#4171/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/ 9 12: 7 (200)
紅の鋼騎兵(2) 赤木 錠
★内容
づける。
「だからぜひともおまえの力が必要なんだ、ビショップ」
「そうはいいますけれどね、アフマド大佐」すずしげな口調でビショップがこたえ
る。
「そもそも、なぜ連合に加入してさえいないエル・エマド圏内の一国の姫君ともあ
ろうおかたが、連合セントラルの大学の調査団に混じって、それもよりにもよって
敵性国家の異星人遺跡の発掘に加わっていたのか、そのあたりの事情からしてぼく
には摩訶不思議でならないんですけど?」
少年のような美貌を、ことんとかしげて見せる。むろん、歩調はゆるめぬままだ。
「その疑問はもっともだよ」とアフマドはふとり気味の巨体をおおげさにゆさぶり
ながら何度も何度もうなずいてみせた。「わたしだって最初にこの件についてきか
されたときには、きみとまったくおなじ疑問をうかべたものだ」
ビショップにあわせての早足ながら、おおげさな身ぶり手ぶりをそえてみせてい
る。
その器用さというか必死さに、感心したような視線をビショップは投げかけた。
――連合宇宙軍ストラシア駐留地区、軌道ステーション内通廊でのできごとであ
る。
休暇中のビショップを、アフマド大佐が緊急回線を使って強引に呼びよせたのだ
が、基地にあらわれたビショップはまっすぐにアフマドのもとへはおとずれず、基
地内礼拝堂でアシュトラ教の主神のひとりであるアウランッドゥに祈祷をささげて
いたらしい。
礼拝堂までおしかけて、なぜそんなことをと問いつめるアフマドに、ビショップ
はきょとんとしながら小首をかしげて、こういったのである。
「なぜそんなことをおききになるんです? ぼくはいつでも、気の重いミッション
から帰ってきたときや職務につくまえには祈りをかかさない習慣なんですけれど」
「そんなことはあとにすればいいだろう。それより、緊急の任務が――おいちょっ
と待て」
と、あわてて追いはじめるアフマドをひきずるようにして、ビショップが歩きは
じめたというわけである。
もしかしたら、そんなことはあとにしろ、と口にしたセリフにむくれているのか
もしれない。
しかし、実年齢からはかけはなれた、少年めいた美貌にはいつもどおりのすずし
げな表情をうかべているだけで、怒っているのやらいないのやらさっぱり見当もつ
かないのだから、非をわびようにもそのきっかけすらつかめなかった。
それにたとえわびを入れたとしても、おそらくビショップはその美貌にこれまた
本気かどうかもはかりがたいような、きょとんとした表情をうかべながら「なんの
話です?」と小首をかしげてみせるくらいがせきの山なのだ。
うっすらとひたいに汗をうかばせながら、観念したように短い足をせわしくくり
だしつつアフマドはさらにつづける。
「だがふたをあけてみれば、じつに単純なからくりだったんだ。ようするにアミー
ナ姫はわが連合セントラルのほこる中央学府、セルデバード大学の惑星考古学科に
留学しておられて、だな」
「ほほう」と、ビショップはその美貌にわざとらしくおどろきの色をうかべてみせ
た。
「惑星考古学? 王制国家の姫君にしてはめずらしい専攻なんじゃないかな」
形のいいあごに手をあてて、かんがえるような表情をうかべる。
「さほど不思議でもあるまい。エル・エマド圏内というのは、ラルシザーク文明を
中心とした先史文明遺跡がごろごろしていることで有名なんだろう? それにイア
ドラ・ルナフという国はな、王制といっても王家は実権をもっていない象徴的な存
在にすぎんのだ。事実上の最高権力者は宰相府だという話でな。いや、そんなこと
はどうでもいいことだ」
いいながらアフマドはせわしないしぐさでふところからハンカチをとりだし、ひ
たいの汗をぬぐいだす。無意識の動作だろう。息もいよいよあらくなりはじめてい
たが、それでもなお派手な身ぶり手ぶりをやめようとはしない。
そんなアフマドの様子を、ビショップは興味深げにながめやっている。もちろん、
歩く速度はいささかもゆるめようとはしなかった。アフマドの興味深いしぐさをい
つまでも見ていたかったからなのかもしれない。
「それでつまり」と、そんなビショップの心中などまるで知らずにアフマドは、ふ
うふう息をつきながらさきをつづける。「そのセルデバード大学のなんとかいう教
授、ああ、なんといったかな、ああ、そう、オマール教授だ。そのオマール教授が
バストラルの遺跡調査の許可をとったというんだが」
「あの政情不安で閉鎖的な国が、よくそんな許可をあたえたものですね。驚嘆に値
しますよ」
「まったくだ」とアフマドはおおげさにため息をついた。「そんな許可さえおりな
きゃ、こんなばかげた事態にはならずにすんだものを。まあ、つまりそういうこと
でな。
さっそくオマール教授は発掘団を編成してバストラルに出かけた、とそういうわけ
なんだ」
「で、その発掘団のなかにアミーナ姫がまじっていた、ということ? それにして
も敵性国家の発掘調査によくもまあ、のこのこと」いってビショップはすずしげに
声をたてて笑った。「そんなところに出かける姫君も姫君だが、そのなんとかいう
教授や大学当局もずいぶんとのんきなんじゃないですか。政治的なトラブルにまき
こまれる可能性はまったく考えていなかったのかな。だいいち、そのお姫さまには
国もとから側近なりなんなりがついていなかったのですか?」
「そこだよ、ビショップ。じつにおそろしい話だ。まあ、教授がエル・エマドの政
治権力相関などにはまるで興味も知識もない、浮き世ばなれした人物であることは
どうやらたしかだったらしい。ところが、大学当局はもちろんのこと、パスポート
を発行したセントラルも、ビザを発行したバストラル政府も、最初は事態にはまる
で気づいていなかったらしいんだ」
ぴたり、とビショップは立ちどまる。ようやく興味の焦点が、話の中身に移行し
たのだろう。
ほっとアフマドは息をつき、いぶかしげに見かえすビショップの美貌にまぶしげ
に目をほそめながらいった。
「つまり、このおてんば姫さん、どうやら正攻法では許可がおりそうにないことを
自覚していらしたようでな。偶然にもよく似た顔だちの女学生を見つけて、その女
学生の名義で調査団に加わっていた、ということらしい。しかも側近の人間などに
は出発直前までまったくさとられることなくな。その上、おつきの護衛団にいたっ
てはどこかの店で、トイレにたった直後に姿をくらませてひきはなす、といった芸
当までしてみせたらしいのだ」
「それはすごいな」ビショップは心の底から感心したかのように目をまるくしてみ
せた。「すばらしい行動力だ」
「感心するようなことじゃないだろう」アフマドはきまじめにぷっと頬をふくらま
せて、怒りを表明した。「まあどうにか、秘書官のうちの二人だけはあわててあと
を追って、遺跡発掘にとりかかった調査団のキャンプにたどりつけたことはつけた
らしいが、その後のことはわかっていない。とにかく姫君は、出国入国の際も、大
学関係の調査団ということで十把ひとからげに手続きをおこなったようでな。DN
A鑑定でもしてくれていれば、その時点で別人であることがわかっていたはずなん
だが」
「なるほどねえ。うまいこといくものですねえ」
「冗談じゃない。こちらにしてみればな」もういちど、ふうとため息をつき、「と
にかくそういうわけで、連合が事態に気づいたときには、アミーナ姫はすでにバス
トラルに入国したあと、ということだったんだよ。力づくでつれもどすわけにもい
かず、だいいちさわぎたてでもすればバストラル政府に、アミーナ姫が不法に滞在
していることがバレてしまう」
「で、さしあたってハッサンのところに話がきた、というわけか」
ビショップは得心したようにうなずいてみせた。
「うむ。かれならエル・エマド圏内出身だからな。むこうの事情やら風俗やらにも
くわしかろうし、護衛としてはうってつけの人材でもある。本来なら軍の出ばるよ
うな件でもなかったんだが、時間がおしいと考えた人間がセントラル政府のなかに
いたらしい」
「先見の明があった、というわけですね。案の定、一週間とたたずにクーデターだ」
「それだよ」と、アフマドは顔をしかめて頭をかかえこむ。「まさか強硬路線の軍
事政権が樹立されるとはだれも予想だにしていなかったんでな。しかもどうやら、
姫が不正入国しているという情報を、入手しているふしがあるんだ。非公式だが、
イアドラ・ルナフにむけて脅迫めいた通告が入っているという情報もある」
「それはたいへん」
さしてたいへんそうでもなさそうな口調でビショップはいった。
まったくなにをかんがえているかわからない、すずしげな顔つきだった。
アフマドはいやそうに眉をひそめてみせる。
実をいえばアフマドはこの男が大の苦手だった。
おもてだって反抗してくるわけでは決してないが、ひとのよさそうなさわやかな
笑顔をふりまきながら、ひとの制御下から巧妙にはみだし、奇矯な行動を好んでと
る傾向があるのだ。しかも、ことがおわってみればその行動は状況に対してきわめ
て適切であったことが判明したりして、つみあげてきた実績なども手伝い叱責する
ことができない状況にかならずおちいってしまうのである。
そしていまも、この奇妙なトラブルの全貌を知らされて、平然とした顔をして
「それはたいへん」などと実感のこもらないセリフを口にしたりする。
アフマド大佐は、心の底から実感をこめて重々しいため息をながながとついた。
「ビショップ、きみはもしかして、おもしろがっていないか?」
「もちろん、おもしろがっていますよ」にっこりとほほえみながらビショップはう
なずいてみせる。「それがどうかしましたか?」
アフマドはしばしぼうぜんと、微笑む部下の美貌をながめやっていたが、やがて
ふたたび、おおきくため息をつくと重い口調でさきをつづけた。
「ハッサンからも連絡がとだえている。離脱途中のシャトルが一機、撃墜されたと
いう情報も入っているが……」
「姫君が死んだという可能性もあるわけですね?」
平然とした顔で問いかえすビショップに、もはやアフマドは抗議する気力もうし
なったかのごとくげんなりとした表情で「まあ、そうだ」とあいまいにうなずいた。
「いずれにせよ、ほうっておくわけにもいかん。それにもし、姫もハッサンも無事
ということになれば、それはそれでもちろん救出せねばならん」
「ハッサンならなんとかしそうな気もしますけど」
「生死不明な以上、期待するわけにもいくまいさ」暗い口調でアフマドはいった。
「だが表立って大規模な救出軍を派遣するわけにもいかん」
「で、ぼくにいけ、と?」
「そういうことだ。さいわいにも、ちょうどおまえさんの相棒も出ばっておるわけ
だし」
そこまでいって、アフマドははじめてにやりと笑ってみせた。どうだ、ことわれ
まい、いかにもそういいたげな顔つきだ。
「気がすすみませんね、アフマド大佐」
ビショップはことさら暗い表情をよそおって首を左右にふってみせる。
「むろん、きみの意向などきいてはおらん」むっとしたようにアフマドはいった。
「ことは非合法に運ばねばならん以上、公に命令するわけにもいかんがな」
「だからあなたがぼくのところへきた、と?ラシッド部長の代理として」
部長の名をだされてアフマドは、きわめつけの仏頂面になる。公式命令ではない
ことを承知の上で、ビショップがわざと統括責任者の名をだしたことを痛いほどわ
かっているからだった。
「もちろん命令だぞ、ビショップ」
虚勢であることを見ぬかれるであろうことは承知の上で、アフマドはことさらに
威圧的な口調でそういった。
対してビショップは――無言で、しずかにアフマドを見つめかえした。
態度や視線に圧力がこめられているわけではない。ただ、深く、しずかに見つめ
ているだけだった。
それでもアフマドは、獰猛な巨獣の凝視をうけるのとなんらかわらぬ圧迫感を、
ありありと実感していた。
この男はいつもそうだった。
やわらかなものごし、けっして強制を口にしたことのないあたりのいい言動、聖
者のような、すずしげで余裕のあるその容貌。
実際にこの男は、実質的には銀河文明の半分以上にその影響力をあたえることの
できるアシュトラ教の、司祭の資格をもっているという。そして事実、基地内教区
の責任者のひとりでさえある。
教団内でいえばその地位は、神と敵対する悪神の軍団と戦うための、神官戦士と
でもいうべきポストにいるらしい。
だが、そのたたずまいは戦士というよりはたしかに聖人、とでもいったほうがぴ
ったりとするような、神秘的で底しれぬものの内包を思わせる深さなのである。
その、不思議な深さこそが、いつ対面してもアフマドを圧倒してやまないものの
正体でもあったのだ。
聖職者としては相当の地位にあるのだ、といううわさもきいたことがある。そん
な男がなぜ、連合宇宙軍などに在籍し、しかも特殊工作部六課などという、その存
在さえ表ざたにはできぬふきだまりのような場所にあまんじて居をさだめているの
か――アフマドは、この神秘的な視線を前にとまどうとともにいつも、そういった
疑問を思いうかべるのだった。
やがてふと――ビショップの神秘的なその視線が、やわらかですずしげな微笑の
下にうもれていった。
「わかりましたよ、アフマド大佐」しかたがない、とでもいいたげに肩をすくめて
みせた。「で? 潜入の手順ですけど?」
ほっとしたようにアフマドは息をつき、そのまるまるとした顔ににわかに笑いを
うかべながらさきに立って歩きはじめた。
「こちらにきてくれ。整備部のクロムウェルがおもしろいものをつくっているんだ。
試作段階なんで、連合との関連もわかりはせんだろう。それと、今回のミッション
からきみやハッサンと行をともにすることになる、あたらしい同僚も紹介したい」
3
鋭利な刃のようであった。
深紅の巨大な刃だ。
「芸術品だな」
少年のような美貌に、あけっぴろげな驚愕をはりつけたまま、ビショップはうわ
ごとのような口調でいった。
「そうだろう?」
腹をつきだすように身をそらせて、アフマドは満足げにうなずいてみせる。