#4111/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/27 9:28 (186)
疾走する夏の死 5 永山
★内容
「今の時点で、君は誰が怪しいと思っている?」
部屋に戻るなり、菊池は六津井に聞いてみた。
「……殺人かい? それとも脅迫?」
「そうだね、まず脅迫から」
「それの解決は君の仕事なんだよ。でも、まあいい。逃げた力石が最も怪しい
……と考えるのが、常識だろうね。脅迫のネタをここに持って来ていたとした
ら、警察に所持品を調べられたらやばいので逃げ出したと見なせば、話が合う」
「僕もそう考えた……最初はね」
「ふむ」
鼻を鳴らしてうなずく六津井。それから、顎をしゃくって菊池を促した。
「最初とは?」
「逃げたからって、どうにもならないんじゃないかなあ。脅迫行為は隠せるか
もしれないが、それとて不確定。だいたい、脅迫のネタを持って逃げたのかど
うかも、はっきりしない。警察は彼の部屋を調べたろうから、聞けば教えてく
れるかもな。ははは」
「マジに知りたいもんだぜ。あいつが脅迫犯だと分かったら、直接、話を着け
てやる」
握り拳を作ったホラー作家に、探偵は苦笑しつつ声をかける。
「興奮しなさんな。それじゃ、次。殺し……かどうかまだ確定はしていないが、
神野麻伊が死んだ件は、どう考える?」
「力石が犯人なら、話が早いが……何とも言えない。菊池、君は元々、殺人事
件の方が本領だろう? 君の意見こそ、拝聴したいね」
「難しい。動機……被害者とそれなりの接触があった人物をピックアップして
はみたんだが」
「まず、六津井雄の名前が挙がるだろう?」
軽口を叩く六津井。菊池は天井を仰いでから、続けた。
「確かに、その名もリストに入るさ。だが、それ以外にも、案外多い。五藤は
当然としても、若部さんや菅原オーナーとも接触しているだろうし。女同士で
気が合ったとすれば、根木奈美恵とも親しくなっていたかもしれない」
「根木奈美恵? 車椅子のあの子に、殺しは無理だ」
「父親が実行した可能性は、消せないと思う。つまり、僕はこう考えてみたん
だ。娘の足のことに対し、何か侮蔑的な言葉を口走った神野を、父親が殺す、
と」
「まさか」
六津井は、それはないという風に首を横に振った。
「そう言い切れるか? 最初、殺すつもりはなかった。ただ、一言謝らせよう
としただけだったが、相手が意に介さぬのを見て、かっとなり、勢いあまって
殺してしまったという場合もあるかもしれない」
「−−素晴らしい想像力だ」
呆れ口調の六津井は、拍手の真似さえする。鼻白む菊池へ、さらに台詞が続
いた。
「私なんかより、よほど作家に向いているよ。どうだい、一つ、書いてみたら
いい。出版社への紹介は任せてくれ」
「ユウこそ、ありがちな台詞を吐くなって。悲しいかな、探偵は武器が乏しい
からね、あり得る状況を想定しなくちゃ、やってられないのだ」
「警察と変わらないな」
「彼らは全ての状況を考えて、潰して行くのが主な仕事。それに比べれば、僕
は理屈で動いているつもりだけどねえ」
その後、日付が変わる頃合いを迎え、菊池達は眠りに就いた。警察からの忠
告−−ドアの鍵をしっかり施錠するように−−を守って。
夕べに比べると、今朝はさほど慌ただしくない。警察は、必要な人員を残し
て引き上げていったらしい。力石追跡に関しては、すでにペンション周辺の捜
索を終え、それでも発見できないため、範囲を広げたという話が流れていた。
大勢は、力石犯人説に傾きかけているようだ。
味は素晴らしいのに、気分は一向に素晴らしくないまま朝食を済ませ、菊池
と六津井は、刑事らの目から逃れるように、部屋に戻った。他にやることがな
いのだ。無論、外出は自由になっていたが、気分的に乗れない。
「折角の滞在が、台無しだな。すまない」
六津井が頭を下げるのへ、首を振る菊池。
「よしてくれ。元々、脅迫犯探しで潰れるはずだったんだから、いいよ。その
脅迫犯探しが、警察が居残っているおかげで、やりにくくなったのは痛恨だが」
「力石の部屋から、何も見つからなかったんだろうか」
「小耳に挟みさえしないところを見ると、何も出なかったのかな。ネガフィル
ムの形でなら、普段から肌身離さず持っていたとしても、不思議じゃない。あ
るいは、力石脅迫犯説自体、誤りなのか」
「二人だけで、悶々と考えていても、堂々巡りするだけだろう。警察の目をか
いくぐってでも、情報収集すべきじゃないか」
「おや。昨夜とはかなり態度が違うね」
「いや……」
しばし言い淀む六津井だったが、結局は口を開いた。
「警察は、どうやら私への疑惑も拭い去っていないように感じるものだから。
私が犯人でないと立証するには、君が真犯人を見つけるのが近道だと思ってね」
「ありがたいお言葉。だけど、僕には警察への伝がある訳でなし、このまま刑
事に居座られちゃ、下手に動けない。ただ……ペンションにいる人達を個別に
訪ねるぐらい、許されるだろうからね。歓迎してくれるのであれば、皆さんに
事情を伺いに行きたいとは思う」
「何だ、それを早く言えっ。やろうじゃないか」
「やりたいんだが、僕一人では、相手に拒絶される可能性が高い。君の協力が
ほしいんだが、いいのか」
「かまいやしないよ」
何を今さらという風に笑うと、次いで怒ったような表情を作る六津井。
「だけど、話の流れによっては、君が脅迫されていたことを明かさなければな
らなくなるかもしれないんだ。脅迫者がペンション内で他にもかわいそうな獲
物を見つけていた場合に限る話だがね」
「何それ? 同病相哀れむってやつ?」
そのとき、電子音がした。
舌打ちして、懐をまさぐった六津井は、携帯電話を取り出す。
「ああ、谷さん。おはよう。うん、うん。私は大丈夫ですよ。来たけりゃ来て
いいが、どうせ追い返されるのが落ち。ええ、ええ、ご迷惑はかけないですむ
でしょう。じゃ」
切ってから、六津井は吐き捨てるように説明する。
「親しい編集者からだ。事件の報道、もう流れているらしい」
「そうか……君は売れっ子作家だったんだねえ。まだまだかかって来るんじゃ
ないか?」
「冷やかしはよしてくれ。面倒だ、電源は切っとくよ。さあ、それよりも、み
んなへ話を聞きに行くんじゃなかったのか。付き合うぜ」
「分かった、行こう。ただし、君は紹介してくれるだけでいい。相手には、僕
が探偵として脅迫者を追っているとだけ告げる。君のことは出さない」
強い調子で菊池が言うと、六津井は少しの間、ぽかんとしていたが、やがて
嬉しそうにうなずいた。
菅原には、宿泊費のことで話があると、嘘の理由を言って部屋に入れてもら
った。そうしないと、刑事の目が案外うるさいと分かったのだ。
「このようなトラブルにお客様を巻き込んでしまい、まことに」
「あ、いえ、すみません」
真に受けた菅原に対し、部屋が密閉状態になると共に、すぐに謝った菊池。
「苦情を言いに来たのではありません。本当は、今度の事件でお聞きしたいこ
とがあるのです」
「菅原さん、嘘を言って申し訳ない」
六津井も頭を下げた。
菅原は腰を折りかけた姿勢で面を上げ、まだ事情を飲み込めない様子だ。
「お話ししたと思いますが、こちらの菊池内之介は探偵の心得があり、今回、
緑浴荘に寄せてもらったのも、実は仕事の一貫でしてね。彼が前々から追いか
けていた、ある犯罪者が、こちらを利用している可能性が非常に高く、調べて
いるのです」
「まあ。一体、どういった犯罪でしょうか」
着物の袖で口元を隠す菅原。菊池は単刀直入に応じた。
「脅迫です。僕が最初にお伺いしたいのは、ここを利用した客が、ペンション
側へ文句を言ってきたことはなかったかという点です。覗かれているような気
がするとか、盗聴されているのではないかとか」
「ございません」
早い返事だった。しかし、オーナー経営者の顔は怒っている様子は微塵もな
く、むしろ若干の焦りの色が滲んでいると受け取れなくもない。
菊池はいくらか考える時間を取り、わざとゆっくりと聞いた。
「では、お客さん以外からは、どうです?」
「……どういう意味でございましょうか」
「そんなきつい目をしないでください。とにかく、座らせてもらえませんかね」
立ったままだった菊池は、両手を大きく広げ、部屋を見渡す仕種をした。
「−−失礼をしました。どうぞ、そちらへ。六津井さんも」
菅原の示す椅子へ、二人とも収まった。菅原も頑丈そうな造りの木の椅子に
座ったところで、菊池は話を再開する。
「菅原さんを含め、ペンションの従業員が脅迫されているケースを想定してい
るのです」
「お、おい」
左手から、六津井が肩をつついてきたが、かまわずに続ける菊池。
「わざわざここを使うからには、脅迫犯にとって、何かメリットがあるはず。
もしや、ペンション側の誰かを脅しているのかな、と思ったんですがね。ひょ
っとすると、脅されたその誰かさんは、脅迫ネタの収集のため、ペンションの
一室を提供しているのかもしれない」
「根拠もなしに、そのようなことをおっしゃられると、困ります」
「根拠はありますが、ニュースソースは秘密です。それで商売をしているもの
ですからね」
はったりをかます菊池。いかにも秘密を握っているんだぞと言いたげに、上
目遣いに相手を窺い、口元だけで笑ってから、ウィンクした。
「あなたが突如、芸能界を引退して、こんなペンションを構え、若い女の子を
雇う。これは充分、奇妙です。僕はこの件を公にするつもりは一切ありません。
が、早いか遅いかの違いだけで、僕の他にも嗅ぎつける者が出て来るでしょう、
きっと。事実、脅迫者の奴は、知っていたんだし。今度の殺人事件で、緑浴荘
は注目されるでしょうしね。レポーター連中が押しかけ、いずれ……」
「……分かりました」
うなだれた菅原を見て、菊池は驚きを隠しつつ、ほくそ笑んだ。六津井に目
配せしてから、改めてオーナーを促す。
「さあ、せめて、ご自身の口からお話願えませんか」
やがて、菅原登喜がぽつりぽつりと語ったところによると、脅迫者は−−や
はりと言うべきか−−力石譲二だった。
六津井と違って、菅原が脅迫者の正体を知っていたのは、相手自らが名乗っ
たからだ。菊池の推測(当てずっぽうであったが)の通り、菅原の弱味を握っ
たのをいいことに、緑浴荘に有名人や社会的地位のある人物を呼ばせ、彼らの
スキャンダルを収集しようという魂胆を、力石は持っていた。
菅原が掴まれていた弱味は、若部りつ子に関わる、ある過去だった。
「あの子の母親、若部妙子は、歌手時代の私の付き人をしておりました」
「そうでしたよね」
さも分かっているかのように、うなずく菊池。隣の六津井は、芝居ぶりに驚
いているのか、険しい顔をしている。
「とうにご存知でしょうが……妙子は事故死しております。私が引退する二年
前に、ドラマ収録先の**湖で」
声が出そうになるのを辛抱し、菊池は黙って待つ。
(菅原さんは歌手だけでなく、俳優もこなしていたのか。それにしても、人の
死が関わってくるとは、穏やかでない)
「表面上は、休憩中、一人で湖に漕ぎ出した妙子が、オールさばきを誤って転
覆、水死したとなっておりますが……私も同乗していたのです」
「あなただけが助かり、妙子さんが亡くなったのは、運不運だけじゃない……
そうですね?」
当たり障りのない言葉を差し挟み、菊池は膝の上で手を組んだ。
「はい……湖のほぼ中央で、ボートはあっという間に転覆してしまい、泳ごう
にも水は冷たくて、身体が思うように動かなくなっていきました。つかまる物
があれば……必死の思いで探すと、二本のオールが指先に当たりました。私は
慎重にそれにつかまり、ほっとしました。休憩時間もじきに終わる。このまま
待てば、誰か助けに来てくれる、と。ところが……妙子が、私にすがりついて
きたから、私は……」
「−−カルネアデスの板ですね。生命の危機が迫ったとき、我が身を一番に思
っても、罪には問われない」
−−続く