AWC そばにいるだけで 16−2   寺嶋公香


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#4160/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/10/31  16:56  (200)
そばにいるだけで 16−2   寺嶋公香
★内容                                         16/06/08 22:21 修正 第2版
 内心では否定的な答を期待しつつ、表面上はお願いする。
 そんなとき、こういう台詞になるのはよくあること。
「レオタードは、さすがに無理だよね?」
 しかし、母親は、両手の平を合わせ、しばし思案げに上目遣いをすると、笑
顔をなした。
「初めてだけど、作れると思うわ。仮装用だったら、簡単な造りでかまわない
んでしょう?」
 色好い返事を予期していなかった純子は、口元を一度、ぴくっとひくつかせ、
それから無理に笑みを作った。
「う、うん。簡単でいい。破れなければ……」
「色はどんなの? ビニールっぽく、てかる素地でもいいのかしら」
 嬉々とした表情で尋ねてくる母。
 純子は、資料である雑誌をおずおずと差し出しながら、思う。
(洋裁の得意な親を持って、これほど残念に感じたことはなかったわ)
 雑誌を受け取った母は、目を丸くしてから、吹き出した。
「なあに、これ! じゅ、純子がこんな格好するの?」
「お母さんっ、どうせ、全然似合わないって言うんでしょ? 断ったんだけど、
みんなの意見をまとめたら、こうなっちゃって……仕方ないんだから」
「……もうちょっと、自信持ちなさいな」
 誌面から顔を起こすと、娘へ呆れたような視線を注ぐ母親。
「モデルをやったぐらいだったら、天狗になってもおかしくないのにねえ、普
通」
「あれは代役だもん。たった二回しかやってないし」
 それに、自分のことは自分が一番知っている−−純子はそう思った。
「とにかく、レオタードなんだか水着なんだか分からないけど、こういうのを
作ればいいのね? このスカートの部分は?」
「そこは、よく似たスカートがあるじゃない? あれを履こうかなって。だめ
なときは、同じ柄の布をパレオ風に巻けば……」
「そうね。さてと。じゃ、念のために、採寸しようか。ちょっとは成長したで
しょう?」
 メジャーを取り出す母は、どことなくうきうきしている。
「しなくいい。変わってない」
「そんなの、測ってみなければ分からない」
「だって……」
 口ごもった。
「さ、手を水平になさい」
 あきらめて、言われる通りにする純子。
 巻き尺が背中に当たったのを感じながら、頭の中ではため息をついていた。
(あーあ。成長してないって、数字ではっきり分かっちゃう……)

「涼原さん、バク転できる?」
 十八人十九脚の練習を終え、グランドの隅っこで休憩しているときに、遠野
が聞いてきた。
「えっと、バク宙じゃないのね? 両手を着いてもいいわけ?」
 ゴムを外し、髪を自由にしてやりながら、尋ね返す純子。頭を軽く振るだけ
で、黒髪が波打った。
「うん、もちろんよ」
「だったら、できるけど……一体、何の話なの、遠野さん?」
「仮装のアクションで、やったらいいかなと思って」
「……どんな風に?」
 早くも悪い予感を抱きながら、重ねて聞いた。
「敵が−−たとえば立島君が一太刀振るうのを、バク転でかわしたら拍手喝采
になると思う。それから体勢を立て直して、蹴るポーズ。難しいかしら……」
「で、できないことはないだろうけど」
 自分の格好を思い浮かべる純子。長くないスカートをひらひらさせて、レオ
タード姿で軽業師みたいに飛び跳ねる様……。
(これはかなり、みっともないかも)
「できるんだったら、やってほしいな……だめ?」
「え? で、でも、ほら」
 焦りながら、理屈を考える。閃いた。
「私って、こう、髪の毛が長いじゃない? バク転なんかしたら、地面をこす
って、汚れちゃう」
「それは分かるけど、どうしようもない問題じゃあないと思うの。髪をまとめ
てくれたら……お願いっ」
 手を合わせて、拝んできた遠野。
 彼女のいつにない積極的かつ強い態度に、純子は困って、指先で頬をかいた。
(こういう風に頼まれると、弱っちゃう。でも……遠野さんがこれだけはっき
り頼んでくるのって珍しいから、よっぽどなんだろうな)
「分かった。やってみる」
「−−よかったあっ」
 笑顔で返事すると、遠野も同じくらいの笑みを返してきた。
 純子は内心で自分のお人好しさ加減に自嘲しつつ、さらに言った。
「練習、たくさんしないと、恥かいちゃう。遠野さんも付き合ってよ」
「ええ。できるだけのことは」
 遠野が笑みを絶やさないのは、仮装での彼女のアクションが少ないというの
も大きな理由なのかもしれない。

           *           *

「見つけました、見つけましたよ!」
 一人でお祭りしているみたいに騒ぎながら入って来た男に、市川(いちかわ)
は無言のまま、かすかに頭を動かし、一瞥をくれた。回転椅子が軋む。
「十年に一人の逸材ですよ、市川さん!」
 男は市川の席の斜め後ろで立ち止まると、両手を大きく広げた。片方の手に
は、白い大きな封筒がある。
 目が輝いているとは、今の彼を言うのかもしれない。
「あのね、杉本(すぎもと)君」
 頭をかいた手で、眼鏡の位置をただす市川。
「君が前、この部屋に飛び込んできたのは、いつのことだったかな?」
「? はあ、確か、三ヶ月ほど前でした。それが何か」
 後頭部に片手をやった杉本は、猫背になった。目も、一転して不安げな色を
帯びる。
 市川は、持っていたボールペンを、相手の胸元に突き付けた。
「そのときも君は同じことを言いました。十年に一人の逸材だとね」
「は、はあ……言ったかもしれません」
「君の言う十年は、一般常識で言う三ヶ月のことなのかな? 十年に一人の逸
材が、三ヶ月で見つかるとはね。とても信じられない」
「こ、今度は絶対です。間違いなく、スター!」
 スターという表現が古めかしくて、市川は思わず苦笑した。拳を口に持って
行きながら、杉本へ尋ねる。
「君の、スターの定義を聞きたいものだ。それにね、我々が今欲してるのは、
スターじゃなくていいの。分かってると思うけど、イメージにぴったり合った、
さわやかで、強い−−」
「とにかく、スチールだけでも見てくださいよ。宣伝用じゃないんですけどね、
よく写ってて」
「宣伝用じゃない?」
 少し、気を引かれた市川。
「何でまた……。ああ、街角でスカウトしてきたのかね?」
「違います」
 杉本が得意そうな笑みを見せた。それからおもむろに、封筒から一葉の写真
を取り出した。
 それを、怪訝な顔をする市川へ手渡す。
「一種のフリーの子で……ご覧ください」
「……おや」
 感嘆したときの市川の口癖が、勝手にこぼれ出た。手にした写真に顔を近付
け、まじまじと見つめる。
「なかなかかわいい子じゃない」
 ピンクの髪留めが愛らしい少女の胸から上の写真だった。スポーツでもして
いるところなのだろうか、髪がふんわり、浮き上がっている。
「でしょ?」
「元気のよさとさわやかさが、いっぺんに伝わって来る。君の審美眼も、少し
は向上したようだ。だけど、今度の場合、顔はさして関係ないからねえ。まあ、
他に売り出すという線を考えれば、この子がものになるかどうかは、これから
の磨き方次第ってところかな」
「そう来ると思ってました」
 得意げな表情を維持したまま、杉本は新たに一枚の写真をよこしてきた。
「何、これ?」
 受け取った市川は、確認をする。
 長い髪を一つに束ねた、りりしい表情の子が写っていた。曇りの見当たらな
い瞳。芯の通った感じを与える鼻筋……。
「ふうん。いいじゃない。中性的。透明感があって」
「でしょ、でしょ。同じ子なんですよ、その二枚」
「……へえ」
 市川は唾を飲んだ。顔立ちは似ていると思わないでもなかったが、放つ印象
に相当の違いが。無意識の内に、この二人は別人だと思い込もうとしていた。
「一応、聞いておくと、女の子?」
「ええ、ええ」
 うれしくてたまらないという風に、にんまりと笑顔を作った杉本。
「名前は教えてもらえなかったのですが、中学生の女の子なのは間違いありま
せん」
「名前を教えてもらっていない? 何、それ?」
「ここがお薦めポイントの一つ」
 杉本は右手の人差指を、ぴんと立てた。
 先端恐怖症の気がある市川は、それを邪見な手つきで払うと、話の続きを催
促する。
「売れようとは考えてないそうなんです。この子も親も」
「今どき? −−面白い!」
 一つ手を叩くと、市川は身を乗り出し気味に杉本を見据える。
「色々と試みられそうだわ。あとはやる気ね。本人にやる気があるんだったら、
この子、使おうじゃない。とにかく、候補のリストに入れときましょう」
「よかった。甲斐がありました」
 杉本は苦労が報いられたと解釈したか、すでに喜色満面となっていた。

           *           *

 運動会当日の天気は、呆れるぐらいに晴れ渡った。雲のない青空を見上げる
と、そのまましばらくぽかんとしてしまいそうなほど。
 祝日であるせいか、開会式までまだ間があるというのに、父兄らの姿も散見
される。この分だとお昼前後には、相当数の人が集まりそうだ。
「親、来るの?」
「うん」
 町田に問われた純子は、肯定の返事をしてから気になった。
「そういう芙美は? ご両親は共働きだって言ってたけれど、随分、にこにこ
してるわ」
「あ、顔に出ちゃってる?」
 にんまりしながら、頬に両手を当てる町田。
「いやあ、久々だからね、二人揃って親が来てくれるの。もう、嬉しくって」
「よかったね」
 心からそう言うと、相手の町田は照れたように「ありがと」と応えた。
「それにしても、国奥さんのところも、鈴木君達のところも同じ日に運動会な
んて、タイミング悪いよねえ」
「うん。折角、お互いに見に行こうと思ってたのに」
 そうなると、文化祭に期待をかけたいところだけれど、こちらの方も芳しく
ない雲行き。と言うのも、日程こそずれているものの、丞陽女学園は部外者に
は入場制限をするそうだし、真陵中学は平日にやると聞かされたのだ。
「仕方ないわよ。−−ときに、純」
「−−ぷっ。時代劇みたいな喋り方して、どうしたの?」
「仮装の覚悟はできたかね」
 芝居がかった物腰を続ける町田に対し、純子は目を伏せた。
「その様子じゃ、憂鬱なんでしょ」
「……今までの練習じゃ、見てる人が知ってる顔ばかりだったから我慢できた
けどね。今日は知らない人がいっぱい見るんだと思うと憂鬱。って、そういう
芙美はどうなのよ!」
 純子が食ってかかると、町田は耳の穴を塞ぐポーズをした。
「私は結構、メイクするもんね。衣装も派手だし、人目はあんまり気にならな
いわよ。その点、純は」
「どーせ、素顔でレオタードですよっ。ふん」
 むくれてみせる。
(元々はかつらを被るつもりだったけど、アクションするのに邪魔なだけって
分かったんだもんね。仕方ない)
 と、あきらめてはいるのだが、まだ最後の踏ん切りが着かない。
(恵ちゃんがもしも来てたら、あとでうるさいだろうなあ。いかにも女らしい
格好だから)
 そんな心配までしてしまう。
 が、純子の懸念は、アナウンスによって吹き消された。
<生徒の皆さんは、入場門前に進んでください。繰り返します……>
 いよいよ始まる。
 中学生になって初めての運動会に、心臓が高鳴った。

−−つづく





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