#4017/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 7/28 6:16 (200)
そばにいるだけで 13−6 寺嶋公香
★内容
三日ほどして、前田からまた電話をもらったとき、純子ははなから、問題が
解決したのだと信じていた。
実際、前田の口調は、元気を取り戻していた。
ただし、元気の意味が違う。威勢がいいと言えばいいだろうか。
「もう、あったま来たわ」
初めて聞く前田の乱暴な物腰に、純子は送受器を握ったまま、何度も目をし
ばたたかせた。
「涼原さんに聞いてもらった次の次の日、話をしてみたのよ、立島君に。そう
したら、彼、何て言ったと思う?」
「さ、さあ」
「最初にね、誕生日に渡せなかったプレゼント、渡したのよね。そうしたら、
『遅かったな』って言ったのよ!」
「ええっ?」
それはひどい。
(無神経! ……でも、立島君て、そんなに無神経だったかな。言い方、もっ
と柔らかかったんじゃない?)
と聞きたかった純子だったが、相手の口は止まらない。
「その上、嬉しそうににやけて、『白沼さんからももらったんだぜ。びっくり
したなあ』だって! ぬけぬけと!」
「ま、前田さん。落ち着いて」
大声に耳を遠ざけてから、改めて口を寄せて純子は言ってみた。まともに聞
き入れてもらえるかどうかは、まるで自信ない。
「こっちは信じたくても、あれじゃあ、どうしようもないわっ」
「前田さん、前田さん? た、立島君は、白沼さんと付き合い始めたって、自
分から言ったの?」
「そんなこと……言ってない」
どうにか収まってきたらしく、声量が普通に戻る前田。
「だったら、まだ分かんないじゃない」
「いいえ。そうじゃなかったら、立島君、あんなに嬉しそうにするもんですか」
「分かんないって。えっと……ほら、相羽君みたいに、誰にでも優しくするタ
イプだから、立島君も」
「そうかしら? 今の立島君、私には優しくないわ」
「ま、前田さぁん」
弱ってしまう。純子だって、悩み相談室を受け持っているわけじゃない。
前田は、問答でも挑んで来るかのような調子で、さらに続けた。
「名前が出たから言うけれど、相羽君みたいに、プレゼントをもらっても嬉し
そうな顔しなかったのなら、私だって、こんなに怒らないわよ。でもさあ、涼
原さんは見てないけれど、立島君のあの顔を見たら、本当に、頭に来た!」
「……」
聞いてる内に、純子の方が泣きたくなってきた。
(私に、どうしろと言うのよー)
「決めたわ、私」
純子の心中も知らず、前田が宣言する。
「向こうが謝ってこない限り、口を利いてもやらない。決ぃめたっと」
優等生然としたイメージの前田ではない。
(まだ、嫌いになったんじゃないみたい。全然、立島君のことを呼び捨てにし
ないし、絶交とも言わないし。つまり、元通りになるチャンスはあるはずよね)
そう感じ取って、何かいい考えはないかと巡らせる。純子としても、二人が
うまく行ってほしいと、祈るような気持ちが起きているのだ。
が、よい案が出ない内に、前田の方が通話の切り上げにかかってきた。
「町田さん達にも、事情、うまく説明しといてね、涼原さん。お願いよ」
「な、何でよぉ?」
「だって、今でも立島君と仲がいいなんて思われてるのって、気分悪いもの」
電話口の向こうで、頬を膨らませる前田の表情が、簡単に浮かんだ。
(強がってるんだよね、前田さん?)
口に出して聞くのははばかられたが、純子には確信があった。
「じゃ、ばいばい」
電話が切れたあとも、何とかできないものかと、頭を捻る純子であった。
しかし、妙案はやって来ない。
元々、純子にとって不慣れな話題であるのに、他の誰かに打ち明けて相談す
るような真似ははばかられるだけに、行き詰まってしまう。
一度、友達の名前は伏せて、母親に聞いてみたことがあった。仮の話として。
「−−こういう風になってる場合、どうしたらいいと思う?」
「何だか、生々しいわねえ」
くすっと笑う母親。
「本当の話じゃないの?」
「そんなことない、ない」
急いで首を振ったけれど、かえって怪しまれたかもしれない。
母親はまた微笑んで、裁縫の手を止めて、考え始めてくれた。
「難しいわね。女の子の方は、元通りになりたい気持ち、あるんでしょう?」
「ある。充分すぎるぐらいあると思う」
「思う」なんて言ってしまうと、本当の話だとばれてしまうのだが。
「それじゃあ、男の子の方の気持ち次第ね。まだ、確かめてないんでしょう?」
「うん」
「確かめてみて、完全に別の女の子に気が向いているのが明らかだったら、残
念だけど……。ただね、そう簡単に心変わりするものじゃないから、この可能
性は低いわね。多分、その男の子は、誕生日に特に約束をしてなかったんだか
らいいじゃないかって気持ち、あるのよね。それに、ちょっぴり不満もあって、
後日やって来た女の子に、きつい言い方をしてしまった。そんなところかしら」
「じゃ、元通りになれそう?」
「そうね。修復する方法が難しいんだな、これが。どっちかが謝ってしまえば
いいんだけど、純子の話の場合だと、女の子は悪くないし、男の子の方だって、
悪いことをしたという意識がないでしょうね。だからねえ……悪いことしたっ
て、男の子に気付かせるか……今度のすれ違いなんて吹き飛んでしまうぐらい、
もう一度お互いを好きになるか」
「……その方法がいいのは分かったけれど、どうやったらうまく行くの?」
「さあ、そこまでは、分からない」
肩をすくめた母親に、両肘を突いて聞き入っていた純子は、頬を膨らませた。
「何よー、肝心なところで、逃げちゃう」
「だって、仮の話なんでしょう? 答を見つけなくちゃいけないのかしら」
「そ、それは……もういい」
言い淀んでしまって、純子は慌ててその場を立ち去った。
「あんまり、深く考えないことよ」
母親の笑いながらの声が、背中に届いた。
自分の部屋に入るなり、机に着いて、考え始める。
(深く考えるなったって、そうも行かないのよ。わざわざ、打ち明けてくれた
んだから、何とか力になりたい。
でも……立島君に気付かせるか、二人がもう一度……ね。うー、難しい)
本棚に目が行って、ふと思い付く。
(漫画や小説の中では、どうやって解決してたかな? 似たような話、いっぱ
いあったと思うけれど)
立ち上がって、本棚の前に立つと、漫画や文庫本を何冊か引っ張り出し、ぱ
らぱらとめくる。
だが、ぴったり当てはまりそうなうまい状況は、なかった。当たり前と言え
ば当たり前。
(起こりそうもない偶然で誤解が解けるとか、他に気付いてる友達がいて影な
がら協力するとか、別の女の子−−今度の場合の白沼さん−−が元々本気じゃ
なかった、なんて。現実には、とても期待できないわ)
椅子に戻って、腕枕を作る。
(あーん、こんなとき、頼りになるのは芙美だと思ってたのに。前田さんが、
言いたくないみたいだから、相談できない)
また悶々と、頭を捻っていると、下から母の呼ぶ声がした。
「純子ーっ! お友達よー!」
そんな大声で呼ばなくたって、と思いつつ、ドアから顔を覗かせ、聞き返す。
「誰? 郁江ちゃん?」
「ううん。男の子よ。相羽君」
「え」
一瞬、思考停止になったような気がした。ドア枠を持つ手に、力が入る。
「な、何で」
「知りません。早くなさい。それとも、上がってもらう?」
「ま、待ってもらってて。今行くっ」
髪を手櫛で一度梳いて、自分の服装を見下ろしてから、駆け降りた。転がる
ような勢いで、玄関前に到着。
幸い、相羽はドアの向こうで待っているらしい。
「お待たせ!」
勢いよく開けると、びっくり顔の相羽が、身体をのけぞらせるようにして立
っていた。
「あ……危なかった、ね。ご、ごめんなさい」
後ろ手で扉を閉めながら、謝った。
「いや、当たらなかったから、いいけど。それより、突然来て、ごめんな。今、
時間ある?」
額にかかる髪をかき上げた相羽。白地に細かな絵柄がプリントされたポロシ
ャツに、紺色のジーンズが決まっている。
「あることはあるけど、用は何?」
「うん。ちょっとした相談」
相羽の眼差しは真剣だった。
前田の家を訪ねるのは、純子にとって三度目ぐらい。
今では慣れたが、初めて来たときは、広い家に圧倒されたものである。六人
家族でも、悠々と使える。
「さあ、入って」
うながされ、前田の個室に入る。白が効果的に配された、明るい部屋。
部屋の主も、今は明るく振る舞っている。
「急に来て、用って?」
「ん……立島君との仲、どうなったのかなーって」
頭を横に傾ける。赤と白のセーラールックの服が、動きに合わせて軽く上下
した。
「意外と、知りたがりなのね」
大きなクッションを二つ出しながら、前田は小さく言った。
二人とも座ってから、純子が口を開く。
「気になるもの」
「……そうよね。私の方から打ち明けたんだった。ごめんね、変な言い方して。
許して」
「そんなことより、どうなったの。元通りに?」
「まだ。何となく、会ってないし」
純子の方を見ずに、淡々と答える前田。
「全然、話してないの?」
「ええ。……一度、電話があったけど、居留守使ったわ」
足を投げ出し、両腕を後ろにつく前田。
「前田さん、それ、よくない。きちんと話した方が、絶対にいい」
「分かってるわよ。でも……一回で口を利くのも癪かなあって」
「そんなことしてたら、本当に心変わりしちゃうかもしれない。いいの?」
「……よくない」
「お願いだから、早く話をしてあげて」
「涼原さん、随分、立島君の肩を持つのね」
純子の方を初めて向いた前田は、意地悪く笑った。
「そんなんじゃないってば! 本気で心配してるんだからっ」
「分かってる。冗談よ。その内、気が向いたら」
「だめよ」
強い調子で、相手の言葉を遮った純子。
前田が、目を見開いている。
「早い方がいい。できれば、今すぐに」
「無茶言わないで。そりゃあね、あなたに相談したのは私の方からだけど、そ
こまで指図されても−−」
「こうしない? これから占いをやるの」
「……占い?」
怪訝そうに顔をしかめ、片膝を立てた前田。
純子は黙って首肯し、続ける。
「そうよ。トランプを使った占い。私、少しだけど知ってるんだから」
「初めて聞いたわよ」
「この前、やり方を覚えたから。ね、トランプ、貸して」
両手を揃えて差し出す純子。
前田はしばしためらいを見せたが、思い切ったように立ち上がると、机の横
の引き出しから、プラスチック製のノーマルなトランプ一組を取り出してきた。
「これでいいのかしら」
純子は「もちろん」と言いながら、受け取った。そして、ケースを開け、中
を手の平に落とす。
「二人の仲がどれぐらい近いか、占うの。今度のだと、前田さん、立島君のカ
ードをそれぞれ決めるんだけど……何がいい?」
「え? 別に、何でもいい」
前田は、戸惑った様子になった。
純子は笑みを作って、カードの表を見ていく。
「じゃ、前田さんがハートのクイーン」
と、ハートのクイーンを絨毯の上に置く。
「それから……この、スペードのキングが立島君。いい?」
続いてスペードのキングを置き、他のカードをひとまとめにしながら聞いた。
「いいわ。それで?」
−−つづく