#4174/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12:19 (200)
紅の鋼騎兵(5) 赤木 錠
★内容
そのまま数十秒もの時間が経過した。
その間、扉のむこう側ではやはり静寂のみが深くひろがるばかりだったが――
ふいに、かすかなきしみ音とともにドアノブが回転した。
回転しきった位置でノブはいったん静止し――おもむろに扉がひらく。
ハッサンはうごかない。
そのまま、しばしの間をおいて――
ドアわきから、黒い影が出現した。
手だ。――銃をにぎっている。
つづいて、人影がすばやく室内にすべりこんでくる。
それが、ドアわきにひそむ巨体に気づく寸前――ハッサンは音もなく影に組みつ
いていた。
5
銃を保持する手首をにぎりしめる。ぐぎりと、しずみこんでいく感触。
同時に、影の口部とおぼしき部分にハッサンは、あいた手のひらをおしつけた。
くぐもった悲鳴が手のひらの奥でひびきわたる。万力に手首をしめられた気分を
味わっているのだろう。
男が抵抗する間もあたえず、ハッサンはその姿勢のまま影のみぞおち目がけてひ
ざ蹴りをたたきこんだ。
丸太でおもいきり突かれたようなものだっただろう。
すぐに影の抵抗はやみ、そのからだがぐったりとくずおれた。
ささえず、ハッサンはそれを床面にほうりだした。べつに安眠を妨害されたうら
みをはらしたわけではない。後続にそなえるためだった。
案の定、重い発射音とともに銃光が室内になだれこんだ。
勘だけでよけた鼻先を熱風がかすめすぎる。
フン、とくちびるの端をゆがめてハッサンはすばやく身をしずめ、下方からドア
の開口部へとおどりこんだ。
弾丸のようなこぶしを前方にたたきこむ。でまかせだったが、手ごたえがあった。
がふ、という苦鳴とともにハッサンの肩口で再度、銃光がひらめいた。暴発だ。
かまわず、相手の腹部とおぼしき部分にひざをたたきこんだ。
棒のようなものにあたった。手か足だろう。おれたかもしれない。
がたんと床に音がする。レーザーガンをとり落としたらしい。
同時に、背筋を走りぬけるものがあった。
戦慄だ。はしらせたのは、野獣の感覚。
ためらわず、首をすくめながら身をしずめた。
タッチの差で、レーザーの光条が頭上をかけぬけた。
「うおっと」
のんきなセリフにありったけの焦慮をこめつつハッサンは、ほとんど反射的にう
ごいていた。
銃撃の一瞬の光のなかで残る敵の位置を見さだめ、弾丸のごとく前進する。
とびこんできた巨体ごと、ハンマーの一撃にもひとしい衝撃をうけてふきとびな
がら襲撃者は野獣への夜襲をかけた自分たちのおろかさをはげしく後悔していたこ
とだろう。
闇の奥であがるうめき声もすぐにしずまりかえり、ふたたび静寂が周囲を重くう
めつくした。
「三人だけか」
ため息をついてハッサンはつぶやき、すばやい足どりでふたたび室内にすべりこ
んだ。
ごろりと、アミーナが寝返りをうつところだった。
「やれやれ」後頭部をぼりぼりかきながらハッサンはふっと肩の力をぬく。「平和
なもんだぜ。姫さんはよ」
「ハッサン、この無礼者」
むにゃむにゃした口調で、こたえるように姫がつぶやいた。寝言だ。
苦笑しつつ歩みより、のぞきこむ。
存外、かわいらしい寝顔であった。
いや、存外、というわけでもない。
はじめて会ったときからハッサンは、この少女の、王族らしからず愛嬌のあるか
わいらしい美貌に魅かれるものを感じていた。保護欲をそそるその美貌から、本人
にはそのつもりなどないらしいが実に高慢で憎々しい命令口調がぽんぽんととびだ
してくることにも、ほかの連中がいうようには嫌悪感を感じることもなく、かえっ
て新鮮でかわいらしい、猫のような印象をうけたくらいだった。
その無邪気な寝顔が、この無礼者と愛らしい声音で寝言を口にするのである。
「へへ。いいなあ。この姫さんは、よ」
つぶやいてうっとりとながめやり、ふと、そんな場合じゃないと思い出してぶる
ると首を左右にふった。
すやすやと眠る肩口に手をのばしかけてしばし逡巡する。
思案のあげく、おこすのはやめにした。さわがれてはめんどうだし、説明は簡単
につけられそうだがこのじゃじゃ馬姫がすなおに納得するともおもえない。
「うーし」
低くつぶやき、ハッサンは眠る少女のからだの下にそっと、両の手をさしこんだ。
かるがると抱きあげ、すばやく窓際にすべりよる。
下方に視線をはしらせた。
五つの影を特定した。
いずれも、ものかげにひそんで建物入口方向に注意をむけているようすだ。
「ふむ」
ひそかにつぶやき、それ以上の伏兵を発見できないと確認してからハッサンはす
るりと窓わくにその巨体をあずけた。
エル・エマド全域にわたってひろく存在する伝統的なつくりの宿だった。窓わく
の下にごくせまい桟がはりめぐらされ、それがそのまま建物全体にのびている。
その桟に、音をたてぬよう巨体にみあわぬ器用さですべりおり、すばやく移動を
開始した。
五歩とすすまぬうちに、警告の叫びとともに銃声がひびきわたった。
「ち」
舌をならしてハッサンは身をしずめ――そのまま、地上二階からとびおりた。
暗闇の支配する街路にネコのようにおりたち、すぐに走りはじめる。
制止の叫声とともに銃撃が足もとを灼いた。
ふりかえりもせず、勘だけをたよりにじぐざぐに逃走した。
どこか遠くのほうでエンジン音がひびきはじめた。遠くといっても、街路ひとつ
へだてたむこう側あたりだ。襲撃者たちから連絡が入り、軍用車輌がうごきだした
のだろう。
うかつだった。
宙港をあとにしてから、できるだけ革命軍の目にはつかぬように行動したつもり
だった。宿をさがすのも食堂をさがすのも、うろつく軍の目につかぬようつとめて
道をえらび、尋問等も一度もうけずにここまできた。僥倖だった。うかつなことに、
その僥倖が今後もつづくものと、ハッサンでさえもが油断しはじめていたのである。
おのれにむけて舌うちをしながらハッサンは街路に身をひそめてアミーナを背に
負いなおし、ふたたび夜の闇へと走りだす。
が、曲がり角のところで、筒を吹き鳴らすような異様な音とともに、不気味な燐
光と鉢合わせた。
黒い巨影の下からふきだす、あわい紫色の燐光――バール効果(イフェクト)である。
物体浮遊システム、バール機関のはきだす浮遊粒子の残骸。
低騒音エンジンを装備した、浮遊装甲車であった。
これも油断だった。おちついて行動していれば、接近してくる異音に簡単に気づ
けたはずだ。背後からひびくべつの車輌のエンジン音に気をとられていたこともあ
る。ねらってのことではあるまいが、それは前方からの低騒音車輌の接近音をかき
消す効果を発揮していたのだ。
「いたぞ」
叫びとともに、銃口が火を噴いた。
浮遊装甲車に積載されたブラスター、熱線銃の一撃である。
灼熱のエネルギー束がハッサンの足もとへつぎつぎに銃撃痕をうがった。
背に負ったアミーナを傷つけぬようにしなければならないぶん、ハッサンのうご
きは制約があった。毒づきながら阿波踊りを踊らされる。
じれたか、浮遊装甲車がついと接近してきた。
「ち」
舌うちひとつ、移動する銃撃をかいくぐるようにしてハッサンはいちかばちか、
装甲車にむけて突進した。
「わ」
と、ハッチから上体をつきだした射撃手がのけぞった。
おもわずむけられた銃口の射線から、これも
「わ」
とわめきつつハッサンは身をそらす。
熱対流が燐光を発しつつゆらゆらとゆらめいた。と見た瞬間――
野太い熱線の束が顔わきをすりぬけ、背負ったアミーナの髪をちりちりと焦がし
た。
「げ」
うめきつつ、ハッサンは体勢をたてなおす。
「なんてことすんだ、このやろう」
罵声をあびせつつ、不自然な体勢から射撃手のあご先めがけてつま先をかちあげ
た。
装甲車上でそのような攻撃をうけるとは夢にも予想できずに、射撃手はまともに
蹴りをくらってあっさりと昏倒する。
「ばかやろうが」ぐったりとなった射撃手をつま先で器用にひきずりだしながら、
その背中にむかってハッサンは毒づく。「髪が焦げたのと苦情をたまわるのは、こ
のおれなんだぞ。ったく、はためいわくな」
ぶつぶつとうめきつつ、車内におどりこんだ。
せまくるしいコクピット内部で、ぎょっと目をむいた運転手がふりむきざま手に
した銃のトリガーをしぼるところだった。
――まにあわねえ!
心中叫びつつ、ハッサンは岩石のようなこぶしを射手の頬めがけてつきだした。
あたった。
銃のひきがねは、しぼられずにすんだらしい。
車内で銃撃することへの禁忌が、はたらいたためだろう。備品の破壊よりは自分
の命、という思考はとっさのことではたらかなかったらしい。
ともあれ、あごをおさえて運転手はうずくまる。さっきとはちがって、一撃でカ
タをつけられなかったのは加撃の瞬間ハッサン自身もあせりまくっていたために、
的確なポイントにこぶしをたたきこむことができなかったからだ。
とどめを加えるべくハッサンはせまい車内で身をのりだし――
どん、と激しい震動のあおりをくらって上体をのけぞらせた。
ごん、と背後で音がする。どうやら、姫君があたまをどこかに当てたらしい。
「う、すまん」
おもわずつぶやきつつ、姿勢をととのえる。
装甲車がなにか障害物にぶつかったのだろう。ひどい横Gがかかったかと思うと
ふたたびがん、と衝撃が車内をおとずれ、今度はハッサン自身が天井に側頭部をぶ
つけていた。
「ちくしょう」
うめきつつ顔をあげると、やはり痛そうに顔をしかめた運転手と目があった。
にたりと、ハッサンは愛想笑いをうかべてみせる。
ぽかんと見かえした顔が、ためらいがちに笑いをかえした。
さらにハッサンは笑みを大きくひろげ――同時に、おもいきりふりかぶったこぶ
しを横なぐりに相手にたたきこんだ。
歯をむきだしにして微笑んだ表情のまま、運転手はかくりと首をたれた。
同時に、ようやく車内がしずまりかえる。停止したようだ。
ふうう、と盛大にため息をもらしながらハッサンは、アミーナ姫を後生大事にか
かえおろし、手近にあった補助シートにすわらせた。ずるりとくずれおちかけるの
をすわりなおさせて、こほん、とせきばらいをひとつ、その白い繊手に手をのばす。
脈は正常であるようだった。呼吸にも異状はみとめられない。すやすやとやすら
かな寝息をたてている。車内灯ではさだかにはわからぬものの、顔色も悪そうには
見えなかった。
「おい、姫。姫さん。よーい」
いってゆさゆさとかるくゆさぶると、ううん、この無礼者、さがりおろうと寝言
をのたこく。
だいじょうぶだろうなと見切りをつけ、ハッサンは昏倒した運転手と射撃手をほ
うりだしてコクピットにその巨体をおしこんだ。
連合軍制式の車輌とは多少勝手がちがったが、おおかたの操縦法は理解できそう
だった。
切れていたエンジンをふたたびかけ直し、ハッサンは浮遊装甲車のステアリング
をにぎりしめた。
アミーナ姫が目をさましたのは、律儀にも夜が明けてからのことだった。ねむた
げな目で装甲車内のせまくるしい四囲をながめまわしたあげくの第一声は「いった
いいつのまにわたくしをこのような場所につれこんだのですか」であり、第二声は
頭に手をあてての「このこぶはなんですか」であった。
おそろしさのあまりハッサンは、焦げた髪のことはついにいいだせなかった。
6
「敵艦隊はぜんぶで五隻。詳細は不明だが、速度とだいたいの形状からして駆逐艦
だろう」
艦橋の艦長席でルステム中将は、そのいかめしい顔にいかなる表情もうかべない
まま、淡々とした口調でそういった。
補助シートにおさまったビショップとシェリルが無言でうなずきかえすのを見て、
歴戦の勇者はつづける。
「こちらの射程距離内に入る予定時刻は1810前後だ」
「およそ一時間の猶予、というわけですか」
ビショップがいうのへ、中将はくそまじめにうなずいてみせる。
超空間経由で光速を突破するオーヴァードライヴからぬけ、ノーマルドライヴへ
と移行してから数十時間。いままで沈黙していた星系防衛軍がいよいようごきだし
た、との報をうけ、ビショップとシェリルはさっそく艦橋におもむいたのである。
バストラル軍は軍隊としてはもうしぶんない勢力をほこっている。最新型の装備