#4089/5495 長編
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代償 第二部 12 リーベルG
★内容
12
県主催の学生絵画コンクールに、星南高校から作品を出品するらしい、という
噂は、たちまち学校中に広まった。もちろん、由希が意図的に流した話が源であ
る。由希が校内に作り上げたネットワークは、伝達の経路や速度が完璧にコント
ロールされていて、生徒たちの間に学校側からの公式な発表に依らずして、何か
の情報を広めたい場合には、きわめて有効な手段となっていた。その有効性は、
藤澤美奈代と天野志穂で立証されている。今回は、本来の目的から外れてはいる
ものの、はるかに意義のある目的に使用されたわけである。
生徒たち、とくに二年一組の生徒は驚いた。野上教師が強力に推薦する生徒の
名前は、何と立川めぐみなのだから。めぐみに対するいじめに加わっていた生徒
も、そうでない生徒も、思いもかけない事態に動揺した。
ほどなくして、放課後、美術室に残って作品の制作に取りかかっているめぐみ
の姿が見られるようになり、噂は完全に事実へと昇華した。野上教師も、各クラ
スでの授業の際、誇らしげに事実を確認していた。
めぐみのクラスの視線が、ほぼ一変するのに、それほど時間は要しなかった。
今まで、関わり合いになるのを恐れてめぐみとの接触を避けていたクラスメイ
トたちが、何かと口実を作っては話しかけてくるようになった。同時に、陰険な
いじめはなくなりはしなかったものの、急激に減少した。
めぐみはクラスメイトに請われると、ノートの端などに手早くイラストを描い
てやった。クラスメイトは喜び、まためぐみの隠された才能に驚いた。
久しくクラスメイトと打ち解けたおしゃべりなどしていなかっためぐみも、本
来の陽気な性格を取り戻しつつあった。朝、学校に来ても、靴箱にゴミが入って
いなかったり、机がきれいなままで昨日までの場所にあったり、椅子に画鋲が置
かれていなかったりといった、ごく当たり前の生活が楽しくて仕方がなかったの
である。
「こんなこと言うとおかしく思えるかもしれないんだけど……」めぐみは由希に
言った。「今まで、絵を描くってこと、そんなに興味があったわけじゃなかった
の。中学のときも、1年のときも、美術なんて息抜きの時間ぐらいにしか思って
なかったし」
「今は?」由希は優しく訊いた。
「あたしが、もうひとりのあたしに生まれ変われるかどうかの大事なイベントっ
て感じかな」
「もう一人のめぐみちゃん?」
「ちゃんと生きてる普通の人間」
「めぐみちゃんは普通の人間よ」
「でも死人みたいだったよ。せっかく入った高校だったのに、ここ何ヶ月かは、
息するのも苦痛だったから」
由希が珍しく言葉に詰まるのを見て、めぐみはくすっと笑った。
「大丈夫よ、先生。今はいっぱい息して、いっぱい生きてるって感じ。でも、ま
だ自信が持てない。いつ息ができなくなるかもわからない。今度のコンクールで
ね、入賞できなくても自分が納得できる絵が描けたら、そのとき、あたしが本当
のあたしに生まれ変われると思うの」
「天野、何か明るくなったねえ」
クラスメイトの言葉に、志穂はにっこり笑って頷いた。
「へへへ。わかる?」
「顔に書いてあるって、こういう顔してるんだね、って顔してる」
「なにそれ」志穂はけらけら笑った。
「いや、古いドラマのセリフよ。でも、何があったの?最近沈んでたのに。男で
もできた?」
「ふふん。まあねえ」
「へえ。どんな男?」
「内緒」
「えー、ずるいじゃん。教えてよお」
「また今度ね」
「なんか別人みたいよ、天野」
「そう?そうかもね。今のあたしは、生まれ変わった天野志穂なんだから!」
「やけにハイじゃない。これからどっか行くの?」
「そ。デートよデート」
「あー、いいなあ。ついてっていい?」
「来るなよ」
「へいへい。また今度はなし聞かせてもらうわ。ところでさあ……」クラスメイ
トは声をひそめた。「前に変な噂流れてたんだけどさあ」
「ああ、あれね」志穂は笑い飛ばした。「気にすることないよ。誰が流したのか
しらないけど、くそ迷惑な奴よねえ。あたしが藤澤と関係あるわけないじゃん」
「うん。もちろん、あたしはそんなこと信じてなかったけどねえ。ほら、いろい
ろ言うやつは言うじゃん?だから、天野、気にしてるんじゃないかなあって、心
配してたんだよ」
「まあ、確かにちょっとは気にしたけどね。誰か知らないけど、見当違いの恨み
でも持ってたみたいだし。でも、ま、最近は全然気にしてないし」
志穂は声をあげて笑った。クラスメイト感心したように言った。
「へええ。男ができると違うものねえ。ちゃんと避妊してる?」
「もち。ばっちり」
「何使ってるの?」
「内緒なんだけどね、ピル」
「ええ?医者でもらったの?」
「ううん。彼氏のツテでね。だって、あたしらが医者行って、生理不順だからピ
ル下さいったって、くれるわけないじゃん」
「そっかあ。いいなあ。じゃあ、生でやってるんだ」
「そーよ」
「どんな感じ?あたし生でやったことないよ」
「やっぱ違うわねえ、感じ方が。本当に合体してるって感じよお。それにねえ」
志穂はうっとりと記憶を反芻した。「ピル飲んでやると、ものすごいの。全身が
クリちゃんになったみたい。服の上から抱きしめられただけで、イッちゃいそう
になるもん」
「ええ、何それ?何かヤバ系のドラッグみたいじゃん」
「そんなんじゃないって。土曜日にね、ピル使いだしてから初めてえっちしたん
だけどさ、もう超すごいの!」
「なになに?」
「ピンクの象が一万匹って感じ!何回イッたか、数え切れないぐらい。帰り、膝
がくがくだったもん」
「へええ。何か天野、充実してるって感じ」
「うん、もう最高の日々よ」
「あたしも欲しいな、それ」
「ダーメ」
「けち」
「そういう言い方やめてよね」
「ま、いっか。天野みたいに淫乱お化けになるのもやだし」
「何よそれ。あ、このこと内緒だからね。絶対シーだよ。わかった?」
「わかったわよ」
しかし、この年代特有の道徳観念に基づいて「秘密」を定義すると、「誰にも
話してはいけないこと。ただし、絶対内緒だと念を押してから、友だち3人ぐら
いに話すのは、その限りではない」となる。志穂のクラスメイトも、これに従っ
て秘密を解釈し、その結果として、次の日以降、志穂が陽気になった理由を知る
人間は次第に増えていった。
不幸だったのは、志穂の交友関係は比較的まじめな範囲にとどまっていて、い
わゆる「不良」に分類される人々まで話が伝わることがなかったことだ。
田辺の舌が固くなった乳首を転がしている。一周するたびに、突き上げるよう
な快感が志穂の全身に広がる。田辺は決して急がなかった。志穂の快楽を精密計
測してでもいるかのように、指と唇と舌を使った愛撫を驚くほどていねいに進め
ている。自分の欲求を満たすことだけ考えている男とは一線を画していた。志穂
の快楽は、弾け飛ぶぎりぎりの限界まで引き出され、その状態がいつまでも持続
している。
すでに志穂の下半身は熱く濡れ、太腿の内側にまで溢れている。ベッドに入っ
てから1時間近く、田辺は志穂の乳房だけを愛撫していたにもかかわらずだ。
勢いよく突き入れて欲しい想いと、今の快楽状態を維持したい想いが、志穂の
中で狂ったようにぶつかりあっていた。だが、ついに耐えきれなくなる時が訪れ
た。
「もうダメ……」喘ぎながら志穂は哀願した。「入れて、おねがい」
「まだ」
田辺は短くそう答えただけで、乳首への愛撫を止めようとしなかった。志穂は
身をそらせて悶えた。
「いや、おねがい。入れて」
「だめ」
志穂の両手首は、田辺にがっしり掴まれて、ベッドに押しつけられている。ま
るでレイプされているような倒錯した想いが、そのまま快感の増量剤となってい
た。
室内の明かりは煌々とともされたままだった。志穂は何度も消してくれるよう
に頼んだが、田辺は聞き入れなかった。自分の身体の全てを男の目の前にさらけ
出している、という恥じらいに加えて、快楽の喘ぎ声をあげ続けている顔を見ら
れる恥辱もある。それらは、全てぞくぞくするような快感となって、全身を熱く
ほてらせていた。
「もう、もうダメ。おねがい、おねがい!」
志穂の手首が解放された。田辺は志穂の細い肩をつかむと、腰を密着させた。
何度も味わった絶頂の記憶と期待に震えながら、志穂は田辺の首に手を回した。
熱く固い男根の先端が、なおも焦らすように、濡れた太腿をなぞりながら中心部
へ進んできた。かすれた喘ぎが志穂の唇から洩れる。
挿入された瞬間、志穂はいつもの通り、反射的に腰を引いた。次の瞬間、爆発
的な快楽が全身を貫き、田辺の身体を抱いた腕に力が入った。自分が悲鳴にも似
た声をほとばしらせたことにも気付いていない。
田辺の前後運動に合わせて腰を動かすことにもすっかり慣れている。教えられ
たのではない。自ら発見した、快楽をコントロールする方法のひとつだった。
やがて……志穂が待ち望んでいた瞬間に至った。熱い液体が体内に放出される
のを感じながら、志穂は一切を時の彼方に忘却したような至福を全身で受け止め
た。
どれぐらいの時が過ぎたのか、志穂がようやく身体を動かす気になったときに
は、田辺はベッドから離れ、ソファに座ってビールを飲んでいた。
「あたしも欲しい」志穂はかすれ声で頼んだ。
田辺はビール缶をつかんでベッドまでやってくると、一口含んで唇を重ねた。
志穂は田辺のキスとビールの両方を楽しんだ。
「ああ」満足のうめき声とともに、志穂は唇を離した。「思いっきりイッたって
感じ」
「ぼくもよかったよ。ピル飲んでよかっただろ?」
「うん。なんか感じ方がすごくなった。生だと違うね、やっぱり」
「2週間ぐらいか。生理は?」
「先週の木曜日が予定日だったけど、それはちゃんと来たよ」
「それが最後で止まるよ。来月は来ないはず」田辺はビールを飲み干した。「そ
うすると、今日は本当なら危ない日なんだね」
「そーなるよ。本当に大丈夫よね?」
「大丈夫だから心配しないで」
「信用してないわけじゃないのよ」志穂は慌てて言った。「ただやっぱり不安だ
からさあ」
「来月になればわかるって」
「うん信頼してる。だからもう一回やろ」
「ちょっと休ませてくれよ」田辺は笑った。「まだ足りないのか?」
志穂は嬉しそうに笑った。
「幸せそうな顔して」
「しあわせよ、あたし」
実際、志穂は田辺とつきあい始めてから、これまでにない幸福感に浸っていた。
そしてこの幸福がいつまでも続くと信じて疑わなかった。