AWC お題>幽霊(5)       青木無常


        
#4195/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  97/11/16  22:20  ( 79)
お題>幽霊(5)       青木無常
★内容
 トエダをのぞく全員が、意味すらのみこめず、ただぼうぜんと目をむいた。
「なん……だって……?」クシラが、ふるえる声で問いただす。「トーイスじゃ…
…ねえ……?」
 アリユスはクシラを見あげながら、こっくりとうなずいてみせた。
「じゃあ……じゃあ」と、つるしあげられた姿勢のまま、長がうわごとのような口
調で問いかけた。「この化物はいったい……だれだって……」
「トーイスでないなら、ほかにはひとりしかいないだろうさ」無表情にトエダはい
う。「ミエイさね」
 驚愕にみちた沈黙が、広場内にひろがる。
 そんなばかな、とだれかが、ぼうぜんとつぶやいた。
 その場につどう一同の、すべての想いを代弁する言葉だった。
 トエダが静かに告げる。
「おまえさんがた、だれもかれもが勘違いしなすっていたようだね。殺されたトー
イスの怨念が凝って、化物に変じたとでも。ちがうさね。トーイスの魂魄なら、封
じこめられとるよ。あそこに、の」
 指さした。
 広場の外、村はずれの一角にたてられたほこらを。
 よってたかって、残酷な手段でなぶり殺しにした旅の若者の怨念をおそれて、だ
れいうともなくたてられたほこらだった。
「封じ……こめられてる……」
 痴呆のように、長がつぶやく。
「そのとおりさね」トエダはうなずいた。「封じているのは、憎悪さ。おまえさん
がたの、の。忘れようとしても胸の底にいすわって離れない、その憎悪が、死者の
魂をふんじばってあそこから離そうとしないのさね」
「そんなことが……」
 茫漠とクシラがつぶやく。
 異形の影を、信じられぬ想いで見あげながら。
「トーイスを殺したおまえさんがたを、ミエイはそりゃ許せなかったろうさ」トエ
ダはさらにつづけた。「その怒りが昇天しきれぬ魂を異形の化物に膨張させるほど
にの。だがいまは、そんことはどうでもいいはずさね。そうじゃないかの? ミエ
イさんや」
 老幻術使の問いかけに――巨大な異形の影は、天にむけてひしりあげた。
 闇をふるわせる咆哮は、たしかに慟哭に似ていた。
 とさりと、意外にやさしく地にほうりだされた村長が、尻もちをついた姿勢のま
ま眼前の化物をぼうぜんとながめあげる。
 哀切きわまりない咆哮の底を、静かにトエダの声音がひびきわたった。
「ミエイさんの望みは、いまはひとつだけだろうさ。いくら許せぬとはいえ、とも
に育った村人や、まして実の父にたたりを及ぼすようなことなんざ望んじゃいない
さね。ただ――ただ、ついにそいとげられなかったトーイスの魂魄とともに、地縛
されたこの地からときはなたれたいだけなのさ」
 こたえるように、ひしりあげる咆哮がひときわ高くなった。
 夜天にむけて、声はいつまでもつづいた。
 どれだけの時がたったのだろう。ふいに、ひとびとは気がついた。
 みにくく、威圧にみちたおそろしげな咆哮が、いつのまにか哀切な女のすすり泣
きにかわっていたことに。
 黒い異形の巨影は、光りかがやくおぼろな球へと変化していた。
 そのなかに、すすり泣く女の影を見た、と思ったものも何人かいたかもしれない。
 そしてそれは錯覚にすぎなかったのかもしれない。
 いずれにせよ――
「そうだ。それでええ。なあ、アリユスや」
 トエダの呼びかけに、年端もいかぬ娘子がこっくりとうなずいてみせたとき――
 粗末なほこらの下、憎悪の闇に封印された深い地の底から、これもひとつの淡い
光をはなつおぼろな球がわきあがる。
 しばしふたつの光球は、ためらうように距離をおきあったまま宙に遊弋している
ばかりだった。
 が、やがて、ゆっくりと、まるで互いの存在をたしかめあうようにして近づいて
いき、それぞれのまわりを経めぐりながら夜の闇のなかを静かに乱舞し――
 ふいにその姿を消した。
 その場につどうすべての視線が、ながいあいだ声もなく、光の消えた深い闇を見
つめた。
 その沈黙をついて、ひょう、と影鳴き鳥が闇に声を発した。
 そして水車小屋わきの、首吊りの木とひそかに呼ばれていた枯れ木の枝から、黒
いちいさな影が飛びたった。
 わさわさとはばたきの音をひびかせて影鳴き鳥は夜の空へとすべるように飛び去
っていき――
 ふたたび、ながい静寂。
 やがて、長がぽつりと口にする。
「……ときはなたれたのか……?」
「帰っていったよ」
 と、アリユスの口からたどたどしく、だが確信にみちたこたえがかえってきた。
 長はしばし、茫漠とした視線を幼い娘子にむけていた。
 が、やがていった。
「それで、よかったのか……」
「そうさね」
 静かにトエダが保証した。
 長もまた、それっきり口をつぐみ、ただながいこと無言でその場にたたずんでい
た。

                               幽霊――了




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE