#4176/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:27 (200)
紅の鋼騎兵(7) 赤木 錠
★内容
「号令とともに、ブースターを全開にしろ。それまでは、うごくな」
ごくりとのどをならして操舵手は目をむき――ふかく、うなずきかえしてみせた。
かすかな微笑みが、老将の頬にうかんだのをビショップは見たような気がした。
慈父の微笑みであった。
が、その微笑みはすぐに、まぼろしであったかのように厳粛な真顔の下に消えう
せる。
「エネルギーポテンシャル、上昇……インパルス・キャノン、発射されました!」
索敵手が、悲鳴のような叫び声をあげて報告した。
操舵手の手が、パネル上でぴくりとうごいた。
鷹のような視線を将軍はむけたが――舵手はそれ以上、微動だにしなかった。
ルステムは満足げにうなずく。
そしてつぎの瞬間――
お、お、お、と脳内最奥部がゆがむかのような異様な感覚が、戦艦内におそいか
かった。
悲鳴が、あちこちであがる。
それでも、舵手は愚直なまでにうごかなかった。
よし、とちいさく将軍はうなずき――
「ブースター全開」
叫んだ。
「ブースター、全開!」
解放感にあふれた復唱とともに、舵手は手にしたレバーをおもいきりひいた。
頭の深奥にいすわりゆらめいていた、異様な歪曲感覚をふきとばすようにして―
―猛烈な加速がおそいかかった。
ぐえ、とうめこうとしてシェリルははたせず、ひきつぶされたかえるのようにぺ
っちゃんこのまま苦鳴をのみこんだ。
ビショップもまた血色に染まる視界を懸命にこらしていたが、ふっと意識が遠の
いていくのを自覚した。
数秒のあいだだったのだろう。
ふいにふたたび、整然とした、それでいて歯切れのいい命令と復唱がとびかって
いるのに気づいて、うすく目をひらく。
に、と、眼前であいかわらず横をむいたままのシェリルが笑ってみせた。
「いま、気絶してただろう」
からかうような口調で、問いかけてくる。
ビショップも、にっと笑いかえして上体をおこそうとした。
力がぬけたように、うごかなかった。
よく見ると、Gは軽くなっているのにもかかわらずシェリルもまたぴくりともう
ごけずにいるようだ。
苦笑をかわしあい、威勢よく声音のとびかう艦橋のようすに視線をはしらせてか
らふたりはさらに笑いあった。
「人間じゃないわね、戦艦乗りって」
「べつの場面では」目をとじて呼吸をととのえながら、ビショップもつぶやくよう
にしていった。「ぼくたちのほうこそ、そう呼ばれてるよ」
フンと鼻をならしてシェリルは自信ありげな笑みをうかべる。
「どうなったのかな?」
シェリルの問いかけを、ビショップは目をとじたままきき流した。
「ぼくの知ったことじゃない。切りぬけたんだろ」
「そうみたい」
すぐにシェリルのこたえがかえってきた。
「リアヴュウを見てごらんよ。残ってたの、二隻とも爆散してるよ」
めんどうくさげにビショップは片目をひらき、おざなりに視線を外界表示パネル
に走らせた。たしかに燐光を発する爆発煙が、後方視界スクリーンのなかで遠ざか
っていくところだった。
「生きのびられてうれしいよ」
よわよわしい独白にかぶせるようにして、老将軍のしわがれ声が快活に告げた。
「おまえたちの闘いはこれからではないか。バストラルIVに到着まで、あと一時間
とないぞ。準備をしておけ。へたっているひまなどない」
内容はまぎれもない叱責だが、口調は意外におだやかだった。
ビショップとシェリルはみたび苦笑をかわしあい、ひきはがすようにして身体を
シートからおこすと、よろよろとした足どりでカーゴスペースをめざした。
7
明暗境界線のはなつ微光が、ほかのいっさいの情報を遮断したヘッドアップ・デ
ィスプレイ内部の全天視界モニターのなかで、みるみる接近してきた。
カーゴスペースと直結するように設置された臨時射出機の前で、保護壁が音もな
くひらきはじめる。
“ナグワル”のコクピット内、モニター画面でそれを確認しながらビショップは、
惑星バストラルIVがその青々とした果実のような表面をゆっくりと開帳していく光
景にうっとりと見入っていた。
ひとの居住する惑星の青い光沢を、ビショップはこの上なく愛していた。それゆ
え、惑星降下ミッションはビショップのもっとも好きな瞬間のひとつでもあった。
リン、と“ナグワル”の通信機が呼びだし音をあげる。
それを無視してさらにしばし、ビショップはゆっくりとひろがっていく惑星の昼
の部分に陶然とした視線をなげかけていたが、やがてしかたがないとでもいいたげ
なため息をひとつついて、
「アハザ」
と口にした。コールに返答する旨をコンピュータに告げるときの常套句である。
すぐに仮想視界の一角に窓がひらき、
『ちょっと。どうしてコールを受けたってのにすぐにでないのよ。この非常時に。
あんたってもしかして、あたしのことバカにしてない?』
饒舌な苦情がまくしたてられる。
「急用かい?」
苦笑をおしころしつつこたえるビショップに、シェリルのあきれたような声音が、
急用も急用、大急用よ、とおおげさにくりかえした。
『地上のほうでは迎撃体勢がととのっているんじゃないかってのがあたしの推測。
降下地点、予定どおりじゃまずいんじゃない?』
「最終的に時速千キロ。追跡型ミサイルさえクリアすれば、侵入はさほどむずかし
くはないよ。まあ、降下したあと、どうやって相手の目をくらまして身をかくすか
が問題だけどね。まあ、なんとかなるんじゃないかな」
『ん、もう。あんたどうしてそんなにのんきでいられるの? 千キロで降下したっ
て、戦闘機に追跡されたらまるで安心できないじゃない。降下地点、べつにしたほ
うがいいと思うわ。断固としてね』
反論を口にしようとしてビショップは、コクピット内でちいさく肩をすくめる。
「OK、シェリル大将軍。それじゃすこしだけ降下をおそくしよう。ルステム中将
に要請するから、いったん通信をきるよ」
いって、返事を待たずに回線をカットし、戦艦回路につなぎなおす。
多少降下のタイミングをかえても実質的にはさほどの効果はない。よほど長大な
滑走路が装備されている場所でもないかぎり、降下のスピードを減殺できるスケー
ルをもった場所は最終目標地点のルバンス市内からは相当はなれた、シスタレス砂
漠の大渓谷地帯にかぎられる。
こまかい降下ポイントは上空からのセンシングの結果、ついさっき決定したばか
りだ。それをすこしばかりずらしたところで、大勢にまったく影響はかんがえられ
ない。
どちらにせよ見つかるときは見つかるし、これはまちがいのないことだがスピー
ド減殺の影響でエネルギーの半分以上を消費してしまう以上、ルバンスへと直行す
るわけにもいかないのもまた同様。
要は、中間目標地点であるシスタレス補給基地にたどりつければいい。ならばす
こしばかり制動距離に不安はのこるものの、より近接した地点に目標をおいたほう
が、時間的にも物量的にも有利であることはたしかだった。
手配を終えて、ビショップはふたたび地表に視線をむける。
いくつかの島嶼とならんだ、中規模の大陸がゆっくりと通過していくところだっ
た。
戦艦もいまでは沈黙している。どうやら軌道迎撃システムの攻撃も完全に沈黙し
たらしい。
あとは降下するだけ。
思いと同時に、心地よい身ぶるいが下腹部からわきあがってきた。
「最初から全開だよ、ナグワル」
うす闇にとざされたコクピットにむけて、いとおしむような口調でビショップは
呼びかけた。
こたえはむろん、ない。
それでもビショップは、きこえぬ声に耳かたむけようとでもいうように静かに目
をとじる。
やがて、がくんと、ちいさな衝撃がつたわってきた。
つづいて、もう一度。
そしてルステム中将からの通信がはいった。
『降下五分前だ。準備はいいか?』
「いつでもどうぞ」
『とっくにだいじょうぶ』
発した声にかぶさるように、はつらつとしたシェリルの返答がとびこんでくる。
ビショップはかすかに笑みをうかべた。自分の出番がせまってくると昂揚するタイ
プらしい。いかにも、という感じだった。おそらくは緊張感をさえ、楽しんでいる
のだろう。
「たよりにしてるよ、シェリル」
『まっかせといて!』
威勢のいい解答とともに、仮想視界の窓のむこうでシェリルは親指をつきだして
みせる。
笑いながらビショップは無言で目をとじ、ヴォリュームを抑制したカウントダウ
ンが開始されたのを静かに耳にしていた。
それにかぶさるようにして、ルステム中将の厳粛な声音が回線をとおして告げる。
『ところで、超空間回線をつうじてあたらしい情報が入ってきた。どうやらアフマ
ド大佐が、バストラルに赴任していた情報部員から得たものらしい。時間がないの
で、くわしいことはナグワルのコンピュータに転送しておくが――要するにこれは
イスフェルという名の男に注意せよ、ということだな。地上戦では傑出した指揮能
力を発揮する人物らしい。革命軍が旧政府を強襲する際、バストラルでももっとも
強力と風評のあったガライン大統領の私設軍隊を、十五分ほどで完全に制圧してし
まったのもこのイスフェル中尉ひきいる浮遊重戦車部隊の功績だとかんがえられる
そうだ。おまえたちのナグワルに匹敵する能力を有したしろもののようだな、これ
は』
『上等』と、シェリルが楽しげにこたえる。『それくらいの相手がいなけりゃ、潜
入する甲斐がないってものさ』
『敵を見くびるなよ。タイムリミットは、ルバンスで二日めの夜が明けるまで、だ。
幸運を祈る。ともに、帰還できんことを』
カウントダウンが十を切る寸前、ルステム将軍の厳粛な声音がそう告げた。
ビショップもシェリルも微笑をうかべただけでこたえはかえさず――やがて、カ
ウントダウンがゼロを告げると同時に、二機のナグワルを収容した滑空型大気圏降
下機が発進した。
衝撃と前進感覚はすぐに消えうせ、しばしのあいだ無音の浮遊感覚がただよった。
ヘッドアップ・ディスプレイの内部でふたたび暗部から明部へと移行しつつある
明暗境界線がすべるように移動していく。
ふいに、その視界にプラズマのひらめきがよぎり、燃える炎の赤い風が吹きはじ
めた。
見るまにそれは視界をおおいつくし、唐突にノイズにとぎれる。
轟音が、はるか彼方からひびくまぼろしのようにとどろきはじめた。
奇妙に遠い感覚は、すぐになくなった。
耳をおさえたくなる騒音がコクピット内に充満し、いつはてるともなくつづく。
それが、これもふいに遠ざかり――だしぬけに視界が回復した。
ぬけるような青が、まず目にとびこんできた。ディスプレイに表示される各種機
器の、異常の有無の報告はしばし目にはいらなかった。
雲海の下方に、矢のようにとびすぎる地表がほの見える。
同時に――警告音。
警戒スクリーンがひらいて映像を表示した。かぶさるようにデータが流れる。
蒼穹に黒点がうがたれていた。
すぐにそれは、接近する航空機の映像に変化する。
すばやい対応だった。各種データを検討しても、降下ぎりぎりのタイミングで攻
撃を受けるであろうとの悲観的な結果がみちびきだされただけだった。
「なかなか休ませてくれないね」
苦笑とともにつぶやく。ほぼ同時に、リンとコール音がひびいた。
「アハザ」
『ハイ、ビショップ。さっそくお祭りよ』
「歓迎ありがとう、と打診したいところだね」
『戦術コンピュータの分析、みた?』
「ああ。着地と同時か、その前後に確実に攻撃を受けそうだね。どうすればいいの
か、いまから頭が痛いよ」
『なーにいってんのよ』にっと盛大に笑みをうかべてシェリルは快活にいう。『降
下機が着地滑走するの、待つ必要なんかぜんぜんないじゃない。てきとうなところ
でナグワルとのドッキング解除して、そのままぶっとんじゃえばいいのよ。OK?』
それは自殺行為だ、と口まででかかった言葉をビショップはのみこんだ。
しばし呆然とした視線をディスプレイ内のシェリルの映像におくり――やがてそ
の口もとに笑みをうかべてうなずく。
「いいアイディアだ。きみのこと、好きになりそうだよ」
『へへん、あたしに惚れたら、あとがこわいぜ』
とびきりの笑みとともに、映像がとぎれた。退散ぶりまで歯切れがいい。
解放感が腹の底からあふれて、ビショップは声をたてて笑った。
笑いながらディスプレイの各種データと、いよいよ接近しつつある戦闘機の映像
に視線を走らせ、どういったタイミングでとびだせばもっとも効果的かをシミュレ
ートする。
そのあいだにも、戦闘機の数は合計三機にふえていた。
追尾してくるのは形状からして超音速機。ナグワルの最大速度では、ふりきるこ
とは不可能だ。となれば、無事に着地・走行に移行できたつぎには、すぐに地対空
戦に切りかわることになる。