AWC 十三VS殺人鬼 9   陸野空也


        
#4027/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  17:51  (199)
十三VS殺人鬼 9   陸野空也
★内容
「思わぬことになりましたね」
 矢口が愛に話しかけると、当の小学生は平気な口ぶりで応じた。
「面白いじゃない」
「面白い?」
「ヒーロー同士の対決みたいでさ。今、暴れているのはジュウザだよね、きっ
と。父ちゃん達がやられるところ、こっそり見させてもらってたけど、間違い
ないと思うんだ」
「それは私もそう思いますが……ヒーロー同士の対決とは?」
 首を傾げた矢口に、愛は微笑みを持って答えた。
「我らがエンプティ対ジュウザだ。特撮物の、あのいい加減な終わらせ方じゃ
なくて、すっきり決着を」
「愛お坊っちゃん」
 それまでとは打って変わって、強い口調になる矢口。
「いくら何でも、危険すぎます。会長が日本をお留守にしていた一ヶ月前から、
エンプティとして一心同体のように行動させてもらいましたが、今度ばかりは
忠告させてもらいます」
「何で? 僕らは無敵だよ」
 邪気のない笑顔を見せると、愛はベッドからぽーんと飛び降りた。
「殺したいと思った奴を、殺せるんだ。悪い奴だけを狙ってたけど、なかなか
大物がいなくてさ。つまんないのを殺したよね。万引きとか、道端に痰を吐い
たとか。その内、殺すこと自体、楽しむようになっちゃった。あれはみんな、
今日のための予行演習だったんだよ、矢口のおじさん!」
「……今日の殺しは、どれも冷や汗物でした。宮本を犯人に見せかけるように
計画したつもりが、あちこちで破綻しています」
「何言ってんだよ。僕らの犯行だって、ばれなかった」
「運がよかっただけです。宮本をエンプティに仕立て上げる作戦自体、本来は
中止すべきところを、私の車に匿っておいた彼を叩き起こし、殺すなんて、無
茶をしています」
「そんなことないよ。おじさんは完璧だよ。戻ってくるついでに、牛久さんま
で殺したんだろう? 手際いいじゃない」
「あれは……私も、会長がお帰りになったことで暇がなくなり、殺人をしばら
く実行できないのだと思うと、居ても立ってもいられず、勢いに任せて……」
「何言ってんのさ。血の涙を流させる儀式まで、冷静にして来たくせに。ため
に、爪に着いたあの血、おいしかったね。ちょっぴり、雨水が混じってたけど、
まずくはなかった」
「……とにかく、今度は相手が悪すぎます。ジュウザであろうとなかろうと、
先ほど観察した様子から、体力的に不利は否めません」
「二人だよ、こっちは。一対二で、どうして負けるのさ。ここで殺した人数も
見てよ。僕らは二人合わせて、割蔵先生でしょ、看護婦さんでしょ、受け付け
のおばさんでしょ、絵描きさんに、外人さんに、あの宮本さんに、牛久さん」
 指折り数えていた愛は、一旦沈黙し、嬉しそうに叫んだ。
「七人! ラッキーセブンだ、やったね。それに比べて、ジュウザはまだ、え
っと、三人ぐらいだよ。吉河原のおにいさんや念田のおじさん達を殺したとし
ても、六人。僕らの方が勝ってる!」
「……ラッキーセブンと言うのでしたら、ここでやめておきましょう。八人に
増やす必要はありません」
「そうかなあ? 何て言ったっけ、八もおめでたい数字じゃなかった? えー
っと、あれは、す−−末広がりだ」
 嬉々として笑う愛に、矢口はしばし黙っていたが、やがて意を決した風に口
を開いた。
「仕方ありません。愛お坊っちゃんの言うことに、従います」

 念田らの部屋の窓外に、巨躯の持ち主を見つけると、愛はその場で飛び跳ね
た。雨はほぼ上がっており、泥とかした地面が、びちゃびちゃと音を立てる。
「おーい! こっちだ、こっち!」
 巨体を有する影が、敏感に反応した。鷲掴みにしていた誰か−−恐らく念田
−−の遺体から、ちぎれかけだった頭部を完全に切り落とすと、胴体部を無造
作に投げ捨て、愛へと向き直る。
「うーん、顔が見えないのが残念だけど、君はジュウザかい?」
 いくら子供の愛とて、返事を期待していた訳ではない。だが、純粋に知りた
かったのも、本心である。
 実際、返答はなく、ずしりと一歩、踏み出しただけ。泥に大きな足が沈む。
「やっぱり、だめか。けち。それにしても、その背格好……吉河原のおにいさ
ん似てる気がする」
 聞こえているのかどうか、影はまた一歩、間合いを詰めた。
 愛も身軽に逃げ、距離を保つ。
「まあ、どうでもいいや。あとでじっくり、調べられるんだから。君がジュウ
ザであることは明白だ。尊敬できる相手として、僕も名乗るよ」
 進む影に、逃げる愛。やがて二人は、療養所にある駐車スペースに躍り出た。
「知ってるのかな? 僕はエンプティ。これまでに四人と、今日、新しく七人
を殺した殺人鬼だよ」
 高らかに言って、背中に隠していた凶器を取り出した愛。金槌とペンチが一
体となった工具を、愛おしそうにさする。
「こいつでがっつん、がっつん、やってきた訳。まあ、悔しいけど、殺した人
間の数の総合計では、君に負ける。僕のキャリアを考えたら、それも仕方ない
よね。それで考えたんだけどさあ、今度の事件で、僕が君を殺せば、エンプテ
ィはジュウザに勝ったことになるかなって」
 喋り続けながら、愛はずっと間合いとタイミングを計っていた。ある地点ま
で、ジュウザをおびき出し、矢口の運転する車で跳ね殺す。それが作戦。
(順調、順調)
 鼻歌でも唄いたい気分で、愛はまた後ずさった。横目で見やると、矢口の車
が確認できる位置に来ていた。
「という訳で、まず、挨拶代わりに!」
 凶器を持つ手を大きく振り上げ、愛はいかにも突進する素振りを見せた。
 予想通り、相手も斧を振りかぶり、大股で踏み出してくる。
(今だ!)
 愛は素早く身を翻すと、影のいる方とは逆向きに走り出す。
 それを合図とし、矢口の車がヘッドライトを灯さず、一気に突っ込んできた。
 ごん。
 鈍い音が、確かにした。
 巨体が、ボンネットからフロントガラスへと乗り上げ、車体の右側に落ちる。
「やった!」
 愛のいる位置からは、車の影になっていたが、相手が横たわったのは間違い
ない。急いで駆け寄る。
「矢口のおじさん、とどめは僕が刺すから、手を出さないでよ!」
「あ」
 矢口が何か言いかけたようだが、愛は聞かず、突っ走った。
 到着してみると、巨体が俯せに倒れていた。
「へっへー。全然、大したことないじゃんか」
 愛用の凶器を大事そうにさすって、愛は敵の頭が足下に来るように立った。
「最初から数えて、十二人目か。惜しい! 十三人目だとちょうどよかったの
にさ。ま、仕方ないね。じゃ、行くよ」
 両手で凶器を握りしめ、餅つきでも始めるかのように、打ち下ろしていく愛。
 このとき、少年は気付くべきだった。今まさに殺さんとしている相手の、斧
を握る手の筋肉が動いたのを。固く、隆起したのを。
「−−わっ」
 愛は衝撃を手に感じ、大事な凶器を取り落としてしまった。
 しかも、手がやけに痛い。泣きそうなのをこらえ、暗がりの中、目を凝らす。
「……ない。なくなってる」
 愛は、正面に巨大な影が立ち上がっていることも忘れ、自分の手を凝視した。
 左右とも、親指を除く指が消えていた。
 どんどん手が濡れていき、熱くなるのが分かる。
 しかし、整然とした思考もこれまで。
 愛は、四本ずつの血塗れの指を想起して、両手を自らの瞼にそれぞれ当てた。
血が顔に付くように、念入りに押し付けながら、そろそろと下に降ろしていく。
「完成した! 血の涙!」
 実際には、出血量が多すぎて、これまでエンプティが犠牲者に施してきたも
ののように、くっきりした四本ずつの線が描けた訳ではない。愛の視界も、利
かなくなった。
「これが本物だよ! 本物の血の涙! これのために、僕は」
 喋り続ける愛の口を、大きな手が塞いだ。
 さらに、斧が緩慢な動作で、愛の肩口に食い込まされる。
 不死身の殺人鬼−−ジュウザは、自由になった両手で、少年の頭部を前後か
ら鷲掴みにした。
 そこへ、急速に力が加えられる。
(あ、あ……縮む。小さくなる)
 愛は声を出せないまま、激痛の中で考えていた。
(子供に戻れるかもしれない。もっと小さかったときに。このままどんどん、
どんどん縮めてもらって)
 頭蓋骨に加わる力が、一線を越えた。
 愛は最後に、何かの破裂音を聞いた……かもしれない。

 矢口は、ジュウザを跳ね飛ばした際に、思わぬ反撃を受けており、身体の自
由が利かなかった。
(さすがと言うべきか……斧でフロントをぶち破るなんて……人間業じゃない)
 あの短い間に、運転席の矢口めがけ、斧を叩き込んできたのだ。
 無論、蜘蛛の巣状に割れたフロントガラスのおかげで、致命傷は負わなかっ
たものの、衝突の勢いと相まって、全身が痺れたような具合だ。
 矢口はどうすることもできず、愛の死を見守るだけだった。
「だから言ったのに、愛お坊っちゃん」
 そうつぶやくと、わずかに変形したドアを押し開け、車外に立つ矢口。手に
は、愛と同じく、馴染んだ凶器がある。
「ジュウザ!」
 わざわざ注意を引かずとも、敵の次のターゲットは自分だと分かっていた。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
 愛の遺体をぼろ雑巾のように片手で吊り上げていたジュウザが、矢口を振り
返る。食い込ませてあった斧を、再びその手中にし、今にも愛の首を落とさん
としている風体だ。
「何故、殺す?」
 車の前を通り、ジュウザと向かい合う位置に来た矢口。
「おまえは、何故、人を殺して行くんだ?」
 答えは返って来ない。
 矢口は凶器をかまえつつ、さらに叫んだ。
 すでに雨は完全に止み、音がよく通るようになっていた。
「我々は−−エンプティは、空っぽの心を満たすために殺す。血の涙で、心を
満たすために殺してきた」
 まだ言いたいことはあった。
(幼少の頃から愛お坊っちゃんは、家柄故、遊び相手がおらず、奥様は早くに
お亡くなりになり、会長は父親たる役目を果たせず、幸お坊っちゃんとは歳が
離れすぎていた。自然、広い庭にいる虫や小動物が、愛お坊っちゃんの遊び相
手となった。そして、中でも最高の遊びは、相手を殺す行為だった。私はそれ
に気付きながら、何の注意もせず、助長させるような真似ばかり……)
 心中で言い続ける矢口の前に、ジュウザが迫りつつあった。

           *           *

「まただっ」
 思わず吐き捨てていたのに気付き、火村は慌てて口を閉じた。
 病院の入院棟だけに、ちょっとでも騒ぐと、目立って仕方がない。
(またも、生き残ったのは、吉河原隆介ただ一人……何か、変だ)
 たった今、軽い事情聴取を終えて、吉河原の部屋から出てきたばかり。
(彼の証言では、ジュウザとエンプティ、二人の殺人鬼が現れ、みんなを殺し
ていったということだが。確かにエンプティがいたのは間違いないだろう。室
田の話では、顔の傷が証拠だと言うからな。それに、凶器も見つかっている。
あの運転手と小学生が、エンプティの正体だったとは驚かされた……)
 そこまで思いを馳せ、エレベーター前に着いた火村は、頭を振った。
(いかんいかん。問題はジュウザだ。ジュウザはエンプティを含む何名か、恐
らく七名を殺害し、逃走したことになっているが……物置部屋に隠れていた吉
河原が助かったのは)
 箱が来た。誰も乗っていない。一人乗り込み、一階のボタンを押す。
 扉が閉じると、先ほど聞いたばかりの証言を、頭の中で繰り返す。
(ええっと。『身を守るため、武器になる物を探しに、物置部屋に行った。斧
を見つけたが、同時に、看護婦の遺体も見つけて、急に意識が遠くなった。そ
のまま静かにしていたので、ジュウザにもエンプティにも見つからず、助かっ
たんでしょう』だったか。
 だが、彼が見つかったのは、物置部屋なんかじゃない。療養所の外、ちょっ
とした窪地になっているところで気絶した状態で見つかったんだ。早朝、意識
を取り戻し、物置部屋を出たら、みんなが死んでいた。驚いて逃げようとし、
無茶苦茶に走っていたら足を滑らせた−−辻褄はまあ、合っている。相当な高
さを転落したのだから、全身打撲は理解できるとして……斧がどこにも見当た
らないのは、どういう訳だ?)
 火村が首を傾げたのと同時に、エレベーターは一階に着いた。
(どことなく、妙なんだ。ジュウザが使った凶器、恐らく斧だろうが、そいつ
が見つかっていないのは、単なる偶然か? いやいや、ジュウザは現場から立
ち去ったのだから、斧がないのは当たり前なんだ、うん)
 自分を納得させようとするが、火村の頭の片隅には、一片の疑惑が残った。
 それは、霧がかかった向こうの景色のように、薄ぼんやりとした物だったが。

−−終わり




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