#4173/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:15 (200)
紅の鋼騎兵(4) 赤木 錠
★内容
えした。「あたしもそうじゃないかと思ったんだあ。でもとまんなくってさあ。こ
ういう性格してるから天性の操縦センスもってるってのに、成層圏戦闘機隊もおい
だされちゃってさあ。苦労が耐えないよ。あ、そういうわけであたし、シェリル・
アレンバッハっての。よろしくね。えーと、ジブリール・ビショップ、だったっけ。
ねー、あたしってものおぼえいいでしょう? 一発であんたの名前もおぼえちゃっ
たもんね。ね? ね?」
一気にまくしたてて、あっはっはっはっと軽快に笑いはじめた。
怒りをとおりこしてアフマド大佐は、げんなりとした顔をしながらこめかみをも
みほぐしはじめる。
そして蚊の鳴くような声音でいった。
「いいから、はやくこい。ブリーフィングをはじめる」
きこえたのかきこえていないのか、ビショップの手をとってぶんぶんとおおげさ
に上下にふりまくるシェリル・アレンバッハの姿を見やり、アフマド大佐は、さら
にがっくりと肩を落としながらふかぶかとため息をついた。
偏屈で通っているはずのクロムウェルが、気の毒そうにそんなアフマドをながめ
やる。
4
「これが判明しているかぎりの、バストラルの防衛ラインだ」
むっつりとした顔つきで、投げやりにアフマド大佐は口にした。
うす闇につつまれた作戦司令室の中心に、複雑な同心球をあちこちにうかびあが
らせた空間地図が表示される。
しばしビショップは燐光をはなつバストラル星系三次元立体像をながめやってい
たが、やがて無表情にいった。
「標準的な防衛ラインだな。つけ入るすきがまったくないというわけじゃないが、
星系首星まで発見されずに侵入するのは至難のわざだ」
「革命直後だ」とアフマドは事務的な口調でいった。「新政権が全体を掌握してい
るというわけではない。赤系統で染められた部分があるだろう」
ビショップは立体像の全体にすばやく視線をはしらせながら、無言でうなずいて
みせた。
「その部分は革命政府に抵抗している勢力だ。外敵の侵入に対してどう反応するか
は未知数だが、すきはあるだろう。そして、おまえさんらをバストラルまで運ぶ、
偽装高速戦艦の指揮官はルステム中将だ」
ひゅー、とビショップは口笛をならす。
「それは光栄だけど、すこしおそろしくもありますね。艦隊運用にかんしてはなら
ぶ者なきルステム中将に護送してもらうなんて」
「ねえねえ、ルステム中将って、そんなにえらいひとなの?」
好奇心をありありとうかべて、シェリル・アレンバッハがビショップの聖職衣の
そでをつんつんとひく。
「ああ、宇宙軍じゃ指おりの猛将だよ。あの有名なイサティス戦役の際にデビュー
以来、敵艦撃沈数じゃ群をぬいてトップの大将軍だ。いまじゃかなりの高齢らしい
のにもかかわらず、特例として現役の場にたって、なおも戦功をあげつづけている
とんでもないひとさ」
「ふーん」
とシェリルは目をまるくしてうなずいてみせる。
そこへ無表情にアフマド大佐が言葉をかさねてきた。
「それより問題は惑星に降下してからだぞ、ビショップ。姫の生死もハッサンの生
死も不明だ。もちろんその居場所もな。しかもタイムリミットがある」
「タイムリミット?」とききかえしてきたのは、シェリルであった。「なにそれ?」
たしかに、上官に対する口のききかたではない。よくこれで強制退役をくらわず
にすんできたものだな、とひそかな感想を抱きながらビショップは感心したように、
シェリルの華やかな美貌をながめやる。
「ルステム中将の作戦報告書でな。おまえさんらを惑星表面におろしてから、隠密
にバストラル圏内にとどまっていられるだけの限界時間が銀河系標準時で二日とす
こししかないということなんだよ」ぶすっとした顔つきでアフマドが説明する。
「くわしいことはデータにして“ナグワル”に組みこんである。シミュレーション
ばかりに夢中になっていないで、あとでちゃんと読んでおいてくれよ」
「またまたあ。大佐ったら、そんな皮肉っぽいこといっちゃってえ。そんなことい
わないでも、だいじょうぶ、ちゃんといわれたとおりにしますって」
軽い口調でシェリルがうけおった。ほうっておけば、ばんばんと大佐の背中をた
たきだしそうな雰囲気である。
おもしろそうにそんなシェリルを見やるビショップにちらりと視線をやり、大佐
はおおげさにため息をついてみせながらさらにつづけた。
「まだあるぞ。おまえさんらを“ナグワル”といっしょにバストラルIVの地表まで
運ぶ降下機だが、大気圏上昇性能はない。つまり片道だ」
「となると」と、ビショップがいった。「姫君とハッサンの生死を確認して帰還す
るにあたっては、宇宙で待機するルステム中将の高速戦艦まで自分でたどりつく手
段をさがさなければならない、ということですね」
「そのとおりだ」ざまあみろ、とでもいいだしかねない快心の笑みをうかべながら、
アフマドは何度も何度も、うんうんとおおきくうなずいてみせた。「もちろんバス
トラルIVには、軌道エレヴェータなんて便利なしろものは存在しないからな。まあ
大気圏離脱手段としては、シャトルでも強奪するしかあるまいなあ。革命軍のおさ
える軍事基地にでも、襲撃をかけてみてはどうかね?」
「それ、いい手かも」パン、と手をうってシェリルがうなずく。「それにしても大
佐、まるであたしたちが任務に失敗すればいい、とでもいいたげな顔ですねえ」
いって、テーブルのむこうがわに腰をおろす大佐の顔をのぞきこむようにしてま
じまじと見やった。
あいや、と大佐はこほんとのどをならす。
「むろん、アミーナ姫をぶじ救出した上で、ハッサンをもふくめたきみたち三人が
ぶじに帰ってきてくれることが最良の結果であることは、うたがいない事実だとも。
うん」
しどろもどろにいいつのり、むりやりはりつけたような真顔になって、ビショッ
プにむかって問いかけた。
「どうだ。できそうか?」
さて、とビショップはうすく笑いながら肩をすくめてみせた。
「まあ、やってみますよ」
「まあまかせといてくださいよ」かぶせるように、軽い口調でシェリルがいった。
「最強のこのシェリル・アレンバッハさまがいくんですよ。うまくいかないなんて
ことが、あるわけがないじゃないですか」
どん、と、ゆたかに盛りあがった胸をたたいてみせた。
「よろしくたのむよ」
げっそりとした顔つきで、つぶやくようにアフマド大佐は口にした。
「特殊工作部六課?」
アミーナ姫の問いかけに、ハッサンはだされた酒杯をごくごくとのどをならして
一気にのみほしてからうなずいてみせた。
「ああ。連合宇宙軍のなかでもとりわけ特殊な地位にある部署でな。まあいってみ
れば、はみだし者のふきだまりのような場所さ」
「おまえにはお似合いの部署ですね」
フン、とにくにくしげに鼻をならしながら姫も杯をなにげなく口にし――とたん
にむせた。
せきこみながら、きょとんとした顔で見かえすハッサンのでかい面をにらみつけ
る。
「どうした?」
「火酒(マディヤ)ではありませんか、これは」
「ああ。イアドラ・ルナフではそう呼んでいたかな」
「冗談じゃない。これは食前にのむようなお酒ではありません。それをおまえは、
水でものむようにごくごくと」
「いけなかったか?」
「もちろんです」
二杯めをついでいとも平然とのみほしていくハッサンの姿に心底いやそうな視線
をむけながら、アミーナ姫はぼうぜんとした顔つきで首を左右にふるう。
「おれはこいつが大好物でな」けろりとした顔でハッサンはいう。「べつに食前酒
とか、そういうつもりでたのんだわけじゃなかったんだ。すまんな。だがたしかめ
もせずにおなじものをたのんだ姫さんもうかつだったんだぜ」
「肝に銘じたわ。おまえが人間ではない、ということをね」
「ひどいいわれようだな」
苦笑しつつも、さらに三杯、四杯とハッサンはつぎつぎに火酒をあけていった。
あっというまに壺がからになった。とたんに、大男はおもちゃをとりあげられた
いたずら小僧のような顔つきになってアミーナを見つめる。
フ、と姫はくちびるの片端に笑みをうかべて、
「ばかをおいい。このような怪物ののみものなど、二度とたのむものですか」
ハッサンの顔が泣きそうにゆがむのを小気味よさげにながめやりつつ、カマルデ
ィーンと呼ばれるエル・エマド圏内ではもっともポピュラーなたぐいのジュースを
ウエイターに注文した。
これは味がない、となさけなげな顔で抗議するハッサンをアミーナがすまし顔で
いなしているうちに、たのんだ夕食がふたりの前にさしだされる。
「これがメンシェフか」
ころりと機嫌をなおしたハッサンが舌なめずりをした。
イアドラ・ルナフにおいて特別の日にはかならず供与されるごちそうを見つけた
と、よろこびいさんでアミーナが注文した品だ。ぶつ切りにされたやわらかそうな
肉がライスのうえにのり、さらにそこに白いソースがかけられている。見るからに
うまそうだ。
「正式な作法では、右手だけで手づかみでたべるのよ」
いいながらアミーナは、言葉どおり皿に手をのばした。器用な手つきでごはんと
肉とをきれいにとりまとめ、口もとへとはこぶ。
「なるほど、うまそうだな」
アミーナのたべている顔を見ながらハッサンもほくほくとした顔つきでいい、さ
っそく見よう見まねで手にとったメンシェフなる食べものを口のなかにほうりこん
だ。
もぐもぐとしばし咀嚼し――噴いた。
「なんだこりゃあ」
「なんてことを。きたならしい」
とび散った飯つぶから身をさけるようにしながらアミーナは顔をしかめる。
そんな姫君のようすなどまるで目にも入らぬように、ハッサンはぺぺぺとつばを
吐くまねをしながらカマルディーンの杯を手にし、目をしろくろさせながらのみほ
した。
「この肉にかかってるの、こりゃヨーグルトじゃねえか」
ようやく人心地つき、なおも眉間にしわをよせたままハッサンはメンシェフにむ
かって毒づいた。
「そうですよ」それがどうした、とでもいいたげな顔をしながらアミーナは平然と
いいはなった。「それだけではないわ。この肉もヨーグルトで煮こんであるのです。
すばらしい味だわ。ここのシェフはとても腕がいいのね」
いいつつ、なかなか優雅なしぐさでさらにつぎの一塊を口もとにはこぶ。
「なんだそりゃ」おぞましげに身をひきながらハッサンは吐きすてた。「にに、人
間の食いもんじゃねえぜ、こりゃ」
「なにかおっしゃいましたかい?」
その背後から、みごとな肥満体をゆさぶりながら近づいてきたシェフが仏頂面で
問いかけた。
あ、いや、なんでもありませんとハッサンは巨体をちいさくしてだまりこむ。意
外と弱腰だ。元来、ひとがいいのかもしれない。
そんなハッサンのようすを小気味よさげに見やりながら、アミーナは優雅な笑み
を満面にうかべてみせた。
すばらしい味ですわ、それはどうも、と通りいっぺんのやりとりをへて味の秘訣
だの故地の品とのちがいだののやりとりを横目で見やりながら、ハッサンはいかに
も情けなげな顔つきでみずからたのんだ山もりのメンシェフを機械的に口に運ぶ。
「さて。これからどうするつもりですの? ハッサン」
食事と気にいらぬ同行者への意趣がえしとひさしぶりの故郷の話を同時におえた
ことにすっかりご満悦のアミーナが、もそもそといやいやながらの食事をおえてよ
うやく一息ついたハッサンに問いかけた。
「いく先かい? そうだな。いつまでもクーデター下の街にひそんでいられるとも
思えねえ。早々にどこか、革命軍の目につかない場所に移動したほうがいいだろう
な」
「あてはあるの?」
「あるわけねえだろ。この星ならおれもはじめてだよ。遺跡にでもかくれてるか?」
冗談でいったのだが、
「あら、それは名案ですわ」
アミーナは、ポンと手をうちながらうなずいてみせた。
はあ、と目をむくハッサンは完全に無視して、それでは明日にでもさっそく出発
しましょう、必要な装備はどこそこでそろえるのがよろしいわ、でも店はひらいて
いるかしら、この食堂もようやくさがしあてたのだし、いくら革命の嵐ふきあれて
いるとはいえこの星の商人は根性がありません、などと勝手な計画だの感想だのを
つぎつぎにならべたてていく。
口をはさむ機を完全に逸して、ハッサンはなやましげに眉をよせながら、ひそや
かにため息をついた。
音がしたわけではない。
四囲は暗闇につつまれていた。戒厳令がしかれているわけではないが、政府軍の
残党を狩りだす目的で武装した革命軍が市内をうろついている。街には灯りひとつ
ともされぬまま、深い闇がどっぷりとぬりこめられ、ときおりとおりすぎる軍用車
輌の重苦しい機械音以外には耳につく音ひとつたたぬ夜であった。
そんな夜のなかで、なにか音がするのがきこえたわけでもないのにハッサンがそ
れに気づいたのは、しいていえば気配のせいであったのかもしれない。
クッションのきかない長椅子にきゅうくつそうにおしこんでいたその巨体をすば
やく、だが静かにハッサンはおこした。
ベッドのうえで、アミーナの小柄な肢体が寝返りをうつ。
声もなく苦笑をとばし、ハッサンは真顔にかわって床に身をはわせるようにして
おり立った。
扉わきに音もなく身をひそめ、息をころす。