#4184/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:59 (200)
紅の鋼騎兵(15) 赤木 錠
★内容
生体兵器。
奇しくもおなじ言葉を胸に思いうかべながら、ハッサンとアミーナは顔を見あわ
せていた。
その獣めいた叫び声がとぎれてからも、なおしばらくのあいだ、銃撃はつづけら
れた。
閃光と轟音があいついでとぎれ、異様な沈黙がふりかかってきたとき、姫君はか
るい難聴状態におちいっていた。両の耳をおさえながら、むきだしにした歯をくい
しばっている。
じゃり、と音をたてて先頭の兵士が歩をふみだした。
再度、ハッサンが身がまえる。
だが兵士は、探索のつづきにはかからず、砂利をふみならしながらゆっくりと階
段をおりはじめた。
かまえた銃口も緊張にみちた視線も、銃撃を撃ちこんだばかりの暗闇にむけられ
ている。
残るふたりも、足もとにひそむハッサンにはまるで気づかぬままあとにつづく。
「死んでいます」
先頭の兵士が、発光スティックをかざしてなにかを照らしだしながら口にした。
ふう、ともうひとりがため息をつく。
「ラスキンの隊は、こいつの襲撃をうけて全滅したらしいからな。気をつけろよ」
隊長格らしき男が口にした。のこるふたりも不気味そうな顔を残骸にむけながら
無言でうなずく。
よし、いけ、とうながされ、ふたたび三人の兵士たちは前進を開始した。
ハッサンとアミーナをおきざりにして。
「ふう」と声をたててアミーナがため息をつく。「意外と間がぬけてますね」
「たまたま、さ。緊張の糸がとぎれたんだよ。タイミングがよかったんだ。ま、ヤ
ツにとっちゃ、タイミングが悪かったんだろうがな」
いいながらハッサンは、銃撃をうけてぼろぼろの肉塊と化した異生物の死骸に歩
みよった。
アミーナも、ハッサンの背中ごしにおそるおそるながめやる。
鳥のような形状をしているようであった。
牛ほどの大きさもある鳥である。
壁の材質からそぎ落としてきたかのような感のある、異様にごつごつした黒っぽ
い皮膚をしていた。
羽は、膜のようなものでできている。先端に鋭利な爪をもった前肢が付属してい
た。
顔は、くちばしのように長い両のあごをもっていたが、くちばしではなく鋭利な
牙がぞろりとはえそろっている。
損傷がひどくて原型を明確に想像することは困難だが、たしかに不気味な姿をし
ていた。
しかも、どうやら追跡してきた兵たちの何人かは、この生物の襲撃をうけて死亡
しているらしい。
「なぜおれたちはおそわれずにすんでいるんだろうな」
ハッサンがつぶやくのへ、アミーナはいう。
「攻撃しなかったからだと思います」
その言葉に、ハッサンはまじまじと姫君を見かえした。
が、やがて肩をすくめていった。
「かもしれねえな」
「絶対にそうです」確信をこめてアミーナは強調する。「さて、わたくしたちもい
きましょうか」
いってアミーナは、さもとうぜんのように三人の兵士たちが消えた方角へ歩をふ
みだしていた。
「お、おいおい、ちょっと待てよ姫」あわててハッサンが華奢な肩にぶあついグロ
ーブのような手をかける。「律儀にやつらを追うこともあるまい。あっちの道をい
こう」
「いいえ、いけません」断固とした口調で、アミーナは首を左右にふってみせた。
「そちらにいってしまっては、迷路にはまってしまいます。道はひとつだけしかあ
りません」
「やけに確信ありげだな」いぶかしげにハッサンは問いかえす。「おれを先導する
のに、あんたは根拠はないとはっきりいったはずだ。それがいつのまに、それほど
の自信家に成長したんだい?」
「あの時点では、まだ確信はなかったのです。……わかりました。種明かしをする
わ。そこをごらんなさい」
前方の床面を指さした。
あん? と首をかしげながらハッサンは、姫君の指さす床面に視線をこらす。
数秒の間をおいて、気がついた。
アミーナの足もとに、じゃれつくようにしてなにか、かげろうのような物体がゆ
ったりとした優雅な動作ではうように浮遊しているのである。
「気がつかなかったな。そんなものがいたのか」
腕組みをしながら、感心したようにハッサンはいった。
「もしかしたら、おまえのことをすこしおそれていたのかもしれませんね。わたく
しにしても、いるとわかっていなければ気がつかずにいたかもしれませんから。と
きどき見うしなったりもするし、ね」
「てこた、ずいぶん前からうろついてたってのかい、その透明ちょうちょさんは」
「ええ。最初の黒い大きな影にでくわしたあと、ひきかえしている途中でべつの種
類のやつがいくつも、暗闇からこちらのことをうかがっていたのをおぼえている?」
「ああ。おれが撃とうとしたら、あんたがとめたんだったな」
「あのすこしあとに、おまえが用をたしにいっているときにこれがあらわれたので
す。まるでわたくしの注意をひきたがっているように、目の前に何度もひらひらと、
ね。最初はまぼろしだと思いましたよ」
ふうん、とハッサンは感心したようにアミーナをながめやった。
姫君はまぶしげに目をほそめながらつづける。
「それでハッサン、おまえが戻ってくる気配がしたとたん、逃げるようにしてわた
くしたちが進むさきの曲がり角のむこうに消えてしまったのです。で、わたくしは
なんとなく気になったので、あとを追ってみると――」
「先導するように、辻々にあらわれた、とでも?」
「そのとおりです。ですからつまり、私が銃撃をおしとどめたお礼の意味で、道案
内にあらわれたのではないか、と。おそらくそういったところでしょう。そう思っ
てみると、さきほどやられてしまった鳥のような怪物も、とてもかわいそうに思え
てくるから不思議です」
「なるほどね」いってハッサンはしばしかんがえこみ、やがて肩をすくめていった。
「姫さんがどうしても、そのかげろうちょうちょの先導にしたがいたいってんなら、
ま、つきあうよりしかたがないな。だが、さきにいったやつらと鉢合わせるのは願
い下げにしたい。時間をおいてからいくぞ。それでいいな」
「かまいません。わたくしもすこし休みたいと思っていたところです」
いってアミーナは、きざはしの一端にそっと腰をおろした。
ハッサンは腕をくんでかたわらの壁によりかかる。と――
「なにをしているのです」
むっつりとした声音で、アミーナがいった。
は? と視線をむけると、にらみつけるようにしてハッサンを見あげている。
「は? ではありません。なぜそんなに離れているのですか。おまえはわたくしを
護衛するためにここにいるのでしょう。だったら、もっと近くにいるのがとうぜん
です。こちらにきなさい」
いって、身をよせたかたわらのきざはしをぽんぽんとたたいてみせる。
「え……いや、でも、いいのかい」
どぎまぎしながらハッサンはうろたえたように立ちつくす。
「いいのかも何もないでしょう。おまえはわたくしの護衛なのではないのですか」
むっとした顔をしていうアミーナに、そりゃま、そうだが、とハッサンはあいま
いにうなずいた。
「でしたら、はやくなさい。おまえのすわる位置はここです」
ごていねいに、おなじ場所をさらにぽんぽんとたたいてみせる。
「は……はあ。それじゃ、おじゃまいたしますです」
ぎくしゃくとした動作で少女のかたわらにそっと腰をおろし、居心地わるげにも
ぞもぞした。
「よろしい」
満足したように姫君がいうのへ、巨漢は不気味そうに愛想笑いをかえす。
しばしの沈黙。
耐えかねたように、ハッサンが口をひらいた。
「いやあ、おれはじつは、あんたにはきらわれてるんじゃないかと思っていたよ」
「おまえなどきらいです」
打てばひびくようにアミーナ姫はつんとあごをそびやかせた。
つづく言葉をうしない、ハッサンはぽかんと少女を見かえす。
「あ……さようですか」
いって、しゅんと首をすくめてみせた。
横目でそんな大男の挙動を見ていた姫が、くすりと可憐に笑いをもらす。
「なんでえ」
ぶすっとした口調でハッサンがいう。
姫君は笑いながらこたえた。
「でも、それほどきらいではないかも」
いって、にっこりと笑いかけてくる。
無邪気な笑顔から大男はとまどいながら視線をはずし、そそそりゃけっこう、と
どもりながら口にした。
「おかしいな」
どっぷりと黒く横たわる巨大な湖の映像を前にして、ナグワルのコクピットのな
かでビショップは途方にくれたようにつぶやいた。
『こわれてるんじゃないの? 発信器』
ディスプレイの窓のむこうでシェリルがいった。
「それとも、受信器が? どうかな」胸の前で腕をくみ、首をかしげてみせる。
「いくらなんでも、発信地点を湖中にずらして送信するような器用な故障のしかた
はできないだろうな。となると、この受信器か、あるいは表示機能のどこかが不調、
という可能性が大きいんだけれど……」
『でも、あたしのほうのもおなじ位置だよ。表示してるの。湖のどまんなか。水泳
でもしてるのかしら。お姫さまとその護衛さんは』
「ボートかなにかで移動中、という可能性もあるな。でも――」
『へんよね』
「うん。なぜそんなことをする必要があるのか、だ。しかも、遺跡からこれだけ離
れた位置で。追われているのかな」
『でも、ボートで遮蔽物のない湖のまんなかにこぎだす? 追われてるひとたちが
さ』
「うん。あり得ない。ハッサンがいっしょならね。だいたい、ナグワルのセンサー
でいくら探索しても、それらしい姿は湖のなかには発見できないしね」
『となると――うーん、わっかんない、なあ』
お手あげ状態でシェリルはのびをしてみせた。
それからガルウイングを開放し、ナグワルの外にでる。
ビショップも、表示された地図に見入ったままシェリル側のウイングをひらいた。
水気をたっぷりとふくんだ夜気が、ナグワルのコクピットにどっと流れこんでく
る。
それを追うようにして、シェリルの香水のにおいが侵入してきた。
ビショップは仮想映像の地図を、パネル上に移行してからヘッドアップ・ディス
プレイをむしりとり、ため息をつく。
「まいったね。いったいかれらは、どこにいるのかな」
「うーん……」
と、さすがにシェリルも口数がすくない。形のいいあごに手をあてたまま、むず
かしい顔をして表示された地図の点滅に見入るばかりだった。
まいったまいった、とつぶやきながらビショップはシェリルのわきをするりとす
りぬけて外部におり立ち、う、ん、と大きくのびをする。
「せめて通信でもできればいいんだけれど。信号だけじゃなあ」
こたえず、シェリルはじっと映像を見つめたまま。
ふう、と息をついてビショップはナグワルの機体に背中をあずけ、ひろがる深い
夜の光景に視線をおよがせた。
立ちならぶ森林を擁する山稜が黒いりんかくを夜空に際だたせ、そしてそのあい
だにはさまれるようにして、さらにくろぐろとした湖が、まるで山間にきざまれた
巨大な底なしの穴のようにひろがっている。
発信されはじめたハッサンの信号を追って巡航をつづけているうちに、遺跡を通
過してビショップたちはこの湖にまできてしまったのである。
そこで信号のポイントが湖中をさし示していることに気づき、立ち往生、という
わけだ。
地図上のみならず、視界で確認してもたしかに発信地は湖のまんなかあたりであ
る。
だが、暗中でも昼間なみの解像度をほこるナグワルの夜間センサーも、ふたりの
姿はおろか水鳥一羽、問題のポイントには発見できない。
「まいったね。ルステム将軍がステルス状態でひそかに駐留していられる限界は、
もう明日の夜明け、あとたったの一日にまでせまってるってのに。あーあ。ハッサ
ンのやつ、ひょっこりでてきてくれないものかなあ」
「バカいってんじゃないわよ」あきれたようにシェリルがいい、さらにつづけた。
「ねえねえ、ちょっとこれ見てくんない?」
「なんだい」
と肩ごしにのぞきこむビショップに、シェリルは指さしてみせる。
ハッサンの現在位置をしめす地図上の点滅は、いまだに湖のまんなかにとどまっ
たままである。
「なにもかわったようには、見えないな」
「ちがうわよ。ほらこっち、地図のもうちょっと先のほうよ。ちょっと表示条件い
じってみたら、おもしろいものでてきちゃってさ」
と指さすさきに目をこらしてみると――
「ふむ、遺跡、か」
「そう」
シェリルが得意げにうなずいてみせる。
そこにはたしかに、ルバンストラ遺跡とはべつの遺跡が存在することが表示され
ていた。
ビショップはふたたびコクピットにすべりこみ、その遺跡に関する情報を表示さ