#4177/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:31 (200)
紅の鋼騎兵(8) 赤木 錠
★内容
圧倒的に不利な状況だが――相棒のうごき次第では、充分に対処は可能だ。アフ
マド大佐の推挙するシェリル・アレンバッハの腕の冴えに期待すべき場面だろう。
地上高をあらわす数字がおそろしいいきおいで減少していく。ビショップはぞく
ぞくする気分を背筋に感じながらナグワルのエンジンをアイドルさせ、ステアリン
グをにぎった。
耳もとに、警告音。
“敵機、レーザー発射”の文字がディスプレイにうかび、同時に蒼白の光条が降下
機の頭上すれすれを通過する。
「ながい射程だね」
つぶやき、すばやく計算をめぐらせた。あと十秒としないうちに、完全に敵の射
程に入りそうだ。対して高度は――
検討するよりさきに、コール音が鳴りひびく。
回線がひらくと同時に、
『イエイ、おさきにいくぜィ』
「おい――」
制止するいとまもなく――
降下機左側面の収納扉がひらき、小気味いいほどためらいなく、シェリルのナグ
ワルがブースターをふかしながら飛びだしていった。
「まいったね」
ため息とともにビショップも“分離”をコンピュータに指示する。つきあう義理
はないが、生存確率と危険度をはかりにかけての、自分なりの判断だ。
はるか眼下にひろがる砂漠の、砂色の色彩を、ひらいた収納扉のむこうに認識し
たと思った瞬間――ビショップは強烈なGにシートふかく身をうずめさせられた。
浮遊感覚。
一秒が永遠に匹敵する量感をもってのしかかる。
ディスプレイのなかで、みるみる上昇していく砂色の地平。
「ブースター・オン。バール・システム、全開」
コマンドとともに爆発音と、そして筒を吹きならすようなかんだかいおたけびと
が同時に、コクピット内部に充満した。
やわらかいものの上にどろりと落下したような不快な衝撃につづいて、先にも倍
するGの洗礼がおそいかかる。
ほぼ同時に、機体の左右でつづけざまに砂の爆柱が噴きあがった。
三つ、四つ、五つ、爆走するナグワルに追いすがるようにしてつぎつぎに噴きあ
がる。この速度で背筋がさむくなるほど正確な敵の射撃だ。
ほとんど反射的に機体を左右にふろうとステアリングをにぎりかけ――くちびる
をかみしめながら思いとどまる。
このスピードでジグザグ走行などまず不可能だ。すこしでも左右にぶれただけで、
たちどころにスピンしながら渓谷壁に直撃してしまう。
「胃がちぢむよ」
つぶやきつつ姿勢をただした。
前方では先行するシェリルのナグワルが、紅のちいさな点となって見えていた。
そうとう距離がはなされている。もっとも、戦闘機の攻撃はそちらでも的確におこ
なわれていた。このままでは、必中もいずれ時間の問題だ。
くちびるをかみしめ――つぎの瞬間ビショップは、ぎょっと目をむいていた。
渓谷の終端、軌道上からの観測では複雑な起伏を描いているものと推測された砂
漠地帯にさしかかるあたりで――シェリルのナグワルがたしかにスピンしている。
おそらくはあと数秒、がまんさえしていれば機体コントロールを容易にとれるだ
けの速度に落ちていたはずだ。
それができなかったらしい。
ビショップは無言で眉をよせる。
が――
よせた愁眉は、さらにひらかれた。
驚愕に。
8
強烈な横回転を加えられていましも側壁に激突しそうに思われた深紅の機体が―
―ぴたりと制止するのを、信じられぬ思いとともにビショップはたしかに見たので
あった。
――驚異的な機体コントロール。理論や訓練ではまず身につけるのは不可能だろ
う。おそろしいまでのナグワルとの一体感と、そしてもって生まれた野獣の勘がな
ければ、死と直結する自殺的な芸当である。
コクピットで得意げな笑いをうかべるシェリルの顔が、目にうかぶようだった。
「すごい」
無意識のうちに賛嘆の微笑がビショップの頬にうかぶ。
そして――
急接近する画像のなかで、紅の表皮が左右でふたつ、口をひらいた。
ナイフの背の峰に、そうようにしてひらいた縦長の開口部から、ぎらりとにび色
の不吉なかがやきをはなつ砲身がつきだし――
上空むけて、光の球を吐きだした。
空をひきさく轟音とともにふたつのプラズマ球が急上昇し――
後方視界モニターで確認する。高速で接近・通過しつつある二機の戦闘機にむけ
て、吸いこまれるようにプラズマ弾が撃ちこまれていくのを。
あいついで爆煙が蒼穹に花ひらき、一機は四散、もう一機もまた片翼をうしなっ
て煙の尾をひきながら墜落していく。
「すごい」
もう一度ぼうぜんとつぶやいたときには、ビショップのナグワルはシェリルのそ
れを追いこしていた。
同時に、残った一機の迎撃機も、また。
「……ぼくのほうも、すこしはお手伝いしておかないと、またあとでなにかいわれ
そうだな」
旋回していく戦闘機の機影を追いつつビショップも、起動した戦術コンピュータ
にコマンドをうちこんだ。
同時にナグワルの頭頂部が開口し、シェリルの使用したプラズマ・キャノンより
はやや長い砲身がせりあがった。
高速移動しながら反転しつつある戦闘機を正確に追尾し、勘でずらしてたてつづ
けに三度、トリガーをしぼる。
パルス・レーザーが砂漠の上空を三条にひきさいた。
たくみな回避行動で戦闘機は砲撃をまぬかれる。そこへ――
ナグワルの機体側面、四つの開口部がひらき高速で無数の小型ミサイルが噴出す
る。
さらにたてつづけに、ビショップの機体下部に開いた二門の射出口から――炎の
尾をひいて二機のミサイルが飛翔した。
深紅の炎をひきつつ急上昇するくろい弾影は、ルシファーズ・ホークと呼ばれる
目標追尾式高速ミサイルである。
最初に発射された小型の高速ミサイルが、回避のためにさらに旋回していく戦闘
機に急接近する。
迎撃ミサイルが戦闘機の機体下部から射出。多弾頭にわかれて、小型ミサイルめ
がけて殺到した。
呼応するように、無数の小型ミサイルもまたさらにその弾頭を無数に分裂させて
展開した。
爆炎が無数にひらく。
その雑踏をぬうようにして、ルシファーズ・ホークが上下左右にめまぐるしい空
中舞踏を披露しながら移動する。接近する無傷の迎撃ミサイルも爆発も器用にさけ
ていくのは、超高速・高性能のセンサーで障害物を瞬時にして認識しているからだ。
再度、戦闘機から迎撃ミサイルが発射されたが、分裂する弾頭をも間一髪でめま
ぐるしく回避し――敵機エンジンノズルの側面部分にむけておそいかかった。
閃光が開花する。
エンジン部を貫通された戦闘機はぐらりとよろめき、炎を噴出させながら墜落し
ていった。
うねる地平線の一端で長大な爆柱があがったとき、二機のナグワルはその深紅の
機体をならべて静止するところだった。
ガルウイングをひらくと、つんとイオン臭が鼻をついた。
砂漠の熱気がどっとおしよせるのをかきわけるようにして、ビショップは砂上に
おり立つ。
「なかなかいい目、してるじゃん」
満面に笑みをうかべつつ、ナグワルに背をもたせかけたシェリルがからかうよう
な口調でいった。
「きみほどの腕と度胸じゃないさ」
肩をすくめながらビショップがいうと、あったりまえじゃん、と得意げな断定が
くだされた。
かえすものは苦笑しかなかった。
川沿いの森林地帯にふみこんでから、半日近くの時間がすぎた。バストラルIVの
一日は銀河標準時より数時間ながい。単純にかんがえても十時間以上の時間が経過
しているはずだが、アミーナ姫は正確な時間を確認する気にはなれずにただ、くず
れるようにして無言で手近の岩に腰をおろしただけだった。
「おいおい、またかよ姫」
苦笑を含みながらハッサンがいうのにも、すでに反論を口にする元気さえ残って
はいない。
泣きが入らないだけ、ましだったかもしれない。
無骨な手からさしだされた水筒を力なくうけとって口にふくむ。
ぐい、とあけた。
流れこむ水流がのどに心地よかった。
もうこのへんで野営にしよう、と口まで出かかったが、姫君は意地で言葉をのみ
こんだ。たとえその身が朽ちはてようとも、この大男に対してだけは弱みを見せた
くはなかったのだ。
それでも肉体的にはほぼ限界であることも自覚していた。
そのあたりの呼吸は、ハッサンにしてものみこんでいたらしい。
「きょうはこのあたりでストップかな」
のんびりとしたしぐさで周囲を見まわしながらそういい、アミーナにむけて野太
い笑みをうかべてみせる。
フン、とおもわず姫君はそっぽをむいて鼻をならし、にくまれ口をきく。
「わたくしはまだまだいけますけれど。まあおまえが疲れてしまって一歩もあるけ
ないということであれば、もちろんここで野営の準備にとりかかってもかまいませ
ん」
じゃあもうすこしいこうか、と意地の悪い返答がかえることを予想して身がまえ
たが、予想に反してハッサンはハハハと笑い、
「まあむりすんな」
といっただけだった。
むりなんてしてないわ、という威勢のいいセリフはもごもごと口のなかでつぶや
かれただけだった。ハッサンは気にもとめずに大きなのびをひとつしてから、よっ
とかけ声をかけて立ちあがる。
「水をさがしてくる。姫は地図をだしておいてくれ。道をさけて移動してきたから
な。ここがどのあたりなのか、おおまかにでも見当をつけておかなけりゃ」
「自分のいまいる場所もはっきりわからないで、このさきだいじょうぶなの?」
おもわず口にした懸念をハッサンは声をたてて笑いとばし――そしておそろしい
ことを口にした。
「なに、こういう生物相なら、いざとなったら自給自足でやっていけるさ。それに
おれは男であんたは女だ。十年もたちゃ、村落ができてるだろうぜ」
「だれがおまえなどと」
憤然とした抗議は遠ざかる笑い声にかき消された。
「なんて野蛮さ」
つぶやき、ため息をついた。頬があからんでいることをふいに自覚し、そんなこ
とがあるわけがないわ、とみずからにいいきかせるように首をはげしく左右にふる
い――気分をそらせるため、あてもなく四囲に視線をさまよわせる。
陽はまだそれほどかたむいてはいないはずだが、それでも光は天井一枚へだてた
はるか彼方におもえるほどの、深い森であった。
遠く近く、無数の鳥たちのさえずる声がひびき、葉ずれやはばたきの音もひっき
りない。
あとにしてきたルバンス市街のむすような暑さからは想像もつかぬほどのひんや
りとした空気が、むきだしになった部分の肌を清澄につきさしてくる。
発掘予定のルバンストラ遺跡も、この広大な森のどこかにあるはずだった。もっ
とも、発掘隊として行動していたときは道ぞいに浮遊車での移動だったので、いま
いる位置からどの方向にどれくらいいけばたどりつくかはアミーナにはさっぱりわ
からなくなっている。地図上ではおおざっぱになら位置の特定はできるものの、自
分がいまいる位置そのものがわからないのだからどうしようもない。
ハッサンも似たような状況であることを口にしていたが、だいたいこのあたりが
遺跡の近くと見てまちがいない、と太鼓判をおしてもいた。いまひとつ信用がおけ
ないが、ほんとうに森からでられなくなってハッサンと幸せな家庭とやらをきずか
ねばならないはめになることをかんがえれば、いかに能天気なセリフだろうと遺跡
が近いと信じているほうがまだましだ。
ながいため息をついてからアミーナはもう一度水筒を口にふくみ、前方にポンと
足をなげだした。
樹間にのぞく細切れの空をながめあげる。
雲が流れていくのが見えた。
しばしぼんやりとながめやり――ふいに、かたわらにひとがたたずむ気配に気づ
く。
ぎくりとして身がまえ、ハッサンの巨体であると知って「おどろかさないでよ」
と力をぬいた。
「すまんすまん」
頭をかきながらハッサンはいった。
その顔に、いつもの余裕ありげな笑みがうかんでいないことに気づいて、アミー
ナはハッと顔をあげた。
そんなアミーナにハッサンは真顔でうなずきかえし、いう。
「すぐわきに、遺跡にいくときにとおった道を見つけたぜ。どうやら気づかねえう
ちに道に近づいちまってたらしい」
「それは……よかったではありませんか。それとも……」
悪い予感がして、アミーナはそれ以上のセリフを口にするのをやめた。
うらづけるように、ハッサンがひょいと肩をすくめてみせる。