AWC 疾走する夏の死 4   永山


        
#4110/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/27   9:27  (200)
疾走する夏の死 4   永山
★内容
 元から駐在所に通報した上、なにぶん奥まった土地のため、捜査陣の本隊の
到着には、時間が掛かるらしい。
 先行して駆けつけた中年の制服警官は現場保存を済ませると、ペンションに
いる人間の把握に努めようと始めた。
「これで全員かな?」
 殺人事件に気持ちがいささか高ぶっているらしい警官は、裏返り気味の声を
発してから、ロビーへ集合させた人達を見渡した。
「はい、轟さん」
 菅原が答えると、警官は相好を崩し、柔和な笑みを見せた。どうやら顔見知
りらしい。
「それで、事故なのでしょうか」
「自分には、そういう権限がないんですよ。転倒して、壁の柱に頭をぶつけた
不幸な事故とも見えるし……別の可能性も」
「こ、こ、殺されたってことですか!」
 他の者が顔をしかめるほど、大声で叫んだのは、五藤だった。警官に取りす
がると、必死の形相で聞く。
「ねえ、お巡りさん、そうなんでしょう? 麻伊は誰かに殺され−−」
「落ち着きなさい。お友達が亡くなって、ショックなのは分かるが、私には何
とも言えんのだよ」
「落ち着いてなんか、いられるもんですか! この人達の中に」
 と、菊池ら宿泊客やペンション従業員を指差す五藤。
「麻伊を殺した人がいるかもしれないのよっ。ああ、もう、帰る!」
「そんな、お客様」
 菅原のおろおろ声に、警官の冷静な声が重なる。
「帰らせる訳には行かんのですよ」
「ど、どうしてよ?」
「今の時点では、誰も出すなと言われてましてな。いてもらいますよ」
「そんな馬鹿なこと、ないわよ!」
「仮に殺人だとして、この状況では、全員が容疑者と見なさざるを得ないんだ。
分かるでしょうが」
「私は関係ないわ。私が親友の麻伊を殺す訳ないでしょっ」
 ヒステリックに続ける五藤に、轟はぐいと歩み寄る。五藤が怯んだように口
をつぐんだところへ、凄みのある声で言った。
「捜査の常識から言えば、あんたが一番怪しいんだ。さっき聞いた限り、死ん
だ人と親しいのは、あんた一人だろうが? ええっ?」
「そ、それは……」
 口ごもる五藤に、一瞬、にらみを利かせた轟。
「滞在を続けてくれますな?」
「は、はい……」
 その返事を引き出すや、警官は照れたように頭へ手をやった。
「いやあ、怒鳴り散らしてすまんかったですな。私のような下っ端は、役目を
果たすのに必死なんですわ。はっはっは」
 あまりの豹変ぶりに、五藤だけでなく、菊池達も呆気に取られてしまう。
 そんなことには委細かまわぬ態度で、オーナーへ振り返る轟。
「さて、菅原さん。出入り口は正面玄関だけですか?」
「いいえ。勝手口もありますし、一階の窓から出ようと思えば……」
「そうか、なら、仕方ありません。このロビーで見張らせてもらいます。お客
さん方は、二階の部屋に戻ってもらいましょう。階段を見ていれば、事足りる」
 客室は全て二階にあり、上と下をつなぐのは、通常の階段と螺旋状のスロー
プ。スロープは無論、根木奈美恵のための通路だ。それらの降り口は、同じ方
角を向いているので、見張りやすいのは確かだろう。
「私どもは、どうしたらよろしいんでしょうか」
 菅原が、若部、枝川と目を合わせてから、轟に尋ねた。
「できれば、ロビーのソファにでもいてほしいところですが、まあ、部屋に戻
ってかまわんでしょう。なーに、じきに大勢が押しかけてきて、部屋でのんび
りなんてしてられなくなりますって。覚悟しておいてくださいよ」
 警官の忠告を最後に、皆、各自のいるべき場所に向かい始める。
 否、一人、菊池だけが違った。動かない友人に戸惑った様子で、六津井も足
を止める。
「どうした? 部屋に戻ろう」
「いや、ちょっと気になることが。轟さんに疑われたくないので、彼に断って
から調べてみたいんだが」
 菊池の声は小さかったが、轟はしっかりと聞いていたようだ。顎先を二人へ
向け、間を取ってから、つかつかと歩み寄ってきた。
「何だね、あんた達」
「轟さん、先ほどのお話の途中で、言葉を挟むのは失礼かと思い、言わなかっ
たんですが……」
 低姿勢で始めた菊池。こうすることで、話すがスムーズに運ぶ。日本に戻っ
て来てから、このやり方を思い出した彼である。
「何を言いたいんだ、あー、菊池さん?」
「神野さんの死が他殺だと仮定して、犯人が外部から来たという可能性は、ど
うでしょう?」
「お?」
「念のため、戸締まりを見て回った方がいいのではないかと思ったんですが」
「うーむ、なるほど」
 感心した風にうなずくと、轟は菅原を呼び止め、戸締まりのチェックをした
いと伝えた。
「なかなか、素早いねえ。僕のすることがなくなってしまう」
 轟の様子を見守りながら、六津井に耳打ちする菊池。
「そんなことより、君は殺人事件の捜査までやるつもりかい?」
「そういう性分なんだ。できるだけのことはしたい」
「やれやれ」
 話している内に、轟が戻って来て、ありがたいことに報告してくれた。見逃
しを教えてもらった、礼儀のつもりなのかもしれない。
「どこも開いておらんかったよ。一階は冷房が利いてるから、窓を開ける必要
がないそうだ。これで安心できただろう」
「安心とはおかしいですよ」
 苦笑をこらえ、真面目に応じる菊池。
「もし殺しだとすれば、ペンション内の人間の中に、犯人がいることになって
しまいます」
「む……。とにかく、部屋に戻って、鍵を掛けておく。これが一番だ」
 轟の顔色が少し変化したのを見、菊池は潮時だと判断した。大人しく、二階
へ引き上げるとする。
 −−部屋に戻って三十分あまり経った頃、にわかに階下が騒がしくなった。

 神野麻伊の死は、他殺である可能性が強い−−そのような見解が、あとから
やって来た刑事によって、伝えられた。
 が、それ以上に衝撃的な事態が起こっていた。
「一人いない、だって?」
 吉田と名乗った刑事は、轟の報告に声を荒げた。轟もまた、恐縮した態度で、
頭を下げている。
「は、どうも、申し訳なく……。二階から逃げ出せるとは、想像できませんで」
 姿を消したのは、力石だった。彼の部屋、四号室では、カーテンの厚手の布
地がきれいに取り去られ、窓の鍵が開いていたことより、窓からカーテンをロ
ープ代わりに垂らし、それを伝って外に降り立ったものと見られる。ペンショ
ン周辺は砂利を敷き詰めてあるので、足跡の識別は困難を伴うであろう。
「靴はどうした? 力石の靴は」
「あ、あります」
 若部がおずおず、震え加減に教えた。
「そ、その代わり、スリッパがなくなっていますから、き、きっと、力石様は
スリッパのまま、出て行かれたのではないでしょうか」
「ふむ」
 鼻を鳴らして、床に視線を落とす吉田。皆のスリッパを確認したらしい。宿
泊客は一様に、ライトグリーンのスリッパを引っかけている。
「力石は、ここへは何でやって来たんですか? 車?」
 今度の質問に答えるのは、菅原。
「いいえ。私の記憶では、あの方は免許を持っておられませんから。この度の
ご宿泊も、タクシーでお越しになりましたわ」
「なるほど、分かりました。逃げるとすれば、タクシーだろうな」
「あの、刑事さん」
 五藤が、辛抱できなくなったように口を開いた。
「力石さんが犯人なんですか、麻伊を殺した?」
「まだ分からないが、充分に怪しいと言えるのは確かだ。あなたは被害者と同
部屋でしたな? 何か、力石との間にトラブルがあったんでは……」
「それが、何もないんです」
「本当に?」
「本当ですっ。少なくとも、私は知りません。力石さんと話したことさえ……
そりゃ、短い挨拶ぐらいならあったわよ。それぐらいで、殺されるんだったら、
やってられないわ!」
「分かった分かった」
 わめき出した五藤を、吉田がなだめる。
「とにかく、今は力石の行方を探るのが先決だ。無論、並行して、事件の捜査
も進める。お一人ずつ、話を伺わせてもらいます」
 刑事は関係者を見渡し、やがて一人を指名した。
「最初は、菅原さんからお願いできますか。被害者のお友達は、興奮している
ようなんで、後回しだ」

 順番が回ってくるまで、菊池は六津井と相談しておきたいことがあった。
 が、口裏を合わせられるのを恐れたのだろう、警察が部屋に戻ることを許さ
なかったので、相前後してトイレに立った。
「例の件、話さなきゃならなくなると思うんだが」
「それって、脅迫のこと?」
 煙草を吹かしながら、六津井は早口で言った。
「別に言っても、意味はないように思うな。力石が脅迫犯と分かったあとなら
まだしも、今のままじゃ、相手にされない」
「違う違う、そっちじゃないさ。神野麻伊が君の大ファンだと言って、尋ねて
きただろ」
「あ、それか。隠していたって、五藤さんが話すに違いない。下手な小細工は
やめておくのが賢明だろうな」
「アリバイはどうだ? ありのままを、正直に−−でいい?」
 菊池の問いに、六津井はうなずき、吸い差しの煙草をもみ消した。
 −−それから約一時間後、六津井に続いて一階の小部屋に呼ばれた菊池は、
刑事の通り一遍の質問に、素直に答えていった。自分の名前や住所に始まり、
ここ緑浴荘に来たいきさつないしは目的、相部屋の人物との関係等々。職業は
一応、探偵だと答えたら、いい顔されなかった。神野と五藤が尋ねてきた折の
様子については、繰り返して確認を取られた。
「それでは、あのOL二人、特に仲が悪いようには見えなかったと?」
「むしろ、何でも言い合える仲だと感じました」
 吉田の目を真っ直ぐ見返す菊池。刑事はやりにくそうに、咳払いをした。
「−−ふん。では、あなたのご友人が、神野麻伊に好意を持ったとは感じられ
ませんでしたか?」
「全く感じませんでした。刑事さんは、六津井を疑っているのですか?」
「彼だけを特に疑っているのではないから、ご安心を」
「つまり、僕もお疑いですか?」
「……極端な話をすれば、そうなります。下世話な例だが、女に言い寄ってみ
たがふられ、その腹いせに軽く暴力を振るったつもりが相手は死んでしまった、
なんていう状況もないとは言い切れないですからな」
「分かりました。続けてください」
「言われんでも」
 いかにも不機嫌な手つきで頭をかく吉田。
「午後八時から九時の間、菊池さんはどこにいましたか」
「その時刻なら、ほとんど六津井と一緒に二号室にいました。九時前に部屋を
出て、ペンション内をぶらぶらしていたら、若部さんの悲鳴を聞いて……。そ
れ、死亡推定時刻ですか?」
「ああ。うるさい人だね、あんた。言っておくが、素人探偵風情がでかい面す
るんじゃない」
「心得ているつもりです。我が身の安全を願うあまり、つい、聞きたくなって
しまうだけ」
「我々がいるんだ、もう何も起きやしない。で、あんたの連れは、八時から九
時まで、一歩も外に出なかったかね?」
「八時半頃、一度中座していますね。トイレだと言って、五分足らずで戻って
来ましたよ」
「ふむ、話は合うようですな。ま、五分あれば、不可能ではない」
「計算上はそうでしょうが、僕は信じませんよ。それより、八時から九時の間
とは、幅がありますね。五藤さんと神野さんはその時間帯、互いに独りぼっち
になっていたのかな。おかしいなあ」
「おかしくはない。神野麻伊が先に一人で風呂に入っただけだ。その間、五藤
は部屋でモニターのアンケートを……って、何を答えさせる!」
 菊池の口車に乗せられた吉田は、顔を真っ赤にして怒った。案外、単純な性
格のようだ。
「刑事さんも質問があれば、してください。なるべく、答えますよ」
「ったく……。何か怪しい人影を見たとか、妙な動きをしている人物を見かけ
ませんでしたかなっ?」
「あいにくと」
 肩をすくめて答える菊池に、吉田はかぶりを振って、「もういい。また話を
伺うかもしれんが、今は結構だ」と、手で追い払う仕種を見せた。
「どうも」
 軽く手を挙げ応えてから、菊池は部屋を辞去した。

−−続く




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