AWC 代償   第二部 21    リーベルG


        
#4098/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/ 8/17   0:24  (136)
代償   第二部 21    リーベルG
★内容

                21

 心に葛藤を抱えたままマンションに戻った由希は、留守にしていた間にたまっ
た新聞や郵便物を回収してから、服を着替えるのもそこそこに電話に向かった。
めぐみがコンクールへ提出する絵は、もう完成しているはずだったから、一刻も
早くそれを見て心を休めたかったのだ。
 受話器を取り上げようとした由希は、留守中にメッセージを録音したことを示
すランプが点灯しているのを見て眉をひそめた。が、すぐにめぐみか、野上教師
だろうと思い、再生ボタンを押した。
 内蔵音声が、録音された日付を告げる。8月4日、二日前である。
 やがて予想通り、野上教師の声がスピーカーから流れた。だが、その内容は由
希の予想とは全く異なるものだった。



 赤信号をいくつも無視して、由希は市民病院に駆けつけると、全速力で入院病
棟に向かった。
 3階の端にある病室の前のベンチには、野上教師が座っていた。
「野上先生!」
 野上教師は由希の姿を認めると、心底安心しきった様子で立ち上がった。
「よかった、橋本先生」
「立川さんは?」
「ここです」指さしたドアには、「面会謝絶」の札がかかっている。「ですが、
会えませんよ。さっき立川くんの保護者の方が帰られたところですが……」
 由希は聞いていなかった。ドアノブに手をかけて引く。施錠はされていなかっ
たらしく、ドアは音もなく開いた。
「あ、ちょっと橋本先生……」
 病室に踏み込んだ由希は、点滴を受けながらベッドで昏睡しているめぐみの姿
を見て息を呑んだ。
「先生、駄目です」
 野上教師が強引に由希の身体を病室の外に押し出した。由希はおとなしく外に
出たが、とたんに野上教師にくってかかった。
「何があったんですか?」
 野上教師はため息をつくと、四日の夜のことを話しはじめた。
「……それで、私が学校に戻る途中、何人かの学生とすれ違いました。確か三年
生の男子と、名前は忘れましたが確か立川君と同じクラスの女子、それに朝倉祐
子です。
 いやな予感がしましてね、急いで車を飛ばして学校に戻り、美術室に行ってみ
ると、警備会社の警備員が大慌てで走ってくるところでした。私はとにかく美術
室に急ぎました……」
 めぐみは下着一枚で床にへたりこみ、何かをぶつぶつ呟きながら、汚れた絵筆
で床に意味のなさない絵を書いていた。目はうつろで何も見ていないようだった。
仕上げていたはずのキャンバスは、床に捨てられ、もはや修復不可能なまでに汚
されている。
 すぐに救急車を呼んで病院に運び込んだが、野上教師は独自の判断で警察には
届けずにおいた。めぐみが性的な凌辱を受けている可能性があったからである。
「というのはですね、誰にも言わずに置いたのですが、床にこの写真が落ちてい
たからなんです」
 野上教師が取り出してみせたのは、めぐみの上半身裸の姿を写したポラロイド
写真だった。
「誰がやったにせよ、警察の捜査が始まれば、自暴自棄になって写真をばらまく
かもしれません。藤澤美奈代の二の舞はごめんですからね」
 幸いにも、めぐみは強姦されてもいなければ、負傷してもいなかった。だが、
より深刻なダメージを、心に受けていることは明らかだった。
「意識が戻ると、手当たり次第に周囲のものを壊そうとするので、今は昏睡状態
に置いてあるそうです。このまま様子を見て、安定してから改めて精神科での治
療に入るとのことです」
 由希は言葉もなく頷いた。涙が頬をつたっていた。
「私がついていながら、こんなことになるとは……」
「先生は、朝倉祐子を見たんですね」
「間違いありません。私服でしたが。そうそう。今にして思えば、朝倉祐子の服
が変に汚れていたようですよ。そのときは気にも止めませんでしたが、あれは間
違いなく絵の具です」
 由希の瞳に、ある決意が燃え上がった。
「野上先生、どうかこのことは内密に。学校には病気と報告しましょう。コンク
ールの方は棄権しなければなりませんが」
「残念ですが。もう一枚の完成した絵は、持ち去られたらしくなくなっていまし
たし。立川くんさえ元通り立ち直ってくれれば、絵はいくらでも描けますからね。
しかし内密にするのはなぜです?警察に届けた方がいいのでは?私も喜んで証言
しますよ」
「肝心の立川さんの証言が得られないのでは無駄です。それに朝倉祐子の父親は
政界や財界に顔のきく人間です。うかつに訴えると、逆に名誉毀損で訴え返され
ます。それにマスコミに知られれば、立川さんを安静にしておくことができなく
なるでしょう。ここは立川さんのためにも内密に」
「そうですな。わかりました」



 天野志穂の死体は、翌日発見された。発見したのは工事現場の管理者である。
死因は致死量以上の覚醒剤を体内に投与したためと発表されたが、不審な点も多
いため、死体は解剖に回された。その結果、志穂がかなり長期にわたって中毒状
態にあったことや、何人かの男性と交情した形跡があること、さらに妊娠してい
たことなどが明らかになった。前後の事情から警察は、志穂が親を偽ってボーイ
フレンドと旅行に行き、覚醒剤を用いた乱交パーティに参加したが、誤って覚醒
剤を過剰摂取したため死亡したと結論した。警察は志穂のボーイフレンドを捜索
したが、その手がかりはつかめなかった。
 死因の詳細は、家族の心情を考慮してマスコミには伏せられたが、いくつかの
新聞社や週刊誌編集部に匿名での情報提供があり、数日もたたないうちに真実が
暴露されてしまった。



 ここ数日の間、朝倉祐子はじっと考え続けていた。
 最初は驚くだけだった志穂の死も、冷静になって考えてみると、いろいろと不
審な点がある。藤澤美奈代の自殺と、志穂の死を結びつけた者は少数ではなかっ
ただろうが、二人の共通点、そして祐子自身との共通点を知っている人間は、ほ
とんどいない。加えて、立川めぐみが、その共通点である少女にそっくりな絵を
描いていた。これは偶然だろうか?
 それはありえない。では、どのようなつながりがあるのだろう。
 立川めぐみの才能を見いだしたのは、野上教師だ。野上教師が関係しているの
か?いや、それはありえない。野上教師が大菅加代のことを知っているはずはな
いし、仮に知っていたとしても、立川めぐみがあの絵を描いた理由にはならない。
 そもそも、なぜ、立川めぐみはあの絵を描いたのだろう。それにあの絵は大菅
加代にそっくりではあるが、別の誰かにも似ている。それは誰だろう。もちろん
橋本教師だ。そうだ。噂では最初に立川めぐみの才能に注目したのは、橋本教師
であるという。となると、感謝の意をこめて、立川めぐみが橋本教師をモチーフ
にあの絵を描いたということはあり得ることである。
 そして記憶の中にある顔と比べてみれば、橋本教師と大菅加代の面影は、似て
いる、といってもいい。
 藤澤美奈代と橋本教師は無関係ではない。それどころか、美奈代と最後に話を
したのは他ならぬ橋本教師だ。
 天野志穂と橋本教師の接点は見い出せない。だが、立川めぐみを襲ったとき、
橋本教師は旅行に行くとかでいなかった。だからこそ、野上教師を外に誘い出す
だけでよかったのだが。しかし、逆に考えてみれば、天野志穂が旅行に出ていた
という日取りと、橋本教師がこの地を離れていたという日取りは奇妙に一致する。
これは単なる偶然なのだろうか。それとも、天野志穂の死に、橋本教師が関係し
ているのだろうか?
 橋本教師は、偶然、大菅加代と顔が似ている。そして、大菅加代の自殺の原因
となった三人のうち二人が死に、そのどちらもが橋本教師と関係がある。これは
もはや偶然などではありえない。
 この推理は、橋本教師と大菅加代の接点が明らかになれば完成する。
 祐子は、普段は使わないメモ帳を開いて、一つの電話番号を探し出した。ある
興信所の番号だった。金さえ払えば、多少違法な情報収集でもこなしてくれる。
父が利用していたのを知り、こっそり番号を控えておいたのだ。
 以前にも何度か、祐子はこの興信所を利用したことがある。これまで期待に背
いたことはない。今度もきっと役に立ってくれることだろう。



「私よ。例の計画、来週から始めるわ。いえ、大丈夫。明日会えない?そう……
そうよ……詳しいことは会ってから話すわ。じゃあ、明日19時にいつもの場所
で。待ってるわ」

                             第三部につづく





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