#4161/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/10/31 16:58 (200)
そばにいるだけで 16−3 寺嶋公香
★内容
ゲーム性の強いジェスチャーレースは、全競技の中程に組まれていた。時間
で言えば、お昼の休憩を控えた、午前中最後のプログラム。
「最悪だわ」
純子は思わず、こぼしていた。
その理由は、来客席を埋める人、人、人……。覚悟していたことではあった
が、見物客の数はこの頃が最高潮らしい。
「焦らずに行こうっ」
隣の相羽がかけてくれた声も、気休めにしかならない。
(そりゃあ、あんたは見てるだけと言ってもいいもんね。全く、ジェスチャー
と言い、仮装と言い、どうしてこういう目立ち方のばっかり)
ぐじぐじと文句を言いたくなるが、今さら言っても仕方ない。仕方ないのだ
が、言いたくなる。その堂々巡りだ。
その内、テンポの速い入場行進曲が流れ始めた。
当たり前だけれども、みんな真面目な顔をして、駆け足で入場する。競技の
内容とのギャップを知っていれば、見物人が笑い出してもおかしくないのだが。
グラウンドのほぼ中央に、各クラスから一組ずつ、合計十組の男女が、そこ
そこの間隔を置いて並んだ。それぞれのペアの女子と男子も間に距離を取って
いる。五メートル強といったところか。
観客のための簡単な説明がアナウンスされたあと、レースは始まった。
ジェスチャーレースと言っても、ジェスチャーだけやっていればいいのでは
ない。スタートの合図と同時にまず男子が後方へダッシュして、ジェスチャー
で伝える言葉の書かれた紙を拾い、また元の位置に戻る。それからようやくジ
ェスチャー開始だ。
俊足の部類に入る相羽は、他のクラスに先んじて戻って来た。
(一番になったら、目立つって言ったのに……)
純子の頭の中を、嫌な予感がよぎる。
さて、戻って来た男子はペアを組む女子を相手にジェスチャーで言葉を伝え
る。女子は分かったと思ったら、およそ二十メートル後ろに立つ係の人に答を
言いに走る。正解ならば、二つ目の題目を書いた紙をもらって、元の位置に走
り、ジェスチャー−−腰振りだけど−−を行う。一方、外れならば、やはり元
の位置に戻り、男子に再度、ジェスチャーをやってもらうわけだ。
相羽のジェスチャーは分かり易かった−−純子にとって、都合の悪いことに。
(野球の選手と……サッカー? サッカー選手が……丸。丸の中で……相撲?
あ、丸じゃなくて土俵ね。土俵で相撲を取って……バスケットボール? どう
いうことよ? −−ああ、相撲が間違いなんだ。土俵でバスケットボールをし
た。分かった。『野球選手とサッカー選手が、土俵の中でバスケットボールを
した』だわ、多分)
答の見当は着いたものの、動き出すのはためらわれた。もし正解していたら、
いくら何でも早すぎる。
悪いと思いつつ、純子は右手の人差し指を立てて、左手で拝む格好をした。
「もう一回やって」の合図。
投げるピッチャー、バットを振って駆け出す打者−−シュートするや、ゴー
ルキーパーに早変わり−−靴の爪先で地面に円を描き、相撲の立ち合い−−ド
リブルからジャンプ、シュート−−相羽は先ほどと同じ動きを、忠実と言って
いいほど正確に繰り返した。
ジェスチャーが終わると、「分かった?」と訴えるような目を向けて来る。
彼の一生賢明な様子を見ていると、気の毒さでいっぱいになってしまった。
純子は大きくうなずきながらきびすを返し、係を務める生徒の元へ走る。そ
の際、客席が湧くのが分かった。
「答をどうぞ」
その男子生徒は、やけににこにこしている。
一方、選手側である純子は、恐る恐る、伝えた。
「えっと、『野球選手とサッカー選手が、土俵の中でバスケットボールをした』
だと……」
「オッケー、正解。はいな、これ」
あっさり言うと、気安げな手つきで折り畳まれた紙を投げてよこしてきた。
「ど、どうも」
戻る間に紙を広げ、書いてある文字を読み取る。
(ひゃあ。予行演習のときより、断然長いじゃないの!)
予行のときは単語だったのが、本番では文章になっていた。
(何? 『おうまさん そこのけそこのけ インド象がとおる』……わけ分か
んないよ、もう)
呆れてしまったが、ぐずぐずしている暇はない。伝えるのが早すぎるのも嫌
だけど、伝わらないといつまでもやらなければならない。遅いよりは早い方が、
ましというものだろう。
最初の位置に立ち、相羽の注意を引いてから、くるっと背を向けた。
(うぅー、見られてるような)
相羽に背を向けるということは、先ほどの係の生徒や、その後ろにたくさんい
る観客の顔をまともに見る形になるわけで。
もちろん実際は、純子ばかりを注視しているはずもないのだが、こういう状
況では、自分ばかり目立っているように思えてしまう。
純子は両目を閉じて、ジェスチャーを始めた。
(早く答えてよ!)
心の中で念じながら、まず「おうまさん」と宙に書いていく。
五文字を書き終わり、伝わったかどうかを見ようと、肩越しに振り返る。
相羽は首を傾げていた。
(最初でつまずくなーっ!)
焦った純子だが、人差し指を立てて、「もう一回やるから」と合図を送る。
今度はどうだ!と気負い込んで振り向いたのに、またも首を傾げている相羽。
「もう!」
思わず声を出す純子。ペアの間で言葉を交わすことは禁じられている。
三度目の「おうまさん」をやっているとき、文字を大きく書こうとしてあま
りにも熱心に身体を揺すりすぎたか、帽子が脱げ落ちてしまった。
拾う時間も惜しいので、そのまま続けていたら、今度は髪の毛が前に流れて
きて邪魔に。
純子はすぐさま手をやり、髪を束ねた。
そして相羽へ向き直る。
相羽はOKのサインを指で作っていた。
純子はほっとする間もなく、続いて「そこのけそこのけ」に取りかかる。
と、今度は一発で理解した相羽。
(よかった、調子が出て来たわっ)
あと少しだと自分を元気付け、純子はお尻を振って、「インド象がとおる」
を空中に書き上げる。
同時に、駆け出す音が聞こえた。
振り返ると、相羽が立ち上がって、走り出しているのが見える。
「ほんとに分かったのかしら?」
不安になって、つい声に出す純子。最初全くだめだった相羽が急に調子づい
たのだから、不安に感じるのも無理ない。
見守っていると、向こう側の係員の前で、片腕でガッツポーズを作る相羽を
確認できた。
「ほんと? やった!」
気乗りしなかった競技とは言え、一番が取れると嬉しい。純子はその場で飛
び跳ねていた。
退場門をくぐって、ジェスチャーレース参加者がばらけたところで、昼休み
の始まりを告げるアナウンスがあった。
「よく分かったわね。最初、まるで通じなくて、焦ってたのよ」
クラスの応援席に戻る途中で、純子はパートナーに言った。
「だって、最初の『おうま』が、王の間かと思ったんだ」
頭に帽子の上から手をやりながら、自嘲気味に答える相羽。
「おうまさんなんて、今は滅多に言わないから、思い付かなかった」
「なるほどね。三回もやって、ようやく気付いてくれたわけね。恥ずかしかっ
た」
「え? 僕は……。あれ? あれはヒントじゃなかったの?」
様子がおかしい。
純子は立ち止まって、改めて尋ねてみた。
「ヒントって何のことよ」
「だから、お尻を動かしながら、髪をポニーテールにしたから、ポニー……馬
なんだなって気付いたんだ」
「……あはははっ、偶然よ、偶然っ」
思わぬ怪我の功名に、純子は相羽の肩を叩いた。止まっていた足も動き出す。
「じゃあ、あれ、何の関係もなかったわけ?」
「そうよ。あは、おかしい」
「何だあ。うーん、一応、変だとは思ったんだ。暗号はなしにしようって言っ
てた涼原さんが、暗号めいた真似をするのはおかしいなって」
「偶然なんだから、ずるじゃないわね」
話し込んだせいで、二人が席にたどり着いたのはいささか遅れ気味だった。
「昼休みは一時までだが、午後最初のプログラムは仮装だからな。早めに教室
に行って、準備をするように」
などと、先生からの注意が簡単になされたあと、一時散会に。ほとんどのみ
んなが、家族の元へ走って行く。もちろん、家族が都合で来られない生徒もい
るから、そういった者同士集まって、自ら持参した弁当を食べることになる。
母親の姿を探していた純子は、後ろから声をかけられた。
「こっちよ」
カメラ片手に微笑んでいる母へ近寄り、真っ先に純子が聞いたのは。
「さっきの、見てた?」
気になっていたのだ。
そんな娘の気持ちを知ってか知らずか、純子の母はあっさりと首を縦に振っ
た。
「見てたわよ。かわいらしいことするのね」
「うわ、やっぱりいたの。まさか、そのカメラで……」
「それはもう、ばっちり」
頬を緩める母親に大して、純子はがっくりと肩を落とした。
「娘の恥ずかしい格好を残して、面白いの?」
「何言ってるの。いい思い出になるわよ、間違いなく。そんなことよりも、相
羽君はどうしてるのかしら?」
「何で、相羽君の名前が出て来るのよ」
ふてくされた口調で言うと、母が困ったように首を傾けた。
「だって考えてみなさい。一人でお昼を食べてるようだったら、気の毒でしょ
うが。親御さん、来られているのかしら?」
「知らないけど……来てなかったら、どうするつもり?」
「呼んであげなさい」
「ええ? やだっ」
身をすくめて、頭を振る純子。また帽子がずれ落ちそうになった。
「女の子同士ならいいけど、男子はだめっ。変に思われる。相羽君だって嫌が
るわ。決まってる」
「お世話になってるのに」
「そ、それはそうだけど。どっちかと言ったら、私がお世話している分の方が
多いと思う」
「いいじゃないの。これからもお付き合いがあるんだし」
そういう問題じゃないと思った純子だが、結果的に押し切られてしまった。
三つある南側の藤棚の真ん中にいるから探してきなさいと言われ、渋々駆け足。
「確かこっちに」
解散したとき、相羽が向かった方角を思い起こしながら、探す。案外、呆気
なく見つかった。
花壇の近くのブロックに腰掛けている相羽の周りには、数名の人影が集まっ
ている。女子の方が多い。
「あれれ……結構、にぎやかなお昼ご飯じゃないの」
そうつぶやく純子は、富井や井口の姿を見つけた。
(ふむ。おかずをあげに来たのね)
そう認識したが、声をかける間もなく、富井達女子は去っていく。
(おや? 一緒に食べる勇気までは出なかったのかしら。あはは、まさか。折
角来てる家族を放ってはおけないもんね)
その内、最後に残っていた男子−−勝馬も親が呼びに来て、行ってしまった。
勝馬を見送ってから、相羽はお弁当箱の蓋に山盛りになったおかずに箸を着
けた。もらったおかずは、ウィンナーや卵焼きが多いように見える。
「一緒に食べる男子、いないの?」
「……あ」
純子が近寄ると、相羽は口を忙しく動かし、入れたばかりのおかずを慌てた
様子で飲み込んだ。
「−−何て?」
軽くせき込みながら、聞き返す相羽。しかし苦しいらしく、水筒からお茶を
注ぐと、一口飲んだ。
「大丈夫? 落ち着きなさいよ」
「う、うん。それで、さっきは何て言ったの? 聞こえなかった」
「え……そう、一人で食べるの? 祝日なのに、おばさんはお仕事?」
「うん。ひょっとしたら、夕方、終わる頃に来てくれるかもしれないけどね」
相羽は笑ったが、その笑顔は少し元気がないように見えた。
「そうなの……。来てもらえたらいいね」
「それはそうだけど、疲れてるなら、家でじっくり休んでほしいんだ」
先日の騒動のことが脳裏をかすめたのだろう。真剣な眼差しで地面を見つめ
る相羽。
純子は、どう言っていいか分からなくなって、話題を元に戻すことにした。
「あのさ、それで、もしよかったらだけど、お昼、一緒に食べない?」
「わぁ、ありがとう」
まるで女の子みたいな返事をした相羽。最高に嬉しそうな笑顔で、純子を見
上げてくる。
−−つづく