AWC お題>幽霊(4)       青木無常


        
#4194/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  97/11/16  22:18  (173)
お題>幽霊(4)       青木無常
★内容
 その沈黙を切り裂くように、
「ばかやろう!」
 村長とはべつの方角から、底ひびく罵声がとんだ。
 ひとびとの視線がいっせいに、その声の方角へとそそがれる。
 たくましい体躯の、ぶこつな顔つきの若者の姿がそこにあった。
 昼間、水車小屋の前でアリユスといきあたった、あの若者だった。
 ぎくりとしたような村人たちの注視に、若者は挑むような目つきを挑発的にかえ
してよこす。
「だからって、それがどうしたってんだ。ええ? トーイスのやつは、村の宝みて
えなミエイを奪って逃げようとしたんだぞ。許せるもんか。トーイスの亡霊だと?
おお、けっこうじゃねえか。なら、あのときみてえに、叩きのめして追いかえしち
まえばいいんだ。そんなことをしても、ミエイは戻っちゃこねえ! くそ、戻っち
ゃこねえんだ!」
 こぶしを握りしめ、若者は血を吐くように、言葉を地面に投げつけた。
「だが、クシラよう」と、若者と同年代の男がひとり、涙で顔をぐしょぐしょにし
ながらかきくどくように口をひらく。「ミエイが死んだのだって、もとはといやあ、
みんなのあの――」
「だまれ!」
 村長がわりこんだ。
 ちらりとトエダに視線をやり、歯をむきだしにしてあとをつづける。
「よけいなことを、口にするんじゃねえ!」
 しん、と、ひとびとは口をつぐんだ。
 見ひらいた目を、トエダとアリユスにむける。
 そちこちにわだかまるすすり泣きの声ばかりが、炎と闇をゆらめかせた。
 その沈黙の底に流れるように――しわがれたトエダの声がひびきわたる。
「知っとるよ」
 ぎくりと、いちように村人たちは身をこわばらせる。
 そんなようすをかなしげに見やりながら、トエダはくりかえした。
「知っとるよ。半年前、おまえさんがたが、あわれな旅の若者にどんなまねをした
のかは、の」
「きさま……だれからそれをきいた」
 村長が問いかけた。――静かな口調で。
 下からねめあげるような視線で、トエダを見つめる。
 返答次第ではただではおかぬ――そう語りかける視線だった。
 が――それに対するこたえは、べつの方角からとどけられた。
「おれが話したんだ。そこの娘にな」
 くぐもりがちな、重々しい声音に一同の視線がいっせいに移動する。
 闇の底にちいさな影がひとつ、たたずんでいた。
 重い諦観を全身にけだるくまとわらせた影だった。
「タマリ!」
 非難の叫びが、あらたにおとずれた男にむけられた。
 忌み人として村から遠ざけられていた、タマリなる名の老人であった。獣の黒影
からほど遠からぬ場所で、かなしげな顔をして静かに、にらみつける長を見つめか
えす。
「おのれ、この、八分のくせに一度ならず二度までも、それもよそものを相手に勝
手なまねを」
 こぶしをふりあげて村長は、老人につめよった。かたわらにたたずむ異形の影な
ど、まるで無視しているていだ。
「八分だからな」対して老人は、胸ぐらつかみあげられながら自嘲的に、つぶやく
ようにそういった。「おまえさんがたの意向なんぞ、知ったこっちゃなかったのさ。
いや――」
 とタマリは言葉をとぎらせ――夜天にむけてうっそりとたたずむ、巨大な異形の
姿へと視線を投げかける。
 あわれむような視線であった。
「八分だからこそ、おまえらに――このおれを村からのけ者にしたおまえらに、意
趣返ししたくて、わざとかくまったのかもしれん。トーイスと……ミエイをな」
「このくされ忌み人が!」村長の叫びは、いまや怪物の咆哮に劣らず呪詛と怒りに
みちみちていた。「きさまがそんな、いやしい心根でよけいなまねをしたから、ミ
エイは……娘は……」
「そのとおりさ」がくがくとゆさぶられながら、老タマリは静かな口調でいった。
「わしがあのふたりに宿をかしたしりしなければ、ふたりは山にでも入って、ぶじ
に逃げのびられたかもしれん……」
「そんなことをさせたもんか!」
 血の叫びを村長は口にする。
 対して老タマリは、力なく首を左右にふっただけだった。
「おまえらは、やりすぎたよ」痰のからんだ声音が、力なくそういった。「泣き叫
ぶミエイとトーイスとをむりやりひき離して、トーイスをむりやりひきずってな」
 いいながらタマリは、うつろな視線を四囲におよがせた。
 そしていった。
「場所はここだったよな」
「だまれ、この忌み人めが!」
 瞬間、タマリは胸ぐらをつかみあげる長に、ぎらりと目をむいた。
「このおれを忌み人にしたのも、そもそもはおまえらだった」
 底なしの怨念をこめた言葉に――村長はぎくりと硬直した。
 忌み人の頬に、自嘲の笑いがきざまれる。
「シリルも、あんたの娘とおなじく、村いちばんのべっぴんだったな。もう忘れち
まったがよ、あいつの笑い顔も。あんたのいいなずけだったシリルをつれて逃げよ
うとして、まちがって崖から落ちたまぬけがこのおれよ。だが、シリルはおれとい
っしょになりたがっていたんだ。それを、しきたりがどうのとむりやりひき離した
のはおまえらだろうが」
「だまれ」
 と長は叫んだ。
 目をそらしながら。
「困窮した貧乏人のこせがれのおまえに、シリルをしあわせにできたわけがなかろ
うが」
「だがあのとき、崖からおちなければ、あいつは顔に傷を負うこともなかったはず
だ。自殺だってせずにすんだし、このおれがいたたまれなくなって村からなかば追
いだされるようにして弾きだされていくこともな」
 そしてタマリは――いまや声もなくたたずむ異形の黒影にむけて、遠い視線を投
げかける。
「だからおれは、あいつらをかくまってやったんだ。おまえら、因習にしばられた
くそまみれの村のもんへの、意趣返しのつもりでな。それが、あんなことになるな
んて、よ」
「流れ者にミエイをわたせるものか!」
 と背後から、クシラが叫んだ。
 こぶしを握りしめ、歯をくいしばり、かみつくような視線でタマリをにらみつけ
る。
「あんな得体の知れないやつ、口先だけでミエイをたぶらかしたに決まってんだ!
村からつれだしたあげく、さんざもてあそんで売りとばしちまうのが関の山だった
に決まってらあ!」
 そのときふいに――
 巨獣が吠えた。
 クシラにむけて。
 ぎくりと、ひとびとはあとずさりした。むろんクシラも。
 が、若者は、ぎりと歯をかみしめ、恐怖に顔をゆがめながらも歩をふみだした。
「ちがうとでもいうのかよ!」挑戦的に、叫びかけた。「ミエイに、真剣にほれて
たとでもいうのかよ! だとしたって、流れ者なんかに女を幸せにできっこねえ!
ちがうのかよ!」
 獣は瞬時、クシラの言葉にききいった。
 が、また吠えた。
 ちがう、とでもいいたげに。
 びりびりと闇がふるえる。
 歯をくいしばったクシラと、巨大な異形の影とがしばし、にらみあったまま時が
すぎた。
 つぎに口をひらいたのはタマリだった。
「だが、おまえらはやりすぎたよ」
 クシラと――そして村長がふりかえる。
 長にちらりと視線を投げかけ、タマリはつづけた。
「そうだろう? おまえは、自分をうらぎったいいなずけと、そしておれへの怒り
もあのあわれなトーイスにぶつけたんだ。おれは見ていたぞ。おまえらは気づかな
かったかもしれんがな。おまえたちは、あのあわれなトーイスをただ殺したわけじ
ゃねえ」
「やめろ!」
 と、異口同音に長とクシラとが口をひらいた。
 まるできこえなかったかのように、タマリは淡々とした口調でつづけた。
「すりつぶすみてえにして、じわじわとつぶしていったよな。あのトーイスの、金
玉をよ」
 だまれ、と村長が叫ぶ。だまれだまれだまれと、タマリの独白をまるで圧殺する
かのように、幾度も、幾度も、幾度も。
 だがタマリの淡々とした声音は、ふしぎなほど闇のなかにくっきりとひびきわた
った。
「最後に、あのトーイスの性器を切り落としただろうよ。あんときのおまえの顔に
ゃ――愉悦があったぜ、長よ」
 そしてタマリは、ながめあげるような視線で村長を見つめた。
 長は、ごくりとつばをのむ。
 自嘲の口調で、タマリはいう。
「おまえはほんとうは、あれをおれに対してしたかったんだろう?」
 うるさい、と長は、叩き切るように叫んだ。
 両のこぶしを握りしめ、まぶたをかたく閉じ、くちびるをかみしめて地をけりつ
けた。
 凍りついたような沈黙。
 その沈黙をついて――
 巨獣の咆哮があがった。
 怒号であった。
 どすどすと地をけりつけ、またたくまに広場を横ぎって村長につめより――ぼう
ぜんとたたずむだけのその胸ぐらをつかみ、かるがると宙にさしあげた。
 地獄そのものの音声の、炎の怒号で長をつつみこむ。
 やせ枯れた長のからだが、枯れ葉のようにぐらぐらとゆれた。
 咆哮しながら夜の村を徘徊するばかりだった化物が、村のものに初めて危害を加
えた瞬間だった。
「殺すなら殺せ!」対して村長は、やけくそのようにわめきかけた。「だからとい
って、きさまなんぞに屈服はせんぞ! おれのやったことも、まちがっちゃいねえ!
きさまのような流れ者に、娘は、娘は――」
 言葉にならず声がとぎれた瞬間――
「ちがうよ」
 幼い言葉が、広場にひびきわたった。
 ぎょっとしたように驚愕がひろがる。
 それを待ち受けていたように、トエダもまた口をひらいた。
「その憎悪が、トーイスの魂魄をしばりつけているのさ」
 と。
 化物につるしあげられたまま、ぼうぜんとした視線を村長はトエダにむけた。
 が、ぎりりと歯をくいしばり、わめきちらす。
「だからどうした! 娘をかどわかした流れ者がどんな化物になろうと、わしの知
ったことか! 苦しんでるんなら、とことん苦しめばいいんだ! それでも、悲嘆
して、あの水車小屋で首をくくって死んだ娘の無念には遠くおよばぬわ!」
「ちがうよ」
 と、アリユスが口にする。
 ひたむきな口調で。
 瞬時言葉をのみこみ――長は挑むようにいった。
「なにがちがうっていうんだ」
「そのひとは、トーイスじゃないよ」
 そのひと、といいながら少女は――たしかに、くろぐろとそそりたつ異形の化物
を指さしていた。




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