#4186/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 13: 7 (200)
紅の鋼騎兵(17) 赤木 錠
★内容
――
くるりとそっぽをむくようにして、さらにスキップでさきへとすすむ。
ハッサンはぼりぼりと頭をかきながらあわててあとを追った。
「すまねえなあ。しかしおれにとっちゃ、あんたが姫君だのってあんまり意識でき
なくってよ。むしろ、ひとりのかよわい女の子だって、それくらいにしか思えねえ
んだ。だからとっさのときには思わず抱きあげて走っちまうし」
しどろもどろに弁解し、何いってんだろうねえ、いったい、とてれたように口に
してハハハと笑った。
すると姫君はまたもや立ちどまって、ハッサンをじっと見つめた。
ぽかん、と立ちどまる巨体に、どん、と体当たりをするようにかるく、上体をあ
ずけてきた。
「許しません」
蚊の鳴くような声で、姫はくりかえした。
よわりきってハッサンは、でくのぼうのように立ちつくす。
そんなハッサンを、アミーナ姫はうるんだ瞳でながめあげた。
おどおどと見つめかえすハッサンをひたむきに見つめやり――
くちびるをつきだして、目をとじる。
お、おい、と口にしかけてさすがにのみこみ、困惑しながらハッサンは黒い壁や
床と、目をとじて待ちつづける姫君とをおちつきなく交互に見やった。
ええい、とささやき声でつぶやきながらぶるると首を左右にふり――
少女の肩に、その無骨な両の手をそっとかけた。
びくりと、アミーナの全身がふるえた。
それでも、少女はうごかず待ちつづけた。
ハッサンは、なおもおちつきなく深呼吸をくりかえし――そして、目をとじた少
女の顔を見つめる。
そのまま、時間が凍結した。
そしてようやくハッサンが、不器用な動作でゆるゆると少女に顔を近づけていこ
うとした、その瞬間――
遠く、かすかな異音を、その鋭敏な耳がききつけていた。
ぎくりとしてハッサンは顔をあげ、注意深い視線を四囲にめぐらせ、耳をすませ
る。
目をあけたアミーナ姫が、どうしたのですか、とかすれた声できいてくるのを、
顔をあらかめながらもハッサンは、ひとさし指をそのくちびるにあててしっとする
どく制し――
そして集中した耳に、今度はたしかにとらえていた。
いくつかの轟音が重なるようにして鳴りわたっている。
「何か、機械がうごいてやがる」
「機械?」
ききかえす姫君に、ああ、とハッサンはうなずいてみせる。
「それもどうやら重いやつだ。重いくせに、かなりすばやく動いている」
「どこにいるの?」
「そこまではわからねえな。だが、ぐずぐずしていないほうがよさそうだ」
いってハッサンは姫の手をとり、ぐいぐいひきながら進みはじめた。
いたい、と思ったが少女は、抗議は口にはせずにおとなしくしたがった。
そうしてどれだけの距離を無言ですすんだのだろう。
ついには、その異様なエンジン音はアミーナ姫の耳にもはっきりときこえるまで
に近づいてきていた。
「時間の問題かもしれねえな」
むずかしい顔をしてハッサンがつぶやくのを、姫は不安げにながめあげた。
そんな視線に気づいて、ハッサンはあえて微笑をうかべてみせる。
あいきょうのある笑顔に、アミーナはからかいの言葉のひとつもいってやろうと
笑いながら口をひらきかけ――
恐怖の悲鳴を、そののどからしぼりだした。
16
「ビショップ!」
するどく注意を喚起するシェリルの呼びかけに、ビショップは顔をあげた。
「音」
いってシェリルは、耳をすますしぐさをしてみせる。
黒ずんだ遺跡の壁から手をはなし、耳にあてがってビショップは、いわれるがま
まに聴覚をするどく研ぎすました。
すぐに、シェリルと同様ビショップもその音の正体に気づいていた。
しらみはじめた夜空の彼方から――底深くひびく重い轟音と、それにかぶさるよ
うにして鳴りわたる、筒を吹きならすような異音。
エアガレーだ。
「まずい」
いいざま、ビショップは走りだしていた。間髪入れずにシェリルもあとにつづく。
すでに遺跡のまわりを三周ほど歩いてまわり、いよいよ本格的に、何かかくされ
た入口でもないものかとその表面を観察して歩きはじめた矢先であった。
用心のためにナグワルには光学迷彩をかけてはあるものの、遺跡入口からすこし
はなれたところの、ちいさな空き地におしこむようにして待機させている。遺跡と
いっても奔放に繁茂する森林内部にうちすてられた廃虚である。ほかに場所がなか
ったためにそこにおいておいたわけだが――いまいる位置からは距離がありすぎた。
しかも、接近しつつあるエアガレーの轟音も、まったくおなじ方向からひびいて
くるのである。
「まずいな」
つぶやいたビショップの予感は完全に的を射ていた。
ふたりがナグワルをおいた空き地にたどりつくいとまもなく、黒い巨大な威容が
森林をかきわけるようにして出現した。
すばやい反応で、ふたりはとっさに樹陰に身をかくしたが――一瞬おそかった。
発射された光子弾が、ビショップのひそむ樹陰めがけて正確に牙をむく。
間一髪、地をおもいきりけりつけてとんだビショップの背後から、衝撃波をとも
なった破片の嵐がふりそそぐ。
「こまったな」
うけた苦痛に顔をしかめながら、ビショップはかるい口調でぼやいた。
よろめきながらも位置を移動する。
ほとんど同時につぎの一撃が、移動する前にビショップがたおれていた位置に、
巨大な閃光を撃ちこんだ。
ビショップは歯をくいしばって走る。
その姿を、まるであざけるようにしてつぎつぎに光子弾の閃光が逃げるビショッ
プのあとを追って炸裂していった。
かろうじて、遺跡のわきにたどりついた。樹幹にかくされた位置の黒い壁に、よ
ろよろと背をもたせかけながらビショップは、左肩口から背中へとひろがる痛烈な
いたみにあえいだ。ほかにも数カ所、ダメージを負った部分がある。
衣服の内側からハンド・ブラスターをとりだす。気休めにもならなかった。エア
ガレー相手ではまちがいなく、手も足もでない。
たのみのつなは、こうしてビショップが敵をひきつけているすきにシェリルがナ
グワルに搭乗してくれることだったが――ビショップへの攻撃とはまったくべつの
方向で、とどろきわたる弾着音が徐々に遠ざかっていくのを耳にして絶望した。
「自分の道は自分でひらく、しかないか」
疲れはてた口調でひとりごちて苦笑をうかべ、ビショップはブラスターのセイフ
ティを解除する。
くちびるをかみしめながら樹幹から顔をのぞかせ――
ばきばきと樹木をなぎたおしながら前進してくるエアガレーにむけて、自殺的な
突撃を敢行した。
一瞬の沈黙をおいただけで、せまりつつあるエアガレーは敏速に攻撃を再開して
きた。
撃ちだされる閃光球が遺跡の壁上でつぎつぎに炸裂する。
かろうじて直撃をさけつつビショップは、何度もたおれこんでは起きあがり、疾
走した。
かまえた銃のひきがねはひかない。エアガレーの装甲を前にハンド・ブラスター
の攻撃など、幼児がなぐりかかるのとなんらかわりはない。
全身にかけぬける激痛を無視して、ビショップは彼我のあいだを一気にかけぬけ
――
そのままのいきおいで、浮遊するエアガレーの車体に飛びついた。
車体側面に設置された四機のパルス・レーザーの砲塔が、その銃口をくるりとビ
ショップにむける。
一瞬の勝負だった。
ビショップは不自然な姿勢で機体にとりついたまま、ブラスターをポイントした。
パルス・レーザーの砲口に。
針をとおすほどの正確さを要求される標的だった。それも、一瞬で四機。神業に
近い。
凶暴な熱対流が、明けはじめた森林上空の空をめらめらとゆらめかせる。いまし
もそれは、炎を噴くだろう。
その、針のような標的むけてビショップはためらいなく、ひきがねをひいた。
五つの発射音。
三機の砲塔までを驚異的な射撃で爆裂させていながら、ビショップは四機めの標
的を針の差ほどにそらしていた。
レーザーがエネルギーを撃ちだす。
そらした瞬間、まったく無意識の動作でビショップはからだを左に逃がしていた
が――完全には、砲撃をよけきれなかった。
右肩で、だしぬけに灼熱感が爆発する。
「ぐあ」
思わずぶざまに叫びをあげた。
同時に、保持した銃をとり落としていた。
「くそ」
ためらいなしにビショップはエアガレーからその身をほうりだし、地にころがっ
た。
丈高い下生えにうもれたブラスターを必死にさがす。
見つからない。
そのあいだにエアガレーはゆっくりと車体を旋回させ、ビショップに正対する形
をとっていた。
巨大な砲塔が、うす明かりににぶい光をはなちながらビショップにすえられる。
すでに砲口周囲は凶暴なゆらめきを発していた。
ハンマーボルト・キャノン。
この至近距離から、しかも生身の状態でくらわされたら、たとえ直撃をまぬかれ
たとしても頭蓋内部で激烈に脳を撹拌され、一瞬にして絶命してしまうことはまち
がいない。
「おことわりだよ、そんな死にざま」
叫びながらビショップは地をけっていた。
絶望的な逃走だった。
その眼前に――
丈高い下生えをかきわけてとつぜん、深紅の巨大なナイフが出現した。
「シェリル!」
ビショップの叫びにこたえるように、
「ヘイ、絶体絶命じゃん!」
威勢のいい声がこたえた。
片側のみ開いたガルウイングから、半身をのりだしたシェリルが手をのばす。
すれちがいざまの一瞬、ビショップはその手をしっかりとにぎりしめていた。
加速の衝撃に全身がはげしく後方にひきずられるのを、つないだ手だけを支点に
むりやりささえた。
ご――と、背後で壮烈な轟音がとどろきわたる。
爆発と、そして衝撃波。
瞬間、ナグワルが急旋回して方向をかえた。
遠心力でビショップのからだがふりまわされ――足くびが樹幹に激突する。
苦鳴をおしころすために、ビショップはくだけるほど歯をかみしめていた。
たちならぶ樹木が、おそいかかる衝撃波をうけてはげしくふるえ――
ナグワルがぴたりと静止する。
「乱暴な騎兵隊だな」
苦痛に顔をゆがめながら軽口をたたくビショップを、シェリルはあきれたように
見やりながら車内にひきずりこんだ。
ガルウイングを開きっぱなしにしたまま、急発進をかける。
その背後に、またもやハンマーボルト・キャノンが炸裂した。
衝撃波に追われるように、疾走する。
「ダメージは?」
「ひどいもんだよ。最悪だ。死ぬときは、きみのひざで眠らせてくれ」
「たいしたことないようね」
つめたくいいはなち、シェリルは樹間をぬうようにして走らせていたナグワルを
ぴたりと静止させた。
ひらいたウイングからつきとばすようにしてビショップを外に追いやり、
「ま、がんばってね」
あっさりといいはなつや、赤い扉をぴたりととじてふたたび疾走を開始する。
「うーん。見た目どおりの性格だな」
苦笑しつつつぶやき――眼前に、ゆらめく水面のような影を見つけてめんどうそ
うに立ちあがった。
不可視化した、ナイフのように鋭利なりんかくに、つと手をのばす。
ガルウイングが展開した。
すばやく機内に身をすべりこませ、
「いこうか、ナグワル」
つぶやき、起動をかけた。
呼応して、獰猛な咆哮を発しながら深紅の獣が浮上した。
眼前に迫りつつあるエアガレーの砲塔が、ゆらめく燐光をはなつ。
「そう何発もくらっちゃ、たまらないよ」
ビショップはナグワルをすばやく横すべりさせてから――一気に加速をかけた。
エアガレーめがけて、一瞬で百キロ以上の突進を敢行する。
パニックにあおられたか、でたらめな方向にむかってハンマーボルト・キャノン
が放出された。
かまわず突進をかけたナグワルが、エアガレーの巨体の眼前でぴたりと静止する。
砲口が、展開していた。