく早く切り上げたつもりだったんだけれど、
ほとんど見られなくて残念」
心底残念そうに、眉を八の字にする相羽の母。両手の平の間で、まだ開けて
いない缶ジュースをしきりに転がしている。
その後方では、相羽が周囲を気にするように、きょろきょろと頭を動かして
いた。母と同様、手には缶飲料のお茶があった。こちらはすでに開缶しており、
上から包むような形で持っている。
「あの、お身体は何ともないんでしょうか、その後……?」
ふと思い出し、聞いてみる。
「大丈夫よ。あのときは多分ね、こっちと向こうとでは気温が全然違ったから、
それに身体が着いていけなかったのよ」
「そうですか。よかった」
「ふふふ、ありがと。心配かけてごめんなさいね。今はすっかり元気だから。
その代わり、前以上に仕事が増えちゃって、おかげで今日も運動会を見られな
い有り様。特に仮装、見たかったわ」
そう微笑まれて、純子はぶんぶんと首を振った。
「見られなくてよかったです。知ってる人が多いと、意識しちゃう」
「おばさん一人が増えたぐらい、関係ないでしょう? まあいいわ。写真があ
るはずだものね」
「あ」
写真のことなんて、全く頭になかった純子。
「また、記録に残っちゃうのね……」
がっくり、うなだれる。その場限りで切り抜けたと思っていたのに、新しく
ショックを受けてしまった。
「−−純子ちゃん、このジュース、もらってくれない? あんまり、飲む気が
しなくて」
と、弄んでいた缶を純子へと差し出してきたおばさん。
「あの、運動会が終わったあと、飲んだばかりで……」
「持って帰ってくれてもいいから」
「あ、ありがとうございます」
押し付けられてしまったので、仕方なく受け取っておく。
自分で持って帰ってもいいはずなのにという疑問はあったが。
「それより母さん。用事があるって言ってたじゃないか」
相羽が焦れったさそうに母親の肘を掴んだ。
「そうね」と応じ、純子へ改まった視線を送ってくる相羽の母。
「ついでと言ったら悪いんだけど」
落ち着いたところで、純子を見つめながらおばさんが切り出した。
「はい、何でしょうか?」
「純子ちゃん。こんなときに仕事の話を持ち出すの、許してね」
「え……それって、モデルの」
「そうそう」
話が早くていいとばかりに、相羽の母は手を合わせた。
「またAR**の撮影があるんですか? 六月にあったばっかりなのに」
もはやあきらめの境地の純子は、うつむいて缶ジュースを両手の平で包む。
ふと横目で見れば、相羽は急に不機嫌そうに唇を尖らせていた。目も細くな
り、両方の眉が寄っている。モデルの話題になると、今でもたいていこうだ。
用事があるとは聞いていたが、その中身までは知らされていなかったに違いな
い。あるいは、悪い予感が現実となったせいかもしれない。
そんな息子の様子を知ってか知らずか、相羽の母は笑顔のまま首を横に振っ
た。ゆったりとした動作に合わせ、優しい調子の言葉が聞こえてくる。
「そうじゃないの」
「え?」
「テレビコマーシャルに出る気、ないかしら」
「……」
このときの純子の顔をイラストに描くと、目が点になっていただろう。
隣で明後日の方を向いていた相羽が急に振り返り、口を何度かぱくぱくとさ
せた。
純子は目を忙しくしばたたかせ、それから人差し指で右の頬をなでるように
かいた。
「どう?」
「……テレビコマーシャルって……あの」
意味もなく、テレビを探した。無論、運動場にテレビがあるはずもない。
「テレビに映って……動くやつですか?」
「そうよ」
くすっとかすかに笑うおばさん。
「母さん! だめだよ、母さん。反対っ」
いきなり、相羽が大声で言った。くどい調子で、何度も同じことを繰り返す。
あまりに激しい身振りを交えたものだから、手にした缶からお茶がこぼれ、飛
び散った。
「あら、どうして信一がそんなことを言うのかしらね」
おばさんの目が、意地悪く笑っている。
「だめだったら。雑誌の広告だけでも、無理矢理頼んで、迷惑かけてるのに、
これ以上なんて」
「そ、そうです、おばさん」
純子は自分の声がわずかばかり震えるのを意識しつつ、相羽に同調した。
「純子ちゃんは、テレビに出てみたくなぁい?」
あやすように言われた。
純子は言葉に詰まる。
実際のところ、「テレビに映ってみたい」という気持ちは純子にだってある。
だが、それはあくまでも「テレビに映ってみたい」であって、「テレビに出た
い」ではない。つまり、街角でインタビューを受けるとか、スポーツやコンサ
ートを観に行ってたまたま映るといった程度で充分なのだ。テレビコマーシャ
ルなんて、想像もできない。
「それは、そのぉ……。でも、コマーシャルなんて、無理ですっ」
「やってできないことじゃないわよ、テレビコマーシャルぐらい」
「あの、素人の私なんかに頼まなくたって、ルミナちゃんがいるんだから」
前回の広告撮影時に、そこそこ親しくなったプロのモデルさんの名を挙げた。
実際、彼女の方が自分よりもずっと上だという認識が、純子の頭にはある。
「それがね、AR**の仕事じゃなくてね」
「ええ? じゃ、じゃあ、一体……」
「清涼飲料水よ」
相羽の母は、それから大手メーカーの名前を告げた。
「具体的には言えないのだけれど、従来からある製品を来年二月からリニュー
アルするそうなの。それで、向こうの企画部の人が−−宣伝にタレントの誰を
起用するかを考える人が、AR**の広告の純子ちゃんを見て、イメージにぴ
ったりだから候補に入れておきたいって、打診があったわけ。これって凄いの
よ。分かる?」
「な、何となく、分かります」
「AR**さん以外からも注目されるようになって来たからには、フリーでい
るより、正式に事務所に所属した方がいいわね。おばさんの手には余ってしま
う」
「はあ……」
「事務所の話は置いといて、やってみる気、ないかしら? チャンスをみすみ
す逃しては、もったいないわ」
「え、でも……本格的にモデルやろうなんて、考えてないから……。自信もな
いですし」
「コマーシャルに出たぐらいじゃ、本格的とは言えないと思うなぁ。それなり
のファッションショーの舞台に立てるようにならないと。それよりも、コマー
シャルに出れば、タレントとしての道が開けるかもね。ドラマや歌や……」
タレントという言葉には、結構ぐらっと来た。純子にだって、憧れの芸能人
の二人や三人はいる。彼らの顔や姿を脳裏に描きつつ、
(ドラマで競演できたら最高!)
なんていう思いが浮かんだが、次の瞬間、自ら打ち消していた。
(ばか、私ったら、何を考えてんのよ。そんなうまく行くはずないでしょっ)
思わず目を瞑り、首を振った。
「涼原さん? どうかしたの?」
相羽の心配げな声が聞こえた。
「ほら、母さんが変なこと持ち出すから!」
「あ、相羽君。違うの」
急いで返事する。いつかみたいに、こんなことで親子喧嘩されたら、いたた
まれなくなってしまう。
「ちょっとだけ、夢見たくなっちゃった」
「じゃあ、やってみる?」
「まだお母さん−−母や父に話してみないと分からないですけど、私自身は、
一度ぐらいやってみようって、今はそう思ってます」
「ほんとね? あぁ、よかったわ。ともかく、ご両親のお許しを得てからね。
許可がもらえたら、向こうの方に承諾の返事をしていいかしら? 候補の内で
も、折り返し、コマーシャルの内容を知らせてもらえると思うけれど」
「お願いします」
このころにはもう、すっかりやる気になっていた。自分でも不思議なぐらい、
未知へのものに対するどきどきとわくわくを楽しむ余裕が生まれている。
そんな彼女の斜め横で、相羽は後頭部に両手を回し、眉を寄せていた。
夕食後、純子が「仕事」の話を持ち出すと、両親の反応はきれいに分かれた。
「いいんじゃない?」
あっさりしているのは母親。乾いた布巾で洗い物の水気を取り去りながら、
楽しそうにしている。
「テレビに出るなんて、だめだだめだ」
反対したのは父親。迫力はないが、嫌そうに眉を寄せた。和やかなだった食
卓の空気が、徐々に緊張を帯びていく。
−−つづく