#4181/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:47 (200)
紅の鋼騎兵(12) 赤木 錠
★内容
「おまえさんがたの宿はまだ決まっちゃいないとも。だからおれが決めてやろうっ
てのよ。公営の、無料の宿泊所にね。サービスのほうもいたれりつくせりだぜ」
「いたれりつくせり、ね」うんざりしたような口調でビショップはこたえた。「だ
いたい内容は想像がつくけど、こっちとしちゃ願い下げにしたい感じだね。それに、
きみが紹介してくれる宿とやらが公営? 革命軍がおさえてる施設に“公”の字が
つく、というのもどうも、おさまりが悪くってしかたがないように思えるんだけど」
「ほう」
と、ラマロは上目づかいにビショップをにらみあげながら不気味な笑いで口もと
をゆがませた。
気づいたとき――その手にはすでにセイフティを解除したハンドガンがしっかり
とにぎられていた。
イスフェル中尉のほうは真顔をくずさぬまま、一歩ひいた位置で注意深い監視の
視線をビショップ、シェリルともに等分におくっている。
「きき捨てならねえな。勝利者が政府なんじゃねえのかな、ちまたじゃよ。となり
ゃ、現政権に対する反逆的言質ってことになるぜ、いまのセリフ。こりゃあどうあ
っても、おれの推賞する宿にご宿泊願わなけりゃならなくなっちまったみたいだな
あ。さあ――」
来な、とラマロがあごをしゃくってみせたその瞬間――
ビショップとシェリルは、ぴくりとうごいて――硬直した。
ぴくりとうごいたのは、ラマロの挙動に一瞬のすきを見出したからだが――
その直後に硬直せざるを得なかったのは、そんなラマロの背後で一瞬のうちにイ
スフェル中尉が銃を手にし、ぴたりとふたりにむけてその銃口をポイントし終えて
いたからである。
舌をまかせるにたる動作だ。年齢からすればラマロのほうがよほど警戒すべき存
在なのだろうが、実際にはこのいかめしい顔つきをした上官のほうが数倍、剣呑で
あるらしい。
そんなことにも気づかず、きひひひ、と下卑た笑いをあたりかまわずあげてラマ
ロは手にした銃をくいとふってみせる。
「さ、手間かけさせんじゃねえ。とっとと来るんだ。そっちのねえちゃんはおれさ
まがじきじきに、とくに念入りにサービスさせてもらうぜ。たのしみにしてな」
ふたたび、きひひひ、と笑う。
シェリルはいやそうに顔をしかめてみせただけでとくにコメントは付せず、ふた
りはしかたなく従順にさきに立って歩きはじめた。
すると、さっきの食堂の前をとおりすぎてしばらくもいかないうちに、ふいに、
「おーい、お客さん」
シェフの呼び声があがった。
瞬時、ビショップとシェリルは目を見かわし――
賭にでた。
上体をふかくたおしてしずみこみ、すばやくふりかえりながら一歩をふみだす。
目標はふたつとも、大量のメンシェフをみやげにこしらえた包みをふりまわす、
太ったシェフに気をとられて背後をむきかけていた。賭は大当たりだ。
回転のいきおいのまま、立ちどまりかけた姿勢の革命軍兵士たちの軸足むけて、
鏡でうつしたようなみごとな水面蹴りをたたきこんだ。
驚愕の声があいついであがると同時に、銃声が街路をどよもす。
暴発した二本のエネルギー束がそれぞれ街路と、そして食堂の看板を灼いたとき
にはすでに、イスフェルもラマロもそろって路上にたおれこんでいくところだった。
間髪いれず、シェリルもビショップもそれぞれの敵にむけておどりかかる。
まず銃を保持した手首をとらえ、相手に抵抗するまもあたえずビショップはイス
フェルのあご先に、シェリルはこともあろうに“砂漠の鼠”の金的にむけてそれぞ
れ的確に攻撃を加えていた。
イスフェルは声もなく力をぬき、いっぽうラマロは、ぎゃ、と同性には気の毒で
ならない絶叫を短くあげて悶絶する。
それぞれ銃を強奪してすばやく立ちあがると、油断なく後退してからくるりと背
後をむいて走りだした。
のたうちまわるラマロの横で、気絶していたと見えたイスフェルが無表情にむく
りと起きあがる。
雑踏に消える逃亡者の背へいまいましげに舌うちをひとつおくり、立ちあがった。
「遺跡か」ひいひいいいながらとびはねるラマロを尻目に重々しくつぶやき、通信
機にコールをコマンドする。「逃がさんぞ」
数分後、警戒線を突破したふたりはスペクトル・ジャマーで偽装したナグワルの
待つ郊外にたどりついていた。
手早く起動し、あいついで発進する。
目標は遺跡。選択したのは最短ルート。単純きわまりない行動指針だが、どちら
もたがいに相談しあうまでもなく無言で決定していた事項である。
追跡や待ちぶせをおそれるよりは、一刻でもはやく到達するほうをえらんだのだ。
食堂での会話をきかれた以上、いかなる小細工を弄しようと最終的にふたりが遺跡
にあらわれることは容易に推察できる。
のみならず、姫をつれたハッサンが遺跡にむかったらしいという情報もまた、敵
につかまれていることになる。
危険を回避するよりは時間をおしむべき状況であることは明白だった。
それゆえの最短ルートである。
が――ルートを全速でたどりはじめてから五分としないうちに、攻撃をうけた。
背後から――全力で疾走するナグワルをぴたりと追尾してくる巨影が三機。
望遠センサーがとらえたデータをもとに、戦術コンピュータがインプットされて
いたバストラル革命軍戦力のなかから該当する機体をセレクトする。
エアガレーと通称される、三座の重浮遊戦車である。射程は短いが威力は絶大の
ハンマーボルト・キャノンのほかに、二門のパルス・レーザーと光子弾、それに迎
撃用小型ミサイルを装備した陸の怪物だ。そしてなによりも驚異的なのは――乗員
がひとりだけのときにはナグワルに匹敵する走行スピードを実現できる、巨体に似
合わぬ強力なスプリントぶりであった。
おそらくはイスフェル中尉の指示によるのだろうが、射撃手と運転手との正確な
コンビネーションブローよりも、軽装のナグワルを追跡・撃破することを優先して
の単独座乗なのだろう。
闇にとけこんだ巨影は、威嚇の光子弾を吐きだしながら、ゆっくりとだが着実に、
先行するナグワルとの距離をつめてきている。
『どうする? このまま逃げても、ジリ貧だよ』
仮想視界の窓のむこうで問いかけるシェリルに、ビショップも困惑をかくさずこ
たえた。
「かといって、むかえうつってのもどうかな。機動性を重視していてもあくまで重
戦車だ。ナグワルの武装で重装甲をやぶれるものとなると――」
『一発じゃ、どれもムリね。近距離一点集中……』
「だめだろうね。ハンマーボルト・キャノンがある。一撃でぼくたちは、鉄屑のな
かの焼き肉だ」
『ひーん。八方ふさがりじゃない。しかたがない。いちかばちかよ』
いいざま、シェリルのナグワルはぐるりと回頭した。
とめるまもなく、追撃する敵エアガレーむけて真正面から疾走を開始する。
「おいおい、悪いくせだよなあ」
ぼやきつつ、ビショップもノーズを回転させた。シェリルがなにをかんがえてい
るのかはわからないが、ビショップにも率の低い打開策がないことはなかったのだ。
機体を百八十度転換させると、シェリルを追って疾走はさせずにルートかたわら
にひろがる森林内部に進入する。
障害だらけなのでとうぜんスピードはだせないが、もてるかぎりの技量をつくし
て、シェリルとエアガレーとの予想邂逅地点めがけて前進を開始した。
深い闇が、ビショップの行く手をはばむ。
12
「生体兵器、か」
マーキングをたよりに後退をつづけつつ、ハッサンは背中ごしにそうつぶやいた。
「ええ、そうよ。といっても、単なる仮説、というよりは風説に近いものですけれ
ど」
いいながらアミーナは、広い背中からはなれぬよう、ハッサンの着ている衣服の
端をしっかりとにぎりしめていた。最初は苦笑しながら「生地がのびる」と冗談ま
じりに苦情をのべたてていたハッサンも、すでにまったく気にしていない。
不安にみちた視線をきょときょとと周囲に走らせつつ、および腰でハッサンにつ
いていきながらアミーナ姫はなおもつづける。
「遺された壁画などには、怪物めいた獣を使役するラルシザーク人の姿を描いたも
のがいくつも発見されているの。たんなる家畜だとする意見が大多数なんだけれど、
どう見ても生物としか思えないものの内部に人がはいってて、それが宇宙をわたっ
ているとしか解釈できないような絵ものこされていて、一部にはラルシザーク文明
というのは生体機械文明なのではないかととなえる人もいるくらいなのよ」
「なるほどね。だから機械らしい機械も残されていないってわけかい」
「生体文明説の支持者が強調するのもその部分ね。火をふいている怪物や、爆弾の
ようなものを卵みたいにぽろぽろと投下している怪鳥、と解釈できるような絵もい
くつか見つかっているわ。それに神話」
「神話?」
「厳密には、神話、という意図のもとにかかれたものではなさそうなんだけれどね。
わたくしたち地球人には神話としか解釈しようのないような事跡が遺されているの
よ。もっともラルシザーク文字はぜんぶが解明されているわけではないし、こまか
い読み方や意味のとりかたでは諸説紛々としているから、これも風説の域をでない
話ではあるのですけれどね。
とにかくラルシザーク神話では、宇宙船のようなものを使って恒星間をいききし
たり、超兵器での戦争場面が描かれたりしているにもかかわらず、今までひとつと
してそれらしい遺品が発見されたことはない、という点。それにもうひとつ、やは
り神話中にも怪物じみた使役動物や異様な姿の協力者といった、不気味な生物の姿
が多数描写されてもいるのよ。だからこそラルシザーク文書が神話と分類されるゆ
えんでもあるわけだけど」
「なかなか想像力をかきたてる文明だったわけだな」
「そのとおりよ。おまえもたまにはいいことをいうのですね、ハッサン」
へ、とハッサンは苦笑する。
「だから、さっきでてきた、あの得体のしれない黒いやつも、ラルシザーク人の使
っていた生体兵器かなんかってわけか」
「そう。でも、ひとつ気にかかることがあるの。いえ、気にかかるといえばもうあ
の化物だけでも充分なのだけれど。とにかく過去何回か、おなじように調査団が地
下迷宮にふみこんだことがあったときに、行方不明のほかにもうひとつの悲劇が―
―むぐむぐ、あにふるのへふか」
しっ、と、アミーナの口もとを、その巨大な手でおおいかくしながらハッサンは
するどく制した。
姫君もぎくりとしてだまりこみ、口もとをおさえこまれたままきょときょとと視
線だけをあちこちに走らせ、
「まは、なにははみへるのへふか」
と口にする。どうやら「また、何かが見てるのですか」ときいているらしい。
「ああ」と、するどい視線をゆっくりと周囲にすべらせながらハッサンは真顔でう
なずいた。「いやーな気配が、ぷんぷんうごめいてやがる」
「ひー」
ひょうきんにうめきあげるのへ、苦笑しながらハッサンは「静かにしてろ」とた
しなめた。
そして静寂がどっぷりとのしかかる。
立ちどまり、身がまえた姿勢のハッサンの影にかくれるようにしながら、アミー
ナは巨大な背中の端からおそるおそる顔をだし――
あそこ、とひそひそ声で叫びながらビッと指さした。
二十メートルほどにそびえたつ壁の、天井近くのくらがりに――それはたしかに
いた。
発光スティックの燐光を反射して、目らしき青白い光がぎらぎらとふたりをなが
めおろしている。
「さっきのとちがうみたいですわ」
ふるえ声でアミーナがささやくのへ、
「ほかにもいるようだぜ」
これもおさえた声音でハッサンがこたえた。
見ると、たしかに進行方向にあたる歩廊のさきに、おなじ種類の燐光がいく対も
うごめいている。
ハッサンは攻撃的にうめきながら、手にした銃のセイフティを解除した。
銃口にゆらめく暖色の燐光がわきあがる。
かまえようとして――
「ハッサン」
その手に、華奢な白い手がかさねられた。
どきりとして、いささかあわて気味にハッサンは姫君をかえりみる。
「撃つのはやめなさい」
「なんだって?」どぎまぎしながら、ハッサンはおもわずききかえしていた。「ど
ういう意味だ?」
「そのままです」闇にひそむいくつもの目におびえたような視線をなげかけながら
も、アミーナ姫はきっぱりとした口調でそういった。「気になることがあるのです。
あれを攻撃するのは、よほどのことがないかぎりひかえたほうがよいような気がす
るの。だから、撃つのはやめなさい」
あいかわらず高慢な命令口調だが、見あげる瞳は真剣だった。
わけがわからないながらもハッサンはうなずき、あらためてセイフティをロック
しなおす。
「しかしこのままにらめっこしててもどうしようもないぜ。それとも、戻るのをや
めて先にすすむか?」
「待って」
するどくいって、アミーナはかさねた手にぎゅっと力をいれた。
まいったな、と心中にやつきながらハッサンはつぶやく。
「何がですか。ふざけてる場合じゃないわ」
たしなめられて、せきばらいをしながらハッサンも姫の視線を追い――
闇の内部でうごめいていた無数の視線が、潮がひくようにして後退していくのを
発見する。
「どうしたんだ? まさか、姫の威光におそれをなしたわけじゃあるまいな」
「ばか」いってアミーナ姫はハッサンの手の甲をぎゅうとつねった。「もちろんち
がいますとも。消えていく直前、なんだかみんなきょろきょろしていたみたいです