#4162/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/10/31 17: 0 (200)
そばにいるだけで 16−4 寺嶋公香
★内容 16/10/13 04:19 修正 第2版
「でも、だめなんだ」
「どうして?」
「実はさっき、他の人からも誘われて、断ったから……」
「ふうん? それって一体、誰から?」
「……白沼さん」
相羽は口ごもりがちに答える。目を伏せ、再びおかずに取りかかろうとし始
めた。
(なるほどー。さすが白沼さん、積極的だわ。でも、どうして断ったのかな)
いい加減、母のところへ戻らないといけないのだが、気になって会話を続け
る純子。
「もったいない。行けばよかったのに。何でよ」
「それは……白沼さんの両親と会ったことないから。落ち着かないよ」
納得しかけた純子だが、矛盾に気付く。
(それだったら、私の方を断る理由が分からなくなる)
その旨を聞いてみると、相羽から短い返事があった。
「一人断ったら、みんな断らないと」
「……あとで、白沼さんから恨まれるって?」
「……かもしれないだろ」
「……」
妙な間ができた。
相羽の困ったように眉寄せ顔を見ている内に、吹き出しそうになる。
(ありそうだもんね、白沼さんなら)
純子は口元に手を持っていき、くすくす笑い出してしまった。
「笑い事じゃないんだけど」
「だって、おかしくって……。どっちにしても、こんな端っこで食べなくても
いいじゃない」
「じゃあ、運動場の真ん中で食べようか」
相羽のつまらない冗談に、純子はため息で応じた。
「もう、分かったわ。早く食べて−−仮装の準備、遅れないようにしてよ」
言い置いて立ち去ろうとする純子の背中に、相羽の声が届く。
「涼原さんもね」
一年三組と四組の男子は三組の教室で、女子は四組の教室で着替える。その
あと、各自の班ごとに集まって、仮装の最終チェック。
「時間、ないよ」
教室前方の壁に掛かる時計を見上げながら、相羽がつぶやいた。十二時四十
分。集合時間まで十分しかない。
だが、時間を気にしているのは彼ぐらいのもので、他の面々はお互いの仮装
ぶりを批評?し合っている。
「涼しそうな格好だなあ」
「そっちこそ、暑苦しい」
「そのアイライン、化け猫みたい」
「ひっどーい!」
「−−いい加減にしてくれよっ」
マントに見立てた白いカーテン生地を翻す勢いで、相羽が強い調子で言って、
品評会はようやく収まった。
「ごめんなさぁい、相羽君。つい、夢中になっちゃって」
白沼が照れた風に両頬を押さえて応える。どこから調達したのか、青いチャ
イナドレス姿の彼女は、なかなか決まっていた。
続いて、前田と話し込んでいた立島が、ごまかすような笑みを覗かせつつ、
返事した。
「悪い悪い。全員揃って仮装するの、今日が初めてだから」
「まーったく、委員長がそういうことでいいのか」
「問題なし。さ、軽くおさらい、しとこうぜ」
三十秒アピールでのアクションのことだ。
と言っても、実際に動ける場所はない。簡単な身振りを交えて、段取りを確
認するにとどまる。
「大丈夫かしら」
顎に指先を当て、つぶやいた純子。今日まで練習を重ねたものの、心配もち
ょっぴり残る。稽古の際には試さなかった仕掛けもあるからだ。
相羽が聞きつけ、答える。
「あれのこと? 平気平気。引っ張るときに、うまく手渡す、安心して」
「あとで、歩きにくくなるような気がするのよね」
「心配するほどじゃないでしょ」
そんな会話を交わしながら、教室の外へ出た。
廊下を行く内は、周りは同じように派手な格好をした生徒ばかりなので、違
和感がない。ちょっと気分が上気しているかもしれないが、仮装パーティと思
えばいいだろう。
だが、校舎の外へ出ると違う。まだ本番が始まらない内から、気が付いた一
部の観客らの注目を浴びた。
時間が迫っていることに合わせ、人目にさらされる緊張からか、みんな入場
門前へと一目散に走り出す。きゃあきゃあ、わぁわぁと騒がしい。
(……あれ? あまり、どきどきしてないわ……)
一緒になって駆けながら、自分が落ち着いているのに気付く純子。胸に手を
当ててみた。
(変なの。そんなに目立ちたがり屋じゃないつもりだったのに……慣れちゃっ
たのかしら? 推理劇やモデルを経験したおかげね、きっと)
喜ぶべきかどうか分からないが、今、落ち着いていられるのはいいことに違
いない。
集合時間をいくらか過ぎたところで、一年生全員が揃った。
その光景は、異様と言えなくもない。
全身包帯−−トイレットペーパーかもしれない−−を巻いたミイラ男に棺桶、
男ばかりのバレエ『白鳥の湖』、やはり男だけのレースクイーン(キング?)
とF1カーの組み合わせ、仮装と言うよりもぬいぐるみのような怪獣、等々。
純子達が地味に見えるぐらいだ。
「俺達がまともに見えるぞ」
勝馬が黒尽くめの扮装から、目だけを覗かせ、呆れたように言う。
続いて、清水も同調。
「ああ。これなら、もうちょっと派手にやってもよかったかもしれないな」
「結構、乗り気になってるじゃない」
純子と町田が口を揃えて笑った。
「レイとファジーが並んで笑ってちゃ、まずいんじゃないか」
相羽の言葉の意味するところをすぐに理解して、二人は距離を取った。
「でも、同じ班なんだから、引っ付いてなきゃしょうがないもんね。夢を壊さ
ないように、気を付けなくちゃ」
「そうそう」
「ということは」
白沼が割って入って、班内を二分するような手つきを見せる。
「私や相羽君、涼原さん、遠野さんで一かたまりになってればいいわけよね」
「敵と味方に分かれるんなら、そうなる」
相羽が小さくうなずいていると、その腕を不意に引っ張る白沼。
「だったら、一緒にいようっと。ねえ、セシア」
「そ、その名前で呼ばれるのは、ちょっと」
歯を覗かせ、参った風に苦笑いをする相羽だった。その手には白いシルクハ
ットがある。さすがに本物を用意するのは高くつくので、段ボール製だ。
「まるで手品師だな、それ。おまえにぴったり」
立島が半分茶化し気味に言うと、相羽はシルクハットとマントを指差した。
「こんな物を身に着けてる手品師なんか、今時珍しいぜ。怪しすぎる格好だよ」
肩をすくめると、今度は相手の顔を見やる相羽。
「それより、立島。いかにも悪者って感じ」
立島はドームになりきって、顔に絵の具でペイントをしている。歌舞伎の隈
取りのような模様が、まるで大きな毒蜘蛛に見える。
「別人になった気分。女の化粧って−−」
立島が全てを言い終わらぬ内に、仮装のプログラムが始まった。
一組の一班から順に、門をくぐって、グラウンドに出て行く。各班少しずつ
間をおいて、徒競走のコースに沿って行進。本部席前に来たところでアピール
のためのアクションを披露する。それが終われば、また歩いて退場門へと消え
るという手順だ。
三組の三班である純子達は、前から数えて十一番目。じきに出番が回ってき
た。
深く考えていなかったが、歩き始めるや、行進のときが意外と手持ちぶさた
であると気付く。
(フラッシュ・レディと敵が一緒に歩くなんて、間抜けだわ)
ふと前の班に目をやると、全員が笑いながら、適度に手を振っているのが分
かった。『ブレーメンの音楽隊』だから、そういうほのぼのムードでも違和感
がない。
(私達もああするのがいいのかな? でも、小さい子もいっぱい見てるし)
首を傾げていると、思わず腕を組んでしまっていた。
「何て格好してんの」
相羽の囁き声。
「腕、解いたら?」
「そ、そうね」
慌てて普通に戻す。
「だけど、間が持たない感じ」
「お客さんに手を振っていればいいんじゃない?」
「敵と味方が一緒になって、そういうことは」
純子の台詞の途中で、相羽が小さく指を動かし、後方を示した。
肩越しに見ると、悪役であるはずの清水や勝馬が、やたらと愛想を振りまい
ている。
「あ、あいつらったら……」
「気にしない。小さい子も、仮装だって分かってるって。いいこととは思わな
いけど」
苦笑いを交えて言ったかと思うと、相羽はいきなり大きく手を振り出した。
「おーい! 洋司!」
その視線の先にいる小さな男の子に、純子は見覚えがあった。
(……あ。スケートのとき、相羽君が相手してた一年生)
今は二年生となったその子は、恥ずかしそうに身体をよじりながら、胸の高
さで手を振って応じた。
「来てるって、知ってたの?」
「うん。午前中に見つけた」
「じゃあ、藍ちゃんも来てるかも」
「藍ちゃんて、やっぱりスケートのときの? その子は知らないけど、椎名さ
んが来てたよ」
「えっ。恵ちゃんが?」
ある程度覚悟はしていたものの、はっきり知らされると焦りを感じた。
「どこどこ?」
「さあ……?」
「何をお喋りしてるのよ」
二人が話し込んでいるのが面白くなかったのか、白沼が言ってきた。
「もうすぐ、本部席前。アピールタイムよ。涼原さんが一番動くんだから、ど
じらないでね」
「は、はい」
強い口調に押されて、丁寧に返事してしまった。フラッシュ・レディを知る
純真な子供達が見れば、きっと奇妙な光景に思えたに違いない。
白沼の言葉の通り、程なくして、本部席前に到達。
乗り乗りの清水と勝馬が、悪の下っ端として動く。班内で意見が割れたのだ
が、結局やることになったその「悪事」とは……。
『騒ぐな。静かにしろ!』
重みが足りないが、なりきった調子で大声で言うと、二人は観客席の最前列
から「子供」をさらった。
もちろん、本当に子供をつかまえたのではなく、あらかじめ用意してもらっ
ていた大きめの人形だ。最初、清水達は「どうせなら何も知らない子を引っ張
り出して、びっくりさせようぜ」と主張したのだが、「誘拐の真似だけでもよ
くないんだから」との理由で退けられた次第。
『待ちなさい!』
そこへ轟くフラッシュ・レディ・マリン−−白沼の声。彼女もすっかり役者
気分なのか、青のチャイナドレスもあでやかに、羽毛の飾り付きの扇子を握っ
た右手をびしっと伸ばし、黒尽くめの清水らを指し示している。
『な、何者?』
『あ〜ら、お忘れ? −−闇を照らして悪事をあぶり出す』
『光をまとった正義の使者っ』
これは遠野の台詞。普段の彼女と違って、かなり気合いが入っている。
『その名もフラッシュ・レディ−−よ』
決め台詞の最後を締めくくるはレイ役の純子。この台詞の最後の「よ」が、
テレビアニメでは実に挑発的で色っぽいのだが、さすがにそこまでは真似でき
なかった。
さて、哀れな下っ端敵役は、マリンの白沼とエアの遠野に、簡単に投げ飛ば
されて敗退。それと入れ替わる形で、控えていたドームの立島が大見得を切っ
て進み出る。その斜め横の左右それぞれに寄り添うように、カオス役の前田と
ファジー役の町田が続く。
ここから台詞のつながりがいささか不自然になり、さらに会話の重なりも出
て来るのだが、時間の都合で仕方ない。
『おのれ、フラッシュ・レディめ! 今日こそ決着をつけようではないか』
『望むところよ!』
ドームが叫び、レイが応じる。実際のアニメの放映進行を無視して、いきな
り最終回っぽい展開に。
ファジーとエア、カオスとマリンとが戦いを始め、その真ん中で、ドームと
対峙するレイ役の純子。
−−つづく