AWC そばにいるだけで 12−4   寺嶋公香


        
#4006/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/28   5:47  (196)
そばにいるだけで 12−4   寺嶋公香
★内容
「え、えっとね、CD、借りっ放しだったから、今日、返そうかなあって。行
ってもいい?」
 胸に何かを抱くかのように両腕を曲げ、こぶしを握って言う。反応を探り探
り、口を利いていると、作り笑いが出てしまいそう。
「……CD、持って来たの」
 抑揚のない口調で言った相羽の目は、どことなく焦点が定まっていない。視
線が合わないよう、避けているかのようにさえ思える。
「も、持って来れる訳ないでしょ。見つかったら、取り上げられちゃうかもし
れない、一旦、家に戻って取って来るから」
「……僕が、行く」
 小さな声になる相羽。
 しかしその言葉ははっきり聞こえた。
 純子のみならず、唐沢達も「え?」という顔をして反応する。
「それって、私の家に、相羽君が」
「都合が悪ければ、やめる」
 うなずいてから、そう言った。
 急いで頭を振る純子。
「う、ううん! 来てくれた方が、どんなに助かるか……」
「じゃ」
 続けて「そうするから」とも言わず、勝馬らへ向き直った相羽。
「さっき、どこまで話したっけ」
「相羽ぁ、聞き捨てならないことを話しといて、それはないぞ」
 勝馬が怒ったみたいに、眉を吊り上げていた。
「何が」
「涼原さんの家に行くのか? 自分も着いていきたい」
「右に同じ……いや、左だな」
 勝馬に続き、唐沢までにやにや笑いながら、言い出す始末。
「前にも言ったように、おまえを女の子と二人きりにさせるわけにはいかん、
うん」
「そんなんじゃない」
 これまでの相羽なら冗談の一つも言って切り返しそうな場面なのに、今日の
彼はストレートに否定しただけ。
「家の前まで行って、CDを渡してもらうだけ」
「俺、おまえが女子にCDを貸したってこと自体、初めて聞いた。どういうい
きさつで貸したんだよ」
 勝馬は上目遣いになって、訝るような、不思議がるような顔つきをなす。
「面倒くさい」
 相羽はつぶやくと、純子の方をちらりと一瞬だけ振り返った。
「悪いけど、説明してやって」
「え、ええ。−−あのね」
 勝馬に対して、説明を始めようとした純子を、唐沢が制する。
「いや、いいよ。あとで俺が言っておくから。それより、行ってもいい、純子
ちゃーん?」
 真面目口調から一転、甘えた声というか、ふざけた声になる唐沢。仕種も、
首を傾け、手もみさえしている。
「だめよ、唐沢君。困る」
 さっきよりもさらに強く、首を横に振る純子。
(一緒に来られたら、相羽君と話す機会、きっとなくなっちゃう)
「他の日ならともかく、今日はだめ」
「ちぇ。仕方ない。そんなに相羽と二人がいいのなら」
 勝馬と顔を見合わせ、芝居がかって肩をすくめる唐沢に、純子は声を大きく
した。
「ごっ、誤解よ。そんなんじゃないってば」
「そうだよ」
 相羽もくぐもった声で言い添えた。今の話題を早く終わらせたいのか、次の
授業の教科書をぱらぱらとめくっている。
「あーあ、分かりました。他の日に期待しよう」
 唐沢があきらめの意志表示をしたので、ほっとする。
「勝馬君も、それでいいよね?」
「しゃあねえよなあ。自分があーだこーだ言えることじゃないし。いつか、穴
埋めしてくれー」
「穴埋って、約束してたわけじゃないだろうが」
 唐沢の指摘に、勝馬は「ああ、そうだった」と笑い出す始末。
 純子は呆れつつも、念押しは忘れない。
「と、とにかく、相羽君、約束したから」
「ん」
 相羽の返事は、ひどく短かった。

 他の子に見られると面倒かもしれないという意識があったので、下校する直
前、別々に出てあとで合流しましょうと伝えておいた。
「あの……待った?」
 先に出た相羽に、道すがらの公園で待ってもらっていた純子は、小走りで駆
けつける。
「ううん」
「そ、そう。よかった」
 何となく、堅さが残るやり取りで始まったが、ひとまず安心。
 夕陽の中、心持ち歩調を早め、純子の家を目指した。
「あのね、相羽君」
「何?」
 数歩先を行く相羽は、前を向いたまま返事する。
「……」
 口を開けてはみたものの、言葉が出て来ない純子。
 本当は、椎名恵と会える日を決めるための話をしようと考えていたのだが。
(今は、そういう話じゃなくて……)
「ごめんなさいっ」
 相羽の反応を見る前に、立ち止まり、純子は頭を下げた。鞄を持つ手を前に
揃え、深く、強く。
「−−ど」
 相羽の足が止まるのが、気配で感じられた。
 向きを換え、引き返してくる。
「どうしたのさ、いきなり?」
「だって、私、あなたを怒らせちゃったから、謝らなきゃ」
 顔を上げた純子は、しかし、相羽の顔をまともに見られず、ついと、横を向
いた。
「え、それって、どういう……?」
「だから、相羽君の気持ちも考えないで、私ったら、うれしがって、おばさん
の話、聞こうとして……」
「な」
 しゃっくりのように変な息をして、相羽は絶句してしまった。
 その反応の意味が分からず、純子も「え?」とつぶやき、ようやく相手の顔
を見やる。
 二人とも、歩道の上で立ち止まったまま−−短い時間が流れた。
「何を……言ってるんだよ」
 先に口を開いたのは相羽だった。力が抜けたのか、片方の膝をかくんと折り、
かすかによろめく。
「何をって」
「僕は怒ってなんかない。どちらかと言ったら、不機嫌になったのが、恥ずか
しいほどだよ」
「ほ、本当に?」
「本当。あのとき、涼原さんは何も悪くない」
「で、でも、じゃあ、何で、口を利いてくれなかったの? 一週間、話をしな
かったじゃないっ」
 鞄が手から離れ、アスファルトに触れた。置いたのか、落としたのか、純子
自身にも分からない。
 自由になった手は、純子の胸の前で、小さなこぶしを作っている。
「それは……ごめん」
 相羽は改めて純子に身体を向けると、深刻な調子で言った。街路樹の枝や葉
の影を投じられたその表情は、判然とせず。
「ど、どうして、あんたが謝るの……」
「話をしなかったのは、僕の方こそ、涼原さんを怒らせて、嫌われたと思った
から……。身勝手な自分が嫌になったし」
「そんな風に考えられるの、どうして? 相羽君、ちっとも身勝手じゃないっ
たら」
「そうなのかな……涼原さん、怒ってない?」
「全然! 相羽君こそ、怒ってるんじゃないかって、私……心配で、気がかり
で……」
 声が小さくなるのを意識した。
「僕も、怒ってなんかない。口を利けなかったのは、恐かったから」
「−−よかった」
 ふぅと息をつき、手の平を胸元に当てる純子。
「二人とも、勘違いしてたのね。ばかみたい」
「そうだね」
 相羽が久しぶりに見せる笑顔に、純子の表情にも笑みが広がった。
(話してみて、本当によかった)
 歩き出そうとすると、相羽が身をかがめ、「待って」と声を掛けてくる。
「え?」
「ほら、忘れた」
 見れば、相羽の手には鞄が二つ。一つは本人の物で、もう一つは純子のだ。
「あ、ありがとう。えへへ、忘れちゃった」
 気持ちがすっきりして、と心の中で付け加える。
「それで、気になってたんだけど、小学生の後輩と会うのは……」
「覚えててくれたの? それなら話、早いわ」
 道中、都合のいい日を決める話に終始した。
 椎名恵と会えるのは、結局、夏休みに入ってしまいそうな雲行きだ。
「恵ちゃんがどうなるか分からないけれど、とにかく伝えとく」
「うん。何だか、照れるな。会ってみたいと思ってたのに、いざ話が決まりそ
うになると、気恥ずかしい感じがする」
「ま、いい子だから、心配いらない。そうねえ、手品を見せてあげたら、きっ
と喜ぶわね」
「推理劇とあんまり関係ないね」
 苦笑する相羽。苦笑と言っても、実に愉快そう。
 歩調が遅くなっていたのか、純子の家の前にたどり着いたときには、六月下
旬だと言うのに、暗くなりかけていた。遠くから聞こえる鳥の鳴き声が、どこ
となく寂しさを感じさせる。
「上がって」
 自然に出た言葉に、相羽は首を水平方向に振った。
「いいよ。ここで待ってる」
「でも」
「上がったら、長居しちゃいそう−−って、これは前来たときも言ったな。早
く帰らないと、母さんが心配するから」
「そっか。じゃ、待ってて。すぐ、取って来る」
 言い置いて、玄関から駆け込む純子。
 帰宅の挨拶もせず、二階に上がって、机の上に出しておいたCDを両手でし
っかり持つと、今度は勢いよく階段を降りる。
「はい、お待たせ!」
 靴をつま先に突っかけた状態で飛び出すと、相羽の方は呆気に取られた様子。
「急がなくてよかったのに」
「急ぎたいくせして」
 空いている手にCDのケースを押し当て、握らせる。
「あ、あのね、涼原さん、そこまでしてもらわなくたって」
「いいから、鞄に入れて、落とさないようにしてね。あ、ありがとう、貸して
くれて。元気のいい曲と静かな曲の両方があって、とってもよかった」
「よかった、気に入ってもらえたんなら。他に何かあったら、また貸すよ」
「私も、相羽君が持ってないのがあったら、貸したげる。時間あったら、今、
見てもらいたいんだけど……」
 沈む太陽が口惜しくて、語尾を濁す。
「残念。いつか、ちゃんと寄せてもらっていい?」
「もちろん。お世話になりっ放しだし、歓迎するっ」
 勢いもあって、そう答えたけれど、直後に、いくら何でもまずかったかしら
と思い直す。
「唐沢君や勝馬君達も連れてね」
 言い添えておこう。
「唐沢を呼ぶんだったら、他にも女子がいないと、不満が出るかもなあ」
 真面目な口調で始め、言い終わってから冗談めかして笑う相羽。
「いけね、結局、遅くなりかねない。じゃ、また」
「うん。明日ね。ばいばい」
 走り去る相羽に手を振っていると、不意に彼が立ち止まったので、純子も手
の動きを止めた。
「うん? 何?」
「誤解が解けて、よかった」
 叫ぶようにそう言って、再び背を向け走り出す相羽。
 一瞬、唖然としてから、くすくすと笑い始めた純子。それが収まってから、
小さな声で答えた。無論、小さな影になった相羽に聞こえるはずもなく。
「−−同じよ、私も」

−−つづく




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