#4035/5495 長編
★タイトル (PRN ) 97/ 8/ 3 17:55 (133)
Jの悲劇(1/2) 叙 朱
★内容
Jの悲劇 ジョッシュ
松田さんから電話があった。
「よ、オレがわかるか」
松田さんは何がおかしいのか、くすくす笑っている。
「わかりますよ」
相手だけが笑っている電話での会話、というのは面白くない。しかももう深夜
だ。つっけんどんな返事になるのも仕方がない。それでも松田さんは、くすくす
と笑い続けている。
ああ、ねむい。もう眠りたい。昨日から、高村という連続幼女殺人事件の容疑
者を張り込みつづけていて、ほとんど寝ていないのだ。雨にも降られ、散々な張
り込みだった。そのあげく、結局目星をつけていた男は動かなかった。いや、動
けなかった。何しろ死んでいたのだから。殺人容疑者をやっと追いつめてみたら、
本人は死んでいました、ではシャレにもならない。
「面白いこともあるもんだ」
松田さんはとうとう、堪えきれないという風に吹き出してしまった。お願いだ
から寝させて欲しい。疲れているのだ。さもなくば、余程の面白い話じゃないと、
許さないからね。
「え、何ですか、聞きたいなあ」
ぼくは語尾を思いっきりはね上げた。なぜか松田さんにはこうなってしまう。
「オレは今日ね、あのゴミダメ荘に行ったんだよ」
「ゴミダメ荘? そこは自分が昨日から張り込んでいたところですけど」
張り込んでいるところに、奇妙な悲鳴が聞こえたのだ。気になって、高村の部
屋をノックしたが、応答はなかった。高飛びされたか、と焦って踏み込んだ部屋
には、男が仰向けに倒れていた。殺人容疑者、高村が自分のネクタイを首に巻き
付けて、死んでいたのだ。自殺として報告した。何しろアパートの部屋は窓とい
う窓は、換気口も含めて全部内側から鍵がかかり、玄関には丁寧にも内側からド
アチェンもあった。これじゃあ、自殺としか考えようがない。他殺なら、犯人は
透明人間か超能力者でなくてはならない。ただ、自殺につきものの遺書はなかっ
た。
「ああ、そうだな。でも、あいつは死んでただろう」
「はい。自殺でした」
松田さんの声は低くなった。
「あのな、あれはオレが殺したんだ」
「へ?」
呆気にとられた。何を言ってるの?
「それを、オマエは自殺と報告した。がははは。それがオレはおかしくてしょう
がない」
「松田さん、お願いですから、オレとかオマエとかいう呼び方をやめてください」
麗しい唇にそんな粗暴な言い方は似合わない。
「松田さんのような美しい女性には、アタシとか、ワタクシの方が...」
その方が絶対にいい。
「何をばか言ってんだ。そんな話はしてないだろ」
案の定、怒鳴りつけられてしまった。
「それよりか、なぜオレがアイツを殺したのか、聞かないのか?」
「はい。でも、そもそもどうして松田さんは、高村の居場所を知っていたのです
か? 専従班のぼくらが、やっと探し当てたばかりなのに」
その方が不思議だった。松田さんは、同じ刑事課所属だが、確か世田谷の放火
犯を追っていたはずだ。警部なので、一通りの情報は入っているのだろうが、そ
れにしても、高村の居所を突き止めたのは、昨夜のことだった。刑事課長の耳に
は入れていたので、彼から聞いたのだろうか。
「ははは。今日の電車が混んでてな」
松田さんは、突然、関係のない話を始めた。ぼくの頭の中が、疑問符でいっぱ
いになる。
「いやあ、すごい混み方だった。全く身動きできないくらいのな。そんな中で、
アイツに出くわした」
「だけど、松田さんは高村の顔を知っていたんですか」
「いやいや、知らなかったよ。だけどな、乗り込んですぐに、オレの腰のあたり
にへばりついてきた小男がいたんだ。そいつは、電車が混んでて、オレが身動き
できないのを良いことに、あちこち触ってきやがった」
え、え、なんてことを...。
「混んでたからな、ある程度は仕方がないかな、とオレも寛大な気持ちでいたん
だ。ところが、アイツはこともあろうか、オレの胸をつかんできた」
「なんですって!」
思わず声が大きくなった。がばっとベッドの上に起きあがる。なんてこった。
「最初は何かのはずみだろうぐらいに思った。電車も揺れてたし、吊革に掴まろ
うとしたのかな、とね」
さもありなん。松田さんの屹立した胸を思い浮かべる。咄嗟の時に頼りになり
そうな突起ではある。しかし...。
「ところがどっこい、アイツはつかんだ手で、結んで開いて、を始めた。そして、
少しずつゆっくりと、の、の字なぞるような円運動を始めたのだ」
「え、え、え、そ、それってひょっとしたら、胸をもみ始めたってことですかあ」
声がうわずる。制服の上からもはっきりと分かる、あの上向きの素敵な胸を..
.なんてこった、なんてこった、なんてこった。
「オレは頭に来た。ガツーンと一発やってやらないときが済まない。と思って、
右手を振り上げたら、横にいた男の顎にのめり込んで、骨を砕いちまった。おっ
とっととお、てなもんだ。しょうがない。右手はそのまま、男の顎にめり込んだ
まま動かないんだ。こりゃいかんと、今度は左手をスリークオーターに引いたら、
後ろにいたおばんの脂肪の付いた三段腹に挟まった。これももう、抜けやしない。
困ったもんだ。仕方ないんで、思いっ切り怒鳴りつけてやった」
「なんて言ったんですか」
「このスケベ野郎、いい加減にさらせ、頭かち割ったろか!」
松田さんの迫力のある声が、受話器に響いた。これでやられたら、大抵の男は
縮み上がってしまうだろう。しかし、高村は...。
「オレの回りにいた連中の体が、急にこわばるのが分かったね。よしよし、さぞ
かしアイツもぎくりとしたか、と思って見下ろすと、アイツは、全然平気なんだ
よ。あいかわず、もみもみ、ぐりぐりを続けているんだ」
「あのう、高村は難聴なんですよ」
私は恐る恐る説明した。
「ふん。そんなことだろうと思ったよ。もうオレは、怒り心頭だ。思いっきり、
蹴りを入れることにした」
おおー、あのすらりと伸びた長いセクシーな脚で繰り出される強烈な必殺キッ
ク技。これは効くぞー。
「ところがオレはまた、計算違いをした。蹴りだそうと思いっきり引いた右足が、
後ろの女のスパッツの間に挟まってしまったのだ。オレはフラミンゴのように、
片足立ちになってしまった」
うーん、残念。
「アイツは、これ幸いとばかり、オレのスカートを持ち上げ始めた」
「あれ、今日はいつものジーンズじゃなかったのですか」
松田さんは、私服もジーンズ姿が多かったような気がしたが。
「六本木に踊りに行った帰りだったんだよ。短めのスカートだったんだ。なにし
ろ、両手片足の自由が利かないフラミンゴの体勢だったから、どうしようもない
わな。防ぎようがない。アイツにとっちゃ、そんなオレの短いスカートをめくり
あげることは造作ないことだったんだな」
なんてこった、なんてこった、そんなことが許されて良いのか。あの憧れの胸
を弄んだあげく、今度はスカートめくりだなんて。
「股ぐらがすーすーするので、すぐに分かったよ。スカートはすっかりめくり上
げられてしまった。オレは頭に来ながら、感心もした。身動きも取れないぎゅう
ぎゅう詰めの電車の中で、アイツは身をよじりながら、スカートを素早くめくり
上げたわけだ」
「そ、そんなことに感心している場合じゃないでしょ」
「あはは。でも、大したもんだろ、その根性は」
松田さんはまた笑い出した。でも、ぼくは許せない。いくらなんでも、許せな
い。こともあろうか、松田さんのスカートをめくり上げて、そして...。
「ああ、いよいよ来たなって思ったよ。冷たい手の感触が太もものあたりをまさ
ぐってきたからね」
うー、我慢できない。もうそこでやめろ。やめろ。やめろ。やめてくれ。でな
いと、うー。我慢できないぞー、うー、うー、うー。
「おいこら、なにを便秘のライオンみたいに唸ってるんだよ」
「で、でも、アイツ、代わりたい、いやいや、もう殺したい」
頭に血がのぼり、舌がひっかかる。
「ははは、アイツはもう死んでるよ。オレが殺したと言っただろう」
松田さんは、こともなげに言う。
「だけどな、さすがにアイツがオレのショーツに指をかけてきたときは、焦った
ね。こいつはどこまで行くんだろうってね。ショーツにかけた指にじわじわっと
力が入ってくるのが分かるんだ。ゆっくりとじらすつもりか。少しずつ引っ張る
んだ。この野郎、と思ったが、なにしろ身動きできない。その時、オレはアイツ
を消す決心をした。絶対に殺すとね。それで、雨の中、あいつを追ってゴミダメ
荘まで行ったというわけさ」
急に松田さんの話が飛んだ。あーん、良いところだったのにぃ。
(以下、続く)