AWC そばにいるだけで 13−2   寺嶋公香


        
#4013/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/28   6: 9  (200)
そばにいるだけで 13−2   寺嶋公香
★内容
「それはいいから」
 五分ほどして、相羽が戻って来た。
「こんなんで、いい?」
 自転車篭には、傾向の違う缶ジュースが四本と、アイスキャンデーが一本入
っている。
「こんな、たくさん……」
「何がいいか、分からなかったから」
 とりあえず、早くしないと溶けてしまうアイスキャンデーを、椎名の前に差
し出す。
「恵ちゃん? 食べられる? ジュースもあるよ」
「……食べます。おいしそう」
 両手で挟む具合にして、アイスを受け取ると、おぼつかない手つきで袋を破
く椎名。取り出すや否や、その先を口に持って行く。
「ジュースはどれがいい? えーっとね、紅茶、お茶、オレンジ−−」
「紅茶がいいです」
 注文通り、缶紅茶を、プルタブを開けてから渡してやった。
 見ているとこめかみが痛くなりそうな取り合わせだが、椎名はアイスキャン
デーと紅茶を、交互に口にしていく。
 その様子を黙って見守っていると、相羽が声をかけてきた。
「涼原さん、どれか飲む? このまま持っていても仕方ないし」
「え、そ、そうね。何でもいいけど……お茶を」
「はい」
 純子にお茶を手渡してから、相羽も一本を選んで飲み始める。
 アイスキャンデーを始末し終わり、ようやく生き返ったか、椎名は大きく伸
びをした。
「あぁーっ! おいしかった! やっと、頭、すっきりした感じです」
「人の気も知らないで」
 そう言いつつも、思わず笑みが出た純子。
 と、椎名が今度は、いきなり立ち上がった。
「あ、この人が相羽さんですね。−−相羽先輩、初めましてっ。わざわざ私の
ためにお時間、取っていただいて」
 やけにしゃちほこばった挨拶をして、相羽に頭を下げる椎名。
「いえ、こちらこそ」
 調子を狂わされたか、相羽の返事も、どこかおかしい。
 もっとも、お辞儀を返したその目元が笑っているところを見ると、ある程度、
わざとやっているのかもしれない。
「ジュースにアイス、助かりました。ほんと、暑さで死にそうなぐらいで……」
「気を付けなよ。何しろ、貴重な古羽相一郎ファンなんだしね」
 相羽の冗談に、椎名は大真面目にうなずいた。
「はいっ」
 それからおもむろに、相羽の顔をしげしげと見つめる。
 相羽だけでなく、純子まで戸惑っていると、椎名は紅茶を飲み干してから、
振る舞いの答を言う。
「……実物も、いい感じですねー」
「はあ?」
「卒業アルバム、見たんですよ。男の人、何も知らないまま会うのって、恐い
ですから。そしたら、結構、いい印象だったから、だいぶ安心できて。それで、
今日、会ってみたら、写真通りだったから、よかったなって」
 嬉々として喋る椎名に、純子は呆気に取られていた。
(……男の子が苦手だって言うのも、だいぶ克服できてるみたいね。それはい
いんだけど)
 やれやれ。ため息が出た。
「でも、古羽相一郎には負けますよね」
「ははははっ。残念!」
 椎名の本気混じりの言葉に、相羽は首を振る。
 頃合いと見て、純子は椎名をうながした。
「さあ、そろそろ行かないと、遅くなっちゃう。もう治ったよね?」
「はい、復活しました。ただ……涼原さんのお家じゃなくて、いいです」
「え?」
 予想外の申し出に、自転車の方へ向いた足を止める。
「どうしてまた、そういう……」
「どっちがいいです、涼原さんは?」
「どっちって……どっちでもいいけれど」
 最初の嫌がっていた気持ちが残る一方、折角準備したのだからという気持ち
もある。
 純子の返事に、椎名は耳打ちするときのような手の格好を作る。
 つられて、耳を寄せた。
「相羽さん、人気あるんでしょう?」
「ん、まあね」
「やっぱり。写真見たときから、そうじゃないかと思いました」
「それがどうしたの?」
「だったら、涼原さんがお家に上げたくないのも分かります。知られたらみん
なから恨まれちゃいますもんね」
「−−だいぶ違うんだけど」
 そう言う純子に対し、一つ下のこの女の子は、「またぁ、そんなこと言って」
と、いかにも分かった風な口を利く。
「ま、いいわ。場所、変更ね」
 純子は相羽にも聞こえるよう、声を大きくする。
「相羽君、私の家に、何も置いてきてないよね」
「うん。自転車と、この荷物だけだから」
 と、胸ポケットを指差す相羽。よく分からないが、トランプのケースが入っ
ているらしい。
(手品を見せてあげたらって言ったの、覚えてるのね)
 感心しながら、言葉を続ける。
「じゃあ、どこにしようか? 屋根があるところじゃないといけない」
「図書館……は、大きな声で喋れないか。スポーツセンターのエントランスホ
ール。あそこなら、相当長くいて騒いでも、文句言われない」
「あ、いいですね。でも、どうせスポーツセンターに行くんだったら、泳ぎた
いなあ。屋外にも屋内にも、プールあるでしょう?」
 暑さにやられたためか、椎名は急に水恋しくなったらしく、とんでもない希
望−−少なくとも純子にとって−−を持ち出した。
「水着、どうするのさ」
 開いた口がふさがらない純子に代わって、相羽が何気ない調子で尋ねる。
「もちろん、今から、取りに帰ります。運動したあと、二階にある食堂にでも
行きましょうよ。お話は、そこですればいいわ。ねえ、いいでしょう、先輩?」
「僕は決める立場にないからな」
 相羽は純子に視線を向けてきた。
「め、恵ちゃん、あなた、本当にもう大丈夫なの? さっきまで、ぼーっとし
てたのよ」
「平気平気。一歳、若いですから」
 無邪気に笑う椎名を見て、純子はあきらめた。

 体力あるし、スポーツセンターまでの道のりも一番短いということで、相羽
は徒歩を選択し、自転車を椎名に貸してやった。無論、サドルは下げて。
「今度はちゃんと、帽子を被って来なよ」
 相羽のそんな注意を守って、椎名は黄緑色の帽子をしっかり被って、スポー
ツセンターに現れた。
「着替えたら、屋外プールの入り口に集合!ってことで」
「はいはい」
(話がおかしな方向に行ったけど、プールに入りたかったことは入りたかった
のよね)
 半ば、自分を納得させるためもあって、そう考えるように努める純子だった。
 着替え終わってから、椎名と二人で屋外プールに通じる回廊を行く。
 当然と言うべきか、相羽の方が先に来ていた。
 そして。
「あ……だめだわ」
 小声で言って、入り口の脇に身を隠す。椎名にもそうさせた。
「どうしたんですか?」
「ほら、相羽君の横に、男子、いるでしょ? あれ、一応、知り合いなのよね」
 相羽と話をしているのは、清水、大谷、その他純子の知らない男子も含めて
十人近い。
「そうなんですか、ふうん。偶然、会っちゃったんですね」
「そうみたい。困ったなあ」
「何でですか?」
「何でって、決まってるじゃない。あいつら、意地悪だから、冷やかされるわ。
それに恵ちゃんだって、嫌でしょ」
「はい、知らない人だし、皆さん、年上だし」
 少しだけ考えて、引き返して、屋内プールの方に入ろうという話になった。
「相羽さんはいいんですか?」
「いいって。大丈夫、一時間ぐらいしたら、気が付いて、こっちに来るから」
 根拠はないけれど、自然にそう思う。
(あいつなら、これぐらい、察してくれるはず)
 そんなことを、純子は意識するともなしに信じていた。
「前にも聞きましたけどー」
 背泳をしていると、プールサイドに腰掛けていた椎名が話しかけてきた。
 泳ぎをやめて、その場に立つ。
「何て?」
「涼原さん、恋人はいないんですよね」
「いきなりなんだから。いないわよ」
 寄っていって、排水のための溝に両肘を乗せる。
「恋人どころか、好きな相手だってね。その方がいいんでしょ、恵ちゃんは」
「そうですけど、信じられないなあ。相羽さんて、いい人じゃないですか」
「どうして、その名前が出て来るのかなあ?」
 力が抜けそうになりつつも、じろりと見上げる純子。
 椎名はぺろっと舌を出したが、表情はすぐさま真剣さを取り戻し、続ける。
「今日、初めて会ったけれど、すっごくいい人だと思いました。優しい。何気
なく、優しいんですよね」
「何気なく? 何なの、それ」
「気付いてないんですかー? うん、涼原さんは彼氏、作れないはずですね」
「そ、それはあんまりだと思うわ。怒っちゃうな、私」
 頬を膨らませてみせると、何がおかしいのか、椎名はけらけら笑い始めた。
「恵ちゃんだって今のままじゃ、彼氏、できないわよ。いつまでも、『これ』
を待ってるわけにいかないでしょうが」
 と、純子は自らの長い髪を束ねる仕種をしてやった。
「相一郎は、理想の人っ」
 きゃっきゃと騒ぎ、水につけた足をばたつかせた椎名。
「ちょ、ちょっと」
 激しい水しぶきに、慌てて純子は避難。プールサイドを離れ、中央を目指す。
それを追って、椎名が飛び込んできた。
「待てぇ、古羽相一郎、逮捕する! なんちゃって」
「できるもんなら、やってみなさーい、だ」
 クロールで逃げる純子。
 追う椎名も、最初は平泳ぎだったのが、クロールに変更。
 二人の他に、室内プールの利用者は親子連れの四人だけ。その人達も、小さ
な子がいるためだろう、ちょうど反対側のコースで水遊びのようなことをして
いる程度だから、迷惑にはなるまい。
 純子は、泳ぎは得意と言うほどではないが、少なくとも嫌いじゃない。
 中一と小六との差もあって、順調に逃げていた。
 が、コースを仕切るロープをくぐったとき−−。
「あ? 痛っ」
 頭を後ろに引かれたような感覚があったかと思うと、急に痛みが走った。
 立ち泳ぎをしながら振り返ると、何のことはない。ロープに髪の毛が絡まっ
ている。
(やだ。水泳帽、きちんと被ってなかったからだわ。もうっ)
 手を持って行くが、簡単にはほどけそうにない。そうこうする間に、追い付
かれてしまった。
「捕まえた!っと」
「……参りました」
 素直に認め、助けを求める。
「髪の毛、絡まっちゃった。ほどくの、手伝ってくれる?」
「分かりました。きれいな髪が傷んだら、もったいないです」
 こうして二人でほどきにかかるが、うまく行かない。
 上下する水面のため、手元が安定しないせいもある。だが、何と言っても、
指先がすでにふやけて、細かな作業をやりにくい状態になっているのが大きい。
 十分も続けていると、疲れてきた。
「あーん、切らなきゃいけないのかなあ」
 弱音が出たそのとき、彼の声が。
「あ! こっちにいたんだ?」
 屋内プールだけあって、よく響く。
 声のした方向を見れば、相羽が小走りにやって来るのが分かった。ほんの短
い間、見ない内に、日に焼けたようなのは、純子達の気のせいかもしれない。
「来てみてよかった。帰ろうかと思ってたんだ」
 プールサイドにいたまま、純子達に一番近付ける位置に立つ相羽。そして初
めて、様子がおかしいと気付いたらしい。
「……何やってんだ?」
 怪訝な顔をして、すぐにでも飛び込みたそうだ。が、律儀に胸に水を掛けて
いる。準備運動は、外でやったのだろうか。
「相羽くーんっ。泳いでたら、髪、絡まっちゃって」

−−つづく




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