AWC そばにいるだけで 13−1   寺嶋公香


        
#4012/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/28   6: 8  (200)
そばにいるだけで 13−1   寺嶋公香
★内容
 七月最後の日。朝から焼けつくようにきつかった日差しは、午後に入って、
ますます勢いづいてきた。
 そんな中、人々が集まる。
 そう、人々−−相羽と椎名恵が、純子の家に。
(何で、私の家なのよ)
 迎える準備をしながら、それでもまだ首を傾げたくなる純子である。
 純子は最初、椎名を相羽に会わせるにしても、その場所は二人の家のどちら
か、あるいはどこかの公園になるものと、頭から決め込んでいた。
 ところが、日にちがまとまってから、椎名の方からお願いされてしまった。
「よく知らない人の家に行くの、両親が許してくれないんです」
 電話口で訴える椎名。
「じゃあ、恵ちゃんの家で決まりね」
「それもだめです。あまり親しくない人、特に男の人が来ると、お母さんがび
っくりしちゃいますよぉ」
 言わんとすることは、純子にもよく分かる。だから、送受器を持ったままう
なずき、三つ目の場所を提案する。
「それなら、どこか、公園にでも集まろうか。そのあと、ファーストフードの
お店に入って−−」
「それよりも、いい考えがあります。涼原さんの家にお邪魔しては、だめでし
ょうか?」
「私の? そ、それって、私の家で、相羽君とあなたと……」
「はい。私、先輩−−じゃなくて、涼原さんの家に一度、上がらせてもらいた
かったですし。一石二鳥ってやつですよね」
「ちょ、ちょ−−待った。待ってよ」
 椎名の明るい声の勢いを止めようと、どもりながらも強く言う。
「どうして、そういうことになるのかなあ?」
「え、何か問題あります?」
 きょとんとした調子になった椎名。どうやら、真面目に言っているらしい。
「問題も何も、あのね。今度の場合、私はただの付き添いで」
「でも、私の方の都合は、さっき言いましたように……」
「それは分かってる。で、どうして私の家になるの。公園じゃだめ?」
「できれば、誰も邪魔の入らないところがいいです。そうなると、私と涼原さ
んと相羽先輩、誰かのお家がいいってことになるでしょう? その内の二つが
ペケなんですから、残った場所を選ぶのは当然です」
「あのね、恵ちゃん」
 語調をきつくした。これは一度、強く言っておかなくちゃ、と思う。
「はい、何ですか?」
「私にも、都合はあるの。そりゃあね、あなたが来るのは問題ないわ。だけど、
相羽君はね。無理よ」
「ええー? 何故ですか?」
 びっくりするぐらい大きな声に、純子は送受器を遠ざけた。
 椎名の声が落ち着くのを見計らい、再び耳を押し当てる。
「だから−−」
「ね、ね、何が問題なんです? 教えてくださいっ」
「決まってる。相羽君が私の家に来たこと、これまでにないのよ」
「……嘘でしょう?」
 そう言う恵の声は、笑いが入っている様子。
「私のこと、からかってるんだ。涼原さんも、人が悪い」
「そうじゃなくて、本当なの」
 ため息混じりに答える。
(そういう風に思われてたわけね。納得)
「相羽君、私の家の前まで来たことは何度かあるけど、家の中に入ってはいな
いの。分かった?」
「信じられませーん。だって、お話を聞く限りじゃ、とっても仲よしじゃない
ですか、先輩達。もしかして、おつき合いしてるんじゃないんですか? 私、
相羽先輩がうらやましくなりそうなほどなんですよ」
「ちっがーう! えっと、色々あって、親しくはなったかもしれないけれど、
そういうことは全然ない!」
 思いっ切り否定する。
(誤解も甚だしいわ。はっきり、言っておかなくちゃ)
「色々って、何なんですか」
「それはつまり……」
 困った。例を挙げるとすれば、モデルのことを話せばいい。
 だが、そもそも代役でモデルをやった話を、椎名には知らせていない。
(恵ちゃん、私が女らしい格好するの、嫌がるんだもん)
 壁に指先を当て、文字にならない文字を書く。どう説明しようか、迷った。
「相羽君のお母さんとね、お仕事上の知り合いなのよ」
「へえ? 親同士が、同じお仕事をしているんですね」
 椎名が勘違いをしていることに、すぐ気付いたが、ちょうどいいので否定は
せず、曖昧に返事しておく。
「さ、分かったでしょ。だから、公園で−−」
「いいじゃないですか。それだけ親同士が親しいんだったら、男の子をお家に
上げても、何も心配されないでしょう?」
「え?」
 何でそうなるのと言いかけたが、次の瞬間には、押し切られていた。
「決まり、ですね。一石二鳥どころか、三鳥になりますよ。いい機会ですから、
相羽先輩を涼原さんの家に上げちゃいましょう!」
「……そう……かもね」
 もはや純子は、説得の仕方を誤ったことに気付いていた。
 そしてまた、大いに後悔もした。
 −−というようなやり取りを経て、今日に至る。
「迷わずに、来られるのかしら」
 時計を見ながら、ふと思った。
 椎名には住所を教えただけである。
 不安もいくらかあったから、迎えに行こうかと言ったところ、
「平気です。それに、もし何かあったとき、お家に涼原さんがいないと、連絡
が取れなくてややこしくなるんじゃありません?」
 という分かったようで分からないような、とにかく妙な理屈で断られた。
 約束の時刻は、二時半。もうそろそろだ。
「−−あ」
 自分の部屋の窓から道路を見下ろしていると、相羽の姿が目に入る。自転車
に乗って、何故か学校の制服−−もちろん夏服だが−−を着ていた。
 とにもかくにも、一階に降りて、玄関を出た純子。
「相羽君」
「や」
 ちょうど家の前に来て、自転車を降りたところだった相羽は、きょろきょろ
と頭を動かしている。
「自転車、どこに止めればいいのかな?」
「あ、中に入れて、適当に」
 言われた通りにする相羽。自転車は、門から玄関へと続く、極短い小道の脇
に留め置かれた。
「それで、その六年生は、もう?」
 自転車篭から紙袋を引っ張り出しながら、相羽。
 純子は首を横に振った。
「ううん、まだ。住所を教えただけだから、ひょっとしたら、迷ってるかも」
「ここに来るの、初めてなんだ、その子? −−何時?」
 腕時計をしない相羽が、聞いてくる。
「二時半になったぐらいだと思う」
「それなら、いいか。少しぐらい、遅れても不思議じゃない」
「……上がって、待ってて」
 躊躇してから、その言葉を口に出した。
 先に立って、玄関のドアを引く。
「お邪魔しま」
 相羽の言葉に被せる形で、電話が鳴った。
 一瞬、顔を見合わせてから、相羽を置いて中にかけ込む純子。
 が、電話を取ったのはタッチの差で、母親。
「−−あぁ、はい、ちょっと待ってね。−−純子、椎名さんから」
 やっぱり、と思いながら、送受器を受け取る。
「はい、代わりました」
「迷いました〜」
 いきなり、救いを求める椎名の声。情けないとかみっともないと言うよりも、
弾んで聞こえるから不思議。
「恵ちゃん、今、どこ?」
「分かってたら、迷いませーん」
「……そりゃそうだわ。電話、どこから?」
「携帯です」
 小学生が持っているのかと、ひがみそうになる。
「周りに何か、目印になりそうな物はないの? 本屋さんや郵便ポストとか」
「えっとですね」
 しばし間が空く。電話片手に首を巡らせる椎名の様子が、簡単に想像できた。
「電器屋さんがあります。タナベ……じゃなくて、タナブでんき、って看板が
かかってて」
「あ、分かった」
 結構、遠い。多分、曲がるべき角をどこかで間違えたのだろう。頭の中に地
図を描くと、方角が九十度ほどずれている。
「えーっとね、恵ちゃん? 電器屋さんの右隣、路地になってるでしょ? そ
こを北に」
「涼原さーん、迎えに来てくれませんか。やっぱり、無理みたい」
「あ、あのねえ」
 力が抜ける。
 ふと、玄関口に立ったままの相羽の姿が目に入った。
「最初から、そう言いなさいよ」
「すみませーん」
「いいわ。もう相羽君は来てるから、待っててもらって、私が行く」
「ありがとうございまーす」
 外からの電話のせいか、間延びした言い方を連発する椎名。
「その場所から、動かないでね。すぐに出るから」
 念のために携帯の電話番号を知らせてもらってから、電話を切った。そして
相羽に事情を説明しようと振り返ったら、先に向こうから話しかけてきた。
「迎えに行くんだ?」
「聞こえた? うん、恵ちゃん、迷い子になったみたいで……しょうがないん
だから。あの、悪いけど、相羽君は上がって、待っててくれる? 行って来る
わ」
「……僕も行く」
 相羽の返事に、彼の前を通り抜けようとしていた純子は、思わず足を止めた。
「ええっ? 何で」
「一人で待ってるなんて、落ち着かないよ。一緒に行く方が、よっぽどいい」
「……」
 純子も逡巡する。
(それもそっか。私がいない間に、部屋を見られるのも嫌だし)
「うん、そうしよ」

 きこきこきこ−−と、心持ち急きながら、自転車でタナブでんきまで駆けつ
けてみると、果たして、いた。
 水色のワンピース姿で、電信柱に持たれ、うつむき加減に立っている。
「恵ちゃん!」
 近くに自転車を止め、飛び降りるや呼びかけた。
 が、当然即座に元気のよい返事があるものと思っていたのに、それがない。
 椎名恵は、ゆっくりと顔を上げただけ。
「……どうしたの?」
 覗き込む純子の後ろから、相羽が言葉を差し挟む。
「長いこと、日差しに当たったせいじゃないか。帽子もない」
 その通りで、椎名の手には小さな鞄があるだけで、あとは何も持っていない。
「あ、そうか。−−恵ちゃん、大丈夫?」
「……暑い、です。ぼーっとしちゃって……」
 かすれるような口調だった。
 純子は辺りを見渡した。
(……コンビニもお菓子屋も、ジュースの自動販売機もない)
 どうしようと悩んでいるよりも早く、相羽が再び自転車に跨った。
「何か冷たい物、買ってくる。涼原さんは見てあげてて」
「分かった。えっと、向こうの角、日陰だから、あそこにいるわ」
 そう言って、椎名に手を貸してやりながら、ゆっくりと歩き出す。
「もう、無茶するんだから」
 日陰まで来ると、どこかの家の塀を背もたれに座らせた。
「ふぁい……すみません」
 ハンカチを広げ、ぱたぱたと扇いで風を送る。
「喋る元気はあるのね?」
「何とか……」
「……どのぐらいの時間、外にいたのよ」
「……何時ですか、今」
「え? えっと、三時前だと思う」
「じゃあ……一時間ちょっと、かな」
「恵ちゃん、何時に家を出たのっ?」
 泡を食って、勢い込んで聞く。
「だから……一時半ぐらい」
「それじゃあ、早すぎる」
「迷ってもいいように、余裕をみたら……それ以上に迷っちゃいました。すみ
ません……」

−−つづく




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