#4016/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 7/28 6:14 (199)
そばにいるだけで 13−5 寺嶋公香
★内容
「……そうかしら」
「そうよ。決まってる」
握り拳を作って、断言する純子に、国奥は困ったような笑顔を見せた。そし
て、納得できない様子で、首を左右に一度ずつ傾げる。
「……じゃあ、まだ実行してないのかしら……。それとも、勘が外れてたのか
な……」
口の中で、ぼそぼそとつぶやいている国奥。
「何か言った?」
「え? ううん、何でもない」
純子の問いかけに、国奥は口を開け、作ったような笑顔を見せた。
「変なの」
「ねえ、涼原さん。六年二組の男子の中で、カップルになった人、誰かいる?」
「女子校行くと、こういう話に興味が出るものなんだ?」
「そ、そう。もう、飢えちゃって。あはは」
「そうねえ……立島君は、前田さんとカップルになったと思うよ。少なくとも、
傍目にはそう見える」
「ふうん。他にはいない? さっき出た相羽君なんか、人気あったじゃない」
「さあ、分からないけど。他の小学校から上がってきた子にも、あいつのこと、
いいと思ってる人が多いみたい」
「そ、そうなんだ」
「うん。分からないわよね。あんなに人気あるなんて」
同意を求めてみた純子だったが、国奥からはあやふやな無言の返事しか戻ら
なかった。
(あれ? やっぱり、私って、見る目、ないのかしら。そりゃあ、いい奴とは
思うけど)
不安がる純子に、国奥はくるりと身体を向けてきた。
「じゃあ、私、ここまでだから」
「あ、そうだね。会えてよかった」
「私も。色々話せて、楽しかった」
「今度は、ちゃんと約束して、どこかに遊びに行こうよ。いいでしょう?」
「ええ、もっちろん。ぜひ誘って。じゃあね」
「ばいばい」
純子が手を振ると、遠ざかる国奥も、嬉しそうに大きく手を振った。
純子達三人が声をかけると、相手は露骨に嫌そうな顔をして、眉を寄せた。
「前田さん、何してるの?」
「えっと……買い物」
前田の今の笑顔は、無理にこしらえたのがよく分かる。
それはともかく、P**に来て、買い物とは当然だから、答になっていない。
「あ、逃げないで、一緒に行こーよー」
何かかぎつけたか、富井が面白がって、前田の腕を掴んだ。
「そ、そう言うみんなは、何しに来たのよ」
「特に目的はなし。クーラーにあたりに来た」
町田が正直なところを、簡単に説明する。
と、富井が不満そうに口を尖らせた。
「芙美ちゃーん、せめて、ウィンドーショッピングと言ってよ」
「ショーウィンドー、ちっとも眺めてないじゃないの」
言い合いを始めた二人を置いて、純子は前田に聞いてみる。
「−−ひょっとして、邪魔、私達?」
「そんなことないけれど……一人の方が」
いつになくよそよそしい前田。
再び、町田が割って入ってくる。
「誰かのための買い物なんだ?」
「え、分かった?」
普段、学校では見られない、前田の仕種。身を縮めるようにし、顔がかすか
に赤くなる。
「分かったんじゃなくて、顔を見たら、何となくね」
「そ、そんなに、顔に出てるの……」
前田が両手で頬を押さえた。
「大丈夫だって。そんな風にしてると、かえっておかしい」
「前田さん、ひょっとしてえ、立島君にプレゼントじゃないのぉ?」
富井が指先で、前田の二の腕辺りをつつく。
その言葉を聞いて、思い当たる純子。
「あっ、明日って、立島君の誕生日だったような。だからね?」
「どうして、涼原さんが知ってるのよー」
恥ずかしさをごまかすためか、そんな風に反撃する前田。
「え? あっ、卒業アルバムでみんなの誕生日、見たことあるから」
本当は白沼に尋ねられたからだが、それは隠すとしよう。
「本当に?」
「ほんと、ほんと。さ、邪魔しちゃ悪いから、私達は退散しよ」
「えー、興味あるのになあ」
純子がうながしても、富井は前田に着いて回りたそう。
その背中を、町田が押す。
「ほらほら、行った行った。あんたも気持ち、分かるでしょうが」
「分かるけども、参考にしたーい」
「……前田さん、あとで、どうなったか教えてくれない?」
折衷案に、前田は不承不承とではあったが、黙ってうなずいた。
が、二日後、前田から連絡を受けたのは、純子一人だった。
てっきり、他の二人も来ていると思っていたので、公園に前田一人の姿しか
見つけられなかったときは、早く来すぎたのかと首を傾げたほど。
「誰か一人に聞いてもらうとしたら、涼原さんがいいと思って」
木陰のベンチから立ち上がった前田は、伏し目がちにそうつぶやいた。
とりあえず、二人ともベンチに座る。まだ午前中とは言え、日陰にいても空
気が熱を持っている感じで、涼しいとまでは行かない。
「私だけに話って」
「勝手なお願いだけど、一応、これから言うこと、誰にも内緒にして」
顔を向けてきた前田の目には、強い意志が感じられる。
「う、うん。約束する」
「きっとよ。−−昨日、立島君の家に行ったらね」
「うんうん」
相づちを打ちながら、純子は不安に駆られた。
(そういう話なの? 苦手なんだけどなぁ……)
「立島君、いなくて」
「あ、その前に、いい? 約束してたんじゃないの? 誕生日なんだから、会
いに行くって」
「してなかったわ。私の家、お父さんの仕事の都合で、行けるかどうか分から
なかったせいもあったんだけれど」
そう話す前田の表情には、約束しておけばよかったという後悔の色が、あり
ありと窺えた。
「うん、分かった。話の腰、折っちゃってごめん」
「それで……どこに行ったのか、おばさんに聞いてみたら、女の子が誘いに来
て、憲作(けんさく)は出かけたって」
「ええ? 女の子って誰?」
さすがにびっくりした。興味も手伝って、聞いてしまう。
前田は首を振った。
「そのときは分からなかった。おばさんもご存知なかったらしくて。だから、
一度、帰ったのよ。憲作が戻ったら電話させるって、おばさんは言ってくれた
んだけど……待てなくて、二時間ぐらいして、また行ってみた。そうしたら」
言葉を切った前田。続きを口にするのも嫌という具合に、激しくかぶりを振
る。
純子は黙って、相手が喋り出すのを待った。
やがて決心できたのか、前田は噛みしめていた唇を解いた。
「偶然、見ちゃったのよ。立島君とその相手の子が、歩いているのを」
「誰?」とは聞かず、首を傾げる仕種で、静かにうながす純子。
「門の前まで来て、少し言葉を交わしてから帰って行ったわ。白沼さんだった
……」
「白沼さん」
その名を聞いて、思わず眉間にしわを作った。
(あきらめてなかったんだわ。あの電話のときの白沼さん、微妙な言い方をし
たなとは感じてたけれど)
相羽の誕生日のときに劣らぬ、白沼の積極的な行動に、圧倒されそう。
「二人とも、楽しそうに笑ってた」
「ね、ねえ、前田さん。そのあと、立島君か白沼さんと、話をしてみた? 事
情を聞いてみない内は−−」
「できなかった。できるわけないわよ」
うつむき、か細い声になる前田。その横顔は髪に隠れてしまった。
純子も気持ちは充分理解できるだけに、どう声をかければいいのか、弱って
しまう。
「だ、だから……わけがあるかもしれないよ。今からでも、聞いてみたら?」
「……」
「前田さんは立島君のこと−−いいと思ってるんでしょう? こんなことで、
さあ。誤解だったら、ばかばかしいじゃない」
「誤解じゃなかったら、どうするのっ?」
強い口調。
顔を上げた前田の目つきは、厳しかった。
純子は何も言えないばかりか、目を逸らすことさえできない。
「あのね−−立島君は前に、私に言ったのよ。付き合ってくれるって」
再び地面に視線を落とすと、前田は言った。明るい口調に努めようとしてる。
そんな感じを受ける。
「……だったら」
純子は内心、ほっとしながら、言ってみた。
「心配ないって」
「分からないわ……。心変わりしたのかも」
「まさか」
「涼原さんに言い切れる?」
「そんなこと……言われても……」
口ごもる純子に、前田はふっと頬を緩めた。
「−−ごめんなさい。あなたを責めるつもりなんて、全然ないのに。お門違い
もいいところ」
「前田さん……」
「ただね、誰かに話、聞いてもらいたかった。富井さんはだいぶお喋りだし、
町田さんは色んな情報知ってるから、かえって話しにくくて……それで、涼原
さんに聞き役になってもらったの」
「……役立たずで、ごめんね」
「ううん。そんなことない」
「あ、あのさ、分からないけど、白沼さんて、ああいう性格だし、相羽君のと
きだって、いきなり誕生プレゼント、あげてたじゃない? 立島君にも、同じ
ようなことをしたんだと思う。だから」
「ありがとう。嬉しい」
弱々しかったけれど、やっと微笑んだ前田。
「私もね、心の中ではそう思ってる。信じたい気持ちも、もちろんあるし。で
も……立島君のあの笑顔を見ちゃったから、たとえ白沼さんがいきなり贈り物
をしただけとしたって、何だか」
「そ、そっか」
「あーあ。こんなことで悩むなんて、思わなかった」
前田は両腕を、天に向けて伸ばした。吹っ切れたのか、無理に吹っ切ろうと
しているのか。
「前田さん、大丈夫?」
その彼女を見上げながら、純子。
「ええ。少しだけど、すっきりした。ごめんね、こんな話、聞かせちゃって。
本当に、ごめん。悪かったと思ってまっす」
「かまわないけれど……。立島君と、仲直りして」
「やあね、涼原さん。まだ、面と向かって喧嘩してるんじゃないんだから。私
一人が、一方的に落ち込んでるだけよ」
「そう、そうだね。あの、話せば、絶対に分かると思う。し、白沼さんだって、
悪気があってやったんじゃないだろうし」
「そうよね。早く、元通りになりたいわ」
前田の、この日二度目の笑顔を見られて、純子はようやく安心できた。肩の
荷が降りた気がして、ため息をつく。
「さてと、と。これからファーストフード、行かない? 聞き役になってもら
ったお礼に、おごるわ」
「えっ、いい、いい」
立ち上がった前田に、純子は座ったまま、両手を振った。
「遠慮しないで。借りを作るの、嫌だわ」
「そうじゃなくて……。じゃあ、立島君と元通りになってからでいい。そのと
きまで、お礼してもらう権利、取っておいてもいい?」
「いいわよ。そのときは、私と立島君はペアで、涼原さんに寂しい思いをさせ
てあげるから」
「あはははっ」
のろけ半分の話が飛び出すほどになった前田の様子に、純子も笑えた。
笑いながら、考える。
(白沼さんも、もうちょっとだけ、考えて行動したらいいのに……。分かって
やったんなら、ひどいわ)
白沼に、立島と前田の仲を伝えたのが自分だと思うと、純子は責任を感じて、
また元気がなくなりそうになった。
−−つづく