#4097/5495 長編
★タイトル (FJM ) 97/ 8/17 0:23 (190)
代償 第二部 20 リーベルG
★内容
20
志穂にとって地獄のような日々が続いていた。
日々という言葉は正確ではない。朝とか夜という概念が意味を失っているのだ
から。
麻薬が志穂の身体と頭を目覚めさせている時間は、男たちが順番に現れては犯
していった。最初のうち、志穂は形だけでも抵抗を見せたが、今ではすっかり諦
めてしまった。抵抗しようとしまいと、男たちに犯されることには変わりがない。
むしろ抵抗することは、男たちの嗜虐心をあおるだけだ。
抵抗をしないならば、せめて男たちの満足心を多少なりとも減らしてやろうと、
反応を少なくしようともしてみた。だが、いくら心がそう命じても、身体の方が
反逆した。覚醒剤の影響下での性行為は、通常の何倍もの快感を生じるのだ。経
験の浅い志穂が、それに耐えるのはほとんど不可能に近かった。
あるとき志穂は、男たちがもたらす快感を、実は自分が待ち望んでいることに
気付いて、心の底からぞっとした。
何時間もかけて凌辱された後、わずかばかりの食べ物とジュースを与えられる。
疲れ切った身体は食物を受け入れず、志穂はジュースばかりを飲んでいた。
男たちに身体をむさぼられていない時間は、由希が現れ、妹の日記を読んでき
かせた。すっかり忘れていた記憶が呼び覚まされ、志穂は別の苦しみを味わった。
一度耳をふさいで由希の声を遮断したが、すぐに男達が牢の中に踏み込んできて、
志穂は両手を縛られてしまった。
一定の周期で、麻薬の効果が切れる時が訪れる。志穂の身体はばらばらになり
そうな苦痛にさいなまれ、床の上をごろごろと転がって、悶え苦しんだ。日記を
読んでいる途中で禁断症状が現れても、由希は読むのをやめようとせず、心と身
体双方の苦痛にのたうちまわる志穂を見つめ続けた。
眠る時間はほとんどなかった。禁断症状に苦しんでいる間は眠るどころではな
く、それ以外の時間は麻薬の影響で眠りたくても眠れない。男たちに犯された後、
疲労しきったわずかな時間にうとうとするだけだった。
耐え難いのは、禁断症状に苦しみだしても、すぐに薬を与えられないことだっ
た。苦痛で発狂する寸前まで、鉄格子の向こうに注射器を見せつけられ、必死で
手を伸ばす志穂を、由希は非人間的な笑みを浮かべて見ていた。
身体が、絶え間なしに投与される薬物に慣れてきたのか、一回の注射の効力が
持続する時間は次第に短くなっていた。このまま続けば、身体がぼろぼろになっ
てしまう。そんな恐怖を実感しながらも、与えられる注射器を捨てようとはしな
い志穂だった。
数日で志穂の顔は、別人のようにやせ衰えていた。目の下に真っ黒な隅ができ、
頬の肉はげっそりと抜け落ち、眼球ばかりが飛び出さんばかりに大きく、ギラギ
ラしている。身体を洗うことはもちろん、顔を拭うタオルさえ与えられないので、
全身が異臭を放っている。
由希に対しては反抗的な態度を取り続けた志穂だったが、あるとき、とうとう
耐えかねて懇願した。
「先生、お願い!あたしが悪かったわ。加代坊のことは謝ります!反省してるか
ら、ここから出して!」
「どうせ口だけでしょう」由希の答えは冷たかった。「心から反省なんかしてい
るはずもないわ。それに、あんたの謝罪なんかにどれぐらいの価値があると思っ
てるの?謝れば何でもすむわけ?どんなに反省したって、あんたの罪は消えない
わ」
志穂は絶望のうめき声をあげたが、由希は構わず日記を読み続けた。
その由希も、志穂が思うほど平然としているわけではなかった。志穂の前で日
記を読んでいるときは、冷静な態度を崩さなかったものの、それ以外の場所では
疲労の色を隠しきれなかった。志穂の苦しみを一時でも見逃すまいと、志穂とほ
とんど同じぐらいしか寝ていなかったし、食事は喉を通らなかった。持参したビ
タミン剤だけしか口にしないこともしばしばだった。
単に肉体的な疲労だけではなく、本人が思っている以上に、志穂の苦しみに対
する葛藤が影響していることは、誰が見ても明らかだった。克也とは、次の標的
に対する計画を打ち合わせたりしていたが、それまではなかった躊躇いが現れて
いた。
「由希さん」克也は由希の身体を心配するあまり、毎日のように言った。「あん
た、あの子と心中するつもりじゃないだろうな?あんたの命は、あんなやつと引
き替えにできるほど軽くはないんだぞ」
「わかってるわ。心配しないで」
そう答えはするものの、由希の口調からは決然とした雰囲気が消えていた。
志穂が禁断症状にのたうち回る姿を見た後、由希は何度か嘔吐をこらえきれな
かった。
「あんなにすさまじいものだとは思わなかったわ」
「だから全国の暴力団の主たる収入源になってるのさ」克也はタオルを渡しなが
ら答えた。「どんなに強い人間でも、絶対に破壊できる。充分に意志が強く、周
囲にそれだけの環境があれば、薬を断つことはできるがね。例えば、外から鍵の
かかる部屋に閉じこもるとかね。だけど、たとえそうしても、目の前に注射器一
本ぶらさげれば、九割九分が手を伸ばすだろう。それが自分をぶっ壊すってこと
がわかっていてもな」
志穂が旅行から帰宅する予定になっている前日。
志穂は注射をした後、そばに立っている由希を不思議そうに見つめた。
「帰してあげるわ」由希は疲れたように告げた。「服を着て」
何を言われたのかわからないように、志穂はぽかんと口を開けて由希を見た。
「家に帰してあげるって言ったのよ」由希は辛抱強く繰り返した。
それでも志穂は理解しなかった。
「世話が焼けるわね」
そう言うと由希は、克也に合図した。克也は別の注射器を持って近づいてきた。
志穂が抵抗する間もなく、針を腕に突き立てる。
一分もたたないうちに、志穂は意識が朦朧としはじめるのを感じた。周囲が次
第にぼやけていく。声だけが聞こえた。
「服を着せるから、車の用意を頼むわ」由希が言っている。
「よし、お前達。引き上げるぞ。忘れ物をするなよ。ゴミも全部持っていくんだ。
後から本職に掃除してもらうが、余計な問題を残していくんじゃない。特に、使
い捨て注射器とヤクのアンプルには注意しろ……」
志穂が聞き取れたのはそこまでだった。全てが闇に吸い込まれていった。
目覚めは苦痛とともに訪れた。すでに馴染みとなった禁断症状である。
軽いパニックにとらわれながら、志穂は周囲を見回した。
そこは監禁されていた地下牢ではなかった。志穂は何かの建物の壁によりかか
るように座らされていた。服をきちんと身に着け、足元にはバッグまであった。
志穂は座ったまま空を見た。曇っているが、夕陽が美しかった。
眠らされる前、由希の言った言葉が脳裏に甦った。本当に解放されたのだろう
か?ここはどこなんだろう?
どこかの工事現場のようだった。暗くなりかけた時刻のためか、人気は全くな
い。車の音も聞こえてこない。
どうすればいいのか、志穂は見当がつかなかった。何日も自発的な思考という
ものを失ってきたため、頭が動こうとしなかったのだ。だが、きょろきょろと周
囲を見回す動作が多少の刺激になった。
とりあえず立って歩き出そう。どこかで電話を見つけるか、人を見つけて、家
まで帰ろう。その後で警察に行くか?いや、まず病院に行って検査をしてもらわ
なければ……でも、そんなことは後で考えればいいこと。まず立たなければ。
苦痛が次第にひどくなってきている。放っておけば、のたうちまわるだけで歩
くことはおろか、声を出すことさえできなくなってしまうことは、これまでの経
験からわかっている。もう薬をくれる人間などいないのだから。
立ち上がろうと手を動かしたとき、志穂は左手にプラスティックのケースを握
りしめていることに気付いた。
微かな希望が生まれた。
大急ぎでケースを開いてみると、予想したとおり、空の注射器とアンプルが一
本入っていた。
驚喜しながら志穂は注射器にアンプルの中身を満たした。空気を出すと、すで
に赤い点が無数についている左腕に突き刺した。この一連の動作は、息をするの
と同じぐらい手慣れたものになっていた。
薬液が体内に注入されると同時に、いつものように苦痛が消え、爽快感が訪れ
た。志穂は満足そうにため息をついた。これで誰か人を見つけるまで、行動でき
そうだった。
そう思った次の瞬間、全身から一斉に汗が噴き出した。喉に、氷のかけらを押
し込んだような冷たさを感じた。
志穂は喉に手をやろうとした。できなかった。手を持ち上げるどころか、指一
本動かすことさえできない。
身体のバランスが崩れ、前のめりに倒れた。顔面を激しく地面にこすりつけた
が痛みなど感じなかった。
禁断症状とは異なる別の苦しみが襲いかかった。志穂はすぐにその正体を知っ
た。息が苦しい。肺も横隔膜も停止していた。身体が呼吸をしていないのだ。
わずかに唇だけがぱくぱくと動いた。だが、体内には1ミリグラムの酸素も送
り込まれていない。
想像を絶する恐怖が、志穂に襲いかかった。自分は今、まさに死のうとしてい
る。意識が鮮明なまま、空気を吸い込むことができずに。逃れる術もない自分の
死から目をそらすことさえできないままに。
誰かがそばに立つ足音を、鋭くなった聴覚が捉えた。志穂は助けを求めようと
最後の力を振り絞って、そちらに視線を動かした。
相手の顔を目にした途端、志穂は声にならない最後の悲鳴をあげた。
由希は死に向かって確実に突き進む少女の顔をのぞきこむと、静かな声で囁い
た。
「あんたは死ぬのよ。このまま息ができずにね。さっきの注射器には普段の4倍
の濃度の麻薬が入れてあったのよ。人間が息をしないで生きていられるのは、せ
いぜい数分。あんたの場合は何分かしらね?」
もはや相手が聞いているかどうかなど気にも止めずに、由希は続けた。
「あの世に行ったら、加代に謝るのね。こっちの世界であんたができる償いなど
何もないんだから」
志穂の瞳から光が失われつつあった。
「さようなら、天野志穂さん。あっちで藤澤美奈代と一緒に罪を償うのよ。すぐ
にあんたの仲間も送り込んであげるからね」
志穂の全身がぴくぴくと痙攣した。衣服の上からでもわかるほど、心臓が激し
く拍動している。唇はわずかな空気を求めて細かく揺れるように動いていた。
由希はしばらく待った。だが、2分ほど過ぎても志穂の心臓は停まらなかった。
由希は耐えかねたように後ろを振り返ると訊いた。
「あとどれぐらいなの?」
「わからないな」克也が答えた「個人差がある。体力が落ちてるとはいえ、こい
つは若くて健康だったから」
「意識は?」
「たぶん最後の最後まで意識はあると思う」
由希は再び志穂の顔を見た。見続けようとしたができなかった。
「もういいわ」由希は叫ぶように言った。「予備の注射器をちょうだい」
克也は無言で注射器を渡した。由希はそれを志穂の首筋に突き立てた。
ピストンを押し切ったとき、志穂の心臓は拍動を停止した。
由希は注射器を引き抜くと克也に返した。そして志穂の苦悶に満ちた死に顔を
見つめていたが、数秒で顔をそらした。
「行きましょう」
二人はその場を離れた。
車に乗ってからも、由希はウィンドウに映る自分の顔を見る勇気を持てなかっ
た。本来なら勝利感と満足感に満ちた表情であるはずなのに、苦悶にも似た表情
が浮かんでいることがわかっていた。
「次の計画のことだが……」克也が運転席から声をかけた。「いつから始める?」
「こっちから連絡するわ」由希は身震いした。「正直いって、今は次の計画のこ
となんか考える気分じゃないの。早くめぐみちゃんに会って、まともな暖かい世
界に戻りたいわ。それと香奈ちゃんにも会いに行かないとね」
「本当はこんな世界にいるべき人間じゃないんだよ、由希さんは。別に責めるわ
けじゃないんだが、もうやめたくなっただろ?」
「実を言うとね。次の相手は、これ以上の苦しみを与えてやるつもりだから。自
分がそれをまともに見てられるかどうか、正直いって自信がないわ」
「それでいいんだよ。これでやめにしたって、おれは由希さんが弱い人間だなん
て思いやしないから」
「これでやめにすべきだと思う?」由希は目を閉じたまま訊いた。
「何らかの報いは与えてやるべきだと思うが、単に輪姦して写真とビデオをばら
まくだけで充分じゃないか?プライドの高い女なら、それだけで自殺してくれる
かもしれない」
「そうね。考えとくわ」